Fate/Grand Order 「マシュ。聖杯ってよく拾うけど全部願望器として機能してるの?」「勿論ですよ先輩」「じゃあソロンモさんを永み─」「先輩!」   作:第2類医薬品

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もうQPが無い。


Order.76 欠落

 

 

 

 

「シェヘラザードは居る?」

 

 図書館に初めに到着した私は周りに迷惑にならないような声音量で司書のアタランテに問う。

 恐らく子供のサーヴァントに読み聞かせる為なのでしょう、幾つか絵本を手にしていた彼女は特に理由も訊かず、同じく周りに迷惑にならない声音量で児童書コーナーの奥を指差した。

 

「彼女ならあそこでジャック達に読み聞かせをしている。あまり騒いでくれるなよ」

 

「サンキュ」

 

 指差した先には確かにシェヘラザードが居た。

 こちらには気付いた様子は見られない。それどころか、どうやら読み聞かせと言うには些かリアリティが凄い状態になっている。

 あそこだけ何か吹雪いて雪原が見えるのだけれど。そんでもってその中で黒と白の人みたいなのが殴りあってる。何か見たことあるような気がするけど……まぁ、良いわ。

 それより彼女が下手に怯えたりしない様に気を付けないと。

 

「……シェヘラザード、ちょっと良い?」

 

「……何でしょうか」

 

「アンタ、ぐだ男の部屋でいつも何してるの?」

 

「……………」

 

 ジャックとナーサリーが立体化した話に夢中でこちらとの会話に気付いていないのを確認したシェヘラザードは、長い沈黙の後漸くこちらを見上げながら口を開いた。

 

「カルデアには王が沢山居ます。我が王、そしてニトクリスさんの様な優しき王も居ますが……それでも私は怖いのです。ですから、彼にカルデアの王達の話をしてもらっていたのです。最近も忙しいようでしたので……寝る前に軽くお話して頂いただけですよ」

 

「……」

 

「……あ、あの……何か気に障ることでもありましたでしょうか……? 出来れば、その剣呑な雰囲気は納めていただきたいのですが……」

 

「私ね、これでもアンタの事は知ってるつもりよ。だから言わせて貰うけど、アンタは王に殺されない為に必死にその語り、王の顔色を見てきた。そしてそれはスキルとして、少なくとも王に殺されないように立ち回れるだけの力がある。それはつまり観察力があると言うことよ。それだけの力を持ちながら、今更ぐだ男に訊きに行くの? アンタなら先ず真っ先にぐだ男に訊きに行ったと思いますけどね」

 

「……良く見ておられますね」

 

 ふぅ……。とちょっと艶かしい溜め息。

 これだけ死にたくないと必死な女の癖に、まさか天敵である王の事を真っ先に訊かない筈がない。

 先ずはそこで嘘だと気付いた。問題は何故部屋で何をしていたのかを隠すのか。

 単刀直入に訊こうかとも思ったけど……あまり子供の前で話すべきでは無いかもしれない。

 

「兎に角、話さないならこちらも手段は選んでいられないわ。もし重大な秘密ともなればマスターとの連携に支障が出るかもしれないし」

 

「……手段は、選ばないと? 私に剣を向けるのですか?」

 

「過激な奴はやるかもね。どうする? 今話せば穏便に済むけど」

 

「…………」

 

(……我が王)

 

『この事は皆に内緒にして欲しい。シェラさんには迷惑かけちゃうけど……もし、追及されたら無理に黙ってなくても大丈夫だからね。特に命の危険を感じたら言って良いから……』

 

(嗚呼、私は嫌です。死ぬこともそうですが、貴方がその様に辛い顔をされるのが……黙っているのが貴方の為でしょうか? ここで打ち明けてしまった方が貴方の為でしょうか? それとも……私が貴方の悩みを訊かなかった方が貴方の為だったのでしょうか? ……どちらにせよ、私には分かりません。ただ、貴方の為を想うのであれば……私のなすべき事は恐らく──)

 

「──あまり広げたくない話です。ですので、どうかこのパピルスで許してください」

 

「パピルスって巻物みたいの? あ、これね」

 

 シェヘラザードが太股のパピルスホルスターから一巻きのそれを取り出した。

 いつも宝具の時に使うあれではなく、もっと小さくて質素な物。ここに何かしらの記録があるのね。

 ちょっとどこで見ようか迷うけど……取り敢えず自室で見るようね。

 

「そちらが貴女の求める答えです。どうか……彼を許してください」

 

「それは内容によるわね。見たら返しに来るわ。邪魔したわね」

 

(お許しください。我が王……)

 

 ◇

 

 シェヘラザードからパピルスを受け取ったジャンヌ・オルタはそれを私服のポケットに突っ込んで足早に図書館から離れた。

 中身の確認もそうだが、シェヘラザードに広げたくないと言われた事が気になって仕方がない。考えれば考える程、彼女の歩みは加速していく。

 BBの言っていた通り、ぐだ男がシェヘラザードと体の関係を持ってしまっているのだろうか?

 実はそうではなく、何かぐだ男の重大な秘密をシェヘラザードは隠しているのか?

 どちらにせよ、確認せねば事は進まない。だからなのだろう。自室の前に着いた頃に漸く肩で息をしていた事に気付いて、慌てて息を整えるジャンヌ・オルタ。

 

「……音量の設定とか出来なかったら流石に怒るわ」

 

 カードキーをかざして部屋へ。

 いつかの新宿での服装を再現した上着(コート)をシワにならないようにハンガーに引っ掛け、ノースリーブになった彼女はいよいよパピルスを手に持って開こうとした。その時。

 

『あの……ジャンヌ・オルタさん居ませんか?』

 

「……えっと、パッションリップね。何? 何か用?」

 

 某聖女とは違ってバスター3枚なのに部屋にいつの間にか入ってる事もなく、控え目にノックの音がしてからパッションリップの同じく控え目な声がジャンヌ・オルタの手を止めた。

 あまり不満を持ったりして彼女と話すと、彼女のスキルや話し方もあって酷いことを言ったりいじめてしまう事があるらしい。それを知っているジャンヌ・オルタは深呼吸をして逸る気持ちやほんの僅かもない苛立ちも何もかもを落ち着かせる。

 そして部屋を開けるのに実に20秒掛かって漸くパッションリップとさっきぶりに対面した。

 

「どうかしました?」

 

「あ、あの……実はぐだ男さんの事で少し相談が……」

 

「(相談? 何で私に……)何で私に? 私じゃなくてももっと適任者がいると思いますけど」

 

「だって、ジャンヌ・オルタさんはシェヘラザードさんから何か貰っていた様なので……普段ダウナー気質気味な貴女が真っ先に見付けるとは思って無かったので、ちょっと予想外と言うか、意外と言うか……あ、兎に角そんな貴女なら相談出来るかと思ったんです」

 

 パッションリップは一言多いと言うか、相手を苛立たせてしまう事を挟んでしまう事が多い。

 それは以前の彼女を知る者からすれば、今の彼女はかなり抑えられている方だと口を揃えるだろうが。

 

「ふぅん……で、相談って?」

 

「……その情報を私にも見せてもらえませんか?」

 

「私のって訳でもないし別に構いませんけど、良いの?」

 

 それは彼女への警告を含めた問い。

 何に対して問うているのかは彼女自身が良く分かっている筈。だから私はそれだけを口にした。

 

「…………大丈夫です。何があろうと、私はぐだ男さんのサーヴァントです」

 

「そう。じゃあ入って。そこ閉めたらこれ開──」

 

 そう言えばパッションリップは普段ドアを閉める時とかの操作はどうしているんだろうかと思い、やっぱり私が閉めようと指差す為に上げた手を下ろす。その時、丁度その手に持っていたパピルスが落っこちてその衝撃で開いてしまった。

 案の定、パピルスは開いた瞬間に部屋を全て内容の世界で上書き。読み進めなくても内容が現実のように再生された。

 始まりはやっぱりぐだ男の部屋。時間は時計を見る限り夜の10時頃。ぐだ男がベッドに寝転がって、それを椅子に座ったシェヘラザードが見ている場面だ。

 どうやら彼が日記を書いていた所にシェヘラザードがたまたま通り掛かって部屋に立ち寄ったらしい。

 日記の内容は見えなかったけど、シェヘラザードが来た時に隠した辺り、見せたくない事でも書いてあるのかしら。

 

『どしたの? あ、駄目だよ? 日記は見せないからね?』

 

『……我が王。ここに来てから貴方を見ていて思っていた事があります。貴方はとても優しく、強い方です。暴君ではない、独裁者ではない、圧政者ではない心優しき王。ですが、貴方には何かが足りないのです。とても大切な何かが……それを今漸く理解しました』

 

『な、何?』

 

『貴方の物語(きおく)です。貴方は良く『忘れた』や『良く覚えてないけど』『──だった気がする』等を口にしますが、それは記憶の欠落が起きているからですね』

 

『……ただ忘れてるだけだよ?』

 

『いいえ……その日記も、貴方がカルデアより以前の記憶を記録として残しておくために書いているものでしょう。……私は、王に殺されない為に王の状態を細かく把握できるようになりました。それ故に私はスキルを保有しています。ですから、貴方の苦しみを分かってしまいました……お許しください』

 

「──え?」

 

 ◇

 

 始まりは今年になって暫くした時から。

 ふと、助けようと手を伸ばしても届かなかったある女性の最期を思い出した時だった。

 あの冬木で俺は所長を助けられなかった。俺もマシュも弱かったのもそうだ。彼女の断末魔は今でも耳に残っている……筈だった。

 思い出したのに、何故かそれが遠い過去の様に感じられた。始めは時間が過ぎるのは早いなと思っていたけど、あれほど夢にまで出てきた、辛い出来事だったのに彼女の顔も声も、断末魔の言葉もハッキリと浮かんでこなかったのだ。

 嫌な予感がしてスマホの写真でカルデアに来るより前の事を思い出そうとした。ところが、どの写真を見ても撮った覚えが無い。学校の事も。友達の事も。極めつけは両親の顔も分からなくなっていた。

 異常なまでの記憶の欠落。まるで自分が本物のフリをしている別人のように思えてきて、怖くなってしまった。

 病気だろうか? それとも別の何かが原因なのか?

 どちらにせよ、ヤバいと感じて俺はドクターに相談した。ただ、最近物忘れが激しいと嘘をついてしまったが……お陰で日記に出来る限り残しておくことを教えてもらったんだ。

 でも何を思い出そうかも分からないのに書いても……まぁ、何もしないよりはマシなので黙々と続けていたある日、シェラさんにそれを指摘されたんだ。

 

「……私にお手伝いさせていただけませんか?」

 

 シェラさん曰く、ただ思い出すより誰かと話ながらの方がより記憶を引き出しやすいそうで、彼女の宝具も使用してより効率的に記憶を記録として残していく事になった。

 彼女が問い、俺は彼女の魔術でやや頭がフワフワした状態で意外とすんなり出てくる記憶を言葉にして出力する。

 彼女はそれをパピルスに物語として保存し、たまにそれを見て記憶に新しく留めさせることで記憶の欠落を周りに知られないように振る舞い続けた。

 ……いつまで続くだろう。俺の役割が終わり、日本に、家に帰れるだろうか。この際、何もかも終わったらボケ老人みたいに施設に入るのも手かな。

 

「貴方はカルデアの事を忘れても良いのですか?」

 

 良くない。

 辛い事や悲しい事も、楽しかった事も全部ひっくるめてカルデアの事は忘れたくない。

 ここに至るまでに戦ってきたカルデアの人達を、特異点で俺達に思いを託し、死んでしまった人達、英雄を忘れてしまってはいけないんだ。

 ゲーティアを始めとした魔神柱やティアマトの人類への愛を忘れてしまってはいけないんだ。

 俺達はそれを背負っていく義務がある。

 

「……シェラさんごめん。力を貸して貰えないかな」

 

「喜んで、我が王。今宵も貴方の為に、貴方の物語を紡ぎましょう。どうか力を抜いて下さい……」

 

 

 

 

 ──と言うお話だったのです。これは優しき王の苦悩の話……。

 そうして今宵もまた、彼は他愛ない事や大事な事を思い出しながら傍らのサーヴァントへ語る。

 日々記憶が薄れて行き、欠落するその恐怖はさぞ大きい事でしょう。それを誤魔化すかのようにシミュレーションルームで、トレーニングジムで己を苛めぬくのも見ていられません。

 私は、戦いは苦手です。ですからどうか、貴方のお(そば)に──

 

 ◇

 

「おはようございます先輩。良く眠れましたか?」

 

「おはようマシュ。お陰で少し休めたよ」

 

 翌朝。

 昨夜のマタ・ハリの魔女騒ぎと食死鬼(グール)騒ぎで帰ってこれたのは真夜中の2時頃。そこから皆への報告と、突然回復したカルデアとの通信で情報を交換して結局寝れたのは朝方の4時頃だった。

 そして7時前に起床。まだ呆け気味の頭でマシュと軽く挨拶をし、カーター邸裏の井戸から水を引き上げて顔を濡らす。

 久々に寝起きが悪い朝だ……。

 

「……最悪だ。どうにかしてマタ・ハリを救わないと……」

 

 昨晩の事を思い出すだけで沸々と怒りが沸き上がるが、それ以上に焦っている。

 受肉状態にある今首を吊られたらサーヴァントであっても死んでしまう。ここでの、受肉状態での死は完全な霊基の消滅と同じだから、カルデアに戻って再召喚をしてももうカルデアで過ごしたマタ・ハリは帰ってこない。

 記憶の連続性が途絶えてしまうのだ。

 

「どうすれば……」

 

「おぉ、ここに居たかミスター」

 

 と、頭を掻きむしっていた所でカーター氏が声をかけてきた。

 

「おはようございますカーターさん。どこかお出掛けに?」

 

 彼を見て思ったのは服装と荷物だ。

 いつもスーツだった彼だけど、今日のそれはいつものより一段と堅く感じられた。そして荷物は片手の小さな鞄。こちらは書類やら詰め込まれているようだ。

 もしかしてホプキンスの所だろうか? そうなら俺も用意を──

 

「ホプキンスの行動は目に余る。この間君にも言ったが、やはりボストンに行くことにしたのだ。勝手なお願いで申し訳ないのだが、その間アビゲイルをお願いできないだろうか?」

 

 成る程。確かに、この前場合によってはボストンに行くと言ってた。結局、アビーの状態や食死鬼(グール)の出来事もあって行くことは無かったけど、彼女も立ち直った今が良いタイミングなんだろう。

 そもそもここの住人はセイレムの外に出れるのだろうか? 結局は結界の中限定の再現に過ぎないのなら外は……でもホプキンスは海から来た。時代もちょっとズレているし再現が濃厚だから宛にはできないけど。

 兎も角、もし再現不可能な範囲を確認することが出来れば何か打開策が掴めるかもしれない。俺も途中まで同行しよう。

 

「分かりました。ただ、朝とはいえ森の中で食死鬼(グール)が出ないとも限りません。外に出るまで同行しましょう」

 

「助かるが、ミス・マタ・ハリの裁判もある。馬車には銃も積んであるからミスターはそっちを優先した方が良いのではないかね」

 

「……確かにそうでした。少し、混乱してて。兎に角、アビーは責任を持って面倒を見ます。お気をつけて」

 

 余りしつこくついて行こうとしてカーター氏に怪しまれるのは避けたい。

 何しろ、今このセイレムでアビーと並んで俺達を受け入れてくれている人だ。彼の好意で家に留まらせて貰っているし、下手に動いて台無しには、ね。

 

「さて、俺も準備をするか」

 

 先ずはマタ・ハリを助ける事に全力を尽くそう。

 裁判でこちらが有利になる情報を少しでも集めるんだ。

 

「こういう時に教授が居ると助かるんだけどな……無い物ねだりは良くない、か」

 

 最初にあの男──ビル・オズボーンの事だ。

 アビー曰く、彼は普段からあんな感じで些細な事も大事にするらしい。大体「また騒いでるよ」で終わるらしいけど……今回はそうもいかなさそうな予感がしてならない。

 だから今は裁判に備えてあらゆる用意が必要になる。まだ19年生きてきた中で裁判の経験なんて無いのは言わずもがな、身内が拘束なんてされた事もない俺がどこまでやれるかはそれに掛かっている。

 

「ロビンー。居る?」

 

 ……。

 

「あれ? もう出掛けたのか? 参ったな……」

 

「ますたー、問題発生?」

 

「あ、哪吒。ロビン知らない?」

 

「ろびんなら早朝から偵察。裁判対策、情報収集」

 

 そうか。ロビンは既に動いているのか。

 じゃあサンソンにまた往診する時にそれとなくオズボーンについて訊いてもらおう。午前中までに纏められれば有効な武器になる筈だ。

 

「そっか……俺も出掛ける。哪吒は待機しておいて」

 

「うん」

 

 キルケーが張った結界の中であれば霊体化は可能だから、哪吒はカーター邸の屋根に飛び乗りながら霊体化。

 万が一襲撃が無いとも限らない中、彼女にはここを護って貰う。現状、俺達の中で唯一食死鬼(グール)の感知が可能で戦闘力も高い。魔術に頼ればキルケーが最も強いけど、そっちは目立つ。……あんな見た目だしな。

 ここは霧も濃いから、その中で戦うのなら誤魔化せるかな?

 後でキルケーに魔術で霧を出したりして視界を阻害しながら戦えるか訊いてみよう。

 

 


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