とあるIS学園の整備員さん   作:逸般ピーポー

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閑話だから読まなくたって本編には問題ありません
おかしいな、思い付いた時はラウラとのキスなんて予定に無かったのに…


【閑話】ある夏の日【中編】

十秒。二十秒。永遠にも思えるほど長く感じた、ラウラと唇を合わせていた時間は、実際その程度であったと思う。驚くほど柔らかな唇の感触。粘膜と粘膜の絡みつくようなねっとりとした熱い感触。それでいて初々しい恋人同士のように、ぎこちなく合わされる唇。ただの触れあうだけのキスでありながら、二度と離さないというように押しつけられるラウラの感触。むさぼるような接吻。ラウラの左手を握っている右手が、熔けてしまうんじゃないかと感じるほどの熱い。

そうして俺とラウラがたっぷり押しつけ合っていた唇と唇を、ゆっくりと離す。舌を入れたりなどしていないというのに、俺の口からはラウラの口元の艶かしい唇に、粘性の糸が引いていた。顔から火が出そうなほど熱い。ラウラも顔を真っ赤にしている。そのままお互いに気まずそうに目を逸らす。でも不思議と気まずいだけじゃなくってーーー。

 

不意に、自分たちがやってきた方向から声がする。はっとして顔を赤くしたままのラウラを見ると、同じように考えたのか、はっきりとした頷きを返して来た。ラウラの右手を俺は握り、これまで来た遊歩道を戻りだした。

 

俺は左手にラウラの熱を感じながら、頭がどうにかなりそうだった。ラウラは頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にして俯いており、俺が引いている手を離したらそのとたんにでも立ち止まりそうなほどだ。俺も正直、感情に理解が追いついていないが故の頭の混乱と、自身から溢れる顔から火が出そうなほどの熱量で頭がいっぱいである。それでも歩いて進めているのは、他の観光客が来たことで頭のどこか片隅のほんのわずかな冷静な部分が指示を出してくれているからだろう。そうでなければきっと俺もラウラと同じように、脳髄をとろけさせたように幸せな表情で、顔を真っ赤にしていたに違いない。あふう。

 

なんとか巡回路の、人があまりこないところまで歩いてきた。手頃なベンチがあるのでラウラを座らせようとしてーーー、ふとラウラの右手を握ったままだったことに気づく。

ふぅ。ひとつ鼻から息を吐く。

ラウラと同じ方角を体で向きながら、ラウラをベンチに座らせる。ラウラも少しずつ先ほどよりは落ち着いてきており、意識がぽーっとしていた状態からこちらの意図を理解出来るくらいには戻ってきていた。まだ顔は真っ赤なままだが。多分、俺も顔はいちごみたいに真っ赤なんだろう。そして手は恋人繋ぎのまま。初々しいカップルかよ…ああ洒落にならない!思い出すだけで悶え死にそう!さっきまで、すぐ隣にいるラウラの柔らかな唇と、ぷるりとした確かな弾力に溢れる唇と、キ…ス…を…。ぁぁぁぁぁ…。頭から湯気出そう!なに!なんなの!ラウラさんは俺をどうしたいんだぁぁぁ…!

 

そんな風に脳内大出血に悶えていると、ふと左手がにぎにぎされていることに気付く。ん?

ラウラの方を見ると、ラウラは未だ赤い顔をこちらに向けていた。はい、なんでしょう…。あああ、真っ直ぐラウラの顔を見ていると、ついついその唇に視線がいってしまう。さっきまで、この唇にキスを…!

また顔が熱くなるのを感じる。ラウラも俺の顔を見ていて同じことを考えたのか、収まりかけていたのに再び顔を真っ赤に染めている。

しかし、顔を真っ赤にしたままラウラは俺の顔を真っ直ぐに見つめて来た。

 

 

「嫁よ」

 

「はい」

 

「その…だな。順番が逆になってしまったが、あの…」

 

ああ、いや。これは俺が先に言わなきゃいけないことだろう。ラウラの声なき告白に、キスを以て応じたのは他の誰でもない。俺自身なのだから。

 

「ラウラ」

 

「ひゃいっ!?」

 

ビックウ!と肩を跳ねさせたラウラの両肩に手を軽く置き、俺はラウラの顔をじっくりと見て言った。

 

「…好きだ」

 

「よ、嫁よ…私も…私も好きだ。お前が好きだ。好きなんだ」

 

そう言ったとたんに思い切り俺を抱きしめてきた。俺は突然抱きしめられたことに驚きながらも、ラウラの背中に手を伸ばす。

優しくそっと抱きしめたラウラの体は小さくて、華奢な肩は強く抱き締めたら壊れてしまいそうなほどで。それでも、確かな芯の強さを感じさせる、そんな柔らかさ。

しばらく抱きあっていた俺達だが、どちらからともなくふふっと笑い、ゆっくりと離れた。いつまでもここに居るという訳にもいかないし、他の観光客も来る。俺はラウラの手を取って、車まで一緒に歩き始めた。ラウラが指を絡めてくるのを手に感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫗仙の滝を出た俺達は、再び車で移動していた。さすがに先ほどまでの昂りは少しずつ落ち着いてきて、一応俺もラウラも話が出来るくらいにはなっていた。まだ顔を真っ直ぐ見ると、恥ずかしさで一秒ももたずに顔を逸らしてしまうが。だって仕方ないじゃん、恥ずかしいんだもの。

顔を真っ赤にしながらも、ラウラが

「つ、次の場所に行くぞ!」

と言ったので俺達は車で移動している。それにしても、今回の旅行は1から10までラウラの計画に任せっきりである。

…はっ!

まさか、さっきのキスも、実はラウラの計画通り…!?

そうだとしたら、もはや俺は御釈迦様ならぬラウラの手のひらの上である。既に遅い気がしないでもない。半分くらいはラウラにやられてる気がする。だってあんなの卑怯だよ…。

頼りになるラウラの凛々しさから一変。…んっ、とかされて目を閉じて唇をきゅっ、と結んだままぎこちなくつきだして来るんだぜ。あんなの無理だよ…。可愛いよ…。ラウラには勝てなかったよ…。それマジなやつ。

 

さすがにだいぶ落ち着いたので、心地よい静寂に身を預ける。未だに心臓は爆発しそうな音をたてているが、それ以外は車の駆動音が響くのみである。

 

「…嫁よ」

 

「…なにかな」

 

「…私のファーストキス、だ」

 

ぶふぉっ!あなたいきなり攻めてきますね!何!?感想でも言えと!?

ちょっとラウラさん今日アグレッシブ過ぎるよ…。俺の心臓がもたない。死んじゃう。もう少し加減して。

 

「その…。迷惑、だったか?」

 

「…いいや」

 

そんなことはない。ただ、なんていうか。こう、いきなりだったから驚いただけで。

…いや、いきなりか?

・いつもスキンシップしてくる(ラウラ)からの誘い

・ラウラが全部計画してた

・二人っきりで遠くまで一泊二日のお泊まりデート

・あーんしたり恋人繋ぎする

・幻想的で神秘的な場所に二人きり

この時点で既に役満じゃねえか!何がいきなりやねん!俺のアホ!

あれ?けど待てよ?この後ってさ。

・ラウラと二人きりで旅館にお泊まり

・お風呂は貸し切り露天風呂を予約済み

・一部屋で寝泊まり

・布団もおそらく大きめのやつに2つの枕

 

とかだよね…?多分。いや、俺が妄想し過ぎかもしれないんだけど。

あれ。これ、ラウラさんちょっと。本気で攻略してきてない?トリプル役満かな?

 

(神は言っている…。羨ま死ねと…)

 

ふん、やられっぱなしは性に合わぬ。ならばこちらから攻め入るまでよ!

 

「ラウラ」

 

「ん?」

 

「…俺の初めての味は、どうだった…?」

 

「ぶふぉっ!」

 

けほけほっ!とむせるラウラさん。へっ、いい気味だ!なお自分にもダメージがある模様。私のお顔は真っ赤でござる。馬鹿です。

 

「その…しょうが焼きの味がした」

 

ししし仕方ないやろ!お昼ごはんの後やってんぞ!許して!

まさか正直に答えられるとか思ってもみなかった。これは堪える。あああ恥ずかしいぃ…。穴があったら入りたいぃ…。

正直すまんかった。ファーストキスがレモンの味じゃなくてしょうが焼きの味になってしまった。

すまない。本当にすまない。それどこのすまないさん?

 

さて、旅館の駐車場に再び車を停めて。ここからは歩くっぽい。いやー、それにしても暑い。夏だからね。3時頃ってまだまだ暑い。

そして熱い。顔が。頭が。いや全身も。血液が沸騰していた感じ。熱い。はふう。

そんな感じで、ラウラとは手が触れるか触れないかという微妙な距離で歩いていく。で、ラウラさん。お次の目的地はどーこでーすかー。

 

「あ、ああ。次は白根神社だ」

 

「ん、神社行くの?」

 

「ああ。草津温泉を最初に発見したと言われる日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀る神社だ。ご挨拶、というやつだな」

 

「ほう」

 

日本武尊さんか。日本神話の登場人物だっけ?草薙の剣でヤマタノオロチをぶったぎったとかなんとか。あれ?火打石で草原を燃やしたんだったかな?まあどうでもいいや。興味ないし。たしかそんな感じの人やね。

そんな人を祀る神社があることは別に驚きでも何でもないけど、そんな人が草津温泉を発見したとか驚きでしかない。日本人は昔っから温泉好きなんやねえ…。

 

「ここだ」

 

「これはまた…。なんかちょっとこう、空気が違うねえ…」

 

なんていうか。温泉街の人と湯の熱気の暖かさから少し離れた場所に来ただけでこうも違うのか、というくらい静謐な場所だった。はー、なんだか神聖な感じすらする。いい場所だねえ…。

ちら、と隣にいるラウラの方を見る。さすがにもう落ち着いたのか、顔色は普段通りに戻っている。

 

「…ん?どうかしたか?嫁よ」

 

「…うんにゃ」

 

何でもない。言えません、ちょっとぽーっとしてたとか。違います。見惚れてたとかじゃないんです。本当に。ただちょっとラウラの顔に目がいっただけなんです。視線が吸い寄せられただけなんです。

決して見惚れてた訳ではない。断じて!いいね!

イイネ?アッハイ。スッゾコラー!

 

ラウラと二人、ぱらぱらとまばらに人が居る境内をのんびりと歩いていく。未だにちょっとどきどきはしてるけど、こういう落ち着いた感じっていいよなあ。ほっとするよね。安息の地。

 

さて、二礼二拍手一礼。内心で呟く。

 

(わたくしは鹿波室生と申す者にございます。やまとたけるのみこと公にはご挨拶に参りました。どうかこの二日、何事も無きことを願いましては、お見守り下さいますよう宜しくお願い申し上げるところに御座いまして、ご挨拶申し上げます)

 

(嫁がこの二日間、楽しく幸せに過ごせますように)

 

二人で柏手をうち、願い事を考える。とは言っても俺の願いはただひたすらに平穏無事で過ごせますように、というものだ。やたらめったらおふざけはいれだが。ま、失礼な言い回しではないからいいでしょ。態度?めっちゃキリッとした真剣な表情でお願いしましたが何か?(すっとぼけ)

 

「さて。こっからは?」

 

「うむ。足湯で少し休憩しつつ、温泉街に足を運んでお土産でも見ておくのはどうだ」

 

「いいね。けど、今から買い食いすると夕飯入らなくなるよな、絶対」

 

「うむ。夕食は宿の方で手配してもらってあるからな。今日は買い食いは無しだ。

明日、出ていく前にでもお土産を買うついでに楽しめば良いだろう」

 

「マーベラス」

 

素晴らしい。いや、俺自分が女の子誘ってデートするだけでもここまで完璧な用意出来る気しないんだけど。ちょっとラウラさんハイスペック過ぎない?これがラウラの本気か。戦慄を禁じ得ない。やべえ。惚れる。いや、既に遅いわ。うん。少なからずこの子(ラウラ)に気持ちを持ってかれてるね。

ヤツは大変なモノを盗んでいきました。あなたの心です。

カリオストロ懐かしいなぁ。また今度見ようかしらん。

…いや、本当にこんなことでも考えて気を紛らわしてないと持たない。羞恥で。いやそれ以外の気持ちもあるかもしれないけど決してそれはなんというかほら気の迷いというか8つも下の娘みたいに感じてた女の子に惚れるとかあり得ないからJk(常識的に考えて)

どういうことかって?そういうことだよ。言わせんな。頼むから。お願いします黙ってて下さい。惚れてんじゃんとかそんな声は聞こえません。全て幻聴。幻聴である!幻聴なのだっ!

 

という訳でまずは足湯へ。お、人だかりがけっこう。あらら、これはしばらく待つかな?

と思っていたがしばらくするととっとこ退散する人たちが。あれは?

 

「まあ、湯畑からこの独特の温泉の臭いがするからな。合わぬ者もいるんだろう」

 

「なる」

 

とりあえず二人仲良く足湯へ。あ、なんか足先がぴりぴりするね。電気風呂かよ。

 

「うむ、強酸性だから刺激が強いんだろう。あまり合わなければ早めに出るか?」

 

「いや、意外とこれ慣れると気持ち良いよ。クセになりそうだ」

 

「ふっ、そうか」

 

そう言って嬉しいそうにする隣のラウラたん。か、かわええ!

 

(クセになったらなったで、また来年に来るのも良いだろう。…っふ、夢が広がるな。

…嫁よ、この楽しさを教えてくれたのは他ならぬお前なのだぞ?まあ、気付いてはおらんのだろうが…。

ふふ。…まったく仕方のない奴だ…)

 

さっきからによによ笑うラウラたんが可愛い。なでなで。あ、しまった。つい。やめよ。

 

「む、嫁よ。何故途中で止めるのだ。もっと頭を撫でよ!」

 

「はいはい」

 

そう言ってラウラさんの頭をしばしなでなで。くそっ、周りの人たちから生暖かい目で見られてんじゃねえか!クスクス笑われてるって!ラウラー!

 

そう思ってラウラを見るも、頭を思う存分撫でられてご満悦な様子。喉をゴロゴロされてる猫みたいな表情しやがって…。くそっ、かわええ!かわええよお!

 

むふー。としていたラウラがふんすと息をはいたタイミングでなでなで終了。さて、そろそろ行きますか。

 

「む、そうだな」

 

とりあえずほいタオル。

 

「すまん」

 

「ええよ」

 

ラウラにタオルを貸し、自分の足も自分用のタオルでふきふき。ちなみにハンドタオルはまた別に持っている。この時点で既に三枚のタオルを持ってきている俺だが、いつも旅行にはタオルを多めに持ってきている。タオルいっぱいあると本当に便利よ?おすすめ。

 

さて、二人とも靴をはいて温泉街探索へ。ほー、温泉まんじうに焼鳥。あー、焼鳥にビールとか美味しいだろうなあ…。ここで一献やりたいところだね。あ、そう言えばラウラってビール飲めるの?

 

「飲めるぞ」

 

「あれ、年齢的にはアウトじゃない?」

 

「日本の基準ならアウトだな」

 

「いやドイツでも駄目じゃね?」

 

本国(ドイツ)は16歳から飲めるぞ」

 

「えっ。マジで?」

 

「マジ、だ」

 

マジか。知らなかった。あれ?けどここは日本だから国籍関係なく日本の法律が基準だよな?

 

「つまり?」

 

「日本では法律上飲むことは禁止されているから飲めない。が、私はビールを飲んだこともあるし飲めることも知っている」

 

「なーる」

 

へえー。この辺はよく知らなかったな。てことは、16歳の日本人がドイツ言ったら酒飲めるの?

 

「む?国外犯の規定に飲酒の項目が無ければ飲めるはずだぞ。まあ、度数にもよるだろうが」

 

「度数で違うのか」

 

「違ったりするな」

 

「へえぇ…」

 

マジか。つまり高校の時点でドイツに留学すればちょっと早めに酒飲めたのか。まあやらんかっただろうと思うけどさ。なんとなく。

 

うむ。とりあえず全部美味しそうだし、適当に買っておけば良さそうやな!ちなみにラウラはお土産誰に渡すの?

 

「そうだな…。まあシャルロットと、あとは普段から世話人なっているクラスメイト達あたりか。ああ、一夏の奴にも持っていってやるか」

 

「ああ、じゃあ一夏君の分はラウラよろしく。んー、千冬の分は俺から渡しておこうか?ラウラ渡したい?」

 

「うん?いや、一夏の奴に教官の分も一緒に渡すつもりだぞ?」

 

「ああ、そういうことか。んー、じゃあおれは整備課の奴らと真耶ちゃん…くらいかな?」

 

「生徒会長の分はいいのか?」

 

「あっ」

 

ごめんたっちゃん。すっかり忘れてたよ。許してヒヤシンス。

じゃあたっちゃんと簪ちゃん、後はよくお世話になってるから虚さんとー…。もう面倒だから家族用のセットでいいか。たっちゃん関係者で一括りで。あとは轡木さん?賄賂だ賄賂。はは、冗談だけどちょっと想像したら笑った。轡木さんが『お主も悪よのう』とか言ってるのが簡単に想像できた。俺は俺で『ははー!お納め下さい』とか馬鹿なことやりそうだしな。あほす。

 

「じゃああれだ。たっちゃん達の分、轡木さん、真耶ちゃん、整備課の奴ら。うん、これくらいかな?甘納豆はともかく、温泉まんじうは日持ちしないでしょ」

 

「そうだな。それくらいで良かろう」

 

「あ、俺ついでに自分用にビール買ってこ」

 

「明日買うなら私の分も頼む」

 

「…ラウラお前、寮で飲む気か…?」

 

「IS学園は日本ではないからな。飲酒しても良かろう」

 

「…確か規則で禁止されてたろ」

 

「嫁よ」

 

そう言ってラウラは真剣な表情でこちらをクルリと振り向いた。なんぞ。

 

「この世には、バレなければ問題ないという言葉があってな?」

 

「問題だらけだぼけぇ!」

 

アカン!こいつ本気で飲む気でいやがる!駄目なやつだよこれ!

 

「なっ…!し、しかしだな!本国では問題ないのだ!久しぶりに私だって飲みたいぞ!少しくらいなら良いだろ?な!?」

 

「な?じゃありません。だめでしょ」

 

「ええい、何も問題ないのに強制的に禁酒させられているのだぞ!?少しくらい良いではないかぁ!」

 

「だめです」

 

ていうか、絶対シャルロットが許さない気がする。さすがに。

ただまあ、今までオッケーだったのがダメと言われて嫌な気持ちはまあ、分からんでもない。俺自身はちゃんと二十歳になるまで酒は飲まなかったが、別に他の人に迷惑かけない範囲で楽しむ分には問題ないと思ってる派だし。うーん。

 

「よし、じゃあこれでどうだ。今日の夕飯時にビールを頼んで飲む分には大目に見よう。ただし、土産の酒は無しだ」

 

「何っ!良いのか!?」

 

「だってラウラ、飲みたいんだろ?」

 

「飲みたいぞ!!」

 

「だからまあ、俺が見てる分には許す。ただし今日だけな」

 

「うむ…!うむ!」

 

ラウラが目をキラキラさせてこっちを見ている。はは、本当にドイツでは水の代わりにビールを飲むっていうのが信憑性高くなったな。それくらいの喜びようである。どれだけ嬉しいんだ。

 

あらかた温泉街のお土産屋を見て回り、お土産に目星をつけたので旅館に戻ることに。ちょっとはやない?

 

「夕食は6時半からだが、それまでに風呂に入っておいた方が楽だろう?」

 

「ああそっか。飯と酒にしてからの風呂はちょっとキツいか」

 

「それに、お腹がふくれたらあとは寝るだけの方が何かと気持ちが楽だ。それゆえ、少しくらい早いくらいでちょうどいい」

 

「あー、まあ慣れない長旅で身体中疲労は確かにあるしね。その通りっちゃその通りだな」

 

「うむ。今回は貸し切りの露天風呂を一時間以上借りたからな。楽しみにしていろ!」

 

「そうするよ」

 

そんな話をしながら歩き、気付けば旅館の目の前。さー、お部屋の御披露目ですよー?

フロントで預けた荷物を受け取ろうと思ったら、もう既に部屋に運ばれたという。いい仕事してるぅ!ナイス。

正直足がけっこうズーンと重いから、荷物運ぶの面倒だったんだよね。さすが老舗っぽい旅館。素晴らしい。

老舗のような店構えは伊達ではなかったということか。

 

「こちらのお部屋がお客様のお部屋となります。

また、何かございましたらフロントまでお申し付け下さい」

 

そう言って案内してくれた仲居さんに一言礼を言い、中を見る。

どうやら和室と寝室、そしてテーブルと椅子のあるリビングに別れている。三間続き…って言うのかな。

和室は十畳ほどの畳のスペースに背の低い四角机と座椅子が配置されている。俺がごろごろ寝転がっても大丈夫なほど広い。

寝室はローベッドが2つと広々としたベッドルーム。これまた十畳くらいありそう?荷物はここの隅に片付けられていた。助かります。

リビングは六畳ほど。窓からは草津のシンボル、湯畑が見える。椅子とテーブルもどこか和風で、背の低い感じ。おじいちゃんやおばあちゃんでも使いやすそうだ。

 

さて、ところでラウラさん?

 

「ん?」

 

あなたいそいそとお風呂の準備してますけど。貸し切りの露天風呂って、もしかして混よk…

「さあ嫁よ!行くぞ!」

 

待ちなさい。誤魔化そうったってそうはいきませんよ?白状しなさい。混浴?

 

「…うむ」

 

頬を赤く染めてつい、と視線を逸らすラウラさん。

さあ、一体何を企んでいるんですか!白状しなさい!

 

「よ、嫁に元気になって貰おうと…だな…」

 

うんうん。それで?

 

「その…」

 

ラウラはそう言って、しょんぼりと俯いてしまった。やや、これはちょっと言いすぎたか。

いや、でも年頃の女の子と良い歳した成人男性が裸で入る風呂に貸し切りとかいかんでしょ。ええんやで。

誰だええんやでって言った奴。俺。違います。駄目です。

 

「…はあ。つまり、俺に元気になって貰いたかっただけで、他意はないんだな?」

 

「う、うむ!」

 

(嫁がこの様子では、実はあわよくばを考えていない訳ではないとか言えんな…)

 

ふう。ここはラウラの言を信じることにしよう。実際、これまでのコースも俺のために頑張って考えてくれたものだろうし、これ以上とやかく言うのは無粋かな。

しゃーなし。

 

「…信じるよ?」

 

「うむ、任せろ!では行くぞー!」

 

そう言ってラウラは俺の手を引っ張ってフロントにぐいぐい進んで行く。まあ聞かないと露天風呂の場所わかんないしね。

そこの仲居さんに案内してもらったのは、露天風呂とは言いつつ半分屋内のような感じだった。屋根が露天風呂のほとんどまで出ていて、隣にはお座敷が。いつでも休憩出来るようになっていた。

それにしても、露天風呂の隣に畳のお座敷か。い草がいたむの早そうだな。いや、でも普通にガラス戸で仕切られてるし大丈夫なんだろうか。ちなみに着替えはちゃんと男女別。良かった…。ちょっと安心した。

さて、服を脱いでタオルを腰に巻き。いざ露天風呂へ!

実際に露天風呂に足を踏み入れると、足元の滑りやすさがあまりないことに気付いた。うむ。安心。

気付けばもうラウラさんは湯船に浸かっており、岩に囲まれた浴槽を満喫しているようだ。白くてきれいな背中がちょっぴり見えて、俺は心臓が跳ね上がるようにどぎまぎした。

ラウラは普段無造作に後ろに流している銀色に儚くきらめく髪をおだんごにしており、いつものラウラよりもより幼い感じに見えた。そのくせ髪をアップにしたことで見えるうなじは確かに16歳という多感な時期の若々しく瑞々しい肌の美しさを主張している。空が青から紅く染め上がるグラデーションの美しさをちらりと屋根の端から見せるが、その美しさよりも圧倒的に俺の目を吸い寄せて離さない美しさと儚さがそこにあった。

 

くるりと前屈みになってラウラに背中を向ける。鎮まれ俺の煩悩…ッ!鎮まれマイサン(息子)…ッ!

そ、素数だ。素数を数えるんだ。2、3、5、7、11、13、17…

 

…ふう。よし。大丈夫。あれはラウラだ。大丈夫。ラウラだから。ラウ…ラ…。

 

(キスした時の柔らかな感触を思い出した)

 

…ああああ!ダメじゃん!ラウラだから大丈夫だったのが、キッキキキ…キスしたからこそのギャップでさらにその破壊力があぁぁぁあ…!

ええい。もういい。無理に生理現象に立ち向かうのは諦めた。不可能なことに拘るのは愚かなり。天を衝かんばかりに屹立してしまっている部分はもういい。諦めた。その上にタオルを巻いて、いざゆかん!ええい、ドン引きされても知るものか!

 

カララララッ。

 

「む、来た…か…」

 

ラウラは嬉しそうにこちらを振り向きーーー、そして固まった。すまない。許せラウラ。鎮まらなかったんだ。

歩くたびに左右に揺れるそれにラウラの視線がぴったりとついて来ているのを感じる。やめろ、保健体育じゃないんだぞ!

ラウラからの視線を努めて気にしないようにしつつ、かけ湯場に行き身体にお湯をかける。…うむ。先に身体と頭を洗おう。そうしよう。ラウラさん、そんなに無遠慮に横からあれを見つめられるとその…ね…?銀髪の艶やかさのある小柄な16歳美少女にピーーを見つめられるなんて特殊すぎるシチュエーションに、俺のハートは耐えられなかった。三十六計逃げるに如かず。うむ。

という訳でシャワーと水・お湯の出る蛇口の前に椅子と風呂桶を持っていき、椅子に腰掛けて一息つく。ふぅ。

…未だに背中から視線を感じる。なんだ。なんなんだ。この肉食獣に狙われているかのようなプレッシャーは…!

頭からお湯をかぶり、髪を濡らしてからよく洗う。身体もごしごし。あぁぁぁ、さっぱりするうぅぅぅ…!はふぅ…。

それにしても、どうして一夏君はシャルロットと一緒にお風呂に入って平気だったんだ。あり得んぞ!どうなってんだあいつ…。

さて、未だに動悸は収まってないが息子は大人しくなったところで、湯船へ。だからラウラさんガン見してるんじゃありません。こら!

 

「はあぁぁぁぁ…!」

 

あぁ…!風呂は心の洗濯とは誰が言ったか…。まさに心も身体も洗われるような気持ち…!

じんわりとしたあたたかさが疲れた身体に染み渡る…!今なら俺の方にすーっと寄って来ているラウラの事だって気になーーー待て。なぜ俺の正面にいる。待て。待て。待つんだ。浴槽に半分横になっているような体勢の俺の太ももの上に座るな。胸を隠しなさい胸を。 ちょっ…!こらラウラァ!

 

「胸を隠せばいいのだな?ほら」

 

そう言って左手で胸を隠し、右手で俺の肩を掴んだまま俺の太ももの上に座るラウラ。先ほどちらりと見えてしまったラウラのデリケートなゾーンの銀色なんて俺は知りません。きっとそれは水の反射具合が光って見えただけ。きっとそう。銀色に揺らぐふさふさなんて、俺には見えていなかったはずなんだ…!

こちらに来るまでに隠す気のさらさら無かった桜色の2つのポッチなんて見てません。きっと俺が疲れた故の幻覚だ。そうに違いない。死にそう。

俺は今はまっすぐラウラの顔を見上げている。左手で一応胸元を隠しているラウラだが!さっきから俺の太ももの上で座ってるくせにふらつくせいで!チラチラと!視界の端にピンク色の頂きが見えてんだよぉ!

 

「ラウラ」

 

「なん…っとぉ!」

 

なんだ、と聞こうとした時にはもはや俺の方が限界。ラウラの肩をひっつかみ、くるんと半回転させる。相変わらず俺の太ももの上に座る状態だが、こうすれば俺から見えるのはラウラの背中だけ。もはや俺の理性が持たないからね。視界に入れないようにします。離したとたん再び襲うように誘い受けされる危険性があるので、息子が当たらない程度の距離でくっつく。はあ。まったく、SAN値がゴリゴリやられてますわあ…。

それにしてもきれいな背中である。うわーすごいきめ細かい肌。女の子やねぇ…。俺おっさんみたいやね。あ、24はおっさんか。そーかそーか。

 

「その…嫁よ」

 

「ん」

 

「迷惑…だったか?」

 

「少なくとも、身体を全く隠すことなくこっちに来たのは」

 

「私は嫁に隠さねばならぬような場所などないぞ!」

 

「大事なところは隠せぇ!」

 

このおばか。ダメだ、なんでこうもポンコツになっているんだ!計算か!?計算してやってるのか!?

 

「しかしクラリッサから聞いたぞ!真に仲の良い男女は、何も隠し事などしないと!」

 

「身体を隠すことと隠し事をしないのは別の話な!

身体を隠す恥じらいくらい持つもんなんだよぉ!」

 

もうやだこのポンコツっ娘…!なんなの。

私のSAN値はもうゼロよ!SAN値直葬は過ぎたのよ!

HA☆NA☆SE!

 

ていうかラウラさん?俺の手を取って何してるの?

 

「む?いやな、こう…嫁の腕が私のお腹を抱きしめるようにしている」

 

「どしてよ」

 

「ふふ…。こうすると、私が大切にされている気分になれてな…」

 

あー、はいはい。分かりましたよ。ぎゅっとすればいいんでしょ。ぎゅっと。

 

「うむ。…ところで嫁よ。なぜもっと密着させない」

 

「あたるじゃん」

 

「私は気にしないぞ!」

 

「俺が気にするの。バカなことばかり言ってるなら抱きしめるのもやめるけど」

 

「むう…。仕方あるまい」

 

はあ。まったく、精神が持たん。これ、新手のハニートラップとかじゃないよね?

死にそう。まさかこんな風に死にそうになる日が来るとか思ってなかった。死因は理性との戦い。理性と戦ったらダメじゃねえか。

いかんな、のぼせてきたか?あとそろそろラウラのお腹周りに腕をまわすの疲れた。ふう。よし、ラウラの太ももの上に腕をポイ。

…ラウラ。何してるの?おまたごそごそして。

 

「…うむ、少し待て」

 

「いや良いけど」

 

本当に何してるんだ?あ、アカン俺もう頭がぼーっとしてきた。ちゅらい。ラウラの太ももすべすべー。これはもう駄目かも知れませんね…。

 

「よし。抜けたぞ!嫁よ、これをやろう!お守りだ!」

 

そう言ってこちらに顔だけ向けながら差し出されたラウラの手には銀色の細い毛。…毛?

 

「待って。待ってラウラ。それ、どこのバカから聞いたの」

 

「クラリッサの奴が教えてくれたぞ!」

 

小説版ガンダムじゃないんだから…。いや、クラリッサは多分悪意はないんだろう。ないんだろうけど。ちょっとさあ…。それあそこの毛でしょう?アソコの。

あのさあ…。

 

「ラウラ。別に無くて良い。大丈夫だから」

 

「む?しかしだな」

 

「良いの。大丈夫だから」

 

「そうか…」

 

そもそも兵士でもない俺が戦闘することになるなんてよっぽどないのだ。だからラウラさん、しょんぼりしても駄目です。熱い。頭がぼーっとする。完全にのぼせてますわぁ…。

 

「ならば、今度戦闘に巻き込まれるような事があればお守りとして渡すぞ」

 

「いいよ」

 

どうせそんなことあるはずがないし。へーきへーき。それよりはよ出たいねん。ラウラちゃんそろそろお膝の上からどいて?

 

「いいか、絶対だぞ?お守りというのは馬鹿にならんのだからな?絶対だぞ?」

 

「はいはい」

 

そんなおざなりな返事をする。ラウラが退いてくれたので、タオルを腰に巻いてとっととお風呂から出る。あーあっつー…。なんかどっと疲れた。身体の疲れはとれたけど。

疲れを取るためのお風呂で疲れるとかもうね。自分で自分のことがなんかちょっとあほっぽい気がするね。うんうん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにこの時の俺は知るよしも無かったが、夏休みがあけてそうそうに亡国機業にやられました。それ以来お守りを持たされた。ああ…。

ちょっとだけ、中を開けて見てみたいとか思ったのは内緒。




前後編に分けるつもりが前中後編とかいうボリュームに。何故だ

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