Red Planet   作:Bishop1911

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チンパンジーの脳と人間の脳の違いは
僅か3パーセント。
だがこの僅か3パーセントの差で
我々は生態系の頂点に立っている。


14「殺しと金と正義と」2

エリックとの口論がうるさ過ぎて

お隣さんに怒鳴られたあと、

俺はもう一度寝ると

悪夢を見そうな気がしたので

エリックと見張りを交代し、

持ち込んだレーション片手に

整備工場に出入りする者の写真を

撮っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方になり、日が傾き始めた頃に、

白いバンが3台、列を成して整備工場に

入って行った。

俺はその3台のナンバープレートの

写真を撮り、

端末から本部に転送して

ナンバーの照会を頼むと、

バンが入って行ったガレージを眺める。

 

『どうも、タカシさん。』

 

「リンダか?

結果はどうだった?」

 

『今から送るので少し待ってください。』

 

イヤホンから聞こえた女声に質問すると、

最初同様、無機質な返事を返される。

送られて来た資料が示した持ち主は、

杉村という日本人だった。

 

「日本人か。」

 

『そのようです。

エリア03のレッドスターズから

人身売買の容疑で懸賞金が

かけられています。』

 

「それで、どうする?」

 

『B.M.S.上層部の方針としては

ここでレッドスターズに恩を売り、

良好な関係を築いておきたいそうです。

証拠を押さえるので強襲部隊を送ります。

お二人は突入の支援をお願いします。』

 

「了解。

他に何かあるか?」

 

『…相棒とはどうですか?』

 

全く痛いところを突いてくる女だ。

俺はいびきも立てず

静かに寝ているエリックの方を

ちらっと見て答える。

 

「まだ組んで数日だ。

まだわからない。

それよりベンは一体

どういうつもりなんだ?」

 

『私にはわかりませんが

社長としては

タカシさんを心配しているのでは

ないでしょうか?』

 

「どうして?」

 

イラだったような声で

なげやりに答える俺にリンダは

やはり無機質な声で受け答える。

 

『組織が嫌いでも仲間くらいは

信用してほしいんでしょう。』

 

「また余計な世話を…」

 

『それだけ貴方への恩を

感じてるということです。』

 

「わかったわかった。

はぁ……まだあるか?」

 

『以上です。』

 

ブチッという音とともに

イヤホンからの音が消え、

エリックの寝息を残して部屋が

無音に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「起こすか…」

 

俺はエリックが寝ているソファーの

脚を軽く蹴った。

エリックは一瞬ビクッと震え、

目を開ける。

 

「交代か?」

 

「いや、スナイパーの出番だ。」

 

「ふぅ…」

 

エリックはソファーの上で

体を起こし、

ため息をつくと辺りを見回す。

 

「場所を変えようぜ。

ここじゃ退路を確保できない。」

 

荷物を片付けながら

俺たちは狙撃ポイントについて

話し合い、

結果は屋上にすることになった。

俺がゴミを片付けて

証拠を消していると、

エリックが洗面所に行った。

 

「エリック、もう行くぞ。」

 

俺がエリックをそう急かすと、

すぐ行くという返事とともに

ガラスが割れる音がした。

 

「なにしてんだ!?」

 

せっかく俺が証拠を消してるのに

ガラスを割ったら意味がない。

俺は苛立って怒鳴りそうになるのを

堪えて洗面所に行くと、

エリックは割ったガラス片と

ダクトテープでモビールのようなものを

作っていた。

 

「囮だ。

部屋が整備工場の北にあっから

スコープにキルフラッシュは付けてるが

位置がバレるのは時間の問題だろ?

こいつを囮にして

この部屋におびき寄せる。

お隣さんには申し訳ないけど

奴らが部屋に入った瞬間吹っ飛ばす。」

 

俺は流石と言いたくなるのを堪えて

無言でバックパックを下ろすと、

中から自作のプラスチック爆弾を取り出した。

 

「3分クッキングか?」

 

「黙ってろ。」

 

茶化すエリックを黙らせ、

プラスチック爆弾を

キッチンから持ってきた鍋の中央に置き、

その周りにAK74の7.62×39mm弾を

マガジン一本ぶんテープで巻きつけた。

起爆装置の動作チェックを済ますと

最後に鍋の蓋をして

それもダクトテープでグルグル巻きにした。

 

「4分だったな。」

 

「うるさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を出てアパートの屋上の共有スペースに

陣取った俺たちは、

落下防止用のフェンスに切り目を入れて

狙撃に必要な穴を確保すると

植木鉢やらダンボールやらを

集めてフェンスに立てかけて目隠しにする。

隣にもダミーの目隠しを

いくつか作って一息つく。

 

「リンダ、こっちの準備は終わった。

いつでもいいぞ。」

 

『了解です。

強襲部隊は数分で到着します。

砂嵐が近いです。

こちらとの通信が数分間途絶します。』

 

俺は短く肯定の返事を返して

整備工場の観察を改めて始めるが、

見ればみるほど怪しいものだ。

州の中心部ならまだしも、

ここは州の外壁近く。

つまり仕事帰りの傭兵相手に

稼げる立地なのに、

並んでいる車両は

小綺麗な乗用車ばかりで、

見た目は民間相手の商売を

しているように見える。

そのくせ警備は一丁前で、

ここ数日の監視中は車が入るだけで

一台も出てきていない。

怪しいを通り越して

何かあると確信できるレベルだ。

そんな感想を抱いていると、

無線にノイズ混じりの野太い男声が

入ってくる。

 

『こちらアルファゼロ。

ブラボーワンだな?

背中は任せた。』

 

どうやらもう強襲部隊が着いたらしい。

俺は無線のスイッチを押して答える。

 

「こちらブラボーワン、了解。

そちらの現在位置を知らせてくれ。」

 

『暗視装置に切り替えろ。

IRストロボでこちらの位置を知らせる。』

 

「了解。

エリック、暗視装置を使え。」

 

隣でMk11のスコープを

覗いていたエリックは、

そのビデオカメラようなスコープの

ボタンをいくつか押す。

おそらく火星では

かなり珍しいこのスコープのおかげで

財布がスッカラカンに

なったんだろうななどと考えていた俺に

エリックが短く返事を返す。

 

「いいぜ。

はっきり見える。」

 

俺もマルチサイトを起動して

暗視装置モードにすると、

整備工場の近くに止まっている

貨物トラックの荷台から

マズルフラッシュのような

光がチラチラと覗いている。

 

「アルファゼロ、

そちらの位置は整備工場正門から

35m離れたトラックで間違いないか?」

 

『そうだ。

これから接近する。

索敵を頼む。』

 

「了解。」

 

味方の位置を確認した俺は、

整備工場全体を見渡す。

 

「整備工場正門に2名。

武装はAKMとHK32、

その奥のバスの陰に3名、雑談中だ。

武装は3名ともUZI。

正門の2名はこちらで排除する。

移動してくれ。」

 

『了解、確認した。

任せる。』

 

トラックから私服姿にボディアーマーを

身につけ、アサルトライフルで

武装した味方6人が出て来るのを

確認すると、

俺はエリックに撃てと指示する。

シュパァンという

サプレッサーに抑制された銃声が2度響き、

マルチサイトが映し出す2人の男が

膝から崩れ落ちた。

すかさずアルファゼロの隊員が

死体となった男を死角へと引きずりこむ。

 

「正門クリア。

奥の3人は気づいてない。」

 

『了解。

残りはこちらで処理する。』

 

まるでゴミを扱うような物言いに

俺は少し嫌悪感を覚えるが、

そんな思考は隅に追いやる。

俺が物思いにふけっていた一方、

強襲部隊の方は

スムーズな動作で

整備工場の敷地に侵入した。

無造作に並んだ車に沿って

6人全員が周囲を警戒しながら

水が流れるように談笑中の3人に近づくが、

立ち止まる気配は無い。

 

「おい、あれってまずくねえか?」

 

「…フォローの準備を。」

 

エリックも俺と同じく不安に感じているらしく、

肩に力が入っているのが見て取れる。

だが俺とエリックの心配は必要なかった。

強襲部隊の先頭と二番目の隊員が

立ち止まること無くライフルを

棒立ちの3人に向けて音も無く射殺した。

 

 

 

 




<火星の砂嵐>
以前の火星での砂嵐は、
1週間程度で火星全土を覆うほどの
大規模なものが発生していたが、
現在ではテラフォーミングの影響で
規模は縮小している。
しかし小規模なものは頻繁に発生しており、
季節の変わり目などには
テラフォーミング前と同規模の砂嵐が
稀に発生する。

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