とあるIS学園の整備員さん   作:逸般ピーポー

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たっちゃんヒロイン回。


追憶の刀4

2月。

 

私は楯無として、暗部の仕事をこなしつつ自分のISの制作をしていた。

暗部としての仕事で政府の重鎮やら大層な名前の委員会の幹部達が腐敗し、その結果として事故として(・・・・・)片付けられた人々の結末の書かれた報告書を読みながら、私は溜め息をついた。

仕事をすればするほど心が擦りきれていく気がする。

そう思って、夜はたまに月をぼーっと一人で眺める時がある。

月を眺めては溜め息をつき、また月をのぞんでは溜め息が出る。

 

更識家の当主としてはまったく良くない話だが、自分の家族とごく一部の例外(鹿波さん)以外の人間が、全て腐った生き物のような気がしてくる。

更識家を支えるあいつも、私達の家を守っているあいつも、実は全員面従腹背で、本当はスパイだったりするんだ、なんて。

見える限りの人間が、全て人の皮を被った悪魔のようで。

私はぶるりと肌を震わせた。

 

再び通うようになってしばらく。いまだに違和感を覚えることのある日常。そんな偽りの平和の中にある学園の、慣れ親しんだ二年生の廊下をつかつかと歩く。大股になっているのは少々はしたないけど、そんなことを私が気にする相手はどうせ鹿波さんだけしかいない。彼はいつもISの整備庫にいるし、私が気にすることはなかった。

 

金属で出来た最新のドアをくぐり抜け、冷たい金属で囲まれた部屋に入る。

金属に囲まれたここ、IS整備庫は私に冷たい印象を与えてくる。事実、一人でここでISの整備をした時はあまりにも心細くてすぐに帰ってしまった。鹿波さんがいたら鹿波さんに一緒にいて、とお願いしたのだけど。

その時は、もう鹿波さんは帰ってしまっていたんだっけ。

 

今は鹿波さんの姿はないが、まあ食堂か購買で何か食べ物を買っているんだろう。ああ見えて彼は甘いもの好きだ。

もしくは外で煙草を吸っているのかもしれない。煙草を吸うその姿も渋くて素敵なんだけど、煙草の臭いが移らないようにいつも白衣にファブリーズをしていることを知った時には思わず笑ってしまった。鹿波さん可愛すぎでしょう。

 

かつて仲良くなった時に、イタズラ心というか。好奇心に近いそれで入った鹿波さんファンクラブの会員証は、最近では私の誇りになりつつある。

他のファンクラブの会員が知らない鹿波さんの姿を自分は知っていたり。正真正銘私は彼のファンなんだぞ。という自負は、灰色な私の生活を僅かに彩ってくれる毎日の生きる希望なのだ。

 

彼がいつも座っている整備机に備え付けられた椅子。そこに座ると、まるで彼が包み込んでくれるかのようで。

この、冷たい金属の壁に囲まれた空間の、特にここの場所は私のお気に入りの場所だった。

ほう、と息を吐く。私の熱がこもったその息は、仕事の後の冷たい溜め息と違う意味を持っていた。

 

いつもの仕事の冷たさを思い出し、心が冷えていくのを感じる。

はあ。なんで私、こんなに大変な思いをしなきゃならないんだろう。鹿波さんにまた会えるようになるまでは、命懸けで醜い人間達のために戦ってきた。だけどそれも繰り返せば、本当に守るべき人間なんて数えられるほどしかいないと気付く。

ある時に守った政府の官僚が、実は横領してましたーーーなんてよくある話。

胸の底から、冷たい思いと共に、どす黒い感情が湧き出すのを押さえるように深呼吸する。

 

すぅーっ。はぁーっ。

 

…駄目だ。やっぱりこの程度では私は到底満たされない。

ちらり。腕時計を見ると3時半。…この時間に整備庫に居ない時は、彼は4時まで戻ってこない。よし。

私は懐からカードキーを取りだし、彼が占有していると思いこんでいる整備書庫に足を踏み入れる。

 

そして作業机を見る。ビンゴ。彼の白衣が椅子の背に掛けられている。

それを手に取り、ソファーにダイブ。彼の匂いが染み着いた白衣を思い切り抱きしめて深呼吸する。

 

すぅーっ。はぁーっ。

すぅーっ。はぁーっ。

 

 

じゅん。

 

 

あ、濡れてきちゃった。でも気にしない。今は私の気持ちを落ち着かせる方が大事。そう、これは仕方のないことなの。

そんな誰に向けたものかもわからない言い訳をしつつ、私はたっぷり10分はそうしていた。正直、しとどに濡れてしまったあそこに手を伸ばして思う存分白衣を擦りつけたらどれだけ幸せだろうーーー。そう思ったし、自分のアレでマーキングした白衣を彼が着ることを想像するだけで絶頂ものの幸福感に包まれるが、彼のことが大切だからこそそんなことはしない。

彼に嫌われるのは一向に構わないし、私が一方的に守りたいだけなので良いのだが、そんなことをしても彼は喜ばないだろう。もし喜んでくれるのなら、私はいつだって彼のために出来るけれど。

 

そんなことをしてごろんごろんしたいなー、とか思いながら思う存分はあはあする。ああ、こうしているだけで私の心が浄化され、清められていく気がする。気のせいだけど。

誰にも邪魔されない貴重な時間。しかも思う存分はあはあ出来る彼の白衣付き。最高。

 

最初に彼の椅子に座った時はこんなにではなかった。

その時も心のモヤモヤが燻っていたり、泣き出したかったり、何かに当たり散らしたい気持ちでいっぱいだったが。

 

そう、初めて彼の椅子に座った時は、息抜きのつもりだった。それからもいつも彼の椅子に座り、時に椅子の背を抱きしめて、なんとかやり場のない感情の発露を自分で発散して、解決してきたのだ。

しばらくしたら椅子に自分の匂いを擦りつけたり、彼に包まれている気分になって一人で気持ちよくなるようなことを始めるようになってしまったが。

どれもこれも、全部彼が悪い。

そんな無責任な責任転嫁をしながらも、なんとか壊れないでやってきた。

 

さて、そろそろ彼が戻って来る時間だ。

椅子の背に使い終わった白衣を元のように戻し、整備庫のいつも彼の座る椅子に座った。あ、濡れてたからついちゃった。ちゃんと厚手のストッキング履いてきたのに…。

 

「おやたっちゃん。来てたの」

 

「お邪魔してるわ」

 

にっこり笑って彼の方を見る。彼と居る時間だけは素直に笑顔になることが出来た。普段の張り付けたような作りものの笑みではない、本当の笑顔。

彼は、両方の手に包みを持っていた。なにそれ?

 

「あ、おだんご買ってきたけど食べる?」

 

「ちょうだい」

 

「どーぞ」

 

ほい、と言いながら彼は包みを開けた。あ、今日は購買行ってきたんだ。

包みの中には、みたらし団子と三色団子がそれぞれ3本ずつ入っていた。

 

こういう時、私達はどうするかが決まっている。彼が2本ずつ、私が1本ずつ、だ。

なんでも彼いわく、

「買ってきたのは僕なんだから僕より多く食べられると嫌だけど、一緒に食べる楽しみが分かる子には分けてあげたいとも思う」

だ。

彼はひねくれているくせに正直で、本当に優しいところがある。だからこそ私達ファンクラブの間には不文律がある。

彼を困らせない、彼に悪い虫を寄せ付けない、彼に気付かれないように行動する、という暗黙の了解だ。

これがあるので、彼にアプローチするのはいいが、彼がほんのちょびっとでも困ったことをする女はあっという間に排除される。

ちなみに私のはギリギリセーフである。だからたまに、ここの整備庫での彼の椅子がほんのりと湿っていることがある。

まあ、ちゃんと終わりにウェットティッシュで拭かれていないとそいつは排除されるので、清潔ではあるのだが。

 

…最初に彼の椅子でした後、ティッシュで拭いたから他のファンクラブ会員に注意されたくらいですんだけど、今思うとファンクラブ会員資格を剥奪されかねない、危険なことをしていたものだ。それ以来、不文律や暗黙の了解はしっかりと会長や副会長に相談してから動くようにしているし、ちゃんとする時にはウェットティッシュを持参している。

彼のファンクラブ会員の情報は高度に秘匿され、会長や副会長も割りと分かる人には分かる程度に秘匿されている。

私は生徒会室のバックアップから、彼のファンクラブ会員が世界中の要所に居ることを知っているけど、女性権利団体の幹部にまで潜りこんでいたのには驚いた。

絶対に彼を守るために潜りこんだのだと私は予想している。きっとそう。

 

「んー…。なんかたっちゃんお疲れだね」

 

「そう?」

 

最後の三色団子を食べ終わり、彼はこちらを見ながら首をかしげて言った。

本当、なんで気付くんだろう?虚だってたまにしか私が疲れていることに気が付かないのに。

彼は本当、いつも自分のことを気にかけてくれる。

思わず顔が熱くなっちゃうじゃない。

 

「…頑張りすぎは良くないよ」

 

心配そうに言う。うん、でも今はあなたが隣にいるから大丈夫よ。

 

「良ければ、書庫で休んでいくと良い。僕はゴミを捨ててくるよ」

 

そう言って立ち上がり、彼は整備書庫をカードキーで開けた。

ごめんなさい。さっきまでそこではあはあしてました。

 

なんて言えるはずもなく。

私は彼に連れられるままに、整備書庫に向かっていた。

 

じゃあ僕ゴミ捨ててくるからー。

そう言う声が遠くなり、足音が遠ざかっていく。

うん。今日は彼の好意に甘えてしまいましょ。

 

そう思った私は、さっきまで幸福感を感じていたソファーに横になり、目をつぶった。




なんでや…たっちゃんが弾けた

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