「くそっ…!」
とりあえず、アンサートーカー先生に最善の策を聞いたところ、以下のことが分かった。
1、たっちゃん、ラウラ、シャルロットと連絡する
2、バイザーを付けて顔を隠し、ローブをIZの上から羽織ることで情報を出来る限り隠す
3、旅客機を支えて日本近海になるべく近付け、救助部隊がすぐに乗客を救助しに来られる位置に不時着水させること
4、不時着水した時に海に潜り、ステルスモードを起動。束の潜水艦に突入すること
大体にしてこんな感じである。
束に詳しい話を聞くと、今回の航空機はNSL123便。乗客の数は500名を超える。
日本へ向かう国際線で、ヨーロッパから中国を経由し、日本海側から東京の成田空港へ。到着予定時刻は14時42分。テロの計画では、垂直尾翼を外部から破壊し、補助動力装置、及び油圧操縦システムを喪失させることで航空機を高度10000メートルから不時着させる、ということになっている。
当然、パイロットはどうにか立て直そうとするはずだが、操縦システムがやられるとエンジンコントロールのみでどうにかするしかなくなる。しかし垂直尾翼を破壊する際に圧力隔壁も同時に破壊するように計画しており、圧力隔壁が破壊されれば突然機内が減圧される。
…洒落にならんぞ。
いくら亡国機業のボスを殺すためとはいえ、無実の人々を巻き込んで良い理由にはならない。
で、これをどうにか出来るってんなら、やらない訳にはいかんでしょ。しゃあない。
例え悪党を見逃すことになろうとも、無実の人々を助けよーーーーーってな。
という訳で。
携帯電話を手に取ります。
ローブの代わりになるものとバイザーを探しつつ、電話をかけます。
数回のコールの後、たっちゃんが電話に出た。
『もしもーし?』
「楯無、俺だ。悪いが力を貸して欲しい」
何せ時間が惜しい。急げ俺…!
『…緊急ってことね。オッケー、今どこ?』
「俺のガレージだ。場所は××の…」
住所を口頭で説明する。若干うろ覚えだが、このガレージの見た目を説明したから多分大丈夫だろう。
『…ん、そこならあと10分くらいで行けそうね。すぐに向かうわ』
「あ、今どこに居る?」
もしも学生寮なら、シャルロットとラウラも連れて来てほしいところだが…!
『自宅よ』
そううまいことはいかない、か。仕方ない、ラウラとシャルロットが学生寮に居てくれることを祈ろう。今さらながら、ラウラやシャルロットが学生寮に居るとは限らないことに気付いてしまったからな。今日は休日なんだった…!
「…そうか、分かった。出来るだけ急いでくれ。人命が懸かってるみたいだからな」
そう言うと、たっちゃんからは元気な声が返ってきた。
『後でちゃんと詳しく教えてよね!』
「無論だ」
嫌でも伝えるさ。
通話を切り、ラウラに電話をかける。頼む、繋がってくれよ…!アンサートーカー先生の策だから多分大丈夫だとは思うんだが、こればっかりは感情の問題だ。
ラウラはツーコール程度で出た。
『嫁か!なんだ、ついに私とーーー』
「ラウラ、緊急事態だ。力を貸して欲しい。
今詳しい説明している余裕はない。今すぐに俺のガレージに来てほしい」
ラウラが何か言っていたが、まくし立てるように言う。どれだけの時間があるかわからない以上、急げるだけ急ぎたい。
『ふむ…、そうか。分かった。
ところでガレージとはどこだ』
「場所は…」
先ほどと同じやり取りを繰り返す。あとは…そうそう。
「ラウラ、今どこに居る」
『私か?寮の部屋に居るが』
よし。確かラウラとシャルロットは同室だったはず。シャルロットが居てくれれば…!
「そこにシャルロットはいるか!?」
『…いや、今は居ないが…すぐに戻ってくるはずだ。
シャルロットも連れて行くか?』
こういう時、ラウラの軍に居た経験はありがたい。こちらの言いたいことが言葉にしないでも伝わる。
「出来れば頼みたい」
『良いだろう。詳しい説明は現地で聞くとして、服装、及び必要なものは?』
服装?制服でええんやないの?
必要なもの…。やべ、考えてなかった。先生!
答:必要に応じて身分を証明するもの
「服装は制服でいいはずだ。必要なものは何か身分証明書のようなもの」
『了解した。シャルロットと合流次第、すぐにそちらに向かう』
そこまで言うと、プッと通話は切られた。
さて、ここからが本番だ…!
日本男児、なめんなよ!
NSL123便。日本海上空、高度10000メートル。
旅客機のコックピットでは、機長が後部から聞こえた爆発音に眉をひそめていた。
「おい、今何か爆発したぞ」
「計器確認します」
すぐさま副操縦士がオートパイロット(自動操縦)を解除、4つのエンジン、及びランディング・ギアの確認を行った。
「エンジン異常なし。ランディング・ギア異常なし」
「…他」
眉をひそめたまま機長が促すも、他の計器類にも異常は見られない。
「…ハイドロプレッシャー(油圧機器の圧力)はどうです」
航空機関士がそう声を挙げた。有事の際、問題の特定は生死の明暗を分ける。お互いが自らに落ち着くよう言い聞かせ、重厚な緊張感が張り詰めていた。
「…スコーク77(緊急救難信号)」
機長が緊急救難信号の無線信号を発する。
しばしの間。
『…こちらは福岡ACC』
ややノイズ混じりだが、確かな応答。無線は異常なし。
「緊急事態発生。着陸許可を」
確かな芯を感じさる声で機長が言う。しかし返ってきた答は否。
『福岡ACC、NSL123便緊急事態了解。着陸は許可出来ない』
「くそ…っ」
航空機関士が声にならない声を上げる。
そして悪いことは続く。
「おい、マニュアルだ。バンク(傾き)そんなに取るな」
機長が副操縦士に声をかけるも、副操縦士は汗で髪を頬に張りつけて厳しい表情で計器を睨んでいる。
「おいバンク戻せ」
再び声をかける機長。しかし。
「戻らない…!」
副操縦士の答えは、不可能を告げるものだった。
「なに…!」
機長の驚きをよそに、航空機関士があることに気付いた。そして、目を見張る。
「ハイドロプレッシャーが…!」
油圧機器の圧力が異様に低い。これでは操縦システムが…。
そう思った航空機関士がコックピットを振り返ると、機長が副操縦士に何度も繰り返していた。
「ディセンド(降下)!ディセンド!
…なぜ降下しないんだ」
航空機関士が再びハイドロを見る。
「ハイドロプレッシャー、オールロス…!」
油圧操縦システムの機能停止を知らせる航空機関士の乾いた声が、コックピットに虚しく響いた。
「おい束!目標は!?」
『あと数分もすれば見えるよ。…頑張れば、もう見えるんじゃない?』
相変わらずいつもの調子の束をオペレーターに、俺たちは高速飛行していた。
シャルロットはこの休日に高速移動用パッケージの回収が行われるところだったため、今回はそのまま使用している。
「…見えてきたぞ」
そう言うラウラの言葉に前方を見ると、黒い点が中空に浮いている。あれか…?
「…あれ、みたいだね」
シャルロットが険しい顔で言う。
さて、見えてきたということは、だ。
「よし。ではここからは説明した通りだ。
俺とラウラが胴体。楯無は右翼、シャルロットは左翼を支える。全員プライベートチャネルを繋いだまま、作戦行動に移る。
目的通りに着水まで持っていければ、後は楯無に頼む」
俺がそう言うと、三人共頷きを返してくれた。
悪いが頼むぞ…!
「頭(機首)上がってるぞ、頭下げろ!」
「今舵いっぱいです!」
高度6000メートル付近をフゴイド運動やダッチロールを繰り返しながら、NSL123便は飛行していた。
既に操縦悍からの操作は意味を成さず、ピッチングやヨーイング、ローリングを不安定に繰り返していた。
客室では機内の気圧低下を示す警報が絶えず鳴り響き、乗客の不安は増していく。
そんな時。
「客室の収納スペースが破損しました!」
客室乗務員からの知らせがコックピットに響く。このままだと墜ちる…!
そう感じた航空機関士が緊急降下(エマージェンシー・ディセンド)と酸素マスクの着用を提案しようとした。
その時。
『あー、あー、てすてす。
こちらは篠ノ之束。こちらは篠ノ之束。
聞こえるかなー?』
のほほんとした緊張感の欠片もない声が、無線から響いた。
航空機関士は思った。終わった…。と。
機体は操縦不能、機内の圧力は低下。そしてここにきて無事だと思っていた無線に混線である。そう思うのも無理はない。
これには副操縦士も同じく。
しかし、機長は違った。
「こちらNSL123便。世界の篠ノ之博士、我々に何か?」
はっきりと返す機長のその言葉からは、誠実な冷静さと機長の意地が見てとれた。
『もちろん。君たちはこの幸運に感謝したまえ。
…現時点をもって、私とIS操縦者4名がこの機体を不時着させる。
目標地点は東京湾、もしくは相模湾。燃料、及びエンジンに異常は』
そんな機長の毅然とした対応になんて興味ないと言わんばかりにつまらなさそうな声が続く。しかしその声とは裏腹に、言葉の内容は機長達に希望を持たせ得るものであった。
「燃料、及びエンジンに異常なし。…篠ノ之博士、こんな時に冗談はやめて頂きたい」
副操縦士がそう答えるも、航空機関士は気付くーーー。
先ほどまで、あれほど不安定だった機体が安定している…?
機長は既に気づいていたらしく、機長の声はやや明るさを含むものになっていた。
「篠ノ之博士に助けて貰うとは…、くく、私達はずいぶんと幸運なパイロットのようですな」
『まだこれからだけど…ま、この天才束さんが来たからには安心していーよ。
それより異常箇所をさっさと言って』
つん、とした態度かと思えば悪戯する子ども。そうかと思えば興味なさげな冷淡さ。
不安定な人だな、と航空機関士は思った。
なお、副操縦士は操縦悍を握ったまま計器をじっと睨んでいる。どことなくふてくされているようだ。
「フッ、これは失礼…。
ハイドロプレッシャーオールロス。アンコントローラブル」
『ん、操縦不能ね。後は?』
「機内の圧力が下がっている」
『オーケ、んじゃ高度を6000から下げながら行こうか』
機長と束がやり取りしている間に、再び機内乗務員が来た。
「R-3のドアがブロークン(破損)しました!」
機体右側中央部のドア、破損。
しかしその知らせを聞いた航空機関士の表情が、先程よりも明らかに落ち着いていることに機内乗務員は気付いた。
「R3ブロークン了解」
そう返す航空機関士は、落ち着いて機長の背中に言葉を繋ぐ。
「R3のドアブロークン、R3のドアブロークン」
「R3のドアブロークン了解…。
だ、そうだよ。博士」
『ん、じゃあやっぱり高度下げよっか。現在高度知らせ』
「現在高度は?」
「15000です」
不満そうな副操縦士から返ってきた答えは15000フィート。
「15000ft」
機長が言葉を紡ぐ。
『4500メートルか。…3000メートルまで行こう』
間髪入れずに返ってきたのは、換算した後のメートル法での高度だった。
機長は気付いた。博士は、私達で遊んでいる…。
「…篠ノ之博士は航空機の知識がおありで?」
自分の考えと同じ考えを示すノイズ混じりの音声に、機長はふと疑問に思った。
まずは9000フィート。つまり3000メートルまで下げる。
理由は3000メートル程度なら、気圧が下がっても高山病になるかどうかという高さだからである。
そしてIS4機によるサポートがあるのであれば、そこから徐々に低く飛ぶことも難しくはない。
そこに副操縦士の声が響く。
「…篠ノ之博士、管制局との通信は」
そう、今の機体はどこかに必ず着地、または着水する。それだけでなく、その場所に救助部隊が来てもらう必要もある。空港との通信は必須なのだ。
しかし、こと篠ノ之束にそんな常識は通用しない。
『こっちから指定の場所に着水させるから救助部隊を手配するように言っておいた。
…ま、君たちのお仕事は、あとは不時着の時に備えて対ショックの姿勢にさせることくらいかな?』
その日、NSL123便は一人の死者を出すこともなく着水した。
その後、勇敢なる4人のIS操縦者達はISの無断使用についての罰が与えられることが決まったが、今回の功罰として実際には打ち消されるようであった。
ちなみに一人は未だに見つかっていない。