マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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その1 導入編

 私は死んだ。

 

 一縷の希望もない未来に絶望し、周囲からの重圧に屈し、己の無能に失望して自害した。

 やり方は簡単、ネットで調べてそれを実行する。

 酒で恐怖と苦痛を誤魔化しながら、もう二度と苦しまない事に安堵しながら、私は死んだ。

 

 死んだ、筈だった。

 

 

 

 ……………

 

 

 

 「これより第2回英霊降臨実験を開始する。」

 

 意識が纏まらない。

 身体が制御できない。

 現在の時間と場所が分からない。

 何が起こっているのか理解できない。

 

 「対象の素質は初期実験体ながら十分に実用範囲内だ。前回の実験はデータ不足で失敗したが、今回は十分なデータが揃っている。それでは実験を開始する。」

 

 その声と共に、唐突に「地獄」はやってきた。

 例えるなら、全身の皮膚を生きたまま引き剥がすのに似ていた。

 苦痛は光と共に始まり、光が強くなると共に更に増していった。

 単に皮膚を剥がすのから、その下に無理矢理大量の異物を詰め込み、更にその下の肉に食い込ませる様に混ぜ合わせる様な。

 自分の中の最も根源的な部分を砕いて無理に他と入れ替えようとしている様な、そんな苦痛。

 今まで体験したどの痛みでも言い表す事の出来ない、精神すら破壊する程の圧倒的で未体験な「地獄」があった。

 

 そして、自分の意識は光が視界を覆うと共に、ブレーカーの様に落ちた。

 

 

 

 

 「これより第3回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 

 

 「これより第4回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 

 

 「これより第5回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第10回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第17回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第24回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 「これより第37回英霊降臨実験を開始する。」

 

 

 

 閃光、苦痛。

 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。

 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。 閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。閃光、苦痛。

 

 最早自分はそれ以外で外界を認識する事は出来なかった。

 外部からの刺激とは即ち苦痛であり、光とは即ち苦痛の証であり、終わらない苦痛とはこれ即ち地獄の証だった。

 これが親より先に自ら死を選んだ愚者への罰と言うのだろうか?

 否、否だ。

 自分を罰する資格があるのは、自分の行動によって迷惑を被り、悲しみを背負ったであろう人達だけだ。

 こんな白衣の連中じゃない。

 人の身体を好き勝手弄り回しているこいつらでは、断じてない。

 

 

 “へぇ、じゃぁどうするんだ?”

 

 

 不意に声が響いた。

 ノイズ混じりだったが若い男と分かる声はこの場所では聞いた事の無いもので、何処か面白がる様な響きがあった。

 だが、その疑問への回答は簡単だ。

 今は無理だ、不可能だ。

 でも、必ず何時かこいつらを殺そう。

 自分の体を弄り、こんな所に閉じ込めたこいつらを、自分は許さない。

 

 

 “ヒヒ、いーんじゃねーの、そーゆーの。欲望に忠実でさ。でもよ…”

 

 

 声が何かを告げようとする。

 だが、急にノイズが増し始め、何を言っているのか分からない。

 ただ、一つだけ思った事は…

 

 

 “あんたに        。”

 

 

 それを聞いてはいけない、という事だ。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 ふっと、目を覚ました。

 人として認められ、与えられた部屋のベッドから天井を見る。

 無菌室として外界から隔離されたこの場所は、自分以外何の生物もいない。

 人の手で創造され、実験で弱り切った自分の体は、通常の環境では生存できない程に脆弱だ。

 それでも何とか今日も生きている。

 思い出すのは夢の内容。

 つい数か月前までは当たり前だった地獄の日々。

 

 「   。」

 

 喋ろうとしても声を出す事は出来ない。

 声帯そのものは残っていても、それを震わせるための神経が焼き切れているのだ。

 視線を下に向ければ、嘗ての男性のものではない、しかし女性らしい柔らかさに欠けた貧相な肢体が目に入る。

 年の頃は十代半ばか前半であろう少女の身体、それに未だ慣れない自分は知らず知らずの内に溜息をついていた。

 

 数か月前に自分を助けた者達、ロマニ・アーキマンとレオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてオルガマリー・アニムスフィア。

 前者二人は実質自分の治療をしてもらっており、ほぼ死体状態だった自分をここまで回復してもらった。

 オルガマリーについては…自分に実験をしていた者達のリーダーの娘、家の跡継ぎなのだとか。

 どういう事だと、ペンを持てるまで回復した後に筆談で尋ねれば、返って来た答えに驚愕した。

 曰く、「君に実験を行っていた者達は死んだ」と。

 詳しい事は不明だが、自分への実験を主導していたマリスビリーと言う男とその一派は死亡し、現在は娘のオルガマリーがこの施設「カルデア」のTOPであるらしい。

 彼ら彼女らは真摯に自分へと謝罪し、治療を申し出てくれた。

 意思疎通も困難な身では断る事も難しく、先ずは情報と身体を治す事が先決として甘んじて受け入れた。

 

 そして今日、実は少し特別な予定があった。

 

 『やぁ、第一号おはよう。今日は大丈夫そうだね。』

 

 映像と共に告げられる言葉に頷く。

 ロマニ・アーキマン。通称はDr.ロマン。

 若いながらも此処カルデアの医療スタッフのTOPを務める、人格・能力共に優れた男性だ。

 外見は頼りないゆるふわ系のもやしだが、何処か人を安心させる空気がある。

 だが、そんな男が呼ぶのは単なる記号だ。

 仕方ない、自分には名前がない。

 この施設であの男が作った英霊降臨用デザインベビー第一号、それが今の自分の肩書きなのだから。

 それでも日々Dr.が事典やら何やらを引っ張り出して名前を考えているのを知っているから、この状態でも特に気にしてはいない。

 それに、今日は特別な日なのだから、一々目くじらを立ててはいけない。

 

 『朝食を終えて身支度が終わったら、予定通りに彼女を君の部屋に通す。無論、洗浄処置は万端だから安心してくれ。』

 

 今日、自分はこの身体にとっての「妹」と会う予定を立てていた。

 

 

 ……………

 

 

 切っ掛けはDr.ロマンとの会話において、彼女の存在が言及された事からだった。

 曰く、実は君の2号機に当たるデザインベビーがこの施設に存在する、良ければ会わないか?と。

 正直、ネット環境が整っているこの部屋を用意し、治療してくれている事だけで十分だとは思うが、どうやらDr.は予想以上にお人よしらしい。

 身体とは中身の違う自分が誰かと会うのは面倒だとは思うが、その厚意を無視するのも人道に悖ると考えた自分は結局Yesを選択した。

 その妹の方も体が弱く、つい最近まで自分と同じ様に無菌室で過ごしていたそうなのだが、幸いと言うべきか、自分よりも実験は行われておらず、割と早く無菌室から出る事が出来たそうなのだ。

 今現在はこの施設で職員の一人として他の通常の職員の補助を担当しているらしい。

 その妹と出会う事で、何らかの変化を期待しているのだろうが…生憎と復讐の対象が死んでいる上に、前世が心を病んだ果てに自害した男なのだ。

 早々にこの性根が改善されるとは思えないし、とっとと現世をおさらばしたいが、向こうも期待している上に、ロマンからの期待の眼差しもあるとなれば応じざるを得ない。

 それが後に自分に不可逆な変化を齎すと知らずに。

 

 「は、初めまして!マシュ・キリエライトと言います!」

 

 無菌室を構築する透明かつ分厚いフィルム越しに「よ、よろしくお願いしましゅ!」と噛みながら頭を直角に下げる少女を見て、漸く自分が嘗て日課としていたとあるスマフォゲームのメインヒロインの名を思い出した。

 型月の愛称で知られる有名ゲーム会社初の本格スマフォRPGは自分にとって数少ない癒しであり日課だった。

 ただ、ラストまでクリアした直後に心残りが消え、ストレスが限界突破して自害したためか、ラストの展開が全く思い出せないのだが。

 あぁ、よくよく思い出せばDr.ロマンやダ・ヴィンチ、オルガマリーも登場人物だったな、とここまで来て漸く気づく。

 この段になって漸く思い出すなど、余りの自分の鈍さに呆れてしまった。

 

 「あ、あの…。」

 

 はっとして目の前の一応「妹」へと与えられたアイパッドを使って筆談を開始する。

 

 『初めまして。貴方が私の妹ですか?』

 「は、はい!私がカルデア式英霊降臨用デザインベビー第2号、マシュ・キリエライトです!」

 

 未だ緊張冷めやらぬ様に、この邂逅を彼女がどれ程楽しみにしていたのかが分かる。

 原作の一ファンとしてはその様を微笑ましく思う。

 だが…

 

 

 “憎いんだろ?壊さねぇの?”

 

 

 己の内側から響く憎悪を煽る声を努めて無視し、笑顔を保ちながら筆談を続行する。

 内容は当たり触りなく、普段の様子や困っている事は無いかというものだが、互いに遠慮があってどうしても余所余所しさがあった。

 それでも10分もする頃には互いに緊張も解け、マシュが部屋を去る頃にはそれなりに打ち解ける事が出来た。

 

 “おいおい、折角機会がやってきたのにスルーかよー。”

 

 ケケケ、と笑う男の声を無視する。

 確かにマリスビリーの人生を賭けた成果を台無しにする事には強い魅力を感じてしまうが、目の前の彼女にも、オルガマリーにも、Dr.ロマンにも、ダ・ヴィンチにも、カルデアの一般職員にも、そしてレフ・ライノールにも恨みは無い。

 頭蓋の内側から響くその声は、マリスビリーの実験の時からの付き合いだ。

 既に生前の記憶がある程度戻って来た今の自分なら、この声の主が分かる。

 

 “そうそう!オレったら大人気だからさー、人気者は困るねー!”

 

 クラス・アヴェンジャー。

 真名をアンリ・マユ。

 拝火教のこの世全ての悪と言われた神霊ではなく、ただ人々にこの世全ての悪であれと生贄にされた青年の亡霊。

 それが己の中に降りて、こうして憎悪を煽っている。

 

 “そりゃ当然でしょ。オレの仕事は基本悪さする事なんだからさ、此処を壊したくないって思ってる奴に壊させるのも有りでしょ。”

 

 Hollowの時みたく大人しくしてろ頼むから。

 

 “残念!あんたにゃ色気が足りなすぎるからね!踏み止まる理由がないのさ!”

 

 この野郎、とは思うがその点では正論なので黙っておく。

 この貧相過ぎて肋骨が浮かんで見える身体に中身が元男とくれば、余程の特殊性癖でもない限りは泣き黒子モンハナシャコと履いてないシスターの色気には適わない。

 だが、どうかこれから爆死するまでは黙っていてほしい。

 

 “んー?オリ主的にレフブッコロー!とかしないん?”

 

 しないしない。

 魔神柱に変異する一流魔術師に敵う訳ないし、そもそもマシュにすら劣るこのもやしボディで何か出来るとでも?

 例えデミサーヴァントとして覚醒しても、対人類に特化したお前さんじゃ無理だ。

 逆に完璧に敵側の能力だよ、ガイアの魔犬や水晶の蜘蛛の様に。

 

 “はっはっは、対人に関しちゃ全英霊中最強だって自負はあるZE☆”

 

 そう言う訳で、適度に色々学習しながら冠位指定の始まりを待つ。

 異論は言っても構わないけど、互いに無力な自分達では流れに任せるしかないだろう。

 

 “ま、いーけどさー。そんな上手く行くかね?”

 

 いや、流石に隙だらけのレフと言えど、もやし一人爆殺し損ねる事は無いでしょ。

 原作でもレイシフトしなけりゃマシュも死んでたんだし。

 

 “つまり、愛しのマシュマロちゃんとイチャイチャしたいと?”

 

 大体合ってる。

 後、合法的に引きオタニート生活送れるのが美味しい。

 

 “ダメだコイツ、性根が腐ってやがる…。”

 

 ではDr.に何時から部屋を出れるか聞いてみるか。

 流石に何の運動もせずに誰とも会わないのは不健康過ぎるし。

 より良きネット生活を送るためにも多少の運動は必要だよね。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして今現在、あの地獄から既に3年。

 何とか訓練を受ける事が出来た自分は、今こうして冬木へのレイシフトを控えていた。

 

 「姉さん、何だか緊張しますね。」

 『そうだね。』

 

 隣のマシュと共にレイシフトの時を今か今かと待機している。

 不意に館内放送で間もなくレイシフト開始のアナウンスが流れる。

 いよいよである。

 一応遺書は認めてきたが、この妹は確実に悲しんでしまうだろう。

 この3年、共に二人で多くを学んできた。

 それぞれ分野や求めるものは違ったものの、それでも割と有意義に過ごせたと思う。

 特にDr.ロマンのサブカルチャーコレクション(中でもゲームやアニメ、マギ☆マリ)は中々のものだったので堪能させて頂いた。

 オルガマリー所長の癇癪や泣き言の場面に出くわし、フォローを入れた事も一度や二度ではない。

 それでも、やはり一度選んだ死への誘惑に抗えず、こうして何も対策せずに此処まで来てしまった。

 僅かばかりの後悔と未練が顔を覗かせるが、自分の様な異分子がいたら、結末がどう転ぶか分からない。

 それはあの少年、藤丸立香が生き残る道を閉ざす事でもある。

 つい先ほど出会った主人公となる少年は、既に将来カルデア最後のマスターとなる片鱗が垣間見える程度には善良かつイケメンだった。

 そんな少年の死ぬ遠因にはなりたくない。

 あ、そうそう。

 結局名前は自分で決めた。

 一応マシュと繋がりのある名で、自戒も込めたものだから、それなりに気に入っている。

 

 『マシュ、頑張ってね。』

 「? はい姉さん!」

 

 そして、この可愛い妹にどうか幸いを。

 祈るのはタダだから、自分の分も幸せになってほしい。

 不幸はこっちが持っていくから、是非ともあの少年と共に歩んでいってほしい。

 

 “いや、確かに不幸はオレの担当だけどさ。そこはもう少し自分で頑張ろうぜ。”

 

 はっはっは、現代日本社会の重圧に屈して自害した人間に何を求めているのかね?

 諦めと切り替えの早さ位だよ、自慢できるのは。

 まぁ賽の河原で石積みする覚悟はあるので行こうか、うん。

 

 “こいつ、オレが言うのも何だけど後ろ向き過ぎね?”

 

 それ今更過ぎるよね。

 

 

 そんな脳内馬鹿話をしている時、不意に視界が光で満ちた。

 

 

 

 ………

 ……………

 …………………

 

 

 

 「   っ」

 

 激痛と共に意識が戻る。

 全身から伝わる激痛で、全身がボロボロなのが分かる。

 即死し損ねたか、と思うと同時に、マシュの姿を眼球の動きだけで探す。

 幸いと言うべきか、未だに視界は右側だけだが生きていた。

 嘗ての実験で苦痛への耐性を獲得できたお蔭か、それともあのアヴェンジャーの性質か、こうして致命傷を受けた状態でも多少は冷静に思考ができる。

 先程まであった多数のコフィンは全て破壊され、そこで待機していた魔術師達は多くが重傷乃至死亡していた。

 輝きを失っていた筈のカルデアスは燃え上がり、人類史が焼却された事を示していた。

 うん、知識通りだ。

 目の前で手を握り合う一組の男女も合わせて。

 

 「先、輩…ねぇさん、も…手を握ってもらって、いいですか…?」

 

 下半身を無残にも瓦礫に潰された妹の言葉に、ボロボロの全身をもうひと踏ん張りと自傷すら厭わず動かす。

 少年が目を見開いて驚くが、まぁ気にするな。

 これは所詮、消えかけの蝋燭の最後の煌めきなんだから。

 

 「あぁ…よかった…。」

 

 両手を自分と少年に握られた妹は、そう言って生命活動を静かに停止していく。

 もう1分とないであろうその命を、少年と二人で見守る。

 

 『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。』

 

 今にも消えようとする妹の命。

 レイシフト開始のアナウンスを耳にしつつも、心配はしていない。

 自分は兎も角、この二人は生き残る。

 妹の中の聖杯獲得の騎士が、この二人を生かしてくれる。

 

 『レイシフト開始まで あと3』

 

 自分?自分は別にこのままで良い。

 これは死にぞこないの余禄、故にこれ以上続く事は無い。

 

 『2』

 

 あぁでも

 

 『1』

 

 (この二人の旅を傍で見てみたかったな。)

 

 『全工程 完了。ファーストオーダー 実証を 開始 します。』

 

 そして、自分達はまた光に飲まれた。

 あぁ、これで漸く…。

 

 

 “ま、そうは問屋が卸さないんだけどなー、キヒヒ。”

 

 

 

 

 ……………

 

 

 藤丸立香。

 魔術の、世界の裏側に何の縁もない彼が二人の少女に出会ったのは、一般公募枠でカルデアにやってきて直ぐの事だった。

 霊子変換酔いで廊下で気絶していたオレは、直ぐにマシュとフォウに助け起こされた。

 リスとも猫とも付かない不思議な毛並みの動物、フォウ。

 何処か世間知らずで無垢さを感じさせる少女、マシュ。

 そして、その二人の後をゆっくりと追いかけてきた少女。

 服装はマシュとお揃いのカルデアの制服だが、痩せぎすで歩くのすら億劫な彼女は決して口を開かない。

 ただ決して無口という訳ではなく、優し気な視線と共に、手に持つアイパッドを使って筆談をしてくれた。

 

 『初めまして。私はサドゥ・キリエライト。マシュの姉です。』

 「ご丁寧に初めまして。藤丸立香です。」

 

 少し過ごしただけで、彼女が妹であるマシュを大事にしている事は直ぐに分かった。

 ただ、彼女達に抱く印象はそれ故に変わったものになった。

 マシュには無垢、サドゥには儚さ。

 まるで誰も踏み荒らした事のない、降ったばかりの初雪の様。

 日が差せばすぐに溶けて消えてしまう様な、そんな印象だった。

 あぁ、この二人は汚しちゃいけない者なんだ。

 自分の様な普通な人間は愚か、悪人であっても彼女達は汚してはならない、そんな聖域。

 

 だが、この時の彼が思ってもみない形で、二人は無垢である事を止めていく事となる。

 

 

 今日この日より、冠位指定を巡る旅が幕を開けるが故に。

 

 

 そして時は飛ぶ。

 瓦礫と炎の中からレイシフトした先、炎と亡者だらけとなった嘗ての都市で、立香はデミサーヴァントとして覚醒したマシュと合流し…その後、もう一人のデミサーヴァントとも合流した。

 

 全身を覆う重度の火傷に代わり、彼女の全身を覆うのは見た事の無い入れ墨だ。

 黒く、不吉さを煽るそれは常に皮膚の上を流動し、一つ所に留まる事は無い。

 嘗ては病的なまでに白かった肌は浅黒く変色し、先とはまた違った印象を与える。

 その両手に握るのはまるで獣の爪の様な、肌の入れ墨と酷似した双剣。

 下半身にはただ赤い、血の様などす黒い赫さを持つ布を巻いていた。

 再会したサドゥ・キリエライトは瓦礫の上に亡者であった遺骨の山を築き上げ、やって来た立香達に視線を向けた。

 

 

 上半身は裸のまま、形の良い乳首のある貧乳を晒した状態で。

 

 

 「マスター!見ないでください!!」

 「ぐべへ!?」

 

 直後、カルデア唯一のマスターの顔面に大盾が激突した。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (おい おい!)

 “ぎゃーはははははははッ!ねーねー今どんな気持ち!ねぇどんな気持ち!渾身の自殺が大失敗してどんな気持ちー!?アッハッハッハッハ!!!!”

 

 脳内で大爆笑する馬鹿に対する怒りを必死に抑えつけながら問いかける。

 返って来たのは大爆笑。

 流石はこの世全ての悪、人が嫌がる事は率先してやるという事らしい。

 

 “ま、妹ちゃん達傷つけたくないならまた暫く頑張んないとなー?”

 

 グギギギギギギ…と歯軋りしつつ、脳みそをフル回転させる。

 大丈夫。こんな物騒極まりない旅で誰も死人が出ずに終わる筈はない…!

 必ずや「此処はオレに任せて先に行け…!」や「何、別に倒してしまっても構わんのだろう?」とかな場面がある筈!

 

 “その前向きさ、もっと生産的な方向に生かそうぜー。”

 

 うるせぇ黙れ聖骸布ぶつけんぞ。

 ………まぁ良い。

 此処は取り合えず、立香とマシュ、序でに所長と合流して事態解決を図ろう。

 先ずは3人を鎮静化させねば。

 

 「…喧嘩、ダメ…。」

 「「「先ずは服を着ろ!!」」」

 

 3人から一斉に怒られた。げせぬ…。

 

 

 

 

 

 こうして、凸凹デミサーヴァント姉妹とマスターな少年の旅は始まった。

 

 

 

 


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