Fate/Grand Order 「マシュ。聖杯ってよく拾うけど全部願望器として機能してるの?」「勿論ですよ先輩」「じゃあソロンモさんを永み─」「先輩!」 作:第2類医薬品
「はぁ……暇ね」
ぐだ男達が特異点解決の為に走り回ってるある日。
彼女はそう呟いた。
人理焼却が回避されたとは言っても燻る残り火はまだある中で暇と言うのはどうかと思うが、事実そうなのだから溜め息と一緒につい言ってしまうのは仕方の無い事だ。
「あ」
ふと、何かを思い出した様に口を押さえた彼女はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと『きょうのよてい』と名付けられたメモ帳アプリケーションを見る。
ややぎこちないスクロールで羅列する日課や予定(暇と呟ける理由としてほぼ終わっている)を上に。するとまだ終わっていない予定が見られた。
彼女はそれの時間を目にして更にスマートフォン右上の小さな現在時刻を確認すると焦ったようにそれをポケットに仕舞い込み、パタパタとスリッパで走りにくそうに駆け出した。
「いけない。今日はお料理教室があったのに」
その料理教室の開始時刻は14:00。今は13:58だから間に合わない。
何しろ、ここカルデアは広い。それはもう広い。XYZ共に大きいし、今なおサーヴァント達の趣味等で広くなる初見殺しの迷宮1歩手前だ。
そして彼女の目的地は言わずもがなカルデア内の聖域──食堂である。現在地がカルデア内の研究開発エリア、つまり一番食堂から離れている場所からでは走っても間に合う筈がない。
例外としては壁や天井をぶち抜いて突っ走るか空間転移を行うか、或いは──
「間に合わない……じゃあこれしか無いわね」
彼女の眼が光り、輪郭が空間に溶け込んでしまうようにボケていく。
やがてサーヴァントが霊体化するように足元から完全にその場から消えた彼女はどういう訳か、既に食堂の中のキッチンの前に立っていた。
これこそが例外の1つ。獣のみが持ちうる力であり、あらゆる即死や如何なるタイムパラドクス等の攻撃方法も無効とする唯一無二の特性。単独顕現。
それを利用した彼女は見事、教室開始の1分前に席に着くことが出来たのである。
「ティアマト神……間に合うのは良いのだが、もう少し余裕を持っても損では無いと思うがね」
「ごめんなさい。つい忘れてて。それに間に合ってるならお咎めは無しよね?」
「勿論だとも。そもそも、私とて原初の母である貴女に叱る程の度胸は無いさ。出来るのは彼くらいなものだろう」
「良かった。次からはちゃんと気を付けるわ」
今日の料理教室の参加者は嫁ネロ、玉藻、カーミラ、アステリオス、アナスタシア、そして彼女──ティアマトだ。
対して先生となるのはエミヤ、キャット、百貌のハサンの人格の1人である『美食のミシーラ』。メインとして苦労している百貌ことアサ子と同じ様に女性の人格だ。
その舌は大変肥えているらしく、また料理の腕も3つ星級だと言う。
主に宮廷料理人等に紛れて対象を暗殺するらしい。が、正直そんな回りくどい事をするより『夜陰』や『潜行』を出した方が早いのを本人も知っているので、やることは専らマスターの料理人や、しれっと何処かのレストラン等でバイトをする位。
実はエミヤにその腕を買われてカルデア食堂で働いてる。
「よろしく頼むぞ!」
「こちらこそお願い致します。楽しい教室にしましょう」
「よし。では今日のお題はアステリオスの強い要望に応えてパンケーキだ。ホットケーキとの違いはわざわざ説明する間でもないと思うが……話した方が助かるかな?」
「いや、余は別に見分けがつかなくても美味しいなら問題ないと思う」
「まぁ、ぶっちゃけ私も知ってますし」
「黙ってればどっちかなんて分かりやしないでしょ」
ネロ、玉藻、カーミラに即答で要らないと言われて少し残念そうな顔をしたエミヤだが、すぐにその色は無くなって料理人の顔に代わる。
どっちみち、その2つの違いなんて無いようなもので、フライパンで焼いたケーキは全てパンケーキと言う総称。甘い甘くないの区別もなく、よってホットケーキもそれに分類される。
つまり両者をターゲットとした商品を売り出す為に無理矢理人や企業毎に区別を付けているに過ぎない訳だ。
「では始める前に手を洗って下さい。料理もそうですが、先ずは相手の口に含まれる物を自分の手で作ると言うのを理解して頂きたいのです。汚れがある手で作られたお料理を食べたいですか? まぁ、野営等で難しい時もあると思いますが、極力気を遣うように」
美食のミシーラが手を打ち、各々近くの流しを使って手洗いをする。
そんな中、美食のミシーラが険しい面持ち(?)で1人のサーヴァントを見ていた。
トゲトゲしたよく分からない装飾が目立つ、黒よりの赤がパーソナルカラーのサーヴァント、カーミラだ。尤も彼女は今その霊衣ではなく、ボリュームのあるタートルネックの縦リブ生地で白いセーターと形の良いお尻や、大人の女性としての曲線が顕著に浮き出るジーンズ生地のスキニーパンツ。更にアンダーリムの眼鏡で完全にOFFモードである。
これから料理をするにはちょっと袖が邪魔にならないかなと思わなくも無いが、美食のミシーラが気にしていたのはそんな抜群のスタイルが分かるお尻等ではない。
彼女の手、特に爪だ。
「~~♪」
「ちょっと良いですかカーミラさん」
「何?」
「その爪は取り外せないのですか?」
彼女の美しくも何処か生気を感じさせない白い指先から伸びる長い爪。
攻撃時にも使用するその鋭利な爪は言わなくても分かるように、料理をする時には非常に良くない。美食のミシーラはそれがとても気に食わなかった。
「出来るけど……何で?」
「いや、普通その爪で料理はどうかと思いませんか……」
「……し、知ってるわよ? ほら、爪が長いと刺さるから──」
「どうやら衛生的なお話も必要な様ですね……でもこの際置いておきましょう。カーミラさん、爪は危ないですし菌が溜まっています。料理の際は爪を切ってくださいね」
言われ、カーミラは爪を標準サイズに変えた。理屈はよく分からないが、吸血鬼の力を持つ彼女なら爪の伸縮も能力の1つとして行使が可能なのだろう。
その後、これで良いかと見せて来た皆の手を確認してエプロンを着用。再び席について調理の行程をキャットから教わり、いよいよ調理を開始した。
玉藻は元々料理の腕は(鍛えていたので)もたつくような事はない。何故来たのかとエミヤも疑問していたが、彼女としてはまだまだ腕を上げたいらしい。それは全て愛しの
一方他はまぁ、酷いもので、卵を1個割るのに悪戦苦闘していた。勿論、ティアマトもだ。
「たまご、わるのむづかしい……」
「力み過ぎても駄目だ。こうして少し割ってあげて──」
「上手く割れないわね……包丁を使おうかしら」
「いや、それは駄目です」
「ちょっとネロさん? 何処からそんな全自動たまご割り機を持ってきたんです?」
「ぐだ男の部屋から持ってきた。誰もがあっと驚く余の味方だぞ」
「──ぁあっ、また殻が……ヴィイ取れる?」
(嫌です)
「おかしいわね……何で触った卵が孵っちゃうの?」
「全身から溢れる生命創造の魔力が強くて並の食材では駄目なのだナ。アタシの尻尾にもピンと来る」
卵割りの次はそれをかき混ぜる。
牛乳、パンケーキミックスを少しずつ入れながらダマにならない様に生地を作っていく。
流石にこれくらいの簡単な作業では問題は起こることは無く、すんなりと次へ。
今回使用しているフライパンはエミヤの自慢の
「よし、これで完成だ。一時はどうなるかと私も思っていたが、大きな問題無く終わって何よりだ」
やがて食堂には甘く良い香りが溢れていた。
ちょっと焦げたものや形が変なもの。各人の特徴が出ているが、常識を逸脱した結果は1つもない。
特にチョコを作ろうとしてあの八連双晶モドキを完成させたカーミラでさえも、謎の局所焦げが目立つに留まっている辺りにカルデア料理人達の努力が見られる。
後にエミヤは語る。「正直料理教室は失敗だと思っていた。あれ程の相手なら、まだ過去の自分と仲良く料理をしていた方が楽だ」と。
「では、先ず自分が作った物を食べてみましょう。自分の想像通りの味ですか? 自分の想像していたのと違う味ですか? どちらであっても、それらを知る事は次への大きな1歩です」
「うむ。己を知らねば成長は出来ない。ぐだ男もよく言っていた気がするぞ。頂きまーす……………ぅ……ちょっと焦げてる」
「ネロさん途中で火力を強めましたからねぇ」
「駄目だぁ! こんなレベルではぐだ男に手料理などとてもぉ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいネロさん。何事もすぐには身に付くものでは無いですし、ぶっちゃけ今の霊基ならそう言うの相性良さそうですから継続は力的な?」
「だめ……えうりゅあれ、よろこばない」
「悔しいけど、やっぱりプロに教えて貰わないと何も出来ないわね私」
「ん? ちょっと半生……。孵ってないだけマシだけど」
「私も半生です。ヴィイ食べる?」
(嫌です)
玉藻以外は何かしら失敗している。だが誰もが己の失敗や下手であると言う事実を受け入れていた。
この調子なら上達も見込める。エミヤは計画していた先ず第一段階を無事クリア出来た様だ。
「では今度は君達だけでもう一度作って貰いたい。我々は口を一切出さないから、自分で考えて行動して欲しい。あぁ、玉藻はお手本になるからこちら側だ」
◇
1時間後。
料理教室が終わったティアマトは今度こそ暇を持て余してカルデア内を再びぶらついていた。
外の吹雪を眺めながら宛もなく脚を進め、ふとカルデアに来る前の事を思い出す。
「……何で私達を」
彼女は先の戦いで敗れ、死亡した筈だった。が、ゲーティア共々何者かに復活されてカルデアに来た。
幾ら自分達が人類悪だとしても、復活する事なんてある筈がない。ただ有り得るとしたら、死ぬ寸前に世界の何処かに自身の一部を逃がすか、大聖杯数個分の魔力を使って何とかするか。
意外にも手段が多いと思いつつ、自分達を復活させたこのケースは後者だと認識する。何しろ、自分達が再び顕現した時の場所にとてつもなく膨大な魔力の残滓が残されていたのを思い出したからだ。
ただ、現場に残されていたのは魔力の残滓と人の物と思しき衣服だけ。
「ただの人間に出来る筈がない。一体誰が……」
そう。彼女達をこの世に再び顕現させたのは人ではない。遥か時を超え、人の姿となり実に8000年もの間ずっと魔力溜め込んできた魔神柱であった。
何を思ったのか、その魔神柱の目的は『■より来たる■■の樹へのカウンター』
『地■■白』が起きても存在を保つ事が出来るビーストを残すために、己の8000年と命を使って最期に成し得た奇跡。ティアマトは知らないが、ゲーティアは恐らく元々
その為に人理焼却をしたのではないか。そしてその魔神柱は違う角度からのアプローチで対抗したのではないか。
……最早その魔神柱は己の存在を示すものを一切遺さず消えた為真相は分からない。ただ、彼は8000年間のどこかでやはり思ったのだろう。
──人類を救いたい、と。
「……考えても仕方無いわね。あ、お部屋の掃除をしなきゃ」
分からない事を長々と考えていても生産性に欠けると判断した彼女はスッパリ結論を諦めてぐだ男の部屋の掃除を行おうと思考を切り換える。
何しろ、彼女は原初の母。それなら、我が子の部屋を掃除するのは母親の役目として認識している。
本当はスタッフ、英霊も含めて部屋を掃除したいのだが、大多数がそんな歳ではないと嫌がるし根岸も最近は反抗期なのか拒否されてしまった。
そうなると子供サーヴァント達と部屋をどうこうされても気にしないぐだ男の部屋くらいしかない。
どうせ暇だから埃1つもないに部屋にしてしまおう。そう思って早速ぐだ男の部屋へ単独顕現すると、布団に変な膨らみがあった。
「……」
ベッドの上の膨らみは僅かに上下している。恐らく誰かが寝ているのだろう。
幼体であれば匂いで判断出来ていた彼女。今はその機能は失われたので布団をひっぺがして確認をとる他ない。
もしこれが静謐のハサンだったとしても、彼女に毒は効かないし。
「……それっ」
「フーッ……フー……ッ!」
「まぁ。今の貴女まるでケダモノね、アタランテ」
掛け布団を1枚ひっぺがすとぐだ男の寝間着に顔を埋め、かなり荒い鼻息で寝ているアタランテの姿があった。
ぐだ男の上着をフィルターに鼻腔から肺腑をぐだ男の空気で満たし、口から蕩けた息を吐き出す。これを行うことで彼女の全身はぐだ男を間近に感じて幸福感と快感を得ている。
その様子は変態が下着をフィルターにしている様な異様な光景と言うより、発情した獣がその衝動を必死に抑えている感じだ。
「今回は止めておくわ。ベッドを汚しちゃ駄目よ」
寝ている彼女に届く筈もないが、敢えて忠告したティアマトは再び単独顕現で自室に戻った。
取り敢えず少し予定を変えて子供サーヴァントの部屋を片付け始めるが、それもすぐに終わる。
自室の掃除からエクササイズで体型に気を遣い、カルデア家事チームに加わって粗方家事をこなしたら誰かの部屋の掃除や料理教室、テレビ通販を見たりドラマを見たりしながら過ごす彼女の日課──生憎今日はテレビが何も面白くなくて見る気にもなれない為──はこれで終わり
今度はコンビニで買った肉まんを頬張りながら暇潰しを探しているが……やはり暇の一言に尽きる。
「特異点に行ってもやる事無さそうね……じゃあ──」
同じ年長者(と言ったら猛烈な殺意を感じたが)のスカサハから聞いたニコニコ動画とやらを観てみることにした。
善は急げだ。早速彼女は本日何度目かの単独顕現で自室に行き、ぐだ男もいつもやっていたようにベッドに寝転がってノートパソコンを開く。何やら迷惑メールが届いているが、今更その程度気にするまでもない。手際よくそれを削除するとネットを開いてそのサイトを検索した。
「……はぁ。私も何やってるんだか。原初の母、しかも人類悪だと言うのにここでベッドに寝転がりながらネサフだなんて。けど……こんな便利なの知ったら駄目になるわよねぇ」
こうして彼女は新たな暇潰しの手段を得た。
原初の母、神、人類悪……そんな彼女が手にしたのはまさかのパソコンでニコ動観賞。しかも日課はそこらの主婦と似たようなものだなんて、一部の人間が見たらきっと信じられなくて大変な事になるだろう。
だが彼女に限った話ではない。同じ人類悪の片割れであるゲーティアもドルオタやってるんだから。