マブラヴで楽していきたい~戦うなんてとんでもない転生者 作:ジャム入りあんパン
つまりはタイトルのとおりだ。
え、それじゃあ分からない?
だろうな。俺だって分からない。
どうしてこうなった?
ことは二時間前に遡る。
国連軍の戦術機部隊を預かるマチルダ中尉から、士郎さんの人となりについて聞かれたことだ。
つーか、マチルダさん。あんた輸送部隊じゃないんだ?まあ、いいけど。
「篁大尉のところじゃなくて俺のところに来たのは?」
「あなたが、一番隊員に対して中立だと思ったからよ」
まあ、否定はせんけどね。半天然物のコーヒーを二人分差し出して、俺は様子を見る。
1人はマチルダ・アジャン中尉。この人については今更だ。もう一人についてはちょっと聞いておきたいかな。アイナ・サハリン少尉?
「で、うちの士郎さんが何か失礼でもしましたか?」
「そういう訳じゃないのよ。ただこの子、アイナは男性との接触が極端に無い子で、天田少尉との間でちょっと、ね?」
「ちょっとの内容を聞かせてもらえないと、俺も答えようがないんですけど?」
その内容は一言で済んだ。曰く「頭を撫でられた」
頭を撫でられたら、兄や父とは違った感触で、頭の中が熱くなって士郎さんの顔をまともに見ていられないようになったらしい。
このチョロインめ。マチルダさんは微笑ましく見守っているけど、俺からしたら頭が痛いの一言につきる。何しろ、ここの医務室にノリス・パッカード大佐がいることを確認している。
この後の展開は容易く想像がつくんだけどなー。
「まあ、いいか。天田士郎。年齢20歳。階級は少尉だけど、この戦いが終わったら中尉に昇進することが決定している、我が部隊のエースの1人。機体はガンダムEz-8。スコアは特別目立つものではないが、アムロ、甲児、ゲッターチームとボスを見事に纏め上げているだけあって、指揮官の才能が高い人だな」
「あら。将来が有望そうね」
「そうです。加えて人当たりがよく、他の部隊員の相談なんかも聞いたりしている姿をちらほら見かける。孤児院出身だから、年下の子の扱いに慣れているんだよな。多分、士郎さんは妹分の頭を撫でたのと同じ感覚だと思うよ。アイナさんが気にしなければ、自然に戻ると思うけどね」
「で、ですが・・・」
「気にしすぎる事で起きるやばい展開のほうが、ね」
自分でも表情が引きつるのが分かる。マチルダ中尉も察しがついたのか、困ったような顔でアイナの方を見る。
過保護な大佐が大暴走。それが一番怖い。この世界はガンダムではなくマブラヴの世界だ。日常に一瞬でも近づくとギャグが一気に近づく。そして、今は日常だ。
そもそもノリス・パッカード大佐が負傷したのは、戦場でではない。自機の整備中に腰をやってしまったのだ。もうこの時点でマブラヴだろ?
で、だ。その人が大恩あるサハリン家のお嬢様が気にした男がいるってなったらどうなるか?
ガシッと俺の肩が掴まれた。
「アイナ様に付いた悪い虫の話を聞かせていただこうか」
こうなる。
マチルダ中尉たちにしたのと同じ説明を、もう一度ノリス大佐にする羽目になったわけだ。
「とまあ、そういう人ですよ」
「ふむ。人柄は良し。ならば戦術機の腕前を競うまで」
「まあ、止めないですけど、全部模擬弾、訓練出力に絞ってからやってくださいね」
「委細承知!」
そう言うと、さっきまで腰痛だったとは思えないほど元気よく立ち去っていった。
それを見送りながら、俺は合成オレンジジュースを一気に飲み干す。
「止めなくていいの?」
「止まらんでしょう。止めて変な遺恨が出来るよりは、やらせた方がすっぱりしますって」
とはいえ、機体の性能差がな。Ez-8はガンダムをそのまま改造して使っている機体だ。だからバイオセンサーやマグネットコーティングがそのまま生きている。
対するノリス・パッカード大佐の機体は独自の改造を加えられているが、それでもジムだ。衛士としての腕の差が物を言うだろうが、それでも洒落にならんレベルの機体の性能差がある。
さて、どうなるかな?俺はまあ、割とどうでもいいと思っている。
どうしよう、どうしよう!
アイナ・サハリンの脳裏にはそれだけが渦巻いていた。自分はまだ士郎に対して何かしらの感情、この場合は恋愛感情を持ってはいない。
たしかに紳士的で、 懐の大きな人だった。いきなり頭を撫でられた時には、ぐるぐると感情が渦巻いてしまい、どうすることも出来ないまま逃げ出してきた。
婚約者のいらっしゃるマチルダ中尉ならば、何か解決手段があるかもしれないと思い、半ば強引に連れ去ったのだ。
その後の展開は思い出したくもないほどだ。あれではいかに自分が天田少尉を意識しているかを自白したようなものだ。
それでもまだ、自分の中にある感情は恋というものにはほど遠い。そのぐらいの自己判断ぐらいは出来る。出来るのだが周りの状況に振り回されて、気がつけばノリスと天田少尉が戦う状況が出来ている。
と、あたふたしているアイナの肩に手が乗せられる。
「諦めたほうが楽でいいと思うよ?」
やはり諦めたような顔をしている少年博士の心情は、たしかにアイナのそれに近かった。
そして舞台は野外に移る。
「天田少尉、パッカード大佐。準備はいいな?」
『ああ!いつでも行ける!』
『準備万端。問題無しだ』
俺の隣ではそわそわと落ち着きのない様子のアイナ・サハリン少尉が、それでも二人の戦いから目を離さないようにしている。
「ルールは一つ。殺すな。こっそり実弾を混ぜるだとか、ビームの出力を上げるとかは無しだからな」
『分かっているよ。任せてくれ』
『了解した!組み伏せてくれよう!』
「ルールさえ守れば、時間制限はない。相手を戦闘不能にしたほうが勝ちだ。それでは、衛士の誇りと意地をかけて!はじめ!!」
俺の声と同時に両機は動き出した。フルオートモードの士郎さんの射撃を、紙一重で躱すって、ノリス・パッカードの動きは原作同様、熟練衛士のそれだということだ。
両機の距離が近づく。どうする。接近戦になったらEz-8のほうが圧倒的に有利だぞ?接近戦では衛士の腕も問われるが、それ以上に機体のパワーが物を言う。体当たり一つであっさりと押し返される。それはノリス大佐も分かっているはずだ。
ライフルを腰にしまい、右手でビームサーベルを抜くEz-8にジムは無手で挑みかかる。一瞬だった。ジムは低く、低く、更に低く機体を倒しあれはレスリングのタックルか。だが、うちの士郎さんを甘く見てもらったら困るぜ。
士郎さんはストライカーパックの出力を全開にして、いきなり強引に垂直に向かって飛び上がる。ジムの手がEz-8の足先をかすめる。
モニターに映る士郎さんは荒い息をついている。何しろ、慣性を強引に垂直にしたし、それに、見えちゃっただろうね。自分が組み伏せられる結果が。
間違いないわ。この戦い。長引くぞ。重慶組が来るより先に決着が付いてくれんかな。
此処から先はお互いに一切の油断なしの、中距離と近距離の取り合いだった。まさにそれは演舞と言ってもいいほど精密でいつ終りを迎えるのかと言うほどの、先の長い戦いだった。
が、そこで動いたのはジムだ。ヒョイッと何でもない動作でビームサーベルを投げ捨てたのだ。
『えっ!?』
一瞬、あっけにとられた士郎のEz-8に、ジムの拳が決まる。
『うわぁぁっ!!』
『目の良さが命取りだ!!』
とっさに機動を止めていたEz-8は全出力を前に向けたジムに、あっさりと吹き飛ばされる。
だが、そこは散々ハイヴ攻略で慣らされた士郎だ。すぐさま機体の体勢を立て直すと、相手の機体を見やる。
ノリスのジムは、空中に浮いたままのビームサーベルを手に取り、こちらに向かってきている。だが、ビームサーベルに手を回していてはとても間に合わない。ならば。
士郎はEz-8のギミックの一つを開放する。人間で例えるのならば服の袖口から一本の筒が飛び出す。
『射撃武器か!だが、勝ったぞぉっ!!』
そう、射撃武器ならばノリスの勝利であった。
そこにあったのがビームサーベルでなければ。
「この勝負、最善を尽くした」
「あ、あぁぁっ!」
「士郎さんの勝ちだ」
そこにはコクピットを貫かれて行動を止めているジムと、左腕を切り落とされて動きを止めているEz-8の姿があった。
そもそも袖口のビームサーベルは士郎さんのアイディアなんだよな。ほら、歌舞伎とかで袖から扇子が飛び出すのがあるだろ?あれと同じ要領でビームサーベルを装備させられないかって聞かれてね。面白そうだから仕込んだ。両手にな。
結果はご覧のとおりだ。余計な動作を一切なくしたEz-8の突きは、ジムのコクピットを貫通していた。
士郎はEz-8のコクピット内で荒い息を付いていた。機体の性能差なんて関係ない。あれは相手の技量でそれだけの差を詰めてきたのだと。
「俺も、まだまだという事か」
ガンダムの性能に頼っていたつもりはない。だが、まだ磨くべき技量がある。それが分かっただけでもこの演習には価値があった。
そして、演習を終えて士郎には分からない事が一つある。
「なんでパッカード大佐は俺に演習を申し込んできたのだろうか・・・」
だろうな。
士郎さんのつぶやきはバッチリとマイクが拾っていた。
マチルダさんも困ったような顔をしている。そりゃそうだろう。
さて、後はそちらのお手並み拝見ってところだろう。前世と今生の恋愛を経験して俺が言えるのは、アイナ少尉・・・いや、アイナさんは単純に異性との接触でパニックになっているだけだ。それを周りが愛だの恋だのと大騒ぎして、今回の事態に発展しただけだ。
一番大騒ぎしたのはパッカード大佐だけどな。その辺の責任は取ってもらおう。そうだな、アイナさんをロンド・ベルに編入させるか。とはいえ、アイナさんの衛士としての腕前が分からない。スパロボ基準で行けば大した事はないのだろうけど、こちらは現実だ。
あのノリス・パッカードがそのまま放置しているとは考えにくい。
「マチルダ中尉、アイナ少尉の衛士としての腕前はどの程度ですか?」
「平均点。可もなく不可もなく、と言ったところかしら」
ジーザス。俺は神道だが、今だけは言わせてくれ。ジーザスと。
その程度の腕前ではロンド・ベルに編入させるのが困難じゃないか。せっかくおもしろ、じゃなく、運命の二人が出会えたのだからどうにかひっつけてしまいたいところなのだが。
仕方ない。二人がなるべく一緒にいるような状況を作り上げてしまおう。幸いにもアイナさんは美人だ。士郎さんも近くにあんな美人がいたら、ちょっとは変な気を起こすだろう。
そうすれば後は時間の問題だ。誠実一途が恋の方に働いて、ちょっと夢見がちなお嬢様のハートをがっちり掴んでしまえばそれで良し!
さて、甲児たちにも協力してもらおうかな。アムロ?マチルダさんがここにいる以上、役に立たないのは目に見えている。俺の知っている限りじゃあアムロの初恋だ。そして、失恋が確定している。いや、マチルダさんの薬指に指輪があるからな。まあ、ギリギリまで黙っていよう。
さてと、策略策略~。
さて、ここで時間を一気にすっ飛ばすが、俺や甲児が何かをするよりも早く、士郎さんの方は決着が付いた。
アイナさんがあの後、天啓を得たとばかりに積極的になり、俺達が何かをしなくても士郎さんとの仲が深まっていったのだ。まあ、子どもの面倒ばかりで結婚できないんじゃないかと心配していたけど、これでお相手が出来てよかったじゃないか。場合によってはシスコンらしいお兄様謹製の化け物級モビルアーマーとの対決が待ち構えている可能性があるが。
とりあえず、俺の方で何かをやるのはこれで終わりだ。他のロンド・ベルのメンバーも士郎さんとアイナさんの仲を好意的に受け止めている。ボスが歯をぎりぎり鳴らしているが。まあ、その内お前にもどこかの武家の美女でもあてがってやるよ。うまくいくかどうかは別問題にして。
そうそう、ボスだが、武蔵に頼み込んで弁慶と一緒に柔道の特訓を受けているらしい。俺が自分の周りがいっぱいいっぱいで中々気づけなかったのだが、どうやら武蔵が視力を失った件はそれなりに思うところがあったらしい。弁慶よりも前から訓練を受けているらしい。
あいつのボロットに関しては、武蔵と相談した上で黒帯を取ったら改造してやるか。あのガラクタ、信じられないことにマジンガーZとパワーでタメを張ってやがるからな。
そして、弁慶の方だが、大雪山おろしが大分モノになってきたらしい。武蔵が褒めてたってことはそれだけ頑張ったんだろう。後は、ゲッターポセイドンの操縦でそれを反映できるかどうかだが、多分、大丈夫なはずだ。ゲッターロボの操縦系は普通の戦術機とは違うからあんまり口を挟めないんだが、衛士自身の戦闘力を反映しやすい操縦系だ。それに、元々武蔵が乗る予定で作ってあるから、ポセイドンでの大雪山おろしは容易にできる。
さて、ここらで俺も一段落していいかな?
士郎さんからの流れで結構疲れたよ。重慶組にはお義父さんがいるからもっと大変になる。そうなる前に、頼むから寝かせてくれ。