この束さん編が終わったら、ようやくIS学園日常編の予定です。
時系列的には、まだIS学園ではシャルとラウラが転入したあたりなんですよ…。
おっそい。
あれから私たちは、束さん特製の移動式ラボに戻り、IS学園に到着。
鹿波をIS学園に送ってから、再びいずれとも知れぬ大海をさまよう旅の再開である。
「束様」
「ありがとークーちゃん」
私はデータを解析していた手を止め、クーちゃんから紅茶を受け取った。
私が今解析しているデータは、鹿波と共に廃工場に入った、あの時のものだ。
あの時私は確かに様子のおかしい鹿波の後ろに、7つの妙な青緑色の光を見た。
はっきりいって私の身体は異常に能力が高い。IQ、身体能力、毒物への耐性もさることながら、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の能力の高さは、最新式のデジタルカメラよりも信が置けるほどだ。
まさに細胞レベルでオーバースペック。
それを地でゆく私の身体が、見間違うなんてことはありえない。
それゆえ、高感度カメラの映像を解析しているのだが。
「出ない…」
そう。出ない。いくら探しても、あの光を見た一瞬が出てこない。
鹿波をロープ銃で捕まえた時のアホっぽいまぬけな顔も、工場の最奥のフロアで様子のおかしなところも、ばっちり撮れているのに、だ。
仕方ないので、マイク、サーモグラフィー、赤外線カメラと見ていった時、見つけた。
赤外線カメラには、一瞬だけ、7つの光がチカッと瞬いている瞬間が写っていた。
しかし、他のデータも赤外線カメラのデータも、それ以外には何もおかしなものは写っていなかった。
さて、そうすると謎なのは、この不思議な7つの光である。
親の七光り、という言葉があるが、あれは現実に7つ光る訳ではない。
というか、あいつの両親は別にごく普通の人間だった。
むしろ鹿波のような、私の技術についてこられるような人間を生み出したことが異常なのではないか、と思えるくらいに普通だった。
鳶が鷹を、などと言うと失礼かもしれないが。
そういえばうちの両親も普通ではあるな、なんて。
どうでもいいような、益体もないようなことをつらつらと考えて、ふと整理されていない綴じた紙の分厚い資料が目にとまる。
この資料は40枚ほどの紙がまとめられたもので、私が襲撃して潰してきた各地の非人道的な実験を行う工場の資料だ。
捨てなきゃなー、なんて考えていて鹿波の件のせいですっかり忘れていたが、そこの工場の一つに鹿波を連れて行った工場の情報も載っている。
実験体の総制作数27865。
第一条件突破数、つまり受精卵として安定した数7291。
第二条件突破数733。
これは培養ポットのあるフロアまで行った数。
つまり、少なくとも733の水子の命を、私は救えなかった。
出来たことは、骨を拾ってあげることだけだ。
第三条件突破数38。
これは赤子までは安定して成長し、IQテストなどを受けた子たち。
既に彼女らは、骨すら残らず逝った。
気休め程度の銀の十字架だったが、何もしないよりはマシだろうな、と思える。
最終過程到達数8。
これが最終過程突破数でなく到達数なのは、これ以上被害を受ける子たちを増やさないよう、私が工場を潰したからだ。
私が工場を襲撃し、応戦され、血みどろの地獄絵図と化した世界で。
私は、もはや死ぬのに秒読み状態となった子どもたちを介錯してきたし、これまで何人の子どもたちが被害にあったのか、全て情報を抜きとり、実験内容と実験結果は闇に葬り、被害にあった子どもたちの数は、一つたりとも忘れていない。
あの、鹿波と共に入った工場で。
実験体としてしか扱われなかった少女たちは。
私の記憶から、消えることはないだろう。
「それにしても」
困った。
さっぱり思い浮かぶ気配がない。
うーん。
うん?
まさか。
7じゃなくて、8?
おかしな様子の鹿波と、7つの光。
あの時の鹿波の霊障の具合を考えると、一人は鹿波に、他の七人があの場の光だった、と考えられる、のかな。
確かにあの時の鹿波は、これまでとは違って黙祷も何もしていない。
花束を台の上に置いて、上を見上げていただけだ。
じゃああの笑顔は?
鹿波に対するお礼、とかなら鹿波が笑顔になるのはおかしい気がする。
うーん。
笑顔っていうのは、もともとは威嚇するもの、という話はあるけど。
それだと鹿波があの後、寒気を感じなくなった、と言っていたこととつじつまが合わないし。
私が威嚇されてた、とか…。
うわぁぁぁ、そうだったら嫌すぎる。
きっとそうじゃないと信じたい。
そうじゃないと信じることにすると、堂々巡りで戻ってくる。
うーん、うーん、うーん、うん?
お礼?
ふと、もしかしたら、という可能性を思いつく。
急いでカメラの、様子のおかしくなった鹿波の口元を確認する。
とは言え、4kの高感度カメラでは真っ暗で何も見えないので、確認するのは赤外線カメラのデータだ。
唇の動きから、およその発音を予測する。
あ、い、あ、お、う?
あいあおう?愛…、相?
だとしても、あい、の後の、会おう、がどうつながるのか、よくわからない。
うむむ。
「どうかされましたか?」
あーでもない、こーでもないと、頭を右に左に揺らしていたらクーちゃんに聞かれた。
えーっとねー、ここなんだけど。
なんて言ってるんだと思う?
「これは…、ずいぶんと嬉しそうといいますか。なんだか、喜んでいるみたいですね」
そうかな?いや、私では人の心情を読み取るとか、斟酌する、なんて難しいから、クーちゃんがいうならそうなのかもしれない。
人の表情から感情なら読み取れるんだけどなぁ。
で、なんて言ってるのかな?
「おそらく、ありがとう。ではないかと」
ありがとう。か。
「そういえば、束様はこの工場でも火葬を?」
うん、私が作ったISの、間接的な被害者たちだからね。
ISを作ったことが間違いだとは思わないけど、私の発明のせいで出てきた被害なことは確かだし。
出来る限りのことは、してあげたよ。
「では、そのお礼なのかもしれません。束様に対しての」
私のせいで起きた被害者に、私がお礼を言われることなんてないと思うけど。
「確かに束様の発明によって、私やラウラ、この子たちは被害者として生まれてきたのかもしれません。
ですが、束様によって救われた者がいることも、また事実です。
私のように」
…そっか。
「ですから」
そう言って、クーちゃんは思わず見惚れるような笑顔でこういった。
「これからも頑張りましょう。私も、あの世まで御供します」
主人公に一人の守護霊が付きました。
これは人のこない場所で弔ってくれる人が基本的にいないこと、主人公が真摯に黙祷を捧げてくれたためです。
ちなみに束さんは、生身の人間からはけっこうな顰蹙や恨みを買ってますが、弔った子どもたちからは守られています。ものすごく。
束さんがあんなに怨念渦巻く工場跡地で寒さを全く感じなかったのは、実はそういう理由からです。
本編では明かされることのない設定なので、ここに。