まだまだ先生達が臨海学校の準備に奔走している頃。
ラウラ・ボーデヴィッヒと仲良くなる機会はわりとすぐに訪れた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒを頼みたい?」
「ああ」
場所は俺のホームと言っても過言ではないほど入り浸っている、IS整備庫。いつも人が基本的におらず、非常に閑散としている場所だ。
そんなところで、俺は織斑先生と話していた。
「VTシステムが暴走し、我々教員でラウラを鎮圧したことは聞いているだろう。あの後、あいつの身体は既に回復している。だが、どうも精神状態が不安定というか、な。
まあ、心の問題というやつだ」
「それは分かりました。ただ、どうして俺なんです?専門のカウンセラーやメンタリストがいると思いますが」
そう言うと、織斑先生は少し考えるように目を閉じた。
そして、言う。
「そうだな…。1つ目は、お前の実績を信用してだ」
実績?はて、何かしたことなんてあったっけ。
「お前と話をするようになってから、妹が明るくなったと楯無から聞いている。
それに、一夏の奴もお前と関わるようになってからは、以前の明るさを取り戻しつつある。…ここだけの話だが、お前に相談をするようになる前までは、だいぶん参っていてな。
やはり異性ばかりの環境、支えあったり同じノリで話すことの出来る同性がいないというのは、ストレスがたまるのだろう」
それに、勉強のこともあったしな、という織斑先生。
織斑先生、僕はそれに加えて貴女のお世話も負担だったと思うんですよ。
一夏君に聞きましたよ?ご飯を作るのも、掃除や洗濯も、シャツとかにアイロンをかけるのも一夏君がやってるらしいじゃない。
一夏君、めちゃくちゃよく出来た弟さんじゃない。
そんな弟にあーた、勉強は教えない?愚痴を聞いてもあげない?果ては自分の世話をさせる?
うーんこの。
正直喉元まで言葉が出かかったが、まだ本題に入っていないので我慢する。
今度一夏君に、織斑先生に構いすぎないようにやんわり諭してあげようと思いながら。
「もう1つはまあ、私の勘だな」
勘かよ。
「む、今貴様、勘だと思って馬鹿にしただろう。いいか、私の勘はよく当たる。それゆえだ」
あー、確かに女性の勘は鋭いって言うしね。
それも世界最強レベルの獣の勘ともなれば、下手な未来予知よりも当たるかもしらんね。
「そういうわけで、あいつーーーラウラのことを頼みたい。引き受けてくれないか」
ま、言われなくてもやるつもりではあった。そういう意味では渡りに船だな。
ええで。
「そうか、恩に着る」
ところでその、ラウラとやらはどこに?
「ああ、あいつなら保健室のベッドだ。時間のある時にでも見てやってくれ」
ではな、と言って織斑先生は颯爽と去っていった。うーん、所作がいちいち男前である。
あの人婚期大丈夫なんかな。
ま、いっか。
さて、時間のある時とは言われたものの。どうせ普段から午後3時も過ぎれば時間はあるのだ。
早速お邪魔しよう!
というわけで保健室に。
窓からは日がさして、部屋を明るく染めている。いくつか空いた窓からはそよそよと心地良い風がふき、サボりでくるなら最高の場所だな、なんて思った。
一番奥から1つ手前、そのベッドにラウラはいた。
ベッドに座っているが、微動だにしないでボーッとしている。
とりあえず隣の椅子に腰かける。よっこいしょ。
我ながらおっさんくさい動作だなぁ、なんて苦笑して、目の前のベッドに座る女の子を見る。
サラサラの銀髪は腰まで伸び、柔らかな日の光を受けてわずかに輝いている。
本人の生きる気力のなさとは裏腹に、太陽の光を浴びて髪の輝くその様子は、まるで著名な絵画であるかのようだった。
とりあえず話しかけてみないことには始まらない。
ので、ひとまず挨拶。
挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。
「こんにちは」(・∀・)ノ
…残念ながら返事は返ってこない。期待はしてなかったけど。
まあ、時間はあるし、慌てることはない。
また来るよ。そう言い残して、その日は去った。
翌日。
今日もラウラの元へ顔を出す。今日からは本腰を入れて付き添うつもりなので、読書する用に本を持ち込んでいる。
タイトルは『妖怪アパートの優雅な日常』。
面白いんだ、これが。
また来たよー、と声をかけ、こちらに対する反応がないことを確認してから、本を読む。
今日は、日が傾く頃までいてからさようなら。またね。
また翌日。今日も今日とて保健室。
やあ(・ω・)ノ
と声をかける。今日は挨拶した時にこちらをちらりと見た、気がする。
まあ、ゆっくりやっていこう。
今日も本を読む。そろそろ物語も盛り上がってきて、非常に面白くなってきた。ついつい本を読むことに没頭してしまい、夕方までいた。
更に翌日。おっすおっす、なんて軽い調子でいつものように挨拶する。すると、今日は僅かにこちらを見たのが分かった。
特段気にすることもなく、今日も本を読み耽る。千晶ィ…あんた立派だよ…。
今日は昨日のことをふまえて、少し早めに退出した。
じゃあな、と言った際に、僅かにうなずいていたのが印象に残った。顔は相変わらず能面のような無表情だが。
また翌日。基本的に、ここにいると時間はともかく曜日の感覚が薄れてくる。ただ漠然と毎日を過ごす気持ちはどうなんだろうな、なんて思いながら、俺は今日も本の虫と化していた。
ふと視線を上げると、ラウラが透明な眼でこちらを見つめていた。思わず目をぱちくり。
どしたん?と聞いても返事はなし。ま、気にすることはない。また本を読む作業に戻る。
その日はその後もずっと視線を感じていた。
またまた翌日。今日は挨拶をする前からこちらを見ていた。構わず声をかける。
よう(・ω・)ノ
すると、俺が椅子に腰かけるくらいのタイミングで、かすれるように「…ぁぁ」と言う声が。
かすれるほど小さな声ではあったが、その声は、透き通るようにきれいだった。
更に翌日。また今日も挨拶をすると、ゆっくりと頷きを返してくれるようになった。
まだ自分から話かけたりはしてこないが、まあ気にすることではないだろう。
最近は俺が本を読んでいる姿をじっと見つめてくることが多い。
美少女に見つめられて読書するとか…たまんねえな!
最近は、風が強く吹いている、という本を読んでいる。三浦しをんの本は、たまに面白いのがある。
また今日も本を読み、1日が終わる。切りの良いところまで読み進め、栞を挟む。
パタン、と本を閉じて立ち上がろうとした時、ふと声をかけられた。
「…なあ」
「ん?」
その声は掠れていたが、はっきりと、俺に向かってかけられたものだと分かった。
振り向けば、夕日を横に受け、ラウラがこちらをまっすぐに見据えていた。
「なぜお前は、私のところへ来る」
その瞳は俺をじっと見つめ、真剣な表情がうかがえた。
「…難しい質問だ」
そう、この質問は少しばかり難しい。初めはクロエや織斑先生からの頼みだから、というばかりであったのだが。
最近は、なぜか
ただまあ、共通しているのは。
「面倒を見ようと思ったからさ」
これに尽きる。
目の前の少女は更に質問を重ねてくる。
「どうしてだ」
「さあなあ。これも縁ってやつだろ。もしくは、お導きか…」
そんなもんだ。
どれだけ大事な人でもいつかは死ぬし、会わないまま連絡がつかなくなることもある。
「そうか」
そう言って、ラウラはまた元の姿勢に戻った。じゃあな。そう声をかけて立ち去る。
ああ。という声が聞こえた気がした。
長くなりそうなので分割。
放って置けなくなる、という感情は、サブタイの通り守護霊(ラウラからすると妹。守護霊からするとラウラがお姉ちゃん)から来ています。実は。