3月23日。未だ世界唯一の男性IS操縦者、織斑一夏がIS学園に入学していない時期。ある日本の屋敷の大広間での一組の親子の会話。
「…楯無。いや、刀奈」
「改まってどうしたの?お父さん」
一組の男女が、厳粛な雰囲気の中で向かい合って座っている。
上座に座るのは隻腕隻脚の落ち着いた態度の壮年の男。黒い和服に身を包み、その鋭い双眸は今は閉じられている。彼は無事な右腕をひじ掛けに置き、ゆったりと座っていた。
下座に座るのは楯無と呼ばれた年若い女性。いや、女性と言うより女子と言う方がより正確だろうか。黒いカッターシャツの上にオレンジ色のベストを羽織り、ぴったりとしたジーンズに置き包まれた脚をたたんで正座している。その明るい水色の髪をわずかにたなびかせ、姿勢よく座るその姿は実に美しいものであった。
壮年の男性が口を開く。
「刀奈。刀奈よ。お前、あの男の事を好いておるだろう」
ド直球だった。先ほどまでいたお客人に対してしたような前口上ややり取りなど一切合切知らんと言わんばかりの直球であった。ストライーク。
「…いきなり何の話かしら」
そう答える女の声は硬い。わずかに震えてさえいる。だがそれは、緊張や自らの気持ちを言い当てられたが故のものではなかった。怒ってますねこれは。
「普通いきなり娘に『お前、あの男を好いておるだろう…(イケボ)』とか言う!?ホント信じらんない!お父さんデリカシー無さすぎ!」
「なっ…!?じ、事実を言ったまでだろう!?」
「事実だったら何言ったって良い訳じゃないでしょ!ホントあり得ないわよ!」
先ほどまでの厳粛な空気はどこへやら。慌てる男性の姿には、先ほどまで確かにあった威厳が消失していた。これではただの親子の醜い言い争いである。ちなみに娘優勢。頑張れお父さん。全国のお父さんたちが応援しているぞ!
「そ、それはそうだがな。しかし、お前の気持ちを確認してからでないと話が進まんのだ!」
「絶対ウソ!そんなわけないじゃん!だいたいお父さんがそうやって話が進まないー、って言った時って基本的に話進むことばっかりだったじゃん!」
「こ、今回は本当だ!」
「じゃあ何の話よ」
ここでようやく落ち着いて話を聞く様子を見せる娘。しかしその顔は、いかにも私信用してません。ふん!と言わんばかりのものであった。事実、この娘は父親の話に本当に自分の好きな人を明かす必要があるのか疑っていた。いや、自分の好きな人を明かす必要などあるはずがないとさえ思っている。きっと、自分の好きな人を明かす必要がないと判断した瞬間、烈火の如く先ほどの勢いを取り戻すに違いない。
ただでさえ私は年頃の乙女なのに、そんなデリケートな部分にずかずかと土足であがられるのは、いくら肉親であっても絶対に許されない。そう顔に書いてあるようであった。
頑張れお父さん!ファイトだお父さん!勝ち目は薄いぞ!そして頭頂部も薄いぞ!
その父の頭頂部は平坦であった。てっぺんハ○…。哀れ也。
また髪の話してる…(´・ω・`)
ハ○がこほん、と一つわざとらしく咳払いをして言う。娘はジットリとした視線で見ている。ハ○から一筋の冷や汗が流れた。これは形勢はハ○に非常に不利である。頑張れハゲ。あっ。
…ハゲの話は続く。
「…刀奈。お前にはまだ将来がある。だが、
…お前があの男の事を好いておるのは分かっておる…ええいそう睨むな!話が出来んだろう!まったく…。
ごほん。いいか刀奈。
そもそも私は、お前たちが生まれた時点で更識家最後の当主になるつもりだったのだ。
…これがどういうことか。わかるか?」
そう言って、鋭く娘の顔を見る男性。そこには先ほどまであった優しさや柔らかさは微塵もなく、ただ触れれば斬れる刃物のような鋭さのみがあった。その双眸が正面に座る娘を射抜く。ハゲよ、今お前は凄く輝いているぞ…!(頭頂部が)
「…私はな。お前たち二人には、幸せになって欲しいと思っている。
当たり前に遊び、当たり前に笑い、当たり前に友人を作り、当たり前のように恋をし、当たり前のように思い出を作って、日の当たる場所でゆったりとな…」
そう言って、薄く笑う男性。その笑みには、ただ娘を想う暖かな情が見てとれた。
男は言う。
「だがなぁ刀奈よ。お前、私が傷付いて戻った時に、私の代わりに当主を務めたろう。今も続けているが、どうだ。その場所は、その地位は。ひどく重苦しいものだろう?」
男は娘の様子も見ずにくっくと笑っている。その対面では、娘がぷーっと頬をふくらませていることにも気付かずに。
おいハゲ、気付け。お前の娘、絶対怒ってんぞ。具体的には「ほらやっぱり私の好きな
男は続ける。正面を見ることなく薄く笑ったまま。正面にぷーすか怒る娘の顔に気付かぬまま。
「だからなあ、刀奈よ。私はここいらで、更識の家を終わりにしようかと思っておる。なあ、刀奈よ。お前はどーーーーーぅぇ」
気付いた。きっと本当はお前はどう思う、とでも続くはずだった言葉はしかし、目前の不機嫌オーラMAXの娘の様子を見て引っ込んだ。あっ…。とでも言わんばかりの顔をしている。ハゲは固まった。
「うん、ねえ、お父さん?」
「…はい」
「私、言ったよね」
「…」
「ねえ、聞いてるの?」
「はい」
「どこに私の気持ちが必要だったのかしら」
「…はい」
「下向かない」
「はい」
「はいじゃない」
「はい」
「ねえ、今私が聞いてるんだけど。ど・こ・に・私の気持ちが必要だったのかしら?」
「…」
「ほら下向かない」
「はい…」
この親父、残念ながらダメダメである。目の前で正座したまま腕を組む娘に対してたじたじである。頑張れハゲ。
だんだん母さんに似てきたなぁ…と思っていた(現実逃避していた)ハゲ、つい下を向き娘に叱られるの図。
「…まあ、お父さんの気持ちは分かったし、私の好きなようにやりなさい、ってことでしょ。その気持ちはありがたいわ。ありがたいけど…」
「…けど…?」
「すでに鹿波さんに同じように励ましてもらってるもの。『君の好きなように生きなさい。君の信じるところを行きなさい。僕は君が頑張ってる間中、ずっと応援してるから』って」
残念。親父(ハゲ)の想い、届かず。一応フォローしておくと、この親父(ハゲ)は娘が生まれた時からずっと覚悟をしてきたのだ。ずっと前から歯をくいしばってでも頑張って来たのだ。しかし娘の想い人の言葉の後では、娘の心にはその愛情は届かなかった模様。無念。
「だからまあ、私は私の好きなようにするわよ?私のこと、信じて見守ってくれてる
「信じて見守ってくれている
残念ながら両者共に微妙にすれ違っている。すれ違っているのだが、それに気付くことは未来永劫、ないのであった。
「て言うか、お話がそれだけなら私、もう戻るわよ?」
「あ、ああ…」
一世一代の決断を『それだけ』で済まされた親父(ハゲ)。ショックだったのか、わずかに答える程度にしか反応がない。憔悴しているかのようだが、原因はただの親子のやり取りである。娘から嫌われてないだけ、あんたは恵まれてるんやで…?
そう声をかけるものはここにはいない。
父親はしばらく憔悴状態であった。
娘は気にすることなく母の手伝いに戻った。
哀れ。
そうやってどれだけの時間がたっただろう。気付けば男の元へ、茶を持った妻が来ていた。男の前に湯気の立つ湯飲みが音も立てずに置かれている。
「…なあ、母さん」
「なんですか、あなた」
「…いつの間に、あんな風に育ってしまったんだろうな」
そう言う男に対して呆れたように頬に手をつく妻。はあ。というため息と共に返ってきたのは、こんな言葉であった。
「何言っているんですか。あの頑固で意地っ張りな所は、あなたそっくりじゃないですか」
ハゲの苦労は続く