おかしい、予定では千冬さん話の前座だったはずなのに。
俺が本人に、クソ兎大っ嫌い!な理由をシャウトした後。
悲しげに目を伏せながら奴は、話を切り出した。
「確かに私はあの子たちをーーー、ISを、愚鈍な大衆に認めさせるために、闘えるようにした。
だけどね、元々ISはただの宇宙空間での活動用マルチフォーム・スーツであって、自己進化プログラムなんてなかったんだ」
沈みゆく夕日に顔を向ける。
奴の顔を見ているだけで、またしても自らの感情が爆発しそうだったから。
言い訳など聞きたくない。
しかし、ちゃんとした道理が通っているなら聞かねばならない。
それゆえ、落ちてゆく夕日を睨み付けるように、夕日に対して目をすがめつつ、話にのみ集中しようとする。
「初めは、私が宇宙に行きたい、っていう夢を叶えたいだけだった。
宇宙に行く方法はいくつかあるけど、私は自分の方法で宇宙に行きたかったんだ。
宇宙には、私のまだ見ぬ夢や未知が、きっとあると思ったから。
でも、その方法を取るには、まずはその方法の存在を知らしめなきゃいけなかった。
今となっては周りのことなんて気になんかしないけど、当時はまだ、自分の方法が認められて、自由に宇宙に行けるようになる、そう思ってたからね。
でも現実にはそうはいかなかった。
君の言う通り、私の発表は認められなかった。机上の空論だ、ありえない。
そうやって、笑い者にされるというおまけ付きでね。
だから私は、無理やりにでも奴らに認めさせるため、ISに戦闘能力を持たせた。
そうすれば、さすがに私の言うことを聞くだろう、そう思ってさ。
だけど、実際には私の発表は結局伝わらなかった。
誰もがISを新たな軍事力としてしか見ず、世間は女尊男卑になり、私を良いように利用しようと、国家は圧力を掛けてきた。
ご丁寧に、家族まで人質に使ってね。」
「…重要人物保護プログラム、か」
「そ。私は確かに両親とは、特に父親とは合わなかったし、仲良くしたいとか分かり合おうとは思ってなかったけど。
それでもやっぱり育ててくれた親だし、嫌いって訳じゃなかった。
それに、箒ちゃんも人質に取られてたから、従わない訳にはいかなかった。
その後は、知ってるでしょ」
「ISを467機作り、逃亡。か?」
「そう。
でも、途中でIS作ってて思ったんだ。
これからこいつらの言うことを聞いてISを作り続けても、こいつらは更に私に兵器を作ることを要求してくる。
ISという名の、私の夢そのものを、兵器として、ね。
そう気付いてからは早かったよ。
逃亡用に原子炉式の移動ラボを隠れて作成し、全てのISコアたちに自己進化プログラムを書き込んだ。
最初は兵器としてしか使われることがないだろうけど、それでもISたちには、大切な何かを見つけて欲しいと願って」
「ふん、下らん。ISを兵器として使われたくなかったら、その時にでも戦闘行動が取れないようにでもプログラムすれば良かったのだ」
「馬鹿言わないで。
こっちは人質に愛しの妹、箒ちゃんを取られてたし。しかも自分が逃げる前なんだから、そんなことしたら当然私の仕業だってバレるでしょ」
「それなら逃亡後にでも遠距離ハックすれば良いだろうが。貴様ならハッキング程度、鼻唄を歌いながらでも余裕だろう」
「それで箒ちゃんたちに危険が及ばないならそうしてる。
正直、今の私の大脱走だってけっこう危ういバランスの上に成り立ってるんだよ」
「…ふん」
なるほど。確かにこいつの言う通り、途中から自分の意思ではもう止まらないところまで行き着いてしまっていたらしい。
それは認めよう。
だが。
「そもそもの話、貴様が白騎士事件などという形でISを認めさせようとするからいかんのだ。
ISの雛型、白騎士が出来たのならば、戦闘能力を持たせていない、ただのマルチフォームスーツで、自分の好き勝手に宇宙なり深海なり、行けば良かっただろうが」
「まあ、そこはねー…。正直、頭に血がのぼって、冷静じゃなかったからね。
しかもほら、客観的に見ても、束さん天才じゃん?
なまじっか能力があるから、やろうと思えば思いつきを現実に出来ちゃうからさー…」
「ふん、一つ教えてやる。
それは、言い訳と言うんだ」
「うるさいなあ!知ってるよ!」
ぷんぷん、などと言いながら、拗ねたように唇を尖らせる。
その所作がやけにイラッと来たので、俺はタバコを吸った息を、その顔面にフーッ、とくらわせる。
「うわっ、けっむ!
やめい!」
うわぁぁぁ、タバコくっさぁ、などと言いながら手をバタバタと振っている。
その様子を見ながらふん、と鼻で息を一つはく。
さっきから俺、ふんふん言い過ぎじゃない?
なんて。
タバコをくわえながら、なるほど、確かに自分の大事なものを人質に取られてでもいなければ、こいつが好き勝手に良いように使われたりはしないか、と、半ば納得していた。
そうすると、確かに初めのISの武装化、という部分の失敗を除けば、こいつの主張するところには、そうおかしな部分はない。
それで俺がこいつを嫌いでなくなる訳ではないが、以前ほどこいつを嫌うという感情は薄くなっていた。
あれほどの完成品を武器に落としたことは未だ許せんが、しかしISの自己進化プログラムを組み込んだ理由はよくわかる。
技術者としての、ささやかな抵抗、という訳だ。
うまくすれば、闘う能力を持ちながら、闘いを望まないISが生まれるかもしれない。
もしISが闘いを自分自身の意思で拒むようになれば、それは、搭乗者の道具ではないISの、平和への一歩になるかもしれない。
「でもさ、ISが自己進化するようになったら、当然闘いを望むISとか、虐殺が楽しみになるISが生まれる可能性もあるよな」
俺がそう言うと、バタバタしていた手を止めて、こちらを微笑みながら、こう言った。
「それでも、私はあの子たちの、進化の可能性を信じているからさ」
この時から、俺はこのクソ兎のことを、束と呼ぶようになった。