それからも鹿波さんは時間があれば私とのデュエルに付き合ってくれた。
本人は
「欲しいカードや必要なカードを望めば買ってもらえるとか、ガチ勢にはたまらない環境だろうけどさ。僕もうついていけてないんだよね…。ペンデュラムって何さ」
とか言ってた。
そういうのもあって、私も鹿波さんもえくしーずまでしか理解が出来てない。
あと、私からはそうは見えないけど、鹿波さんはえくしーずをシンクロほど上手く使いこなせないんだそう。
ラギアとかホープをぽんぽん出してくるくせに…。
だから、えくしーずやぺんでゅらむは簪ちゃんに教えてもらってね、と言っていた。
「簪ちゃんはえくしーずやぺんでゅらむが使えるの?」
そう聞いたら、僕が知る訳ないじゃん。そう言って笑った。う、そう言えば、今私が一年生なんだから、簪ちゃんと鹿波さんに接点がある訳ないよね…。
でも、と鹿波さんは続けて言った。
「かっちゃんの話を聞く限り、簪ちゃんって遊戯王大好きなんでしょ?しかも大会で優勝する程度には強い。なら、普通に現環境に対応する能力はあるだろうし、多分エクシーズはかなり使えるんじゃないかな」
だから頑張って強くなって、簪ちゃんと仲直り出来るといいねーーー。
そう言って、鹿波さんが優しく私を励ましてくれるから。
だから私は、鹿波さんの元に通い続けた。
そんな私でも、何ヵ月もやっていれば上達はするもので。
私の鹿波さんに対する勝率は、いつしか80%をこえるくらいになっていた。
「うん、これだけ出来ればそうそうワンキルされることはないんじゃないかな。もう僕じゃあ相手にならなくなっちゃったね」
そう言って笑いながら鹿波さんは言う。
でも私は、鹿波さんに勝てるようになってから、だんだん怖いと思う気持ちが大きくなっていた。
鹿波さんが言う通り、私はそれなりに詳しくなったし、恐らく簪ちゃんともいい勝負が出来ると思う。
でも、もしも簪ちゃんと仲直り出来なかったら?
ボロボロに負けて、「つまんない」とか言われたら?
それとも逆に、私が圧勝しちゃって「お姉ちゃんなんか大っ嫌い!」って言われたら?
そう思うと、怖くて私は簪ちゃんに話かけられなかった。
その後も私は
「不安だから」
「もう少し練習しないと心配で」
「まだ簪ちゃんに話かける勇気が出ないから」
そう言って、何度も何度も鹿波さんの元を訪れた。その度に鹿波さんは
「いいよ」
「相手しようか」
「頑張れ!」
そう言って、何度も慰めてくれたし、私の背中を押してくれた。
この時の私は、本当に簪ちゃんに嫌われるのが怖くて、でも仲直りしたくて、どうしようもなく臆病なままだった。
それでも無情に時間は過ぎる。そして、12月。
私の家は少し特別な家系で、政府の裏で暗躍する、対暗部用暗部を担っている、そんな家。
当然危険なことにも関わるし、命のやり取りをすることもある。
だから、そうなることは予想出来たし、いつかはこうなるとも思っていた。
だけど、まだそれはしばらく先のことだと思っていたし、全然心の準備も出来ていなかった。
心まで冷えるような寒さを感じながら、更識家当主たる父が重傷を負って帰ってきた。
政府からの要望で、あるテロリスト集団の機密を手に入れてほしい、という仕事だった。
父はそこで蜘蛛のようなISと交戦。
重傷を負いながらも情報を手に入れ、なんとか撒いて戻ってきたらしかった。
見るからに息も絶え絶えな父に、不安と悲しみに押し潰されそうになりながら走り寄ったのを覚えている。
家の特殊性からか、父は身体中に痛々しい包帯をされた姿で私にこう告げた。
「刀奈…。私はもう、これまでのように動くことは出来ん…。自分のことすら満足に出来ん状態だ…。
しかし、私達の家はまだこれからも必要とされるだろう…。それには、私達にしか出来ないこともある…。
そして、私達が動かなければ、多くの人々が…っく、ゴホッ!」
そう言ってつらそうに咳き込む父を見て、私は悲しみと胸の痛みに沈みながらも聞いた。
「なんで…どうしてそこまでしないといけないの!父さんがそんなになるまでしなきゃいけないことなの!?
もういいじゃない!私達がやらなくたっていいじゃない!私達が傷ついたって!お父さんの身体が不自由になったって!誰も助けてくれない!誰も感謝もしてくれない!それなのに…なのに…」
涙がでる。視界が滲む。次の言葉は出てこず、私は溢れ出す感情をせき止められなかった。
ヒック、ヒックとしゃくりあげながらうつむいた私に、父は優しくこう言った。
「刀奈。私の大切な娘よ。お前の気持ちはよく分かる。私も、当主を継ぐよう言われた時は、同じ事を思ったものだ…。
だがな、刀奈よ。お前に、大切な者はいるか?守りたい者は居るか?その者たちの顔を思い描くのだ…。
お前は、その者たちが、突然電車の爆発に巻き込まれたらどう思う。その者たちが、無差別なテロに巻き込まれたらどう思う。
私達は、無関係な多くの人々を守るだけでなく、守るべき者を守るために動いている。そして、私達はそのために必要なのだ…」
私の脳裏には、何人もの顔が浮かんでいる。いつも厳しい父さん。暖かい食事を作ってくれる母さん。厳しくも優しく私達を見守ってくれる幹部の人たち。いつも私を支えてくれる虚。簪ちゃんのことを守ってくれる、いつも笑顔の本音。私を励ましてくれる鹿波さん。
そして、世界中で誰よりも。一番大切な私のたった一人の妹。簪ちゃん。
彼らが突然不幸に見舞われたら、私はすごく嫌。しかも、それがもし防げるものだったとしたら、私は防ぐために動かなければ、きっと後悔するだろう。
そう思った私は、服の袖でぐしぐしと涙をふき、きっ、と真っ直ぐに父の方を見た。
父は包帯を全身に巻き、座っているのもやっとの状態で、私の顔を優しく見つめていた。
今こうして座って話をしているだけでも、死ぬほどつらいはずなのに。そんなことを微塵も感じさせない、毅然とした態度だった。
「なに、身体は不自由になったとは言え、私も最大限サポートはする…。
刀奈。お前を第一七代当主に任命する。
…異論はないな」
私は恭しく頭を下げる。
「第一七代、更識家当主更識楯無。…拝命します」
そして、私は刀奈ではなく楯無として活動するようになった。
まだまだぁ!