境界の彼方 ~next stage~ 作:眼鏡が好きなモブ男
春、屋上、放課後。
季節的にも、場所的にも昼寝をしたくなるシチュエーションである。
しかし文芸部にはあの2人が…という思考が脳裏を掠める。
だがそれは本当に掠めただけであり、僕の睡眠欲を抑えるまでには至らなかった。
暖かい春の陽気に包まれ、花の匂いを含んだ春風が吹く中、僕は夢の世界(ディ〇二ーじゃない方)へと旅立つ……
なんてことは無いんだなぁそれが。
鳩尾に蹴りが入り、危うく死にかけた所で上を向くと、彼女は僕の前に立っていた。
栗山未來。
安息から絶望へと切り替わった脳に彼女は「地獄か部室、どっちが良いですか?」と聞いてきた。
僕が「部室でお願いします」と言うのに1秒もかからなかった。
文芸部部室はお世辞にも広いとは言えない。
昔は生徒が多く、教室が足りなくなる事もあったのだが、今は少子高齢化やらなんやらで生徒が少なくなり、余った教室の使い道は無いかということで、文芸部室へと生まれ変わったわけである。
そこまでは良かった。
だが、広すぎるという声が上がり、図書室の本を総入れ替えした結果狭くなったのである。
もう1回入れ替えるかという意見も上がったが、面倒臭いという多数派に勝てる筈など無かった。
よって文芸部員は5人までという制約の下、今この文芸部は成り立っている。
さて、そんな文芸部事情は置いといて、僕の脳内では事件が起きていた。
子猫探しのような小さいものでもないのだが、殺人事件のようなものではない。
そう、それは栗山さんの眼鏡が赤渕の眼鏡では無いのだ。
いや、眼鏡好きとかでは無いけども。ただ、もどかしいというか、違和感というかを感じてしまう。
勿論本人に言えるはずもなく、部室で見かけては1人で違和感を覚える、傍から見たらどう考えても変人だろう。
今日は黄緑と黒のしましま眼鏡だった。なんかこう…合わない。
暖色系のカーディガンならやっぱり暖色系の眼鏡じゃないといけない気がする。
1週間後……
やってしまった。チラチラ見ていたのがバレた。
ぷんすこという効果音がぴったりの、怒っているのは分かるけどどこかに可愛らしさを残した怒り方だった。もしここで凛香さえいなければそっと顔を背けてニヤニヤしていた所だが、ヤツがいる以上真剣な顔をしなくてはならない。
しかし、この性根から腐りきっている女子が何もしない筈が無い。
まず僕の爪先をグリグリと踏みつけ、約1分経った後、立ち上がって栗山さんの頭の上に鬼の角を指で作ったり等といった嫌がらせをしてきた。
僕はツボが浅いため、まんまと笑ってしまうのだが、勿論その事で怒られる。
それに便乗して怒ってくるなどの精神的暴力を1時間程耐えた後、再び眠気と格闘して僕は家に帰ることにした。
誰かに尾けられている。
その誰かというのは無論栗山未來であり、面倒なので話しかけることにした。
「要件は?」
「手合わ「はい終わり」
鏡で封じて終わらせた。
「聞きたい事があるんですよ!」
最初からそう言えば良いのに。
というか怒り気味で言ってるけど怒りたいのはこっちだぞ?
「で、何が聞きたいの?」
「先輩がなんで笑ってたのかなーって気になってですね…」
「えっ」
「えっ?」
「本当に気付いてないのか?」
「気付くって何に?」
「………」
文字通り絶句だった。
まさか本当に気付いていなかったとは思いもよらなかったことだったからだ。
そして、暫しの沈黙の後、会話が再開された。
「端的に言えば凛香が栗山さんの頭にこんな感じで鬼の角を作ってただけさ」
「本当にだけですね」
「……」
「……」
足音だけが響いている。
辺りはすっかり夕暮れ時で、ふと右を見ると山の隙間に沈んでいく夕日が春の到来を感じさせる。
ここで沈黙を破ったのは隣を歩く後輩だった。
「その…」
「ん?」
「私の顔をチラチラ見てたのって何だったんです?」
「ああ、それは眼鏡がね」
「眼鏡?」
「いつもと違うじゃん?」
「これは…少しイメチェンでもなーって」
ふむふむ、やっぱりそういうのってあるんだな。
あれ、そういえば…
「幾つ眼鏡持ってるの?」
「……ちょっと待っててください」
そう言って彼女はおもむろにスマホを取り出し、操作している。
何をしているのだろうか。
答えは数秒後知ることになる。
「出ましたよ!」
出る?何が?
「約1051200個ですね!」
「ふーん、約100万か。100万!!?」
いきなりの大声にビックリしたらしい後輩が軽く飛び跳ねる。いや、何度も言うけどその反応は本来僕がする物なんだぞ?
「なんでそんな持ってるんだ?」
「お父さんの趣味です」
「君のお父さんは眼鏡に並ならぬ愛もしくは執着心を持っていたんだろうな」
「むぅ、不愉快です。生きている人にならまだしも、もうこの世にいない人を貶すのは…」
そこで言葉が途切れる。
人には思い出したくないものもある。それを思い出させてしまったのなら素直に謝るべきだろう。
「ごめん。嫌な事を思い出させちゃったね」
「いやいや、平気です」
「それはそうとして…」
「?」
「栗山さんはあの赤渕の眼鏡って感じがするんだよな」
「…へー」
顔が赤く見えたのは今が夕暮れ時だからだろう。
後日、栗山さんはいつもの赤渕眼鏡でやって来た。
それと…
怒る時に角を作るようになったのは言うまでもないだろう。