とあるIS学園の整備員さん   作:逸般ピーポー

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簪の記憶

私は、小さな頃から姉のことが嫌いだった。

 

姉は何でも出来た。勉強も。料理も。人と打ち解けて仲良くなるのも、私よりも早かった。スタイルもすごいし、運動だって出来た。

そんな姉と常に比べられて、私は生きてきた。

常に私は『更識刀奈の妹』として、比較されながら過ごしてきた。

いつも私には、お姉ちゃんの妹として期待がかかる。『あの』更識刀奈の妹だ、と。

私にはお姉ちゃんほどの能力も才能もないのに。

 

そしてそんな身勝手な期待をされて、私がそこそこだと分かると勝手に失望して離れていく。

元々私は人見知りする方だし、友達付き合いだってお姉ちゃんのようにはいかなかった。何度も何度もお姉ちゃんのように頑張ったけど、そのたびにお姉ちゃんのようには出来ない現実が、そこにはあるだけだと思い知らされるだけだった。

そうやって頑張って、それでも出来なくて悔しい思いをしていると、いつもお姉ちゃんは私のそばに居て、私を慰めた。

頑張ったね、大変だったね。

そう言って私の頭を撫でてくれたり、私を抱きしめてくれた。だけど、そうやって頑張って、そのたびにお姉ちゃんが慰めてくれるほど。

私は『何でも出来る優秀な姉』と『ごく普通の惨めな自分』の差を思い知らされるような気持ちになった。まるで私がどれだけ頑張っても、お姉ちゃんのようにはなれないのだと、そう告げられているような、そんな気持ち。

 

それからいつしか、私はお姉ちゃんを避けるようになった。お姉ちゃんがいつも私のことを気にかけてくれてたのは気付いてたけど、私は一人になりたかった。放って置いて欲しかった。

私が一人でいる間はつらい思いをしなくて済むし、そもそも人付き合いが苦手な私は、一人でいるのが性に合った。

ある時、ヒーローもののアニメにはまった。

何の力もない非力な一般人がピンチになると必ず駆けつけて、その正義感と共に皆を守る、正義のヒーロー。

悪い奴らがやっつけられるのは見ていて気持ちがすっきりしたし、何よりも皆の笑顔に囲まれるヒーローが好きだった。

私にも、こんな力があればな…。

そう思わないではいられない、凄く強い力を持ち。

それでも誰もが笑顔で迎えてくれる。

そんなヒーローに、私は夢を見ていた。

 

中学に上がると、ますます私は孤立していった。

本音ちゃんはいつも私のそばに居ようとしてたけど、お姉ちゃんに言われて私のそばに居ようとしていると思っていた。だからなるべく本音ちゃんを近付けないよう遠ざけた。

中学生になると、一気に世界が広がった。

そうすると、今まで自分が気にならなかったことにも気が付くようになった。

例えば、いつも甘えたことばかり言って他の人を頼り、自分は何もしないような人。そんな人を見ていると、とても不愉快な気持ちになった。なぜそんな気持ちになったのかは分からないけど、他の人に自分から近付いていくのは甘えだと思った。自分一人で頑張るつもりのない所が、ひどく癇に障った(かんにさわった:腹が立った)のかもしれない。

 

そして今まで自分が気にならなかったことに気が付くと、世界はたいそうつまらないものに見えた。ずるいことばかりしていても、声の大きな人が笑う。ひどく真面目な人だって、いついじめられるか分からない。教師は生徒を守ってはくれないし、差別なんて当然のようにあった。

家。収入。地位。権力。親。顔。性格。人柄。数え始めたらキリがない。

そんな中でも私がいじめられることがなかったのは運が良かったと思う。だけど、そうやってつまらない世界を見ているたびに私は自分の世界に閉じこもるようになっていく。

学校では一人で本を読み、家では好きなヒーローに憧れて。テレビの前から離れるのは、ご飯かお風呂か寝る時くらいのものだった。

 

 

ある時、姉が日本の代表候補生になった。このときはまだ私にも意地が残っていて、姉がISに乗るのなら、私も負けていられない、そう思った。

そして姉はIS学園に入学した。

姉がIS学園の寮に行き、実家から居なくなったことで、私は一時の安寧を得ていた。たまに家に帰っては来たけど、それでも私のコンプレックスを刺激する姉が居なくなったことは、とても大きなことだった。

この頃私は中三になり、日本の代表候補生になれるかどうか、という頃だった。

代表候補生になれれば、筆記試験を落とさなければほぼ間違いなくIS学園に入ることができる。

ようやくお姉ちゃんと並ぶことが出来る。そう思っていたからか、姉がIS学園に行ったからか。

その頃の私は、ほんのちょっぴり心の余裕があった。

 

そんなある日、虚さんからお姉ちゃんがカードゲームを始めたことを聞いた。なんでも私と勝負して仲直りがしたいらしい。

今までの私だったら、絶対に嫌がっていたと思う。でも、その頃の私は比較的落ち着いていた。だから、お姉ちゃんから言い出してきたら仲直りするつもりで、お姉ちゃんが私に話かけてくるのを待っていた。

 

春が過ぎ、夏も終わり、秋の季節も冬に移り変わろうとしている。それだけ待っていても、姉は私に言い出してはこなかった。

まあ、お姉ちゃんはああ見えて臆病なところがある。そう思って、私は勉強にカードの大会にと精を出していた。きっとまだまだ待つんだろうな。でも、きっと仲直り出来るだろう。

そう、思っていた。

 

冬のある日のこと。お父さんが半身不随になったという知らせを聞いた。急いでお父さんの元へ行こうとしたら、お母さんに止められた。

今はお父さんとお姉ちゃんが大事な話をしているから行ってはいけません。と。

またお姉ちゃんばかり。いつもそうだ。お姉ちゃんは私をのけ者にしたりはしないけど、お姉ちゃんの凄さはいつも私をのけ者にする。

涙が止まらなかった。お母さんの腕を振り払って、私は自分の部屋に閉じこもった。

いつもそうだ。いつもいつも、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが。そうやって、お姉ちゃんばかりが話の話題になる。

どうせ私はいらない子だよ。何をやってもお姉ちゃんみたいには出来なく、てんでダメな子だよ。そう思って、ずっとお布団の中で声を押し殺して泣いていた。

 

 

それからお姉ちゃんが実家に戻ってきた。またお姉ちゃんと一緒に過ごすのか…。そう思うと気分が滅入る。だけど予想に反して、お姉ちゃんは私に構うことはなくなった。

動けなくなったお父さんの代わりに、お姉ちゃんがお仕事をしているのだと言う。またお姉ちゃんばかり…。そう思った。

だけど、お父さんが動けなくなったというのは、自分が思っていたよりも大変なことだった。いつもは優しい笑顔でご飯を作ってくれるお母さんも。いつも笑顔で私に話かけてくれる、お父さんの部下の人も。皆が忙しそうに走り回っていた。

そんな中で、自分一人だけがいつも通り、のんきに学校に行き、カードをいじり、ヒーローアニメを見る。さすがに罪悪感がのしかかった。

そこで、ふと廊下にいたお姉ちゃんに話かけた。

私にも、何か出来ることはないの。

 

そこで振り向いた姉の目は、何の色も映していないように冷たくて。何の感情も乗らない声で、お姉ちゃんはこう言った。

 

「いいの。簪ちゃんは何もしなくても。お姉ちゃんに任せなさい。簪ちゃんは役立たずのままでいいから、大人しくしてて」

 

怖かった。

お姉ちゃんが、まるでお姉ちゃんの姿をした別人なんじゃないかと思うほどに。

能面のような無表情で、淡々と言葉を発するその姿が。

私の方を見ているはずなのに、私のことを見ていないんじゃないかと思うほどに無機質なその瞳が。

私の知ってるお姉ちゃんの声で、私の知らない、感情の感じられないその声が。

全部全部、怖かった。

 

「あ…」

 

私が何も意味のある言葉を言えないでいると、お姉ちゃんは何の興味もなくなったかのように私に背中を向けて、どこかへ行ってしまった。


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