注意
このお話は本編時空とは全く一切本当に微塵も関係ございません
「鹿波!」
ふと、俺の名を呼ぶ聞き慣れた声に目を向ける。そこに立っていたのは織斑千冬教諭。IS学園の女子生徒たちから『お姉様』として親しまれている、まさに姉御肌。そんな織斑教諭が、俺の方を見てひどく落ち着かない様子で立っていた。
そのそわそわしている素振りは、いつもの堂々と落ち着いた物腰の織斑先生からはとても考えられないほどで。
俺は、織斑先生が話を切り出すのを待っていた。
「その…今日は、私が仕事を終えるまで待っていてくれないか」
そう、わずかに頬を紅潮させながら言う織斑先生は常の凛とした美しさとは違う、しかし確かな可愛らしさを示していた。
一方で俺は、普段なら見ない織斑先生のその様子に半ば納得していた。
俺と織斑先生は今年の花見から急速に仲良くなり、よく華の金曜日には居酒屋を梯子する仲だ。そして織斑先生はたまに、ふとお洒落なバーで夜景を見ながら飲みたい、と言うロマンチックな事を言うのだ。今日の恥ずかしがり方から見て、おそらく今日のお店は一人では入りにくく、しかも山田先生を誘うのも難しい店。
もしくは一人では行きにくいけど行ってみたい。しかし山田先生は連れ出せなかった。
おそらくこのどちらかだろう。個人的には後者と見た。だいたいのお店なら山田先生を連れていくはずだし、居酒屋の後のラーメン屋が屋台であっても付き合う度量のある山田先生だ。山田先生を誘うのも難しい店というのはなかなかない。
逆に後者ならわりと普通にあり得るのだ。
さてさて、今日は2月14日。聖バレンティヌス司祭が撲殺された、記念すべきハッピーデイである。え?ハッピーデイじゃないって?はは、何を言っているんだ。神話関係の人物なんて、全部くそ食らえに決まってるだろ!いい加減にしろ!
そんな中、ここIS学園では血を血で洗う、まさにバレンタインにふさわしい殺戮祭が行われていた。
事の発端は織斑先生の弟、織斑一夏君。彼はこの学園の人気者で、彼の周りには常にワンサマーハーレムが形成されている。
ハーレム要員は、モッピーこと箒さん(以前箒ちゃんと呼んだら真剣で斬られそうになった。織斑先生が助けてくれなかったら死んでた)。
セカンド酢豚こと鈴さん(以前鈴ちゃんと呼ぼうとしたら無言で双天牙月という青龍刀を首筋に当てられた。織斑先生が助けてくれなかったら死んでた)。
飯マズことセシリアさん(セシリアさんはセシリアさんと呼ぼうとしたが、声をかけようとしただけでブルー・ティアーズというファンネルが僕の急所を狙っていた。織斑先生がセシリアさんを出席簿で叩いてくれなかったら死んでた)。
花盛りの君たちへことシャルロット・デュノアさん(シャルロット・デュノアさんは僕とすれ違っただけで僕の後頭部に
銀髪オッドアイことラウラ・ボーデヴィッヒさん(ラウラさんは俺が織斑先生の胸を事故で触ってしまった時に、ゴミを見るような目で見てきた。そしてワイヤーブレードで斬ろうとしてきた。織斑先生が庇ってくれなかったら死んでたが、正直これは俺が悪いので、多分ハーレムの中ではまともな方になると思う)。
内気メガネこと更識簪さん(極度の引きこもりらしく、いつも裸で一夏君のベッドにいるらしい)。
自称日本一の美少女こと更識楯無さん(僕に見えないところからナノマシンで僕を爆☆殺しようとしていたらしいが、織斑先生に脚を吊り上げられてパンツを披露してた。黒のレースだった)。
少なくとも上記の美少女達に日々囲まれ、酒池肉林を地で行く男。それが織斑一夏君だ。
ただ、そんな一夏君も織斑先生には頭が上がらないらしい。なので、僕の顔を見てもいつも舌打ちするだけで直接的なことはしてこない。しかしいつもそこらじゅうで僕の悪口を無いこと無いこと言い触らしているらしく、織斑先生や山田先生にバレては良くお尻ペンペンされている。本当にお尻を丸出しにされて。
そしてIS学園の女子生徒達はそんな涙目一夏君の様子を動画で取り、『今日の織斑一夏スレ』で笑い者にしているらしい。さすが一夏君、人気者である(笑)
今日はそんな一夏君を争う争奪戦をしている。題して
『織斑一夏君にチョコを渡す権利選手権』。はは、意味不明。普通に渡せばいいじゃん。
そう整備課のおっちゃんたちに言ったのだが、おっちゃん達は口を揃えて、
「女には女の戦いがあるんだよ…」
と言うだけだった。やはり意味はわからなかった。
さて、血で血を洗う(マジで。今日は重傷者が300人で済んだらしい。いつもよりはおとなしい感じ)醜い争奪戦を、更識楯無さんが優勝者をアンブッシュ(つまり不意討ち)するという汚い勝ち方でさらっていった後。
夕方のそろそろ日も暮れようか、と言う時間に僕は織斑先生に手を引かれて中庭の大きな樹の下に来ていた。織斑先生の手は柔らかくて暖かで、その横顔は凛々しさと儚さが、どこか夕陽に彩られて美しい。
そんな織斑先生が、僕の右手を握ったまま振り向いた。その顔は夕陽のせいか、それとも恥ずかしさからか。真っ赤に染まって見えた。そのあまりにも幻想的な美しさに思わず息が出る。
織斑先生はそんな僕の様子を知ってか知らずか。後ろ手に隠した箱を持って、うー…とうなったまま。
あれ。なんだろう。これは、今日は居酒屋の誘いじゃないのかな。いくらニブチンと言われる僕だって、さすがにそれくらいは気付く。そして十分、二十分。
織斑先生の喉から震えた、しかし確かに聞こえた美しい声。
「鹿波!好きだ!」
そう言って、織斑先生の手は不器用にラッピングされた箱を僕に差し出している。
ああ、そうか。今日はバレンタインだったっけ。
僕は織斑先生の手をそっと包みこみ、驚いて顔を上げた織斑先生にキスをした。
最初は驚きに目を見開いていた織斑先生だったが、そのうち目を閉じて、そっ…と僕の体を抱きしめた。
僕は左手で織斑先生の不器用な気持ちのこもったチョコレートの箱を持ったまま、織斑先生の背中に腕を回す。
しばらくずっとそうしていて、僕らの唇の間にきらりと妖しく煌めく透明な橋がかかり、露となって消えてゆく。そうするとまた織斑先生は僕に、唇を求めてくるのだ。
二回、三回。何度か口づけを交わしたところで、織斑先生が僕の手を取る。
「行こう。最高の場所を用意してある」
そう言って不敵に笑う織斑先生は、ひどく大人びていて。見惚れてしまいそうだった。
織斑先生が用意したという場所は、確かに最高の場所だった。
プライベートな個室。
気品のある店内。
落ち着いた雰囲気の照明。
そして美味な酒。
そこで僕は織斑先生と何度も口づけを交わし、一夜を共にした。
まあ、ひどく恥ずかしがるその顔も。可愛く乱れるその姿も。全て、最高だったと言っておこう。
二人は幸せなキスをして終了
注意
だからこの時空は本編とは全く関係ありませんってば