とあるIS学園の整備員さん   作:逸般ピーポー

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またせたな!


在りし日の日常5

最悪だ。ISが壊れた。

 

 

やあみんな。仕事でミスをしたときとか、難しい仕事を担当するときとかって好きかい?俺はまだ好きな方だよ。

 

難しい仕事自体はそれだけでいい経験になるし、成功すれば儲けもの。失敗したらまあ、ほうぼうに頭を下げなきゃならんけど、言ってしまえばそれだけだ。

仕事でミスをしたときはツラいよな。何を言っても言い訳としか取ってもらえないことも多い。例え自分の直接的なミスじゃなくても、プロジェクトのリーダーだったりすれば責任というのがついて回る。

勘のいい方はもうお気付きだろう。そう、今回の俺のお仕事は、原因不明のISの故障である。

 

 

やあみんな。鹿波さん、今とっても気分がダウナー。貸し出した訓練機が原因不明の故障中。そして他の整備課の皆も、これは難しいですね…。とか言って俺に丸投げである。ちっきしょう。まあ、一応俺が整備課の責任者だから仕方ないんだけどさ。

 

さて、そんなわけで普段の業務は整備課の皆に任せて、俺は俺でISの故障の原因を探っている。プログラムの基本部分はオールグリーン。異常なし。これはこちらでも確認した。次。

プログラムのデータ計測値。これは、ハード側のセンサ類の値。ISにはハイパーセンサを除く様々なところにも、内部圧力や排熱量、エネルギー消費量やエネルギー消費率。外部圧力や他ISの武装反応などを調べるセンサが数多く存在する。しかし、これらの数値全ても、プログラム上は異常なし。

正直言って、既にこの時点で動かないというのはおかしい。普通に使っていて、これらのデータ以外の部分が変動するというのはよっぽどである。

例えば機体の損傷状態、通称ダメージレベルと呼ばれるものが、レベルCを超えた時なんかでも、数値にしっかりと異常が現れる。

 

つまり今回の異常は、動かないという明らかな異常が検出されないという異常なのだ。

 

とりあえず、こうなれば逐一調べていくしか方法はないわけだが、ISという超☆精密機器には14万を越える部品から成り立っている。それらを全て調べていたら、一年あっても足りはしない。

そこで、とりあえずの対応として、プログラム及び計測値は異常がないと仮定する。そうすると、内部コンソールを開いて全ての計測値データのエラーチェックが出来る。これで計測値データに異常がなければ、壊れやすいところや計測センサ類は異常なしだと考えられる。

てなわけで早速コンソールを開いて全ての計測値データをだーっと出す。同時にその計測値データの異常がないかのチェックプログラムも起動。これで異常が見つかれば、その部分を直して終わりである。

 

どうか異常が見つかりますように。そんな願いもむなしく、データは全て異常なし。ああ…。

 

そうすると、これまで以上に深い場所にある部品の異常ということになるのだが。はっきり言って、そのレベルの部品なんて、基本的な使い方をしていればまず壊れない。それくらい丈夫かつしなやかな部品を、かなりの精密さで組み上げてあるのだ。

その部品数は軽く4桁はある。これまた全てを調べるのは面倒くさい。なので俺は、自分の秘密の部屋と化している、IS整備課書庫に向かった。

 

ここにはIS整備に必要なソフトやISの内部データ、計測値やセンサだけでなく、原理やセンサの型番など、超細かいデータまで揃っている。雑誌や書籍、論文が本棚にはところ狭しと並んでいるが、これらは全て画像化してパソコンから確認出来るようにしてある。最も新しい情報は重要なので、今でも月に一度、整備課でデータ化する作業を分担して行っている。

 

いやー、俺がここで働き始めた頃は、全てアナログ形式でしかも雑誌も論文もぐっちゃぐちゃだったからね。全体を整理して、系統立ててファイル化して、パソコンの共有部分でデータ管理して、原本データと逐一メモを書き込める共有データを分けて…。

今の状態にするまで、本当に大変だったなぁ…。

 

ちなみにその苦労を轡木さんは知っている。ていうか最初の一年はずっと手伝ってもらった。そのため現在では整備課の責任者は俺だし、このIS整備課書庫の管理は俺がしている。他の整備課の人がここに入りたければ、俺か轡木さんに相談か連絡し、充分な理由があればどちらかと共に入ることが出来る。

一度だけ、轡木さんが俺以外の奴らに任せたところ、ぐっちゃぐちゃに荒らされたり、生活する自室のようになってしまった。そりゃそうだ。だってこいつら基本的に脳筋だもの。

轡木さんはその後に、そいつらと共に荒らされたところの掃除と、自室となっていた物を全て一掃。

そして管理は自分(轡木さん自身)と俺がカードキーで行うようになりました、と。

ちなみに作業机は最初の頃からある備え付けのものだが、ソファーとテーブルはその時のものだ。正直言って、私物をIS学園が奪い取った形になるんじゃね?と思ったが、轡木さんは自由に持っていきなさい。と言っていたのでありがたく使わせてもらっている。

いわく、『懲戒免職もののことをしておいてこれくらいで許してやるんだから残当』だそう。…残当ってなんぞ?

まあそんな感じでなかなかにおこだった轡木さんから任されて以来、もはや半分くらい自分の自由な部屋と化していたIS整備課書庫に来ている。

そういえば、シャルロットに話をしたのもここだった。まあ、あの時はまだ女の子シャルロットじゃなくて男装シャルルだったっけ。

 

とりあえずはパソコンを立ち上げて、ISの運動機能系の内部部品のみをピックアップ。心臓たるISコア周辺はいじったら起動すらしなくなるので、まあないとは思うが念のため。

部品数80か。うん、これくらいならなんとか今日中に調べられそうである。

80個の部品と使われている部分の設計図を一通り印刷し、IS整備庫に戻る。さて、現在時刻は3時半過ぎ。…6時までに終わるかなぁ…。そう思いながら、ISをバラして、一つ一つの部品を確認していく。全ての部品がISの奥深くにある。そのため、確認、状態チェック、確認済み部品のチェックは時間がかかる。これは大仕事になりそうだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい。見つけました。

小さな歯車の部品が、ほんの僅かに径と歯の数が違う部品に変えられていた。径の違いは0.005nm。歯の数は本来の部品プラス1。そりゃ動かない訳だ。しかもやたら良く似た部品だから、起動もするしプログラムにも異常なしと出る。そもそもこんな所の部品を変えたら動かなくなるに決まってる。誰だよこんなことしたやつ。車のガソリンタンクに砂糖を入れるよりも気付きにくいレベルのイタズラだぞ、これ…。専門職泣かせとはまさにこのことだ。

 

さて、現在は正規の部品と入れ替えて、起動チェック中である。たまたま正規部品があったから良かったものの、こんだけ内部のパーツなんて普通は揃えてないぞ。…これは轡木さんに相談だなあ。あと、誰が最後にこの(IS)を借りたのか、それも織斑先生に聞きに行こう。

現在時刻は夜の8時半。うわ、先生達まだ居るかなぁ…?もう皆さん帰っているかもしらんね。今日金曜日だし。早く帰って酒飲んでる人も多いだろう。いいなぁ…。

 

とりあえず、一通りの起動を確認。動作チェックは誰かに乗ってもらわないと出来ないので、教員室(通称職員室)に向かう。誰も居なかったら帰ろうと思っていたのだが、まだ明かりはついていた。良かった、と安堵しつつ入室。ノックしてもしもーし!

 

教員室に入ると、何人かの先生方がいるだけだった。しかもその先生達も帰る準備をしている人がちらほら。あ、まだ織斑先生はお仕事中。真耶ちゃんは居なかった。残念。動作チェック頼みたかったんになぁ…。まあいいや。

 

織斑先生、すいませーん。

 

「ん?ああ、鹿波か。お前がこの時間までいるとは珍しい。どうした?」

 

あー、2つほど。

一つはISの修理が終わりました。どなたかに動作チェックをお願いしたいと思います。

 

「わかった。今日はもう遅いし、また来週のなるだけ早いうちに誰かにやらせよう」

 

ありがとうございます。先生も来週には臨海学校があるのに、助かります。

 

「なに、構わんさ。それで、もう一つは何だ」

 

ーーー今回の異常は、明らかに作為的、もしくは人為的なものでした。最後にあのISを借りたのが誰か、知る必要があると考えています。

 

「ーーーなんだと?」

 

 

そう言って織斑先生は、険しい表情で貸し出し届けをパラパラとめくりだした。

 

 

「ーーーあったぞ。最後に借りたのは、三年のダリル・ケイシー。貸し出し理由は後輩の指導、となっている」

 

 

ーーービンゴ。ダリル・ケイシーといえば、束から送られたUSBメモリの中にあった、亡国機業が接触した生徒だったはずだ。

そのことを伝えると、轡木さんと楯無には伝えておくことを約束してくれた。助かります。

 

楯無はこのIS学園の一生徒であると同時に、裏の家の一つ、更識家の現当主でもある。そのため、テロの未然予防や、こういった表に出来ないことではしばしば動いてもらうことがある。すまん楯無。あとはよろしく。

 

 

「他には何かあるか?」

 

 

うーん、もうなかったかな。ないはず。よし。そう思って、

もうないです。

と答えたところ、こんなお誘いが。

 

「ふむ。私も今から終わるところでな。山田君も今日は用事があるというし、誰か都合の良い奴を探していたところだ。

どうだ。良ければ一杯」

 

そう言って手で何かをくい、と持ち上げる…傾ける?仕草をする織斑先生。あれか。飲みに行くから付き合えと。

 

良いけど今何時よ?

 

「なに、心配するな。夜遅くまでやっているところを知っている。どうだ?」

 

良いよ。行こか。

 

そう言うと織斑先生はフッ、と笑った。本当にいちいち動作が男前ですね。

 

「さすが、お前は話が分かる。他の奴らはどうにもな…」

 

周りに先生が居ないからと言って、こやつ言いたい放題である。二人で教員室から出ながら会話する。

 

何よ、ちーちゃんが誘っても誰も応じてくれなかったの?

 

「ああ。しかも山田君はそうそうに帰ってしまうし、今日は帰って家飲みでもやむ無しかと思っていた」

 

家でも飲むのか…。いや、確かに毎日こんな時間まで働いていれば、週の終わりにでも飲まなきゃやってられないか。

 

そう言えば、山田先生は何を?

 

「山田君か?山田君は今日はまちこん、と言っていたな」

 

まちこん?ああ、街コンね。大変だな。…あれ。でも確か、山田先生ってちーちゃんより年下じゃなかった?

 

「ちーちゃん言うな。まあ今はオフだから良いが…。

そうだぞ?」

 

ちーちゃん、後輩が街コンに行ってるのに、あなた居酒屋行ってて大丈夫?婚期。

 

「うっ、うるさい…!私だって気にしてるんだぞ。気軽に婚期婚期言うな。焦っているんだから」

 

あー…(哀れみの目)。

焦ってるのね…。結婚相談所行きなよ、あなたのスペックなら間違いなくお相手は見つかるから。むしろ選り取り見取りじゃない?ブリュンヒルデでIS学園勤務の高給取り。

 

「ブリュンヒルデはやめろ。あれは恋愛においては呪われた名前だと言えるんだぞ…!」

 

そ、そんな嫌だったの。ごめんて…?もうブリュンヒルデとは言わないよ。

で、結婚相談所行ったの?

 

「…行ってない」

 

さよか。

 

「…?理由を聞かないのか」

 

どうせ素面じゃ言いにくいでしょ。それに、そんなしょぼくれた顔をしたちーちゃんをいじめる趣味はありませんー。

 

「…フッ。やはりお前を誘って正解だったよ。良い酒が飲めそうだ」

 

さいで。で、どこよ?

 

「うむ、そう遠くない。…しかし、まさかお前とサシで飲みに行く事になるなんてな。思いもしなかった」

 

そんな優しい顔で言われても何も出ませんよ?

 

「敬語はいい、なんだかお前に敬語を使われるとむず痒くなるからな。…オフの時は、普通で頼む」

 

普通と言われましても。じゃあちっふーとかちーちゃん呼びはいいの?

 

「ちっふーもちーちゃんもやめろ。束を思い出す」

 

え。なにそれショック。俺のセンスって、あのクソ兎と同等…?

 

「ついたぞ。ここだ」

 

そう言って平然と店内に足を運ぶ織斑先生。いや、オフだからちーちゃんでいっか。ダメならまた別の呼び名を考えよう。

 

「…貴様、またろくでもないこと考えてるだろ」

 

席についたとたん、こちらを睨み付けながら言う織斑先生(ちーちゃん)。いや、ちーちゃんの新しい呼び名を…。

 

「だから、前から千冬と呼べと言っているだろう。なんだ。お前はそんなに私を名前で呼びたくないのか」

 

大正解。

 

いや、同い年とはいえ、織斑先生みたいな凛とした美人さんを呼び捨てというのはなかなかに抵抗がありまして…。

 

そう言うと、織斑先生はテーブルに肘を置きながら、難儀なやつだな。と朗らかに笑った。その笑顔を普段からしてればもっとあなたモテるでしょうに。もったいない。そう思ったのだが、なんでも、

 

「ふん。面白くもないのに笑えるか」

 

だって。あのさあ…(呆れ)。

 

「大体、貴様の方こそどうなんだ。浮いた話の一つすら聞かんぞ?」

 

うぐ。それを言われるとツラい。今生の親には無理して結婚しなくて良いよ、とは言われている。ただ、両親、それも特に親父殿の方は孫を心底楽しみにしていることも知っている。

 

良い人が居れば考える、くらいのものですかねえ…。男は三十路くらいまでは猶予があるので。

 

そう笑いながら告げる。すると、卑怯だぞ…。とか拗ねた様子で呟くものだから、思わず笑ってしまった。

 

「…何がおかしい」

 

相変わらず拗ねた表情で言う織斑先生。なるほど、これは破壊力抜群だ。今なら千冬呼びしてもいいかな、と思えるほどに。

そう思ったので、ふと尋ねてみた。

 

ねえちーちゃん。

 

「ちーちゃん言うな。…なんだ」

 

ちーちゃんって、千冬呼びされたいの?

 

「ふむ。そうだな。されたい、と言うか…。なんだ。

こう、どいつもこいつも私のことをブリュンヒルデとか『織斑千冬』としてしか見ないからな。私だってただの人間だし、もっと言うなら一人の女だ。私をただの『千冬』として見てくれる人間が、理解者が欲しいと思うのは、そんなにおかしなことか?」

 

そう言って不安げで不満げな表情をする。不覚にも、ちょっとかわいいとか思ってしまった。さて。とりあえず、織斑先生がただの人間というのは、逆立ちしてもあり得ないとして。でもまあ、織斑先生にもこんな人間らしいというか、人間くさいところを見ることになるとは思わなかった。

なるほど、一夏君が織斑先生大好きな訳だ…。

 

そう思ったので、こう返してやることにした。

 

「別に。むしろ俺としては、織斑先生にこんなに人として親近感がわくとは思ってなかったかな」

 

そう言うと、恥ずかしかったのかそっぽ向かれたでござる。その頬は真っ赤であった。ここだ!俺のSな部分が、Sな魂が!今ここで千冬呼びをしろと叫んでいる!

そして俺は満面の(邪悪な)笑みでこう呼んだ。

 

「分かったよ。…千冬」

 

そう呼ぶと、赤い顔でそっぽを向いたままの千冬はこちらをちら、と一瞥し。

ブフッ!と勢いよく吹き出した。なんやねん。

 

「だってお前、顔真っ赤だぞ」

 

え。うそん。そう思って顔に両手を当てる。うーん、わからん。

ちょうどそのタイミングで注文がやって来たので、店員さんに聞いてみることに。

 

すいません、俺の顔赤くなってます?

 

そう聞くと、ニッコリ笑顔でええ、なってますよと返された。対面では千冬がニヤニヤしている。貴様…!絶対に酔い潰してやるからな。覚悟しろよ。

そんな逆恨みにも近い復讐の決意をしていると、酒が来た。ええい、今に見ておれよおのれぇ…。

まあいい。旨い酒が先ずは先。これはお互いに共通認識であったのか、お互い気付いた時にはすでにグラスをかかげており。そのままぶつけて乾杯。

ちなみに千冬は生。俺は青リンゴサワーである。逆だろ普通…。

 

ちなみに生よりも青リンゴとか梅酒とか、俺はそっちが好き。カルーアとかもたまに飲む。でもやっぱり最強は芋焼酎である。

よっ、ちーちゃん良いのみっぷり!そう言うと、実に嬉しそうな顔でやはりこれだな!とか言ってる。おっさんか。

 

その後も酒は進み、千冬の顔も赤くなってきた。いや最初から違う理由で赤かったが。

大体食べ物もなくなり、あとはひたすらお酒タイム。だいぶん飲んだな…。暑い。千冬もそう思ったのか、俺が服装を緩めるのと同じようなタイミングで千冬も服装を緩める。

おー、いつにもまして美人さん。よっ、日本一!

そう言うと、

「はっ、日本一だと?違うな。私は世界一だ!」

とか言ってご機嫌である。たしかに世界一だわ。化け物のような強さって意味で。

で、その世界一さん?いつになったら良い男見つけるの?来年私達アラサーよ?

からから笑ってそう言えば、突然千冬は神妙な顔つきになり。

「私だって…私だってなぁ!恋愛とかしたいんだよ!」

 

千冬、魂の叫びである。

そっかーちーちゃんは恋愛したいのかー。

 

「そうだ…。中学ではあのバカ()の世話を焼き…、高校でもあいつに振り回され…。そして世界で戦っていたと思えば教師生活だ。

私だって青春とかなぁ!普通の恋愛したいんだよぉ!」

 

ちーちゃんちーちゃん。その猛々しい咆哮だけで既に普通とはかけ離れてる。縁遠いで。ちーちゃんに普通って。

ああ、ほら周りのおっちゃんたちも引いてるじゃん。何々?痴話喧嘩かって?ちげーよ(半ギレ)

こんな美人さんを泣かして…。だって?

ひでー彼氏だな?だからちげーよ(マジギレ)

 

とりあえず注目を集めて仕方ないので、千冬ちゃんの頭をテーブル越しにぽんぽんしておいた。そしたらガバッと顔を上げて充血した目を半開きにしてこちらを睨み付けてきた。なん。嫌だったのん?

 

それから千冬は

「ええい!やってられるか!おかわり!」

と叫び、次々とジョッキを空にしていく。あっ、これ酔い潰れるパターンや。読めた。

そして今度はガタッと立ち上がり(廊下側に椅子が倒れるところだった。危ないからやめなさい)、突然こちらに来たかと思うと、俺の隣にドカリと座った。うわ酒くさ。

それからというもの、もうひたすらに絡み酒。しかも俺にも酒をぐいぐい飲ませる上、肩を抱いて顔を近付けて絡んでくる。

美人が隣にいて、めちゃくちゃ顔も近いのに、なんだろう。あんまり嬉しくない。やっぱり酒は飲んでも飲まれるな、やね。現在進行形で酒に飲まれてる千冬を見て、そう思いました。まる。

 

そして絡み疲れたのか、俺の肩に頭を預けながらすーすー言ってるちーちゃん。今なら言える。千冬?俺の隣で(酒で潰れて)寝てるよ。うん、嬉しくないな。悲c。

 

仕方ないのでお店の人にタクシーを呼んでもらい、一夏君に寮の出入口で待っててもらうように告げる。ごめんね一夏君。君のお姉ちゃん、仕事と私生活のストレスではっちゃけすぎちゃった…。なお、共に飲みに行く男性とはお互いに恋愛感情はないもよう。あるあるやね。

 

タクシーが来たので、お会計してと。

ちーちゃーん。起きてー。

ゆさゆさと起こしてみるも、返ってくるのはかわいらしい

「ぅーん…」

という声だけ。アカン。

 

仕方ない。千冬の荷物を持ち、千冬のやわっこい腕を自分の首にかけ。千冬の細い華奢な腰を支えてタクシーへ。ふう。

 

「お客さん、どちらまで」

 

あ、IS学園女子寮までお願いします。

 

「入り口までになるけど、いいかい」

 

ええ、よろしくお願いします。あ、もし寝てたら起こしてもらっていいですか?

 

「はいよ」

 

そう言って、タクシーは走りだし。俺の意識も走りだしてどっか行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちら、とミラーを見る。今回乗せた二人の客は、それぞれ互いに顔を寄せながら、穏やかな寝息をたてていた。片方の美人な方の女の客は、タイトなスーツをわずかに着崩し、男の左手を握っている。

もう片方の男の客は、左肩に女性の頭をのせながら、その頭に寄りかかるように目を閉じていた。

 

運転手は一つ嘆息し、告げられた目的地へ向かう。

 

 

 

ーーーその小さな幸せを大事にしろよ、坊主。

 

 

 

この女尊男卑のお互い生きにくい世の中の、小さな幸せにこころもち穏やかな微笑みをうかべながら。




(*´∀`*)ほっこり

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