Fate/Grand Order 「マシュ。聖杯ってよく拾うけど全部願望器として機能してるの?」「勿論ですよ先輩」「じゃあソロンモさんを永み─」「先輩!」   作:第2類医薬品

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新年開始からは仕事がどうにも忙しいですね。


Order.77 セイレム Ⅴ

 

 

 

 ビル・オズボーン。

 年齢30台の男性。

 今は独身だが、元はサラ・オズボーンと言う奥さんが居たらしい。だがその奥さんとは3年前に離婚。理由は浮気だ。

 奥さんの方はどうしたのかと村人に聞いたところ、1年前にこことは違う所で魔女として告発されて獄中で死亡したそうだ。

 ……彼を知る人達の評価は思ったより低くは無かったが、信用や信頼されているわけでも無いらしい。

 過去に犯罪歴は無く、カテゴリーとしては無害な人だ。

 彼が魔女として殺された元奥さんの事をどう思っているかは知らない。ただ、魔女に過敏なのはそれによるところもあるのかも知れない……。

 

「被告人マタ・ハリ。前へ」

 

 だがどんな理由があれ、彼は仲間を、マタ・ハリを危険に晒し続ける敵であることに変わり無い。

 早く終わらせるんだ。こんな馬鹿げた事を。

 

「っ……」

 

 そうは意気込んだものの、午後一で始まったマタ・ハリの裁判。

 壇上へ上がっていくマタ・ハリを見て改めて緊張の糸が張った俺の掌は汗でじんわりと湿り始めていた。

 

「座長さん? 大丈夫?」

 

「ぁ、あぁ。大丈夫。アビーにまで心配させて悪いね」

 

「そんな事ないわ。マタ・ハリさんは私にとっても大切な人だから」

 

「……ありがとう。()()マタ・ハリにも言ってあげて。絶対喜ぶから」

 

「被告人マタ・ハリの雇い主。ぐだ男一座座長ぐだ男、前へ」

 

 アビーに後でと言ったのは彼女を心配させない為でもあるし、自分に言い聞かせる意味もある。

 それは言ってしまえば神頼みのようなもの。ここには金策の邪神とかは居ないし、裁判という人の創り出した罪を明らかにするシステムだから正しく意味の無い事だ。

 だけどそうしたくなる程に俺の緊張感は高まっていた。

 そのせいか、ややぎこちない動作で立ち上がった際にポケットから()()が落っこちてしまった。

 

「座長さん。何か落ち──」

 

 落としたそれを拾おうとアビーが前屈みに。やや足元が薄暗い講堂でそれは良く見えなかったのだろう。拾って漸く何なのか把握できたようだ。

 

「あ、それは」

 

 アビーの手にあったのは彼女の小さい手には収まりきらないサイズの汚れたロザリオ。

 俺の物ではなく、今から2時間前に拾った物だ。たしか、俺が海岸で情報整理に耽っていた時だった。

 

 ◇

 

「……ふぅ」

 

 セイレムの海岸で崖から脚を投げ出して情報整理をしていた俺はメモとペンを上着の内ポケットに突っ込んで溜め息を吐いた。

 残り2時間と無い状態で集まった情報は僅かもない。そしてそれらのどれも裁判で役に立ちそうにはなかった。

 しかし弁護士は精神的にやられる仕事なんだとこの歳で理解する羽目になるなんてな……。

 

「はぁ」

 

 これならアメリカ大陸を休み無しで行ったり来たりしていた方が圧倒的にマシである。

 ……今目の前の崖から身を投げたら楽になるだろうか? 何て柄にもない事を本気で考えちゃう辺り、疲れちゃってるな。集中しろ集中。

 

「ぐだ男! ここに居たか!」

 

 左右両方の頬を引っ叩いて立ち上がると焦った様子のロビンが駆けてきた。

 もしかして有力な情報を手に入れたのか? そう思うと少し気が楽になって思わず笑顔で手を振っていた。

 

「すまねぇ。マシュを見失った……」

 

「──え」

 

 それを聞いた途端、俺は自分の行動を恥じる。

 大体、ロビンが焦っていたなら良い報告は殆ど無い事など分かりきっていた事じゃないか。クソッ……取り敢えず、マシュを見失ったとはどういう事なのかとロビン以上に焦った俺が訊き返すと彼はまんまの意味だと答える。

 どうやら今朝出掛けたカーター氏についていき、出口が無いか確認しようとマシュは思っていたみたいで、ロビンは何かあったらいけないとそれを追跡していた様だ。

 カーター氏は随伴は要らないと言っていたが、マシュが強気に出たみたいだ。無理にそんな事しなくても良いのに……!

 

「兎に角ついてきてくれ。マシュを見失った辺りで妙なモンも見付けたんでね」

 

 焦る気持ちを抑え、ロビンと共に森へ入って暫く。

 マシュを見失った地点から凡そ南に120m進んだ辺りで墓のような石群を見付けた。そしてそこから掘り起こされたのか、2体の遺体が滅茶苦茶に荒らされて放置されている。

 ロビンが言うには食死鬼(グール)に掘り起こされてあちこち喰われてた残骸らしい。

 ……変な話だが、今までの特異点で死体を見てこなかった事は殆ど無い。だから慣れてる訳じゃないが見ることに抵抗は無かった。それだからだろう。遺体の状態を良く観察し、ロビンと共に暫く何なのか考察に耽ることが容易に出来た。良くも悪くも経験が活かされた訳だ。

 そのお陰で1人は銃殺。もう1人は何かで首を圧迫されたことによる絞殺に近い死因と断定できた。

 掘り返されたものを埋め直そうとしたそんな時だ。遺体のポケットからロザリオが落っこちてきたのは。

 

「何だろこれ」

 

「んー? 何ですかいそれ。ロザリオにしてはちっとばかし趣味がよろしくなさそうに見えるが」

 

「ね。取り敢えず、これに見覚えがないか村の人に訊いてみよう。ついでに魔術の1個だと分かればこのセイレムの真実に近付けるかも」

 

「手掛かりも何も無い状況だ。ホトケさんから拝借するのは気が引けるが、後で戻しに来れば許してくれるだろ」

 

 場所は覚えた。

 尤も、目的はそれではなくマシュの捜索だ。

 クロスにチェーンを袈裟で巻き付けて左のポケットへ。

 石群が何なのか気になるが、それは置いといてマシュの捜索に取り掛かりたい。そんな焦りを感じ取ったロビンだったけど、申し訳なさそうに森から出ようと進言してきた。

 

「でも……」

 

「俺はこのままマシュを探す。ぐだ男はこのまま戻って──」

 

「いや、別れるのは不味い気がする。そんな気が……」

 

「……確かに俺としたことがちょっと焦ってた。こういう時だからこそ落ち着かないとな」

 

 その通りだ。

 焦っては失敗しかねない。マシュは心配だ。マタ・ハリも心配だ。どちらが優先かなんて区別は付けたくない。

 だけど、そう上手く行かないのは今まで経験してきた事。状況を把握する。現実を良く見る。ならばやることは──

 

 ◇

 

 そうして俺はマシュの捜索を中断してマタ・ハリの裁判へ備えた。

 正直マシュの事を考えていない時間は無かった。だが、目に見えて迫っている問題はマタ・ハリの裁判。

 マシュは消息不明だが、彼女は俺と同じく数々の特異点を踏破してきた無二の相棒だ。そんな彼女が今更森に迷った程度ではどうにもならないと信じて……。

 そして今こうして裁判に挑むわけだ。ホプキンスに呼びれ、立ち上がった時に落としたロザリオはそんな事を再び思い知らせる。

 

「ど、どうして座長さんが……そのロザリオを……」

 

 この感じは……まさかあの遺体はアビーの──

 

「……アビー。それは森で拾ったんだ。持っててくれる?」

 

「いや……駄目、駄目よ……この()は…………座長さんが持ってて……」

 

「?」

 

「座長ぐだ男。前に」

 

 アビーからロザリオを受け取って前に出る。

 恐らくあの遺体はアビーの両親なのだろう。先住民に襲われて殺された……だったか? なら尚更遺品は持っていたいだろうに。なのに今の反応は一体……?

 駄目だ。考えることが多過ぎて集中できない。

 兎に角、裁判に頭を切り替えるんだ。

 

「では被告人マタ・ハリ。これは本名ではなく芸名の類いだな? 本名を述べよ」

 

 こうして裁判は進んでいった。

 始めに嘘偽りの無き事と言っていたのに、いざ蓋を開いてみたらビル・オズボーンの発言はどれも嘘偽りのオンパレード。彼女を魔女と断定するにはどれも言い掛かりのこじつけだらけ。

 最早そういう病気なのかと疑いかけた。

 対してこちらは弁護の為集めた情報で立ち向かうものの、ホプキンスは端からマタ・ハリを吊る腹積もりなのか耳を貸すような様子は無かった。

 だけどその様子は良く良く見てみると妙な必死さを感じる。気のせいかも知れないけど……。

 兎も角裁判は進んだ。異議を唱えようと何をしようとも。

 

「──ではこれにて閉廷する。()()マタ・ハリを“丘”へ連行しろ」

 

 そして結果がこれだ。

 マタ・ハリは魔女として、絞首刑の判決を言い渡されてこれから例の丘へ連れていかれる。

 やり場の無い怒りは握り拳へと伝わり、己の爪が掌の肉を抉って血が滴った感覚で漸く俺は裁判の終わりを納得した。いや、せざるを得なかった。

 

「座長さん……」

 

「……行こう」

 

 血で濡れた手をアビーが心配そうに見る。

 彼女の頭を撫でて不安を和らげてあげたいけど……今は血で汚れて出来ない。それにこんな状態の俺が元気付けたとしても逆効果だ。

 だから俺は返事としては曖昧だったが、ただそう告げた。

 俺は彼女の……マタ・ハリのマスターだ。戦いが得意ではないのに人類史を取り戻す為に力を貸してくれている彼女を見捨てたりはしない。

 これは諦めて彼女の最期を見るのではない。彼女を救う可能性がまだあるかも知れない。いや、絶対にある。

 

「大丈夫か?」

 

「──あぁ。行こうロビン。彼女はただ黙って何もしないような人じゃない」

 

 元々人類史を取り戻すこの旅だって、僅かな可能性や希望に向かってひたすら走ってきた様なものだ。

 だから諦めない。例え手足がもがれようとも、生きているなら前に進む。

 それが俺の一番の特技なんだから。

 

「余り思い詰めるなよ? 自分の掌から掬いきれずに取り零す事は英霊でも人間でも同じだ。ましてやオタクは魔術に関わりのなかったただの人間中の人間なんですからね」

 

「大丈夫。そこら辺は弁えてるつもりだよ」

 

「なら良し」

 

 ロビンに励まされ、アビーに掌の手当てをしてもらいながらも歩みは止める事なく、“丘”に着く。

 辺りは暗く、嫌な雰囲気を漂わせている。心なしか、絞首刑台のすぐ後ろに構えた大きな樹が肌で感じる風以上に大きく揺れている気がした。

 不吉な予感、雰囲気と言うのは正にこれを言うのだろう。

 

「上がれ」

 

 マタ・ハリを始めとして、投獄されていた他の人達も絞首刑台に上がっていく。

 全部で3人。どの人も犯罪者には見えないのに……これでひ犠牲者が増えて同時に食死鬼(グール)も増えるだけだ。

 

「……キルケー。皆を助けられないの?」

 

「助けられるとも。当たり前だろう? だけど、君の眼は『何故出来ないのか』を訊いているね。答えは単純明快。大魔女の私なら君を可愛らしいピグレットにするくらい簡単に出来るのにしないのは()()()だからさ。再現されたセイレムは1つの劇の様なものだ。そこにアドリブを加えようが台詞を間違えようが、『何時、何処で、何を』する決まり(マイルストーン)は変化しない。それをしたら脚本は意味無いからね」

 

「じゃあマタ・ハリがこうして吊られるのも、このセイレムを再現させている魔神柱の決めたことでどうしようも出来ないと?」

 

「個人指定までは出来ていないさ。ただ『1日1回、誰かが絞首刑にされないといけない』程度のものだろう。今も言ったけど、これはセイレムという物語を為す絶対のルールの1つだ。もしここで妨害してもその皺寄せが以降に来る。そうなると次は君や私達、最悪なのはカルデアメンバー全員が処刑される事だね。だから私も手を出せない」

 

「毎日誰かの死を求めるシナリオって事か……明日は我が身ですかい」

 

 ロビンの言葉通りだ。正に明日は我が身。

 だけど……それでもマタ・ハリを何とかして助けたい。令呪で転移させるのが一番確実だろうと右手の甲に目をやると、それに気づいたのかロビンが止めておけと俺の右手を押さえる。

 

「……実はさっきマタ・ハリが何か言いたげな視線を投げ掛けてきたんで読唇させて貰ったんだ。『ますたきるけをしんじて』ってな」

 

「……キルケーを信じて……?」

 

 一体何を──

 

「座長さんっ」

 

 ガタンッ!!

 静かな丘の上で大きな音が響いた。続いて人の呻く声と断末魔のような短い悲鳴。

 刑が……執行された。

 まず始めに中肉中背の男が完全に動かなくなる。良くも悪くも、台の床が抜けた瞬間に首の骨が折れて意識を失って苦痛を味わうことは殆ど無かっただろう。

 だがその隣の女性は元々首を締めていた縄がほぼのびきっていたからか酷くもがいていた。

 怯えるアビーにそれを見せまいと、視界を塞ぐように彼女を抱きしめた。

 暫くするとその女性は意識を手放し始めて眼球をぐるんと裏返して尿を垂れ流し、目も当てられない酷い姿となってこと切れる。

 マタ・ハリは……死に顔も綺麗なままだった。もう初めから、吊るされる前から死んでいたかのように彼女は変わらなかった。

 

「……くそっ……!」

 

 吊るされた人達を冷たい瞳で見ているホプキンスを睨み付け、魔神柱かどうか関わらずこの男は何とかしないといけないと改めて誓ったその時、丘の下から村人が駆け上がってきた。

 血だらけの汗だく。所々衣服が引き裂かれた様子に、それを見た全員が何が起きたのかを即座に理解した。

 

「ぐ、グールだぁぁっ!村が奴等に襲われて……!」

 

 そう。食死鬼(グール)だ。まだ夕方の段階だが奴等はまた襲ってきたんだ。

 パニックになった人達は我が先だと人を押し退けて逃げていく。だが逃げた先々で悲鳴や呻き声で溢れていた。

 そんな中、キルケーは俺の頭を杖で叩きながらマタ・ハリを指差して「彼女を連れて逃げる」と提案。

 ここからマタ・ハリを回収して逃げる……つまり、襲われてる人達を見捨てろと言うことか。流石にそれはしたくない。いくらこの人達が再現だとしても、そんな事は──

 

「今は君の正義感について訊いている訳じゃない。カルデアの、魔術王を撃ち破ったマスターはそれくらいの事も分からないのかい?」

 

「……分かってるさ。だから皆に迷惑をかける」

 

「?」

 

「ロビン、マタ・ハリを俺が背負うから縄を切って。キルケーは魔術を使うと大変だから俺の近くに。後は逃げる間に助けられるだけの人を助けて欲しい」

 

「そう言うこったキルケー。ほら、受け止めろぐだ男!」

 

 すぐにマタ・ハリの下に駆け込んだ俺に彼女が落ちてくる。

 流石にお姫様抱っこでは逃げ難いから、縛られた手をそのまま自分の首に通して彼女の両膝裏を脇に抱え込む。言わずもがな分かると思うが、()()()の状態だ。

 こんな時でもなければ背中の大きな柔ら果実の感触で慌てる所だけど、今はそれどころではない。

 俺は必死にホプキンスやそいつを守っている人達の制止を無視。振り切って丘を駆け下った。

 

「逃げるぞ! アビーを頼む哪吒!」

 

「命令受諾」

 

「ロビンはそのまま逃げ道確保と近くの村人を頼む! サンソンは──サンソン?」

 

「あの馬鹿……! ホプキンスの所から離れてないぞ!」

 

『ぐだ男、申し訳ありません。彼を死なしてはならないのです。ですから……』

 

『分かった。後で連絡するからそっちは任せるよ!』

 

 サンソンには何か別の考えがあるみたいだ。

 何かは分からないけど、それは彼に任せれば良い。今は逃げきることを優先しないと。

 

「座長さん! マタ・ハリさんが首を……!」

 

 ブツッと何かに穴が開いた。

 アビーに言われた事もあって、首の生暖かい感触が何なのか即座に分かった。まぁ、だからと言って何かするわけでもない。

 カルデアでしょっちゅう吸血してくる魔眼持ちの誰かと比べれば全然吸われてる感覚はないし何となくぎこちなさも感じる。ただ何だろう……。妙に色っぽい吸い方だ。これ死んでないんじゃないの?

 

「大丈夫! 兎に角今は逃げるんだ! アビー、悪いけど家には帰らずに森に入るから絶対に哪吒から離れるな!」

 

 


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