恋愛小説   作:まなぶおじさん

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137P~150P

 

「皆様、こんにちは。アンツィオ高校学園艦の代表として、こうして選ばれました……安斎千代美と申します。あ、アンツィオの中では、アンチョビと呼ばれていますね。……アンツィオ戦車道の、戦車隊隊長を務めさせていただいています」

 

 コロッセオのど真ん中には、新品同然のP40が堂々と鎮座されている。その上には、マイクを片手に挨拶を交わすアンチョビ。

 恐らく、コロッセオは世界屈指のホットスポットと化していると思う。何処を見ても人だらけだし、カメラのフラッシュなんて焚き放題だ。屋台なんて群雄割拠状態だし、既に良い匂いが充満しきっている。

 

「お忙しい中、こうしてアンツィオフェスティバルへお越しいただき、まことに感謝致します。こうして開催出来たのは、アンツィオ高校学園艦へ関わってくれた皆様のお陰です」

 

 誰も言葉を発さない、誰も目を逸らしたりはしない。料理の焼ける音が響くたびに、より一層と静けさが増す。

 この場にいる全員が、中心人物たるアンチョビへ注目している。

 

「少し長くなりますが、皆様に感謝の言葉を述べさせてください――このP40は、先代が遺してくれた資金を用いて、屋台による稼ぎを以てして、観光客が支払ってくれたお金を使って、ようやく手にすることが出来たアンツィオの『遺産』です。ですが、私が至らぬばかりに、P40を傷つけてしまいました」

 

 アンチョビが、両肩で呼吸する。

 勝ちも負けも、記憶から決して消えはしない。だからこそ、パンテオンでは好きなように泣けたのだ。

 

「アンツィオの中で起こった問題は、アンツィオの手で解決する……そうして、自腹で修理費を稼ごうとしました。ですが、P40は思った以上に重く――甘えにはなりますが、寄付を募らせていただきました」

 

 ここに居るのは、若いアンツィオ生徒だけではない。年上の男性から女性、更にはテレビで活躍中の人物が、このコロッセオの中で、アンチョビの行く末を見届けている。

 

「その結果、目標額の2ケタを突破してしまいました。……メールを拝見させていただきましたが、ノリで寄付するのはおやめくださいね」

 

 笑い声が漏れる。一般からの寄付もあったが、そのほとんどはアンツィオ関係者によるものだ。

 何せウン万リラである、何せナン万リラである。これほどの金額を寄付するなんて、ノリと勢いでしか成せないワザだ。

 

「――お陰で、P40は完全復活を遂げました。更には、戦力増強も図れそうですが……本来の、お金の使い道とは違ったものになります。意見はありませんか?」

 

 瞬間、コロッセオ全体から「異議なし!」が響き渡った。中には、親指を立てる者まで居た。

 聞こえたと思う。アンチョビの、安堵する吐息が。

 

「ありがとうございます。皆様から受け取ったお金は、アンツィオ戦車道の……いえ、アンツィオ高校学園艦の繁栄のために、使わせていただきます」

 

 自主的な拍手が沸く。ポモドーロも、同調するように手を叩いた。

 

「P40を修復する傍ら、大洗学園艦が廃艦になりかけるという事件が勃発しました。本来は、全国大会の優勝で免れるべきものだったのですが――だからこそ、同じ戦車道履修者として、戦友として、見過ごすことなどできませんでした」

 

 アンチョビの声が、コロッセオ内に反響する。

 あの日、アンチョビは「筋を通す為に」、P40とセモベンテとカルロベローチェを持参し、大洗女子学園へ「転入」した。

 制服姿の画像を、カルパッチョから送信されたのだが――とてもめんこかった。

 

「そして私たちは、精鋭大学選抜チームと戦い、勝利しました。……恐れながら、私のP40が、天才、島田愛里寿のセンチュリオンを撃破しました」

 

 この朗報が世界へ知れ渡った瞬間、アンツィオ高校学園艦は真っ先に「とにかく祭る」というムードへ突入した。

 同級生から頭を撫でられ、背中をぶっ叩かれ、手を取り合い、飯を奢られて、揉みくちゃにされたことが記憶に新しい。

 

「そうした場面へ至れたのも、全ては、すべては、あなたがた、アンツィオの皆さまのお陰です。――本当に、ありがとうございました」

 

 再び、拍手が発せられる。中には他校生の姿も見受けられるが、きっと、「あの日」に居た戦車道履修者も混ざっているのだろう。

 

「あの後も、沢山のメッセージをいただきました。『素晴らしい活躍だった』とか、『アンツィオは強かった』とか、『最高の戦車道履修者はあなただ』とか……え、えっと! 寄せていただいたメッセージは、アンツィオ戦車道公式サイトへ掲載させていただいてるので、そこで読んでください!」

 

 はい。コロッセオに居る誰もが、そう返事をする――とても良い顔で。

 

「P40の修復、アンツィオのこれからの前進、勝利の栄誉を掴むことが出来て、私は、私は、」

 

 声に感情が籠る。本当のアンチョビの姿が、露わになっていく。

 

「私は、アンツィオ戦車道履修者として、アンツィオの特待生として――報われました」

 

 誰かが、手を叩いた。誰もが、手を叩きだした。

 拍手が鳴りやまない、喝采がいつまでも止まらない、アンチョビの笑顔がこれからも続いていく。

 アンチョビは、たくさん頑張ってきた。そのような人物には、栄光が与えられるべきなのだ。

 ――そんな人を見届けることが出来て、極めて光栄に思う。

 

 アンチョビが一礼する、世界から音が消える。

 

「皆様には、どうお礼を言っていいのか、どう返せば良いのか、何度も議論を重ねましたが、」

 

 深呼吸。

 

「アンツィオ高校学園艦の、一番の楽しみ――祭りを開くことで、お礼を返すことにしました」

 

 聴衆が頷く、カメラがフラッシュする。

 

「アンツィオを祝う為の、アンツィオ戦車道の門出を祝福する為の……アンツィオに関わってくださった、皆様の為の祭り、アンツィオフェスティバルを開催することに致しました」

 

 そう――

 アンチョビから「どうしよう」と聞かれて、ポモドーロもポモドーロなりに考えて、アンツィオ高校学園艦全体で思案した結果が、「祭り」だった。

 

 普通の宴会を行う分には「生徒の規模」で済むのだが、アンツィオ高校学園艦は子供も大人も教師も校長ももれなくアンツィオ気質持ちだ。なので「アンツィオの皆が助けてくれた」とか、「アンツィオの生徒が栄光を手にした」とか、そうした「立派な」動機が絡めば、大人にもスイッチが入らざるを得ない。

 最初は、宴会の準備をする生徒に向かって「無駄遣いはするなよ」と教師らしい指摘を行う。だが、感情的なのは教師も同じで――「俺も、手伝うよ」と言ってくれた。

 

 こうして何の文句も無く、アンツィオフェスティバルが開催された。規模は学園艦全体、三日間ぶっ続けで行う予定となっている。

 その分だけ予算も吹っ飛ぶが、この来客数だ。きっと、何とかなってしまうだろう。

 

「皆様、思う存分、この祭りを楽しんでいってください」

 

 穏やかな表情。

 

「私たちは、アンツィオ戦車道を強くしていきます。そしてそれ以上に、アンツィオらしさを失わないよう、これからも精一杯生き抜いていきます」

 

 はっきりと宣言した。

 アンツィオにとって、これ以上無い誓いだった。

 

「――改めて、お礼をさせてください」

 

 アンチョビが、笑いたいように笑う。

 

「皆様、本当に本当に、ありがとうございました。こうして幸せな気持ちでいられるのも、全部あなた達のお陰です」

 

 アンチョビの手が動く。

 

「皆様から支えられて、私は、私は光栄です」

 

 人差し指が立つ。

 

「そして、私は、女性としても幸せになります!」

 

 アンチョビが、指鉄砲を作る。マスコミから、アンツィオ生徒から、アンツィオ関係者から、他校生から、観光客から、一斉に撮影音が爆発する。PVから始まったこのポーズは、今となってはアンチョビのメインビジュアルとして知名度が上がってしまった。

 一方で、ポモドーロは「やめてー」と顔真っ赤にする。隣に居たリコッタが、「だってさ」と肘でつついてきた。

 

「お待たせしました。第一回、アンツィオフェスティバルをこれより開催いたしますッ!」

 

 ペパロニが駆け付け、紙カップを手渡す。中身は、特産物エスプレッソ。

 

Saluteッ(かんぱい)!」

 

 Saluteッ! ばーん!

 アンツィオ高校学園艦という世界中に、人の歓喜が木霊した。それまで静粛だった空気が、あっという間に喧騒へ上書きされていく。

 

 まずは一杯飲んで、「たはーっ!」とアンチョビが声を上げる。そのままP40から降りて、マスコミから軽くインタビューを受け、後はそのまま真っ直ぐに、

 

「や、みんな」

「先輩、お見事でした」

 

 アンチョビが「そうかー?」と苦笑する。自分だったら、口なんて回りはしないだろう。

 

「見事な挨拶でした、ドゥーチェ」

「ほんとほんと。私には、一生出来ないっすねー」

「えー? お前はできなきゃ駄目だろ?」

 

 ペパロニが、「なんで」という顔をする。アンチョビは、意地悪く目も口も曲げて、

 

「だって、来年は私と同じ立場になるんだぞ?」

「え、そうなんすか?」

 

 ペパロニが、エスプレッソを飲み、

 

「えぇッ!? どぅ、ドゥーチェになるぅッ!?」

 

 アンチョビがけらけら笑う。カルパッチョとリコッタが、ペパロニの肩へ手を乗せる。

 

「じょ、冗談じゃないっすよ! 私にゃ無理っす!」

「え、そうなの? ノリと勢いと人気は、間違いなくトップだと思うが」

「だ、だからって、総統と違って知力は、」

 

 そこで、ペパロニの視線がカルパッチョへ向けられる。カルパッチョは、喜色満面の笑みで親指を立てるのだった。

 

「は、はぁぁ……どうなっちゃうんすかね」

「大丈夫大丈夫」

 

 アンチョビが、軽やかにウインクし、

 

「ノリと勢いさえあれば、何とかなるから」

 

 アンツィオらしく、総括した。

 ペパロニは、「はあ」とため息をつき、エスプレッソを全て飲み干す。

 

「分かったっす」

 

 拳を振り上げ、

 

「絶対に、アンツィオを優勝へ導くっす!」

 

 高らかに、アンツィオすべてに宣言した。

 瞬く間にマスコミのフラッシュが襲い掛かり、戦車道履修者らしい他校生から「ほう、新しいライバルの誕生か」と注目される。時の人となったペパロニは、「もういい! やってやらぁ!」と再び叫び、アンツィオ生徒からは「やってくれー!」と激励されるのだった。

 

 そんなペパロニに対し、アンチョビは儚さそうに笑う。

 

「もう、あいつは『大丈夫』だな」

 

 カルパッチョが、同意するように頷く。

 リコッタが、眼鏡のブリッジを整え、

 

「私も、なるだけサポートしますから」

「ありがとう、リコッタ。これからも戦車を、学園艦をキラキラにしてくれ」

「はい」

 

 リコッタが、心の底から笑う。

 

「あ……そうだ。ポモドーロは、何か用事はあるか?」

「ああ、午前中に『アンツィオライブ』へ参加するっす。ボランティア部名義で」

「そうかそうか」

 

 アンチョビが、実に実に嬉しそうに微笑み、

 

「これは、最前列で見ないと聴かないと」

「いえ、先輩はゆっくり会場を見て回ってください」

「え、なんで」

「そりゃあ……その、恥ずかしいっす」

 

 アンチョビが、母親のような笑顔を浮かばせる。

 

「恋愛関係なんて、それくらいが丁度いいだろ?」

 

 否定出来ない。ヒミツの趣味の共有者だけに、恋への理解度を思い知らされる。

 ポモドーロは、諦めるようにため息をつく。

 恋なんて、何をやるにしても、恥じらうくらいが丁度良いのだ。熱くなったり、ムキになったり、意識しすぎたり、将来のことまで考えたりして――それもまた、青春の一コマだ。

 

「しっかりと見届けてやるからな」

「へーい」

 

 そこで、リコッタが「隊長隊長」と呼びかける。アンチョビの目が、リコッタへ映る。

 

「こいつ、アコーディオンが超うまいんですよー」

「本当か! 期待しているぞ!」

「あっお前ッ、適当なことを言うな!」

 

 カルパッチョが、「これは私も聴かないと」と期待を寄せる。何とか生き残ってきたペパロニが、「ほんとっすか? 私も応援するっす!」とメッセージをくれる。

 ポモドーロがうああうああと唸ろうが、祭りの勢いは止まらない、学園艦の揺れは収まらない。

 上品そうな女性が、「流石アンツィオ、美味ですわね。次はどこへ食べに行きましょうか」と、彼氏らしい男へ問う。無骨な時計をつけた女性が「凄い火よね、大丈夫かしら」と、連れの男へコメントしている。アンツィオ生徒と他校生がパントマイムで競い合っていて、ピッグテールの女性が「さっすが!」と称賛している。

 点火した特設モニターは、P40がセンチュリオンを撃破するまでのシーンを映し出している。多数の観光客が見物している中で、年上らしい男が「でも、君は素敵だった」と、ロングヘアの女性へ語り掛けていた。それに笑う女性。

 

 祭りの笑顔を見て、ポモドーロは苦笑する。

 うまいメシの匂いを嗅いでいるうちに、「まあ、何とかなるか」と思うようになった。恋愛感情に焦がれるまま、勉強をして、ボランティアに励んで、医者になるという夢を掴んで、アコーディオンも弾けるようになった。世の中、やろうと決めたら何だってやれるものなのだ。

 

「先輩」

 

 屋台からは、「一番美味いパスタだよ!」とか「最高のジェラートが、たったの百五十万リラ!」とか「言ったな? 言うてくれたな? 売上勝負といこうかッ!」といった大声が聞こえてくる。来客者から、歓喜の声が上がる。

 

「ん?」

 

 ギターケースを持った青年が、「あっちへ食べに行こうよ」と指をさす。寡黙な少女が、こくりと頷く。

 

「見せてあげますよ、俺の演奏を」

 

 そんな祭りの風景の中でも、アンチョビは一際輝く笑みを浮かばせる。

 

「期待しているぞ、ポモドーロ」

 

 手と手を、がっしりと握り締め合った。

 

 ↓

 

『――次は、アンツィオ高校ボランティア部の演奏が始まります』

 

 アンツィオ出身のメタルバンドが一仕事を終え、「いよいよ」ボランティア部の出番となった。

 待っていたのだ。恩人が、ポモドーロが現れるのを。

 

「誰だっけ? 例の先輩」

 

 手を繋いだままの女友達が、横から声をかけてくる。灰山は、「あの、赤いアコーディオンを持っている人」と声で指摘する。

 ――ボランティア部全員が、一礼をする。ギター、アコーディオン、ドラムなど、それぞれ慣れた手つきで準備を行う。ボーカルはいないらしい。

 演奏する音楽は、アンツィオ高校学園艦では定番の民謡らしい。それに、お祭りらしくアレンジを加えたものだとか。

 

 ポモドーロと目が合う、手で挨拶をされる。何だか恥ずかしくなってしまって、「うう」と唸ってしまった――女友達が、くすりと笑いかける。

 ポモドーロとは、何度かメールを交わしあった。そのたびに激励の言葉を投げかけられたり、時には「そんなものだよ」と済ませたこともあった。あくまでメル友で、先輩後輩の関係でしかなかったけれど、それでも「俺は不必要なんかじゃない」と思えたものだ。

 

 そうして少しずつ歩んでいって、廊下で泣いている女の子がいて、最初は躓いて、けれども『変われる』という言葉を信じて――

 

 演奏が始まる、イントロが軽やかに流れ出す。皆が皆、目立ったミスもしないままで楽器を奏でていく。

 ボランティア部といえば、ゴミ捨てに清掃に演奏に週末の活動と忙しいはずなのに、よくここまで弾けるなと思う。ポモドーロ曰く、「楽しいよ」とのことだが――たぶん、そういうことなのだろう。

 

 アンツィオは、ノリと勢いで動く世界だ。だから、楽しめば楽しむだけ悔いなく生き抜ける。

 今なら、そうやって結論付けられる。だって自分は、今が楽しいから、手を繋いでいる人を守りたいから、それすらも楽しいから、

 

「あ」

「あ」

 

 演奏して数分が経過した頃だろうか。ポモドーロがアコーディオンを担いだままで、観客めがけ歩み寄る。

 

 そして、観客へ手を差し伸べた。

 

 観客が注目し、ボランティア部が「やりやがったな」な笑みを浮かばせている中で――この祭りの中心人物が、ポモドーロの恋人が、安斎千代美が、その手を握りしめ、ステージへ登る。

 ライブと民謡と青春と千代美が組み合わさって、観客が怪獣のように吠える。自分も何だか嬉しくなってしまって、アホみたいに叫んだ。

 女友達をちらりと眺める。恋愛小説のようなワンシーンを見て、羨望するように瞳を輝かせていた。

 

 変わろう、男になろう。

 だから、灰山は女友達の肩を抱いた。女友達が、体をびくりと震わせたが――受け入れてくれた。

 

 ↓

 

 ジェラートは、母と父の手をしっかりと握りしめていた。今度は手放さないように、迷わないように、迷惑をかけないように。

 そうしていると、ポモドーロもアンチョビの手を掴み取って、ステージへ案内した。母が「いいわねえ」と言って、父が「若いころを思い出すなあ」と呟く。

 

 そうして、アンチョビがマイクを手渡され――前に聞いた歌を唄い出す。

 うまくて、よく通って、かっこいい声が耳に届いた。観客も一緒になって歌う中で、アンチョビは堂々と、歌姫のように振る舞う。

 

 ジェラートは、思った。

 自分も、あんな素敵な人になりたい。自分にひみつの名前をつけてくれるような、格好良い女性になりたい。

 アンチョビが手を広げ、感情いっぱいに唄う。その目はきらきらとしていて、優しそうに笑っていて、ずっとポモドーロの隣に居て、本当に本当に楽しそうだった。

 

 ――自分も、アンチョビのようになるには、

 

「お母さん、お父さん」

「うん?」

 

「わたし、この学校に入りたい!」

 

 ↓

 

 演奏が終了し、ボランティア部の全員が深呼吸する。これといったミスをせず、アンチョビを誘ったことも咎められず、無事平穏に拍手を浴びる。

 終わった――アンチョビからマイクを手渡され、撤収作業に移る。少し休憩したら、ボランティア部としての活動を再開しなくては。

 ステージの裏側にまで回り、アコーディオンをどかりと置く。うーんと、面倒くさそうに背筋を伸ばし、

 

「あの」

 

 アンチョビが、まだそこに居た。部長が、リコッタが、ボランティア部が、「え」と目を丸くし、

 

「ここって、部員を募集していますか?」

 

 リコッタが、「あ、はい」とか細い声で返事をする。それを確認しては、アンチョビが小さく頷き、

 

「では――今日から、ボランティア部へ入部してもいいですか? あ、邪魔でしたら、後日でも構いません」

 

 ボランティア部員とボランティア部員が、顔と顔を合わせる。ポモドーロとリコッタが、「え」と視線を合わせる。

 アンチョビの顔を見る。

 アンチョビは内股気味で、顔を赤く染めていて、ポモドーロと目が合ったかと思えば視線を逸らしてしまった。

 

 ポモドーロは、アンチョビの意図に気づく――が少しだけ遅かった。部長が、凄い良い顔になって、

 

「もちろん! あ、初日ということで簡単な作業でも構いませんよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 部長と目が合う、口元がにやりと歪む。

 

「といえども、勝手が分からないでしょうし、誰か経験者が必要ですよね。……となると」

 

 部長が近づいてきて、顔で「やれ」と命じられる。

 承知の上だった、他に主導権を譲る気などは無かった。

 

「先輩」

「あっ」

「……俺が、ゴミ拾いを先導します」

 

 アンチョビの表情が、ぱあっと明るくなる。

 

「よろしく頼む、ポモドーロ」

「はい」

 

 手と手を握り締め合う、アンツィオ流のスキンシップを図り合う。

 

「それじゃあ、三十分くらい休憩したら、ここで落ち合いましょう。それまでは、こいつと遊んでいてください」

「はい、ありがとうございます」

 

 アンチョビが、深々と礼をする。ポモドーロも、頭を下げた。

 

「――立派になったね」

 

 リコッタの、すこし寂しそうな声。

 

 ↓

 

 ――そうしてステージの裏側から出ていき、アンチョビが「はあ」と息を吐き出す。

 そんなアンチョビを見て、何となく分かっているつもりなのに、

 

「先輩」

「ん?」

「どうして、ボランティア部に?」

 

 分かっているくせに、こんなことを聞いてしまった。

 アンチョビは、唇を尖らせ視線を上の空にして、

 

「……歌、楽しかったから」

 

 予想外の答えだった。「へえ」と口にしてしまった。

 

「……あと、」

 

 ステージ上では、アンツィオ出身のダンサーが派手に舞っている。観客全員も、手を取り合って踊っていた。

 

「戦車道もひと段落を迎えたし、その、一緒にいる時間を伸ばしたくてだな」

「なるほど」

 

 望みの返答を、聞くことが出来た。だから、

 

「光栄です、先輩」

 

 アンチョビが「むう」と唸る。

 ――その時、着信音が近くで鳴り響いた。

 

「これは、俺の携帯じゃないな」

「あ、私だ」

 

 足を止め、その場で通話を開始する。ポモドーロは、そんなアンチョビを見守るように両腕を組んだ。

 

「はい、はい……え、え!? ライブ見てた!? お母さんいるの!? 何処!? ……は? 彼氏紹介しろって?」

 

 ポモドーロの思考が凍る、アンチョビの顔が熱くなる。

 

「……わかった、わかった! じゃあ、トレヴィーノの泉前で会おう! いいね!?」

 

 そうして、きっぱりと携帯を切ってしまった。

 感情が冷めやらぬうちに、アンチョビが目を合わせてきた。ポモドーロは、不思議と冷静な気持ちになって、

 

「親、すか」

「……ああ。唄ってるとこ、見ていたらしい」

「へえ……」

「……なんで気づけなかったんだろう」

「観客、多かったすからね……」

 

 アンチョビが、「はあ~~」と落胆する。腰は曲がり、視線は地面へ。

 

「……すまないが」

「あ、はい」

「トレヴィーノの泉前まで、来てくれないか? その、紹介、しないといけなくなって」

 

 その言葉を聞いて、ポモドーロはにこりと笑う。

 

「構いませんよ」

「……ありがとう」

「いえ。それに――」

 

 姿勢はそのまま、顔をゆらりとポモドーロへ向けてくる。

 

「嬉しいです。こう、認められて」

 

 アンチョビの無表情が、やがては微笑へ。「そっか」と、体勢を整える。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 当たり前のように手を差し伸べられ、当たり前のようにその手をとる。

 

 トレヴィーノの泉へ向かう間も、祭りの光景が絶えない

 屋台からは美味しそうな匂いが漂ってきて、観光客がそれに惹かれていく。中には、観光客とトークで盛り上がり、おまけをプレゼントする屋台もあった。

 設けられたテーブルを挟み、アンツィオ女子生徒と他校生の女子がボードゲームに興じている。同じ戦車道履修者なのだろう、戦車のコマを用いて激戦を繰り広げていた。

 広場では曲芸をするアンツィオ生徒がいて、薬莢でジャグリングをこなしている。その一方で、上品そうな女性が人差し指でティーカップを支えていた。

 ふと、見覚えのある屋台が目に入る。戦車の模型が乗っかった屋台には、忙しそうに動き回るペパロニと、デレデレする男子の話し相手になっているカルパッチョが居た。

 そこで、視線が合う。手をひらひらと動かして、ポモドーロもアンチョビも手のひらで返した。

 

「賑やかだな」

「ええ」

 

 けれど、「この」祭りはいつか終わる、終わらなければならない。億劫な勉強があるから、大切な道を歩まなければならないから。

 だからこそ祭りは楽しくて、心地よく寂しくなって――終わり際に、祭りで起こった全てのことを話し合うのだ。

 それは、アンツィオ高校学園艦のみんなが、いちばんよく知っていることだ。

 

 だから、自分はこの手を決して離さない。これだけは、終わりを迎えたくはないから。

 この人の為に、この人から得たものの為に、自分はこれからも頑張る、生きていく。

 

 アンツィオ高校学園艦に、再び乗ろう。

 アンツィオ高校学園艦に、再び誓おう。

 

 アンチョビから、認められたか。

 認められた。

 アンチョビから認められ続けるには、何をすべきか知っているか。

 知っている。

 「何か」を持つ、主人公になったか。

 なった。

 なったんだな。

 なった。

 

 ――最後の質問だ。お前は、

 

「千代美」

 

 アンチョビが、笑顔とともにポモドーロへ顔を向ける。

 

「ん? 何だ? 赤石」

 

 絶対に笑えた。

 

「大好きです」

 

 手を、きゅっと握られる。

 

「私も、私も、お前のことが……大好きだ」

 


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