Fate/Grand Order 「マシュ。聖杯ってよく拾うけど全部願望器として機能してるの?」「勿論ですよ先輩」「じゃあソロンモさんを永み─」「先輩!」 作:第2類医薬品
「疲れた……!」
サマーレースから実に12日ぶり……俺はカルデアに帰って来た。
明治維新を何とか解決したら、ノッブ達が何処かに呼び寄せられて居なくなって、ついでに俺も変な孔に吸い込まれて何処かに落ちた。気付けばそこは同じ日本でも明治維新とは全く違ったいずこかの時代。帝都とやらに居た。
開始早々ちびノブに撃たれるは沖田さんのオルタに出逢うわ、抑止力案件やらで休む暇なんて無かった俺に……遂に安息の日が──
「あ、ぐだ男君。帰って来て早々申し訳無いんだけど……………………始末書が増えてるから確認をしておいて貰っても、良い……かな?」
「──ドクター。それは一体……?」
「……落ち着いて聴いて欲しい。先ずは分かっている通り、夏のイベントでの始末書。次にカルデア内で発生した『茸筍戦争』の始末書」
茸筍戦争ッ!?
「次に同じくカルデア内で起きた『ユーチューバー騒動』まだ有るよ……メタル○アに影響された巴君やイスカンダル達の『某核保有国へのレイシフト騒動』や『サーヴァント甲子園』によるカルデア設備の破壊、その為etc……しかも月1の報告日が6日後だから……」
「分かっています。覚悟は元より。ならば、後は俺がそれを終わらせれば良いだけの事」
覚悟は決めていた。元々、サマーレースの始末書だけでそれくらいは行きそうだったのだ。
今更寝ずの作業をしろなんて言われても驚きは無い。やってやるさ、存分に!
「その為には俺の部屋に一切の立ち入りを禁止します。少しでも集中力を切らしたくないので」
「……頼むよ。ボク達も報告書があるから手は貸せないけど、何かあればすぐに呼ぶんだよ?」
「はいっ。それじゃ」
──何て、自分を騙すみたいに気合いを入れてみたけど本当はかなりキツい。
何をどう纏めるかに悩むし、あらゆる方面(宗教的、魔術的、科学的等々)から変に目をつけられない為にいかに己のせいで問題が起きた事にするのは気が滅入る。
だがお陰様で他人の俺の認識は『カルデアのサーヴァントを繋ぎ止めるだけの楔』程度。一部はそうじゃ無さそうだけど、いずれ見向きもされなくなれば普通に暮らしていても文句は言われないだろう。
と、そんな事を考えてる場合じゃ無かった。
先ずはドクターと別れてパラケルススの所に行こう。何日か寝なくても大丈夫になる薬とか貰えればそれを使わせてもらう。
その次は小太郎に頼んで兵糧丸を貰おう。それで食事のために部屋を出る必要は無くなる。
後は皆に立ち入り禁止のお触れを出して、それから──ぇえい。取り敢えずはパラケルススだ。今日も部屋の工房に要る筈だから行ってみよう。
◇
ぐだ男帰還から5日目。
マシュはぐだ男のバイタルサインを部屋の前で確認し、始末書作成の為固く閉ざされた耳を当てた。
『………駄目だ……これじゃあシェイクスピアに流れ弾が……やむを得ん……許せシェイクスピア!』
「先輩……」
ログを確認するに、ぐだ男が5日目の今日まで寝ていないのは明らかだ。
いくら薬を使っているからと言っても、マシュは心配で仕方がなかった。何しろ、特異点を5日で終わらせてきたリッカとマシュとは違って、2倍以上の日数。しかも実質特異点を2つ対処してきた事で体力は限界だろう。
それなのにこうして始末書を寝る間も、食事を摂る間も捨ててこなしている。
いきなり倒れて命に危険が及ばないだろうか……不安ばかりが積もってしまう。
「ん? 何をしているんだマシュ」
「あ……沖田オルタさん」
「そうだ。魔神(人)さんだぞ」
長い白髪に褐色の肌。表情筋の動きはあまり無く、まるでアンドロイドを彷彿とさせる雰囲気でありながらどこか世間知らずと言うか幼さを感じさせる、セイバー、沖田総司の
──たった一度きりの顕現の為調整された抑止の守護者。
ただ、彼女本人は沖田の別側面と言う認識が薄く、時折沖田総司である事を忘れる事もある。
尤も、沖田総司の代名詞である病弱は抑止力の調整で克服されて体も元祖より大人びている辺りを考えると
そんな彼女はぐだ男が帰還して3日目にカルデアに顕現した。どうやら抑止力が関係しているらしいが……たった一度きりの契約はどうなったのか……。
他にも同じ抑止力である坂本龍馬もやって来ていたりする。
「マスターはまだ籠ってるのか?」
「はい。もう少しで終わると思うのですが……」
「そうか……」
残念そうな様子を見せた彼女にマシュは疑問をぶつけてみる事にした。
抑止力が絡んでいると言うなら、何故今なのか。何を阻止するべく顕現したのか。もし分かれば今後の為になる筈だ。
「? 私が来た理由か? うん。それは私も知りたいと思っていた。何でだろう」
「分からないんですか?」
「全く知らない。あぁ……でも、きっとここに来れたのは愛の力だな」
「──アイノチカラ?」
思いもよらぬ返答。おうむ返しになったマシュだが、沖田オルタは続ける。
「私は帝都で終わる筈だった。その為の霊基だったからな。だが現に私はここに居る。これはつまり愛の力に他ならないのではないだろうか、と訝しんでみた」
「た、確かに先輩の故郷では毎年一回は愛が地球を救うとよく分からない事を言ってましたけど……」
よく考えてみると、愛の力()で溶岩を泳いだりクラスチェンジしたり毒が効かなかったりするサーヴァントが居た。けど彼女はその狂気じみた物ではなく、純粋な好意。
話によれば彼女は産まれてすぐに死にかけ、命を救う代わりに抑止力となったらしい。人としての人生を歩んだ事がない彼女に世界を、色んな事を教えてくれたぐだ男は彼女にとって全てだ。
それこそ彼の為なら何でもするだろう。
(……愛……)
「どうかしたかマシュ」
「ぁ、いえ。ちょっと考え事を──」
『ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
「「!?」」
ガタガタと揺れる音と野太い雄叫びがマシュと沖田オルタの鼓膜を殴った。
防音性が高い部屋の筈だったが、もしかしたら度重なる破壊と修理で駄目になっているのかも知れない。とまぁ、そんな事は今はどうでも良い。問題なのはぐだ男が叫んだと言う事。
もしやついに精神にキテしまったのか? そうなったら最早考えてる暇など無い。
沖田オルタは抜刀。小次郎の物干し竿と同じかそれ以上の得物でドアを切り捨てて部屋へ突入した。
隣で緊急解錠カードを取り出していたマシュが唖然としているが沖田オルタはそれに気付かない。
「マスター!」
「うわっ!? え!? オルタさん!?」
「──会いたかったぞマスター!」
独りコロンビアポーズをしていたぐだ男に沖田オルタが抱き付いた。
腰に腕を回し、顔を胸板に埋めてきた彼女にぐだ男も何が何だか分からない様だが、取り敢えず頭を撫でる。
マスターたる者、常に余裕をもって寛大であれ。
「んーーっ」
「どうしたのオルタさん。まさかまた会えるなんて嬉し──ぃぎ」
ミシッと何処かの骨が変な音を立てた。比喩ではない。腰に回された彼女の腕が、力み過ぎてぐだ男を押し潰しそうになっていたのだ。
力に負け、段々と背中が反ってくるがやはり彼女は気付かない。確実に逆くの字になってきて流石にぐだ男も息苦しさを覚えて肩を叩いた。
「お、オルタさ……流石に鯖に、鯖折りされる……は洒落にならな………」
「むっ? 済まないマスター。再開が嬉しくてつい力んでしまった」
「いてて……でもどうして? 抑止力は──まぁ、いっか。また会えたんだし、気にしなくても。ようこそオルタさん。カルデアへ」
「先輩、体は大丈夫ですか?」
「ん? 大丈夫だよ。この5日間寝てないのが嘘みたいに眼が覚めてる。元気すぎてどうすれば良いのか分からない位」
(完全に薬の影響ですね……何とかして寝てもらいましょう)
不眠薬を作ったのがパラケルススなら睡眠薬も作れる筈。
ぐだ男には休んでもらってまだ残ってる始末書の作成は自分が引き継ごうとデスクを見やると丁寧にファイリングされた始末書が幾つも積み重なっていた。
厚みが何cmもあるファイルが8個。全て終わっている。
後はこれを魔術協会に発送するだけだ。
そもそもこんな作業、パソコンで業務報告の様に纏めてメールで送れば済む話なのに。では何故済む話ではないのか? 簡単。単に魔術協会側の嫌がらせだ。
サーヴァントのマスターとして1か月毎に彼らが起こした問題を事細かくほうこくすること。
その際、資料はぐだ男本人が書いたと判断する為筆跡が残る紙で纏めること。
提出は毎月月末までに発送すること。それらを行わないと今後のカルデアの運営に影響が出るかもしれない。
──なんて言われたらやるしかない。
例え報告書・始末書位でカルデア解体なんて事は無いのを分かっていても。
「まさか、終わったんですか?」
「そう! 思わず雄叫びあげちゃったけど、意外と早く終わった。丁度お昼だから2人ともどう?」
「そうだった。私もそれを言いに来たんだ」
「ご一緒させてもらいます」
壊れたドアの事は敢えて気にせず、2人を連れて食堂へ向かう。久々に部屋から出た様な気がするぐだ男は体を伸ばして、関節をポキパキと鳴らして深呼吸。
もう見えていない右眼のせいで酷く疲れた左眼もグルグルと動かしてストレッチをし終えたら、眼精疲労回復の魔術が組み込まれた(協会の年寄りに人気の)眼鏡をかけて少し大股で歩く。
道中、この5日間で問題は無かったのか等確認をとりつつ、お昼のピークを過ぎて空いている席に座るとぐだ男の膝に沖田オルタが当たり前のように座った。
「え?」
「ん? どうしたマスター」
「いや、何で膝の上に?」
「こうするとジャックから聞いた。もしかして間違っていたか……?」
成る程と納得する。
彼女は沖田総司であるが、沖田総司ではない。故に既にカルデアに居る元祖・沖田と同じ様に考えては駄目だ。
何しろ新撰組として生きてきた元祖とは違って、彼女はまだぐだ男とこの前の帝都の事しか知らない(現界の際に知識を得ているかは不明)。
きっと聞くこと見るもの全てが新しい彼女にとってどの情報が間違えているかなんて分からないのだ。
「ジャックは子供だから出来るけど、オルタさんは大人だから。俺が食べれなくなるし、隣でも良い?」
「そう言うことか。じゃあ隣に座ろう」
「……」
マシュから変な視線。
「じ、じゃあ何食べる? オルタさんはやっぱりおでん?」
「そうだな。ここならおでんを毎日食べれると聞いた時は驚いたぞ。マスターも一緒に食べよう」
「たまには季節外れおでんも良いね。マシュは?」
「私もおでんにします」
2人の意見を集めたぐだ男がカウンターへ注文しに行く。
奥のキッチンから相変わらずな裸エプロンのタマモキャットが相手をし、注文を受けた彼女は奥へそれを伝える。
週1限定の自由料理注文式お昼ご飯はただでさえ利用者数が多いので味もそうだがスピードも求められる。それ故、あらゆる料理に対して提供が早いので少し待てばすぐ呼ばれるだろう。
早さの理由は前にカルデアローカル番組の『プロフェッショナルズ』で取り上げられていた通り、料理人達の高い技術力や知恵、カルデアの科学力によって成し遂げられている。
「はい。おでん3人分ね」
「ありがとうブーディカ。さて……食って寝よ!」
抑止力として顕現していた沖田オルタと坂本龍馬のカルデアへの召喚。
気になる事はあるが、兎に角食って寝たいぐだ男はそれを頭から追い出し、箸を進めた。
取り敢えずオルタさんが来たよって話。