マブラヴで楽していきたい~戦うなんてとんでもない転生者 作:ジャム入りあんパン
静まり返った艦内に乾いた音はよく響く。
それは、鋭敏になったこの男の耳にはよく聞こえていた。その直後に聞こえた友人の婚約者の悲鳴も。
「何だ、何があった!?」
巴武蔵は杖をついて壁に手を突きながら、その場に駆けつけた。
「!!!!」
突然現れた武蔵に、不審者の男は驚きの声を上げるが、武蔵の両目が包帯によって防がれているのを見ると、続けて冷静に手に持った拳銃を突きつけ、引き金を引こうとした。
だが、それは悪手と言ってもよかった。相手は巴武蔵である。柔道家としての腕前は、あの紅蓮醍三郎が太鼓判を押す腕前である。そして、武蔵の鋭くなった感覚は何も聴覚だけではなかった。嗅覚は確実に硝煙の匂いと、その奥にある鉄錆の匂いを感じ取っていた。
武蔵が相手の腕を掴んで上にねじりあげるのと、引き金を引くのは同じタイミングだった。
「お前、オイラのダチに何しやがった!」
「!!!」
何かを叫んでいるようだが、それが中国語らしいという以外は何もわからない武蔵は苛立ちも隠さずに、乱暴に相手の胸ぐらを掴む。
「今のオイラはちょいと荒っぽいぜ!」
杖は既に手放されており、掴んでしまえば後は武蔵から逃れうるものなどこの世に何人もいなかった。
「大雪山おろしーーー!!!!!」
「ぐべっ!?」
あのゲッターロボの高速機動に耐えられるだけの肉体を持った男の、全力の大雪山おろしである。全身から骨が砕ける音がしてその全力は、躊躇なく天井に向かって叩きつけられた。
グチャという肉の落ちる嫌な音がしたが、武蔵はそれに構う気はない。血の臭いのする方に杖を持たずに近づいていく。
「おい、何があったんだ、拓哉!」
「武蔵様・・・拓哉様の、拓哉様の体から血が、血が流れて、止まらないのです・・・!」
腹部から流れ出る血を必死になって押さえつけようとする焔。普段の彼女であれば、冷静に応急処置をしたであろう。だが、今は愛する男が死にかけているという事態に冷静さを失っていた。
だからこそ、武蔵は冷静になれた。
「落ち着くんだ、焔ちゃん!まずは拓哉の傷口を部屋のシーツでもなんでもいい!とりあえず塞ぐんだ!」
「えっ、あ・・・・・・」
「早く!目の見えないオイラじゃあ応急処置は出来ないんだ!」
「は、はい!」
扉の開く音と中で何かを引きずり出そうとしている音を聞きながら、武蔵は大声を張り上げた。
「衛生兵!衛生兵はいないか!!拓哉が襲われた!!」
この叫びが引き金となった。
ブリッジには関係者一同が集められていた。
関係者と言っても、司令の彩峰と神野志虞摩、紅蓮醍三郎と言った重鎮ばかりだ。アムロたちは医務室で現在手術中の拓哉の容態を見守っている。
「まさか統一中華戦線・・・いや、中国がね・・・」
厳しい表情で彩峰がつぶやく。例の工作員の男だが、今も意識を取り戻さない。だが、手持ちの武器と服装などから、中国サイドの工作員であるということはすぐに分かった。
統一中華戦線は一枚岩ではない。BETAという脅威を前にして一時的に手を取り合っているにすぎないのだ。中国と台湾。この問題は拓哉の前世の世界でも、そしてこちらでも根深く残っている問題なのだ。
この問題のこの世界における厄介なところは、拓哉のおかげでこの結束が原作よりも緩いものであるということだ。
この世界ではもはや戦後の世界を見据えた動きが始まっている。アンバール、ボパールに続いて、重慶、マシュハドと立て続けにハイヴを攻略して、今やオリジナルハイヴ、カシュガルに王手をかけている。その為、今は棚上げにしている問題が降りてきているのだ。だからこそ、新塚拓哉という最強のジョーカーを手に入れようとどの国も画策していた。
穏便な所ではインドを始めとした東南、中央アジア諸国。いわゆる、大東亜連合に所属している国家だ。ここはインド亜大陸の猛将、パウル・ラダビノッドの影響力もあり、日本とは穏便な関係を続けることで祖国を取り戻せることを理解していた。最初に日本からジムの供出を受けたということも大きいだろう。
続けて、意外ではあるがソ連だ。ソ連は最初に色々と第三計画絡みでやらかした感はあるが、だからこそ、日本とは穏便な関係を続けることこそが最良であることを理解していた。拓哉、というよりもロンド・ベルが噛みつかれたら容赦しないことを知ったからだろう。
続けてEU諸国も穏やかな方である。正確には、まだハイヴの影響があり、いくらジムの供出を受けていても、ハイヴの影響を排除できない以上、何かをする余力がないのだ。だが、EU諸国も一枚岩ではない。拓哉を手に入れようと画策しているが、それは力づくではなく、緩やかに拓哉を絡め取ろうと各国が動き出すであろう。
アメリカについては散々語っているのでここでは省略しておく。むしろ、今回の件を知ると、喝采を上げることであろう。
「さて、どうしたものかな」
「そうじゃのう。こちらとしてもこのままという訳には行くまい。外交筋で抗議は出しているが、はてさて、どこまで効果があるやら」
「何を弱気なことを言っておるか!統一中華戦線はここで切り捨てる!」
「敵を前に人類で仲間割れですか?拓哉くんが一番嫌うことですよ」
「婿殿の差し出した手を振り払ったのは中国だ!」
「落ち着け、紅蓮よ。彩峰の言うことは最もじゃ。敵の最重要拠点であろうカシュガルを前に、そのような余裕などあるまい。まずはカシュガルを落とす。統一中華戦線・・・いや、中国の問題は殿下に任せるとしよう」
「ぬう・・・!」
「婿殿を害されて機嫌が悪いのも分かるが、だからこそ冷静に動くべきじゃ」
「そうですな。今はカシュガル攻略に全力を注ぎましょう」
紅蓮は不機嫌そうな唸り声を上げるが、彼とて事の重要性は分かっているのだ。だが、感情が納得しない。拓哉を婿として認めたのも、何もガンダムを渡されたからではない。皇太子殿下と政威大将軍殿下を動かし、ロンド・ベルという一大軍団を作り上げた手腕を買ったからこそである。そして、埋もれていた天才、兜博士、早乙女博士を世に出し、マジンガーZとゲッターロボの完成にも貢献したからこそ、婿として認めたのだ。
だからこそ、拓哉の思いも知っている。彼が何を目的に戦ってきたのかも。彼がその気になればもっとえげつない商売が出来たのだ。その事は二人になった時に拓哉から聞いている。その気になれば、世界の裏も表も、アメリカからぶんどることが出来るということを。だが、それは彼の望みではない。彼の望みは世界の平和だ。だからこそ、力そのものである戦術機をあれだけ多数国外に流出させたのだ。戦術機だけではない。それに付随する技術も全てだ。
「誰が、誰が世界のために戦っていると思っている・・・!」
かつては、武力こそが全てだった紅蓮の意識すら改革してみせたのだ。
「心中、お察し致します。まったく・・・誰が為の戦いなのだか・・・」
彩峰のつぶやきは、静かに空気の中に消えていった。
そして、医務室の前では焔が憔悴しきった表情で、手術の結果を待っていた。
ショックを受けているのはアムロたちも同じだが、焔がそれ以上に憔悴しているため、それを表に出さないでいた。
焔の側には弓さやかと炎ジュンがいた。男の自分たちよりは同じ女性という判断は正しかったらしく、二人に励まされて少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「・・・まだかよ・・・」
「落ち着くんだ、甲児くん」
「分かってるよ・・・。分かってんだよ!」
事件を聞いた当初は、マジンガーに乗って中国軍を蹴散らしてくると息巻いていた甲児だったが、鉄也と竜馬の二人に力づくで止められて、苛立ちをギリギリの一線で我慢しながら手術の結果を待っていた。
手術が始まってからおよそ3時間が経過していた。本来ならば、軍を再編成してカシュガルに突撃していたはずなのだが、今はそれどころではなくなっている。
擱座したホワイトベースの周りには、天馬級が上空から睨みを効かせ、その周りを巡洋艦が厳重に取り巻き、更にその外側を戦術機部隊とスコープドッグ隊が取り囲んでいた。ソルテッカマンはその大半をホワイトベースに移し、今やその内部は戒厳令が敷かれている。
そして、統一中華戦線はその部隊のすべてを遠方へと追いやられていた。その彼らにはEUからの援軍である666戦術機中隊とフッケバイン大隊、大東亜連合軍が銃口を向けていた。国連軍もこの状況で何かをするわけではなく、アメリカの息がかかったものたちは内心で喝采をあげつつも、ロンド・ベルに潰されることを恐れて、一番外回りを警戒していた。
元々気の長い方ではない甲児は、今にも爆発しそうな感情を必死に抑えていた。本当ならば今すぐ飛び出していきたいところだが、それは鉄也と竜馬に止められている。
それで我慢するような甲児ではないのだが、竜馬の表情が完全に消え去ったままで通路の手摺を捻じ曲げているのを見て、誰もが我慢していることを知ったのだ。
一番付き合いの浅い鉄也も、その事に気づいているからこそ止める側に回ったのだ。本来ならば彼も、甲児と一緒に出撃したいぐらいなのだ。だが年長者として、それだけはギリギリの所で我慢した。
そして、意外と静かなのはアムロであった。さやかとジュンの二人を連れてくるように進言したのもアムロで、その後は手術室の前でじっと静かに待っている。この中では拓哉との付き合いが一番長いのはアムロだ。だからこそ、静かに待っているのは不気味とすら言えた。
誰もが行き場のない感情を持て余す中、医務室の手術中と書かれたランプの明かりが消える。手術が終わった合図だ。
その場にいた誰もが扉の方に視線を集中させる。出てきたのは、ホワイトベースの主治医を務める医師だ。
「先生、拓哉様は!」
「安心しなさい。手術は成功した」
立ち上がった焔は腰が抜けたのか、再びその場に座り込んで涙ぐむ。そんな彼女をさやかとジュンが慰める。
「ただし、このまま作戦行動に参加させる訳にはいかない。新塚博士はどれか適当な艦に移送した後、日本に帰した方がいい」
「それもそうだな。彩峰司令には俺が伝えに行こう」
鉄也がいち早く立ち上がって、その場を後にする。
何かを言いたそうにしていた甲児だったが、竜馬は甲児の肩に手をおいて押しとどめる。
一番付き合いが浅いから遠慮したのだと、竜馬は気づいていた。そして、それを表に出すような器用な男ではないことも察していた。
笑みを浮かべて鉄也を見送る竜馬を、甲児は不思議なものを見るような目で見ている。
「それで、拓哉には会えますか?」
「無理を言っちゃいかん。まだ当面は安静にしなければならん・・・が、見送るぐらいならばいいだろう。移送する時には声をかけるから、君たちは部屋に戻って休んでいなさい」
「まあ、そうだろうな。さあ、俺達は部屋に戻るぞ」
「おい、隼人!それはちょっと薄情じゃないのか?」
「ここで間抜け面して待っていても仕方がないだろう。むしろ、見送る時に会う許可をもらえただけでも、十分な譲歩だと思うぞ」
「隼人くんの言うとおりよ。さあ、甲児くんたちも部屋に戻りましょう。焔さんも、ね?」
隼人とジュンに説得されて渋々ながら立ち去ろうとする甲児たち。
と、甲児が突然足を止める。そして、
「拓哉ー!お前が帰ってくるまでにオリジナルハイヴは片付けといてやるからなー!」
「あ、てめえ!ずっけーぞ!おい拓哉!いつまでも寝てると、俺様が焔ちゃんをもらっちゃうぞー!」
「お前には無理だよボス。聞いていたな、拓哉!俺だけじゃあこの動物園みたいな連中の面倒は無理だ!さっさと帰って来い!」
「ちょっと!動物園の中にあたしも入っているわけ!?拓哉くん!焔ちゃんをこれ以上泣かせたら、承知しないんだからね!」
「おーい!拓哉!帰ってきたら俺が野球を教えてやるからよ!ちょっとは体を鍛えろよ!」
「それよりも、俺が空手を教えよう!女の子を守っても大怪我をしてたんじゃあ駄目だぞ!」
「こら!君たち!医務室の前でそんな大きな声を出さないの!」
賑やかに去っていく一同に、医師は呆れたようにため息を突きながらも、一人残ったアムロの方に視線を向ける。
「君は何も言わなくてもいいのかね?」
「ぼ、僕は・・・」
「言いたいことがあるなら言っておきなさい。なに。今更一人増えた所で変わらんよ」
「そ、それじゃあ・・・」
諦めたような医師の一言に、アムロは大きく息を吸い込んで。
「拓哉!!帰ってきたら、全部聞かせてもらうからな!!」
それだけ叫ぶと、医師に向かって一礼をしてアムロは走り去って行った。
去っていったアムロたちを見送りながら、医師はポツリと呟く。
「いい友達を持っているじゃないか。羨ましい限りだな、新塚博士」
未だ眠ったままの拓哉に視線を向けて、自らの仕事へと戻っていった。