とあるIS学園の整備員さん   作:逸般ピーポー

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千冬の苦悩

「待て篠ノ之!」

 

そう呼び止めるも、篠ノ之は私の制止も聞かずにモニタールームを飛び出してしまった。

 

「まったく…」

 

ああ、まったく。ここのところ、何もかも問題ばかり起きる。(一夏)が入学してからというもの、無事に行事が終わったためしがない。何かに呪われているんじゃないかとすら思う。…ああ、束のヤツに呪われていると考えるとそう間違っていないな…。

今回の戦闘の、篠ノ之の行動は許容されるレベルを大きく逸脱している。到底認められるものではなかった。

戦闘の様子をモニターしている途中で、こちらから専用機持ち達への通信回線を妨害された時には一瞬どうなる事かと思ったが…。戦闘が開始されてすぐに鹿波の奴を呼んでおいて正解だった。

 

「うん?あ、なんかこれ妨害されてますね。チャフじゃないなあ。…ただのジャミング?いや、通信回線に侵入してアクセス権を奪ってるだけか…。

織斑先生、どうします」

 

「なんだかよくわからんが、やれ!」

 

「はいよ」

 

そんな適当な感じで山田君から場所を替わった後、凄い勢いでダダダダダダッ!と、それはもうキーボードを壊すんじゃないかという音をさせながら10分。

 

「取り返しました」

 

「よし」

 

というやり取りの後、専用機持ち達への通信回線が復帰。援護部隊も出撃し、なんとか事態は収拾がついた。

だが…。

 

 

「ふう…」

 

さすがに篠ノ之のあの行動はまずいということで、何とかしましょうという言葉が轡木さんから出た。そして責任希求の矛先は当然私に来る。

そして、私が提案したのは今回の戦闘映像の当事者達への開示だった。

はっきり言って、今回の問題点は篠ノ之の行動それ一つだ。だが、専用機持ち各々の問題点や改善点を見つけるため、また、今回の篠ノ之の行動を反面教師として試聴する、というのを目的とした方が、より望ましい成長に繋がるのではないか、というものだ。専用機持ち各自のために、何か私が出来る事…。そう考えての提案だった。

 

そしてその問題点こと篠ノ之箒(問題児)に映像を見せた訳だが。

まさか飛び出してしまうとは…。まったくどうしたものか。

 

銀の福音戦では凰が、そして今回は篠ノ之が、それぞれ足を引っ張っている。いや、もはやあれは妨害と言ってもいいくらいだ。

それぞれ一夏とデュノアが大怪我をした。全く頭が痛い。あの二人を一夏から隔離するべきか、本気で考えねばならんかもしれんな…。

それにしても、やはり私には教師としての素質はないんじゃないか。本気でそう思う。

轡木さんに、この学園に来るように誘われた時の事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、あれはここの学園長室に呼ばれた時の話だ。

 

『織斑千冬君。私はキミに、この学園で教師をしてもらいたいと思っています』

 

『私が教師、ですか?』

 

『ええ。貴女には、他の人には無い輝きがある。

授業を行うだけなら他にも教師が居ます。

生徒の態度を更正させるなら、生活指導員が居ます。

 

ですが、貴女のように強烈に人を惹き付ける魅力というのは、そうそうあるものではありません。

貴女には、貴女だけの強いカリスマがある。

貴女にはどうか、この学園の生徒達の憧れとなって頂きたい。

貴女には、貴女しか出来ない事がきっとある…。

それを、この学園で見つけて欲しいのです』

 

 

 

轡木さん。あなたが私をこの学園に誘った時に言っていた、『私にしか出来ない事』。

それが何なのか、未だに私には分かりません…。

私は一体、何をどうすればいいんですか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はそれから、夕方に中庭のベンチで一人でいる事が増えた。だんだんと、落ちてゆくのが早くなる夕陽を見て、秋が近付いてきていることを知覚する。もうそろそろ、学園祭か…。

目の前の幻想的な情景とは裏腹に、私の胸の内はどんよりと重たくのしかかっていた。

各国政府との折衝。圧力。篠ノ之への扱い。篠ノ之の行動を厳格に処罰することも出来ず。かといって当然処罰なしなど出来ず。最大限私に出来る事といえば、普段から生徒に行っている注意、と言い訳の利く出席簿アタックと、教師が生徒に課すことの認められている反省文。それくらいのものだった。

 

「だーれだ?」

 

「ひあっ!?」

 

ピトッ。私の左頬に冷たい感触。思わず私とは思えないような声が出た。誰だ!

バッ!と後ろを振り向くと、鹿波の奴が左手に缶コーヒーを私の方に押し出した状態で笑っていた。こいつめ。

 

「『ひあっ!?』って。織斑先生にも、可愛らしいところがあるんですね」

 

そう言ってぷぷぷ…と笑いを堪えている。貴様、覚えておけよ…!

そう思っていると、缶コーヒーを私に差し出しながら、鹿波は私の隣によっこいしょ、と腰かけた。おじいちゃんかお前は。

 

「…それで、どうしたんです。後ろからの気配にすら気付かないほど落ち込んで」

 

「…」

 

こいつは私をゴルゴか何かだと思っているのか。私だって一人の女だ。落ち込むことくらいある。

そう思って視線を向けるも、鹿波は真剣な表情でこちらを見つめていた。夕陽に照らされたその顔は、普段のふざけた様子からは想像もつかないほどに凛々しくて。

私は少しの間、言葉を失っていた。…少しだけ、本当にほんの少しだけ、顔が熱くなった。

 

鹿波は一つため息をつくと、ゆっくりと口を開いた。

 

「…まあ、織斑先生が言いたくないというのなら聞きません。ですが、何を悩んでいるのかは分かりませんけど、口に出すだけでも気持ちは楽になるようなもんです。

安心しなさい。こう見えて、俺の口はなかなか固い」

 

そう言って不敵な表情でこちらを見る。…何故かさっきから顔が熱い。ええい、なんなんだこれは。

ふん、と。思わず顔を背けた。なんとなく、今の私の顔を見られたくなかったから。

 

「お、お前には関係ない…!」

 

だからだろうか。素直に相談することも、打ち明けることも出来なかったのは。

でも鹿波は、そんな私の隣で黙ってゆったりと居るだけで。何か言葉を発することもしなかった。

少しずつ、少しずつ。陽が落ちる。

 

「…何も、聞かないのか」

 

地平線に飲み込まれてゆく夕陽を眺めながら、耐えきれなくなった私は口を開いた。すると、やつは低く落ち着いた声で、こう言った。

 

「ふふ。言ったじゃないですか。

言いたくないのなら、聞きませんよ、と」

 

「…」

 

それからしばらくの間、口を開いては閉じ。開いては閉じ。私は逡巡した。言おうか。やめようか。

何度か逡巡を繰り返した。そして。

私は意を決して打ち明けることにした。

 

「…その、な」

 

「ええ」

 

「私はその…学年主任をしているだろう」

 

「しているな」

 

「それで、その…」

 

言葉につまる。何を言えばいい?頭が混乱してきた。

 

「ひとまず落ち着きなさい。ほら」

 

そう言って、私の背中を優しくさする。しばらくそうしていた。じっと下を向いたまま。

…ふう。少し、落ち着いてきた。というか、私は鹿波に背中をさすられるくらいに落ち込んでいたのか。

 

「…すまん」

 

「いえ」

 

そう言って鹿波は言葉を切る。私が話し出すのを待っているように。

 

「…その、な。私は、教師だろう?」

 

「そうですね」

 

「だが、最近な。私は自分のやっていることに自信がない」

 

「…」

 

鹿波は黙って聞いている。

 

「…最近、一夏の奴の周りでいさかいが起きているらしくてな。篠ノ之やオルコット、凰のやつと揉めているみたいなんだ」

 

「ええ」

 

「…本来であれば、私は一夏の味方をするべきなんだろう。だが、私自身がどう思っていようが、私は学年主任だ。一方に肩入れすべきではない」

 

「そうですね」

 

「…なあ鹿波。私はどうすればいいんだろうな。

凰も篠ノ之も、一夏の奴にも。一体私は、どうすればいいんだ…」

 

はあ。ため息とともに肩が落ちる。なんだか最近問題続きで、何を言いたいのかもわからなくなってしまった。こんな相談では、鹿波の奴も答えられんだろう。

そう思って、すまん、何でもない。そう口を開こうとした時、落ち着いた低い声が私の耳に入った。

 

「…そうですね。確かに織斑先生は教師で、教員です。ですが、それ以前に一夏君の姉ーーー家族でもあります。

一夏君が悩んでいれば見守り、相談してきたら相談に乗り、あとは普通に家族として接すれば良いかと思いますよ。

箒ちゃんや鈴ちゃんに関しては…。そうですね。まあ、織斑先生が出来る事を無理のない範囲で最大限、やれば良いんじゃないですか。やれるだけやったら、あとは胸を張ってれば良いんです。きっと、織斑先生にしか出来ない事がありますから」

 

「…しかしな。その、私にしか出来ない事というのが、私にはわからないんだ。

篠ノ之も、凰も。私は教師として、出来る限りのことをして、力を尽くしてきたつもりだ。

だが、あいつらは…」

 

そう言って、言葉につまる。私は何と言おうとしていたんだろう。何が言いたいのだろう。

あいつらもあいつらなりに頑張っている。それは知っている。だが…。

 

「…ふむ。なるほど。

織斑先生は教師として手を尽くしてきた。だけど、箒ちゃんや鈴ちゃんはそんな自分のことなど気にせず問題行動を起こしているように感じる。だから自分がこれ以上、どうすればいいのかわからない…。そんな感じですか」

 

「…ああ」

 

そう、なのだろうか。いや、そうなのかもしれない。

篠ノ之はあの後、寮で自決しようとしていたらしい。凰は一夏に何度謝っても許してくれないと私に泣きついてきた。

そう考えていると、鹿波は再び喋りだした。

 

「うーん、なんていうか。ちっふー背負い込みすぎかな」

 

「?」

 

背負い込みすぎ。どういうことだ?

 

「とりあえずちっふー。全部自分がなんとかしなきゃ、って思ってない?」

 

「…私は教師だ。教師は生徒を正しい方向に導くものだろう」

 

「それ」

 

そう言って、ぴっと私に指を向ける鹿波。やめろ。指をさすな。

鹿波はごめんごめんと言いながら指をおろした。

 

「ちっふーは教師が生徒を正しい方向に導くものだと思ってるじゃん?」

 

「ああ」

 

「でも現実、導けてないじゃん?」

 

「ぐっ…!」

 

たしかにそうだが、そこまで直球で私に言うか。

 

「だからさ。教師は生徒を正しい方向に導こうとするは良いと思うよ。

ただ、必ず全員を正しい方向に導ける訳じゃないのよ」

 

「だが…」

 

「だが?」

 

聞き返されて言葉が浮かばない。だが。…何なんだろうな。

むぅ…。そう唸っていると、鹿波はまた勝手に言葉を続ける。

 

「で、教員として接するべきだと思ってるけど、一夏君が絡むとどうしたってお姉ちゃんとしての感情が混じる訳だ」

 

「一夏は私の家族だからな」

 

「うん。その気持ちは大事だと思うよ。だからこそ、無理にその気持ちを押さえつけるんじゃなくて、一夏君になにかあった時とかは真っ先に一夏君を優先すれば良いんじゃないかな」

 

「だが、私は教員で…!」

 

「だから。そこでわざわざ自分から板挟みになりにいってるからそうやって悩んでいるんでしょーが」

 

「ぐっ…!」

 

ならどうしろと言うんだ。

 

「いや、だから。普段はなるべく生徒と教師。で、休みの時とか一夏君の一大事とかにはお姉ちゃん。

後はまあ、一夏君が悩んでたり人間関係で拗れてる時には、お姉ちゃんとして見守る…。って感じで良いんじゃない?しゃしゃり出ないことが前提になるけど」

 

「なら、篠ノ之や凰に対しては」

 

「普通に教師として接すればいいんじゃないの。一夏君絡みなら、自分の感情が混じっちゃうと思ったら潔くそれを伝えて断るとかさ。

『すまんが、こればかりは当人達の問題だしな。それに、私自身、一夏の事になると冷静ではいられんかもしれん。他を当たれ』

とか」

 

「むぅ…」

 

なるほど。確かにそれが一番良いのだろう。ただ…。

問題が一つある。

それは、既に私が凰からの相談に、

『任せておけ』

と答えてしまったことだ。さて、どうするか。

 

「…その、仮にだ。仮に、私が凰に泣きつかれて相談されたとして。お前にどうするべきか聞いたとしよう。…お前ならどうする?」

 

そう、これは仮定の話。仮定の話なんだ。

しかし返って来たのは私を絶望させるに充分な返答だった。

 

「うーん…。俺、鈴ちゃんに失礼な態度取られた後に、まだ一度も謝ってもらってないんだよね。鈴ちゃん絡みの相談ならパスかなぁ…」

 

なん…だと…!?

おい凰鈴音!この学園の相談役に貴様なんてことを!だいたいの面倒ごとはこいつに投げられるんだぞ!その鹿波が相談拒否とか貴様何をしたんだ。そんなんだから貴様は一夏に避けられるんだ!

…とはいえ、あの意地っ張りの凰が私に泣きついて来るくらいだ。本当にこれ以上、一夏に避けられるのはツラいんだろう。

…個人的にはもうしばらくそのままツラい思いをしていろと思わなくもない。が…。

篠ノ之といい凰といい。思い詰めたら何をしでかすかわからない危険性があるからな…。

誰が寮でポン刀を持ち出して切腹しようとするなどと考えるものか。齢十六の小娘がだぞ。

あの後結局部屋の修繕に刀の没収と、私に負担も増やされたし…!あ、なんだか今さらながら腹が立ってきた。

しかしあれからの篠ノ之は、気持ち悪いくらい素直でおとなしくなったしな…。この苛立ちを私は一体どこにぶつければいいんだ…!

 

「後はまあ、そうですねぇ…。何について泣きつかれたかによるんじゃないですか?」

 

「まあ、そうだよな…」

 

ふーむ。どうするべきか…。

 

「自分で良い案が思い浮かばなかったら、他の人に聞いてみるのが良いと思いますよ。たまに鋭い助言が貰えることもありますし」

 

「そうか…そうだな。うむ」

 

よし、まず山田君に聞いてみよう。何かしら、良いアイデアが貰えるかもしれん。

 

 

「すまんな鹿波。助かった」

 

「いえ。ま、今度一緒に酒でも飲みに行きましょうよ」

 

「ふっ。そうだな。次に行くときは奢ってやろう」

 

「はは。楽しみにしておきますよ」

 

そう言って、鹿波は立ち上がって去って行った。

その背中は、とても大きく見えた。

 

 

さて、私も行くか…。まだまだ仕事は山積みだ。

私は足取りも軽く歩き出した。




人物の描き分けが難しい
あ、3月からは今までよりも更新出来ないからよろすく

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