ホビーショップにプレゼントを買いにきた僕は、ザクのプラモデルを見つける。

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思い出のザク

 思わず、ザクを手に取った。

 

 ホビーショップに足を運んだのは、バースデイ・プレゼントにガンダムのフィギュアを買うためだ。

 すでにお目当ての品は脇にかかえており、箱にはアムロ・レイの写真がプリントされている。

 ガンダムなんてもうだいぶ古いものだけど、モビルスーツの中じゃトップの人気を誇ってる。最近じゃ新しいガンダムのオモチャも出ているけれど、あまり詳しくないし、似たような顔をしていると区別がつかなかったりもする。

 ジオンのだってそうさ。ザクとグフの違いなんて緑か青かしか分からないし、ザクの膨大なバリエーションを知った時はあきれたもんさ。マニアはほんのちょっとのマイナーチェンジを大喜びで買ってんだぜ?

 

 でも、そんな自分でも見分けのつくザクがひとつだけあった。

 この、胸元(コックピット)の赤いザク。

 なんで一番重要な箇所に、こんな目印をつけるのかさっぱり分からない。整備する時に便利なのかもしれないが、戦場じゃ狙ってくださいと言ってるようなもんじゃないか?

 それでも、一番好きなモビルスーツはと聞かれたら、このザクを挙げるだろう。

 

 ザクの絵が描かれた箱を手に取り、よくよく見てみる。

 ヒートホークを構えたザクの上に、型式番号が書いてあった。

 

 MS-06FZ

 

 へえ。MS-06がザクってのは知ってたけど、これはFZってタイプなのか。箱の横に書いてある紹介文にも目を向けると、通称『ザクII改』とあった。そしてこれは、プラスチックモデルのオモチャらしい。

 プラスチックモデル……プラスチックのパーツを自分で組み立てるタイプか。プレゼント用に買ったガンダムのフィギュアはすでに色が塗られており、箱から出すだけですぐ遊べる奴だ。ガンダム好きながらも不器用なあいつへのプレゼントとしては及第点だろう。プラスチックモデルのガンダムなんか買った日にゃ、一時間と経たずボロボロにされるだろうさ。

 なんて事を考えながら、ザクの箱を持ってレジに向かう。

 恰幅のいいおじさんが番をしており、ガンダムとザクのバーコードを読み取ると、予想外の値段が出てきた。ザクってこんなに高いのか。予想外の出費に、しばらく昼飯を安くすませなきゃなと覚悟した。

「プレゼントだから、リボンと包装紙で包んでもらえますか。ああ、ガンダムの方だけでいいです」

 注文通りに包装してもらい、紙袋に入れてホビーショップを出る。

 人々が街を行き交い、あふれる活気が嵐のように押しかけてきた。

 目の前を、子供を肩車した大人が笑顔で通りすぎていく。その隣を歩いているのは、買い物袋を抱えた女性だ。

 日曜日だものな、家族連れも多い。

 

 遠い空を見上げ、目を細める。

 こんな、当たり前の日常の尊さが胸にきてしまうのは、子供の頃を思い出した哀愁のせいだろうか。

 

 

       ◆

 

 

 帰宅すると、キッチンから「おかえりなさい」という妻の声がした。

「ただいま」と答えてダイニングに向かうと、すでに夕食が並べられつつある。安物の合成肉ハンバーグか。嫌いなんだよな、これ。まあ、明日には贅沢できるんだから、いいけどさ。

「あなた、ちゃんとプレゼント買ってきた?」

「ああ。リクエスト通りのをね」

 新しい料理を運んできた妻に、紙袋を持ち上げ見せてやる。

 返ってきたのは呆れ顔だった。

「まったく、次からはもっと早く用意してよね」

「悪かったって。仕事が忙しくて、疲れてんだからさ」

「仕事と家族と、どっちが大事なの?」

「家族さ」

 妻の嫌味には普段やり返すのだけれど、今日は素直に答えた。

 じゃれ合いのような喧嘩をするつもりだったらしい妻は、拍子抜けしてしまったのか、ポカンと口を開けてしまう。

 なんだか可愛いなと思って頬にキスをしてやると、年甲斐も無く頬を朱に染めた。

「まったく。誕生日は明日なんですからね」

 誤魔化すように突っぱねられて、ああ、これからはこういう風になだめてやれば、夫婦生活を有利に進められるな……なんて俗っぽい事を考えた。

 もうちょっとイジワルしてやろうか。子供のようにニヤリと笑って、妻を後ろから抱きしめてやろうとする。

 ところが、ドタドタと慌しい足音が降りてきた。

 足音がダイニングに駆け込むや、その正体は嬉々とした声で訊ねてくる。

「プレゼントは!?」

「お帰り、が先だろ?」

「やったー!」

 持ったままの紙袋を目敏く見つけると、父親の話を聞きもせず飛びついてこようとする。

「コラ、明日まで我慢しろ」

「いいじゃん。一日早くたって、どうせオレのだもん」

「そんなワガママ言うんなら、これ、捨ててくるからな」

「そんな! オレのだよ!?」

「まだ誕生日じゃないから、買ってきたお父さんの物だ」

 息子はすっかり機嫌を損ねて、こちらを睨み上げてくる。

 まったく。妻の躾は厳しい方なんだけど、なんだってこんな悪ガキに育ったんだこいつは。

 間違いなく父親似だな。畜生。

 

「遊んでないでテーブルにつきなさい。あなたも早く着替えてきて」

「はいはい」

 

 妻に急かされ、紙袋を持ったまま自室へと向かう。夜中にこっそり盗み出されないよう、隠しておかないとな。

 着替え終わってから食べた夕食は、嫌いな合成肉ハンバーグだったため決しておいしくなかったが、子供の頃の給食を思い出し、悪くないなと自嘲してしまった。

 

 

       ◆

 

 

 夕食を食べ終わると、うちの馬鹿息子はさっさと部屋に戻ってしまった。

 友達から借りたテレビゲームを、今日中にクリアしてやると張り切っていた。

 明日のバースデイパーティーでプレゼントをもらうついでに、ゲームを返さなきゃいけないそうだ。

 ゲームばっかりやっていると馬鹿になると妻は言うが、子供の頃にテレビゲームを楽しんでいた身としては、ゲーム禁止なんて残酷な事をできない。学校の成績が悪くならないうちは許してやろうと思っている。

 食器を片づけ終えた妻はダイニングでテレビを見始めたので、僕はさっさとシャワーを浴びてさっぱりすると、自室に直行した。

 息子の事を強く言えないな。

 またもや自嘲しながら、紙袋からザクを取り出し、箱の中身を机の上に広げた。

 パチン、パチンとパーツをニッパーで切り取り、説明書を見ながら組み立てていく。

 単純な作業ばっかりだけど、童心が蘇ってきてすごく楽しい。

 

 でも、一人で組み立てるのは少しだけさみしかった。

 こういうのは普通、一人で作るものなんだろう。

 でも遠いあの日。

 僕は友達と一緒に、ザクを動かそうとしていた。

 もし彼が今ここにいたなら、一緒にザクを組み立てていたのかな……。

 

「なにしてるの?」

 ふいに声をかけられ、振り向いてみれば妻が机を覗き込んでいた。

「なんだ、モビルスーツのオモチャじゃない。でもそれ、ガンダムじゃないわよ?」

「ああ、いいんだ。これは、自分用のだから」

 答えながら時計を見てみると、もう結構な時間が経っていた。随分熱中しちゃったみたいだ。妻はテレビを見終えたのだろう。

「ふぅ~ん。ザクねえ……あなた、子供の頃ザクが好きだったわよね?」

「ガンダムを買いに行ったらさ、このザクを見かけて、懐かしくなっちゃってさ……ちゃんと自分の小遣いで買ったんだから、いいだろ? しばらく、昼飯は安い合成タンパクですますよ」

「なら、いいんだけど。それより、電話がきてるわ」

 妻はどうでもよさそうに言った。

 僕は慌てて立ち上がる。

「おい、そういうのは早く言えよ。誰から? 会社?」

 明日はバースデイパーティーだってのに、トラブルはごめんだぞ。

 でも、妻の口から出てきたのは、予想外の人物だった。

 

「あなたの愛しの"お姉さん"からよ」

 

 一人っ子の僕は、ドキンと心臓が高鳴るのを感じながら、自然と頬をほころばせた。

 予想通りの反応だったらしく、妻はつまらなそうに眉をしかめる。

 まったく。いい歳してくだらない嫉妬なんかしてんじゃないよ。浮気なんかしないっての。

「ザク、触るなよ」

「触らないわよ」

 早足で部屋を出ようとして、開きっぱなしのドアを抜けた瞬間、仕事と家族どっちが大事だと問われ家族と即答した時の、妻の可愛らしい反応が脳裏をよぎる。

 だから、電話に出る前に一言、言ってやろう。

 

「なあ」

「なによ?」

 

 妻はふくれっ面だ。

 言ってやったら、どんな表情をするかな?

 

「いつもありがとう。愛してるよ、ドロシー」

 

 甘ったるい口調で言ってやるや、妻は顔を真っ赤にして、怒ったように肩をいからせた。

 照れ隠しにしては随分と過激だが、彼女がとても優しい女性だって事、よく分かってる。

 

「バカ言ってないで、さっさと行きなさい」

 

 もうちょっとからかってやりたいけど、あまり電話を待たせる訳にもいかない。

 逃げるようにして廊下を走り、ダイニングに駆け込むと、受話器を手に取る。

 

「もしもし」

『はぁいアル、久し振りね。家族とは仲良くやってる?』

「うん。そっちこそどう? 元気にやってる? 電話できるって事は、近くにいるの?」

『ええ。さっきサイド6についたところ。仕事できたんだけど、自由な時間も結構あるからアルとも会えそうよ』

「そうなんだ。明日、うちにこれないかな? 息子のバースデイパーティーやるんだけど」

『あら。私みたいなおばさん、お邪魔じゃないかしら?』

「構わないさ。クリスとはいろいろ、思い出話がしたいし……」

 

 久し振りに聞くクリスの声はとても元気そうで、幸せそうだった。

 かつて起きた事を、僕は伝えられないでいる。でも、伝える事も無いだろう。

 悪戯に古傷を開いたところで、誰も幸せになれない。

 彼は遠いコロニーに行ってしまった。そんな嘘をこれからもつき続けよう。

 遠い記憶となって、クリスが彼を忘れてしまっても構わない。

 僕はいつまでも覚えているから。

 

 

 

 

 この頃、僕は思い出す。

 初めてザクを見た日の事を。

 止められなかった戦いの事を……。

 

 バーニィ、忘れないよ……。

 



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