さて、元クソ兎、現篠ノ之束から電話された次の日。
日曜日である。
俺はいつもの通り、休日の過ごし方として理想的だとすら思っている、昼前までの爆睡をしようとしていた。
しかし、ピンポーン、という玄関の呼び鈴の音にビクッとして目を覚ます。
はて。だれかなんぞ約束なんかあったかな?
寝ぼけた頭で思い返すも、それらしい心当たりはない。
のそのそと玄関まで行き、どちらさん?と聞こうとした直前。
ドアの鍵がかちゃっ、と開いた。
「!?」
とっさにドアノブを握りしめ、ドアを開けさせまいとして、声を張り上げる。
「どちらさーん!?」
「はーい♪」
そして返ってきたのは、憎らしいほど底抜けた、楽しそうな
焦る俺は、脳をフル回転させて考える。
何だ!?また拉致しに来たのか?だけどそれならインターホンを押す意味はないし云々。
俺の抵抗もむなしく、ドアを強制的に開けられた。パジャマ姿の俺の視界には、むなしくも開けられてしまったドアを手に、満面の(悪魔のような)笑みの束と。
申し訳なさそうな顔をした、クロエ・クロニクルが映っていた。
間。
しばらくして、着替えや歯磨きの終わった俺は、リビングに居る
「で、昨日の今日で花見に行くと」
「そーゆーこと。じゃ、準備出来たら行こうか」
相変わらずの冷静かつ平坦な調子でそういう束に、クロエは俺の方を見てペコペコと頭を下げていた。
「すみません、また束様がご迷惑を…」
「あー、まあ、クロエが悪い訳じゃないしな。全て悪いのはこの
「申し訳ありません…」
しかし、昨日のメールには織斑先生を巻き込んだら、という条件をつけてたはずなんだが。
そう疑問に思いながらも貴重品を持って家の鍵を閉める。
寮の駐車場に着くと、見慣れない白い車が鎮座していた。
「おい束。これ、もしかしてなんだが、レンジローバーじゃないか」
「ん?そだよ」
事も無げに言い放つ束だが、レンジローバーって言ったら4WD界のロールスロイスだぞ…?
その値段もさることながら、その顧客リストには、英国王室を始めとした、錚々たる名前が並ぶという。
そんじょそこらじゃ見かけることすらかなわない車だ。
俺?前世の行きつけのお医者さんが乗ってたから知ってる。何でもキャンセルが出たとかで安く買えたんだって。
その車内は広々としていて、長時間の運転でも非常に疲れにくいのだとか。
そんなものすごい車、レンジローバーに近づくと、後部座席に人影が。
さらに近づくと、一夏君と織斑先生が見えた。
マジで巻き込んだのかコイツ。
戦慄しながら束を見ると、ん?とでもいうようにこちらを見て、早く乗りなよー、なんて言いながら助手席に乗っている。
え?お前運転しないの?
とか思って運転席を見てみると、既にスタンバってるクロエの姿。
え、と思いながら織斑姉弟を見ると、二人とも揃って首を横に振っている。
そっかー(´・ω・`)
諦めて後部座席にこんにちは。
「鹿波さんこんにちはー」
「やあ一夏君。織斑先生も」
「ああ。それと、千冬でいい。前にも言ったろ」
そうだっけ。あんま覚えてないや。
車内は本当に広々としていて、後部座席に千冬さん、一夏君、俺の順で座ってもなお、ゆったりとしたスペースであった。
「じゃ、行こっか。れっつらごー!」
なんてはしゃいでいる束の声に対応して、運転席のクロエがキーを回す。
わずかな振動とエンジン音と共に、静かにレンジローバーは走り始めた。
「しかし、千冬さんはまあ(俺が巻き込むように伝えてたから)分かるとして。一夏君はどうしてまた?」
「えっと、そもそも束さんから花見のお誘いの電話を受けたのが俺なんですよ。で、束さんが千冬姉と一緒においでよ!っていうんで、集合場所を聞いたら
『いいのいいの!寮で待っててくれれば迎えに行くからー!』
って言われまして。
で、千冬姉に伝えた後は、普通に寮で待ってました」
「へえ」
意外である。てっきり千冬さんを誘って断られて千冬さんを拉致してくるとばかり思っていた。
それが一夏君を先に誘ったとな。
一夏君を先に誘い、織斑先生がオッケーを出した、ってことだよな。
なんで織斑先生許可出したん?そこがよくわからん。
そう思っていたのが顔に出たのか、織斑先生から補足が入った。
「私も始めは断るつもりだったんだがな。まあ、久しぶりに外に出るのも、いい息抜きになるだろうと思ってな」
ああ、一夏君のガス抜きですねわかります。
「それに、私としてもこいつに聞きたいこともあったしな。ちょうどいいタイミングだと思った訳だ」
こいつ、と言いながら束の方を指さす千冬さん。指さされた束はといえば、特になんとも思っていないのか、平然とした顔でこちらを向いていた。
一つ疑問が浮かぶ。
「聞きたいこと?って、何です?」
「ああ、そうか。お前は知らなかったか。
クラス対抗戦の時に、無人機が乱入してきたことがあってな。私はそれが、こいつの差し金だと思っているんだよ」
「俺が鈴と協力して倒したやつだな!って、あれ束さんの仕業だったの!?」
ああ、俺は関与してないけど、原作で知ってる。
そうか、原作と変わらない介入があったのね。
まあ、無人のISなんて作れるのは、世界中探しても束だけだろう。俺もそう思う。
っていうか一夏君。君さ、もう少し頭使おう?
世界中でも無人のISなんて未だに実現出来てないんだから、そんなの作れる人物なんて相当限られてくるとは思わないのかね。
話を向けられた束はニコニコしているだけで答える様子はない。
答える気がないのだろう、と思わせる態度である。
「束様、目的地です」
「ありがとークーちゃん!
さてみんな、到着だよー!」
はりつめた雰囲気になろうとしたところで、あっという間目的地に着く。
花見なので当然桜並木だと思っていたのだが、俺たちの目の前にあるのは、たった一本の巨大な桜の樹だった。
俺たちが桜を見上げている間に、クロエがてきぱきとレジャーシートを広げていく。
おい束、お前見てるだけかよ。可哀想だとは思わないのか!
一夏君もそう思ったのか、クロエの手伝いを申し出るも、あっさり断られる。
一夏君、残念。
レジャーシートの上によっこらしょ。
聞けば、ここは桜の名所だと言う。じゃあなんで日曜日の昼前なのに、こんなに人影がないんだ?
一夏君も同じことを思っていたのか、首をかしげている。
今度は俺がそれを聞くと、
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!じゃーん!」
そう言いながら胸元からよくわからん黒い球体を取り出す束。おい今お前どっから出した。谷間から出さなかったか?
ほら、一夏君がお前のでっかい胸を凝視しちゃってるじゃないの。
「これは人払いくん!これを人払いしたい場所にいくつか設置しておくだけであら不思議!なんとなく他の場所に行く気になるのだー!」
なんて得意げに束は言うが、それって俺たちにも効果あるんじゃないの?
「だからちゃんと効果が切れる時間から逆算して設置したよー?」
何言ってるの、みたいな調子で言う束。
なるほど、これがこいつの通常運転か。これならついてこれる奴がめったにいないのも納得である。
それくらい、こいつは自分の感覚を当然のこととして周囲に求めてくるのだ。実際には、こいつの感覚は間違いなく一般人のそれのはるか先にあるというのに。
ある意味、高校時代(だっけ?)かそこらで束が千冬さんと出会ったのは、非常に運が良かったんだな。
さて、クロエが全員にコップに酒(クロエと一夏君はジュース)をついだところで、束が乾杯の音頭を取る。千冬さん?連れてこられてずっと憮然とした顔してたけど、お酒を渡されたら顔を綻ばせてる。ちょろすぎでしょ…。いや、束が千冬さんの扱い方を理解してるのか。
「そんなわけで、かんぱーい!」<束
「かんぱーい!」<一夏君
「乾杯」<俺
「…ふん」<千冬さん
ちなみにクロエは乾杯には加わらず、重箱を開けていた。おおっ、美味しそう!朝ご飯を取る暇も無く連れてこられたので、俺は腹が減っている。
うぉおん、俺は人間火力発電所だ。
そんな勢いで美味い飯に旨い酒。
途中で俺には芋焼酎、千冬さんには日本酒、一夏君には和風の特別料理が出てきた。アイラブ芋焼酎。うーん、旨い!
もう許せるぞおい!
あ、一夏君用の特別料理の一つ、茶碗蒸しを一口もらった。
めっちゃ美味い。
おかげで酒が進む進む。
ふと隣を見ると、顔を真っ赤にした千冬さんが束に絡んでいた。束自身もけっこう顔を赤くしており、まんざらでもない様子。
千冬さん、絡み酒だったのか。
あっ、束の周りに空になった酒がごろごろしてる!
一つを手に取ってみる。
なになにスピリタス。ふむ。なるほど。
なんかよく覚えてないけどかなりアルコールなやつだよねこれ!
俺もだいぶ酔っぱらってきた。
フラフラと束と千冬の元に向かう。
二人は昔話をしているみたいなので、俺も混ざる。
俺も混ぜろー!
「…でさー、あの時ちーちゃんったら、『私にこのような服など似合わん!』とか言っちゃってさー、ねー?」
「ふん、あんなひらひらフリフリな服など私には似合わんのだ!私には、もっとこう…!」
「なになに、何の話だ?俺にも聞かせろよ」
「おーカナミン、いいところに!これこれ!」
「ん、なんだこれ…。って、あははははは!」
思わず大笑いしてしまった。
束が持つ写真の中には、ぶすっとした表情で、膝上のやや短いスカートの、フリフリのフリルのあしらわれたメイド服を着た、若き日の織斑先生が立っていた。
その顔は、いかにも『私不機嫌です』と言わんばかりであり、今の織斑先生の凛とした姿からは考えられない可愛らしい姿は、俺のツボをいともあっさりと刺激した。
「あは、あははははは!こっ、これは可愛い!可愛らしすぎる!あははははは!」
「ぬぁっ、貴様まで笑うか!ええい、だから私はもっと落ち着いた服が良かったのだ!こんな服など!」
「えー、いーじゃんいーじゃん!ちーちゃん可愛い服だって似合うってー!もったいないよー!」
「黙れ!貴様のような、訳のわからんフリフリエプロンドレスなど私には合わん!」
「いや、実際これ似合ってますよ!織斑先生美人なんだし!でもこの顔は!
あーっはっはっは!」
「鹿波!貴様もいつまで笑っている気だ!
っく、束!その写真をこっちに寄越せ!」
「やだよー、っだ!あははははー♪」
そんな下らないやりとりを、俺たちは酒をがばがば開けながら続けていた。
確かにそこには、普段のしがらみを忘れた饗宴があった。
そしてそんな酔っぱらいたちのどんちゃん騒ぎを見守る二人。
ちびちびとジュースを飲みながら、こちらはしみじみと語り合っていた。
「世界最高レベルの天才で美人な束さんと、世界最強レベルで美人なうちの千冬姉に挟まれてるって、鹿波さん相当な贅沢だよね。
気付いてるかは知らないけど」
「でも、束様は中身は意外とポンコツですから…」
「ああ、そっちもですか。うちの千冬姉も、なかなかズボラでぐうたらで…」
「「お互い大変ですねぇ」」
しみじみしていた。
もしここに、原作ヒロイン達がいたらこう言うに違いない。
鈴「まるでどっちが保護者かわからないわね…」
セシリア「あ、あれが織斑先生…?」
箒「恥ずかしい…」
はい。という訳でお花見会でした。
ちなみに束さんは、ただお花見がしたくて誘った、というわけではないです。
まあその辺はまた次回にでも。
できればですが。