「はあ……」
陽気さが装甲を身につけているようなアンツィオ高校学園艦で、やや南側に設けられた森林公園の中で、そのベンチの上で、アンチョビは心の底からため息をつく。
純愛を目の当たりにした。
なぜ、人間は愛に泣いたりするのだろうか。愛を肯定しているからこそ、心によく通るのだろうか。
目頭が熱くなる。それに伴い、感情や血液や脳ミソに火が灯る。
放課後という、開放された世界もあいまってか――アンチョビ(あだ名)高校三年生は、誰を気にすることも無く涙を流していた。
純愛を観たからこそ、こうして心地良く泣けるのだろう。
こうした恋の形が好きだからこそ、素直に感情移入が出来るのだろう。
声が漏れる、うつむく。
「先輩」
声がした。
「先輩」
顔を上げる。
何者だ――とは思わなかった。予想はしていたから、見慣れた顔だったから。
「泣いていたんですか、先輩」
「……まあな」
新刊の恋愛小説を、ひらひらと見せる。表紙には「続・凡人物語」と書かれていた。
「あ、これっすか。これ、まだ読んでいないんすよね」
「そうか……まあ、ボランティア部は忙しいからな」
「そっすね」
秘密の場所のベンチで、アンチョビとポモドーロがにこりと笑い合う。
アンツィオフェスティバルから、アンチョビはボランティア部の一員として働いてきた。普段は屋台広場のゴミ拾いを、時には食材の運搬をも行う。校内全体の清掃もこなしたことがあったが、正直、これが結構楽しかった。
だからこそ、改めて共感したのだ。
ポモドーロは自分の為に、こんなにも頑張ってくれたんだなと。
「忙しいといえば、先輩の方が大変じゃないっすか? あれ以来、練習試合の申し込みがハンパ無いとか」
「あー、そうだなあ。戦力も増強して、戦車道履修者も増えたものだし」
島田愛里寿に勝利して以来、アンツィオ高校向けに練習試合の申し込みが殺到した。
当たり前のように強豪校からメッセージが届くわ、中堅校からも「やりましょう」と頼まれるわで、まるで週末のヒマが取れない。なので、未だに街中の清掃や、献血の手伝いなどは未体験のままだ。
「ボランティア部の皆も言っていますが、戦車道を優先にしても良いんですからね?」
「すまない」
「リコッタも練習試合には駆け付けていましたし、大丈夫っすよ」
「……そっか」
放課後のボランティア活動は、確かに大変といえば大変だ。綺麗にするのも、楽なものではない。
けれど、隣にはいつだってポモドーロが居た。ボランティア部の皆が、気を利かせてくれたお陰だ。
「いつも、助言してくれてありがとな」
「いえ」
「お前には、いつも感謝している。足手まといにならないよう、努力するから」
「いえいえ、そんな。先輩は、立派にボランティアをこなしていますよ」
「そうか」
アンチョビの口元が、緩む。ポモドーロも、安心しきったように笑う。
わたしはやっぱり、この人のことが好きだ。
わたしは、手を差し伸べた。
「あ。お邪魔します、先輩」
先輩と呼ぶポモドーロに、赤石に対して、
「……その、今は、先輩はいいだろう? ここは、趣味で繋がり合っている『だけ』の場所だ」
言い切る。
たとえ祭りが終わってしまっても、学園艦が何でもないように航海し続けようとも、秘密の場所はいつもここにある。
学校とか、部活とか、先輩後輩とか、そんな建前はここでは無縁だ。あるのはただ、同好の士という関係だけ。
「ああ、そうでしたね」
そうして、赤石がわたしの手をとり、隣へそっと座る。
赤石の左手には、当たり前のように恋愛小説があった。
わたしたちはこれからも、秘密の場所で、ヒミツの趣味を抱いて、ひみつの呼び方を口にして、手と手を繋ぎ合っていく。
そしていつか、二人だけの、もしかしたら三人だけの場所へ――
「千代美」
「赤石」
FINE
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
今回は設けられたハードルが多く、どうしようどうしようと悩みました。
まず、主人公の成長を描写すること。次に、アンチョビにとって相応しい男として描くこと。次に、アンチョビを魅力的に描くこと。最後に、アンツィオ戦車道の未来を描くこと。
難しかったですが、書き終えてみると「よくやった」となりました。
偉大な総帥と凡人の、メタルな恋愛を描けたと思います。
何度か推敲はしましたが、致命的なミスなどがあった際は、遠慮なくご指摘ください。
ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。
少しだけ、お休みをいただきます。
恋愛のアイデアをくださった稲荷のキツネ様、人生ツライム様、孤高の牛様、迷子屋エンキド様、本当にありがとうございました。
それでは、最後に、
ガルパンはいいぞ。
アンチョビは、最高の乙女だぞ。