Fate/Grand Order 「マシュ。聖杯ってよく拾うけど全部願望器として機能してるの?」「勿論ですよ先輩」「じゃあソロンモさんを永み─」「先輩!」   作:第2類医薬品

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やはり思うのだ。


シェラさんは良い女だと。





Order.55 たとえ偽者であっても

 

「神経衰弱!?って何かしら?」

 

「えぇっと、トランプを裏面にしてから一面に広げて、交互に捲っていくんです。2回ずつ裏返して、同じ数字が出たらそのペアを自分の物にしてまた裏返す。どちらが多くペアを取ったか競う遊びです」

 

「へぇ」

 

興味津々にラフムとモリアーティの間、大きめなテーブルに整列したトランプを眺めるケツァル・コアトル。

未だすしざんまい○のポーズをとる根岸と、並べられたカードを眺めるモリアーティはどちらも動かない。

 

「……始まりませんね」

 

「いえリップ。既に戦いは始まってるわ」

 

「「……じゃんけんぽんっ!」」

 

「凄い心理戦ね……ッ!」

 

「えぇ……?」

 

嘘だろ。と思わず顔に出てしまうリップ。

確かにニョロニョロした手を器用にグー・チョキ・パーしてアラフィフのおじさんと覇気の籠ったじゃんけんをしていたらそう思いたくもなる。

 

「ふっふ。どうやら、私の勝ちだ」

 

「ぬぅ……不覚ッ!」

 

字面だけ見ればあたかも勝負はついたようだが、忘れちゃいけない。まだカードを捲ってすらおらず、ただただじゃんけんに勝っただけの光景なのだと。

 

「では……キングだ」

 

「!!」

 

コマンドカードを選んだ時のように先攻を獲得したモリアーティがトランプを捲った。

その堂々たる様子はまるで全てのカードの表面が見えているかのよう──

 

「あ、違った」

 

 

「おいおい。アイツ天才じゃなかったのかよ」

 

「もう歳なのだろう。私を同年代と勘違いしていたしな。まだ若いし、イケるし」

 

「まぁ、おっさんは確かに勘違いしてたな。同年代じゃなくてずっと歳う──」ドゥン(即死

 

「「若ぇ俺ー!!」」

 

「馬鹿が。当たり前の事を言えば死ぬと分か──」ドゥン(即死

 

「「オルタの俺ー!!」」

 

「ふむ。この際残りの馬鹿弟子も黙らせるか」

 

「「矢避けぇ!!」」

 

シミュレーションルームの外では残ったサーヴァント達が小さなモニターで中の状況を見つつ騒いでいた。

 

「モリアーティさん……こんな様子で大丈夫でしょうか?」

 

「プロフェッサーなら問題ないであろう。ただ、あの根岸のレベルは未知数だ」

 

バベッジが蒸気を噴出させながらモニターを覗き込んだ。

周りのサーヴァントがアチィだデカイだ言い出し始めた為、すぐに退かざるをえなかったが。

 

『………』

 

皆モニターを食い入るように覗き込んでいるが、モニターからは2人のトランプを捲る音と、たまにリップ達の会話が拾われる位で殆ど楽しめるような音声は流れてこない。

だが根岸とモリアーティの戦いは確かに、静かに進んでいた。

 

 

「ふぅむ」

 

「……」

 

3ペア。

1ペア。

上から各々根岸、モリアーティが獲得したペアの数だ。

試合開始から早7分経過しているが、ペアでまだリードしている根岸の額(?)には汗が流れていた。

 

(何故だ……何故ペアを揃えようとしないのだモリアーティ殿)

 

たった今トランプを捲り終えたモリアーティだが、試合開始から一向にペアが揃う気配は無い。と言うか揃える気が無いようにすら見える。

何しろペアを見つけると言うより片っ端からトランプを裏返しているような事を繰り返しているのだ。

 

「……」

 

「何故私がペアを揃えようとしないのか。気になっているようだね根岸クン」

 

「っ!」

 

(某の思考をッ!?否、そうでなかったとしてもこの状況を見ればその思考に至るのは明白)

 

「フッフ……君は面白いように顔に出るねェ。私はキャスターでなければ魔術師でもない。相手の考えてることを読み取ることは出来ないのだよ」

 

ただし、誘導したりすれば別だがネ。と付け加えると自分に一番近いトランプを指差して口角を歪めた。

 

「君の番だ」

 

「そ、そうであったか。かたじけない」

 

(誘導……いや、そんな筈は)

 

そもそもこんな単純な点取り合戦で誘導など可能なのか。

もしかするとただ老化の影響で記憶力が無いのを誤魔化しているだけなのではないか。

そんな憶測が頭に浮かんでくる。何が最善なのか分からない。

ますます混乱してくる根岸だが、大きく深呼吸をして頭をスッキリさせる。

 

(どのみち捲らねば(いくさ)は終わらぬ。それにこの御仁は何かを企んでいるような態度には拙者はどうにも弱い。早々に決着をつけさせて頂く)

 

根岸の強みは精神系の干渉を受けづらい事にある。

スキルではあるが、任意発動じゃないクラススキルのようなものだ。

これによって根岸は例えモリアーティが巧みに精神を揺さぶってきても普段通り対処できる。

 

「勝たして頂く。モリアーティ殿」

 

「………」

 

更に根岸の強さは圧倒的な記憶力だ。

かつてはラフム語しか喋れなかったのを、たった数日で数多居る英霊の母国語をマスターした。それに比べれば神経衰弱なぞ数秒前に話した内容を繰り返すより容易い。

絶対の自信。今まで捲られてきたトランプの全てを覚えている根岸はそれを持っている。

故の勝利宣言を沈黙で返したモリアーティの前で、2枚のトランプを同時に捲った。

 

「9のペア…………なぬッ!!?」

 

「……ふっ」

 

思わず椅子を倒してしまった根岸に対し、モリアーティは瞑目したまま笑みを浮かべた。

根岸がペアだと思っていたトランプ2枚……片方こそ9だったが、もう片方は全く違うキング。

絶対の自信があったからこそこの反応をせざるを得なかった。

 

「な、何故……」

 

「もしかして、君も歳かね?」

 

「そのような筈は……ッ!」

 

(拙者の記憶が間違っていた!?否、だとしても今まで1度出ていたキングならば特徴は多く覚えるのは容易極まる筈……もしやモリアーティ殿のスキル?)

 

疑う根岸。しかし、この空間ではスキルや宝具を使うとすぐに知らせる機能がある。流石にそれらの使用は無いと踏み、数瞬で疑うのを止めるとトランプを元に戻した。

 

(会話もほぼ行っていなかった。モリアーティ殿が捲っていた位置も見ていたし、催眠とも考え難い)

 

チラと根岸がモリアーティを見ると、依然瞑目したまま笑みを浮かべていた。まるで根岸が間違えるのを見越していたような余裕感。

根岸はこういった相手は苦手だった。

 

「……では、私も勝たせてもらおうかな」

 

「!」

 

モリアーティが初めて、根岸と同じ様にトランプを2枚同時に捲った。しかもそのペアはたった今根岸が狙っていた9のペアだ。

 

(キングの隣が9であったか)

 

「記憶違いも怖いものだよネェ。私も良くある」

 

そう言うが、次に同時に捲ったトランプもペア。それだけで終わりではなく、モリアーティは次々とペアを作成していた。

まだ捲っていない数字でもペアを作った時は流石に偶然だと思ったが、それが何回も続くのだ。

 

「ば、馬鹿なッ!!」

 

気付けばテーブルに並んでいたトランプは殆んど無くなっている。

この時点で既にオーバーキル気味だからか、モリアーティはトランプを捲る手を止めた。

 

「さて……残りはまだあるが、私の強さも良く分かっただろう。だからこれでお終いにしよう」

 

「……」

 

モリアーティが残りのトランプを捲る。

 

「ジャックだ」

 

ジャックのペア。

 

「クイーン」

 

クイーンのペア。

 

「キング」

 

キングのペア。

 

「では──ジョーカーだ」

 

ジョーカーのペア。

圧倒的。ただその一言でしか表せない力の差が二者にあった。

 

「……参った」

 

 

「ちょっとぉ!負けちゃってるじゃないのよ!」

 

モリアーティが勝利した事で別室でモニタリングしていたイシュタルは早速焦りを露にしていた。

 

『私のせいではありません。根岸様がモリアーティ様の小細工に気付けなかったのが敗因です』

 

「小細工?」

 

『モリアーティ様は最初から捲ったカードにこっそり傷を付けてました。それこそ、ほんの少しだけ爪で跡を付けたりですが。後は根岸が視線を離した隙にカードの位置を隣と入れ替えたり。そして最もの敗因が新品のトランプを使った事です』

 

「どゆこと?」

 

『根岸様はトランプでの遊戯はほぼ経験が無いようでした。ですので新品のトランプはかなりシャッフルなさらないと同じ数字のカードが隣り合わせになってしまう、とまで思慮出来なかったのでしょう。いくら知性が高くても、慣れないことをすれば誰でも失敗はするのです』

 

「で、モリアーティはそれに気づいてカンニングを織り混ぜながらカードの位置を計算したってこと?ルール違反よそんなの!やり直しを要求するわ!」

 

『いいえご主人様。私は宝具、スキルの使用は禁じましたが、カンニングやカードの入れ替えを禁じてはいません』

 

どうしてもやり直しを要求するイシュタルだが、メイドは全く聞き入れようとしない。

自分が最高権限の筈なのにいつの間にかメイドの方が立場上だし、例え止めたとしても自分じゃ何も出来ない。

とっとと次に進めるメイドの背を睨みながら、イシュタルはただただ次こそは勝ってくれと(女神だけど)祈るばかりであった。

 

 

『お見事ですモリアーティ様。今後は記憶力だけではなく、対戦相手を見る力も持たせるようにしましょう』

 

「フッ。何の事だか分からないが、次は期待しよう」

 

『続いては心の挑戦者、前へ』

 

「い、行きますっ」

 

緊張した面持ちでリップが前に歩み出る。

シミュレーションルームの奥へ撤退していく根岸を眼だけで追いつつ、どんな敵が出て来ても自身の座右の銘『一撃必殺』を実行する勢いで戦おうと身構えると、またもシミュレーターが周りの風景を変えていく。

 

『これは心の試練。カルデアのライブラリにはデータがほぼ存在しないアルターエゴ、パッションリップ様。貴女に問います』

 

「な、何ですか」

 

『貴女には心がありますか?』

 

「私の……心?」

 

『今すぐに答えは訊きません。これから貴女の答えを見させていただきますので』

 

「どう言うことですか」

 

『貴女には今からぐだ男様とデートをしていただきます。あぁ、彼の女体化であるぐだ子様の方が良いとの事でしたら変更しますが?』

 

「え──ぁえっと……ぐだ男さんで……」

 

『はい。ではデートでぐだ男さんをデレさせて下さい』

 

ルールは簡単。

自分は幾らでもデレて良いが、ぐだ男をデレさせないとこの勝負はカルデア側の負け。

尚、ぐだ男は今までのあらゆるデータをインプットして作られた偽者。限りなく本物に近いものだ。

 

「うぅっ……緊張してきました」

 

『あぁ、因みに敵も出てくるので気を付けてください』

 

「敵ですかっ?」

 

「え?何だってリップ」

 

「ふぇ?あ、あれ……?」

 

アナウンスのメイドの言葉に驚いたリップに反応したのはいつの間にか目の前で椅子に座っていたぐだ男だった。

テーブルに広がった食べ物等を見る限り、昼食を摂っていた途中──のシチュエーションだと理解したリップは意識を切り替えて、何でもないと頭を振った。

 

「もしかして、お腹一杯で眠たくなっちゃった?」

 

「い、いえっ。気にしないで下さい」

 

「何か調子が悪かったら言ってよ?」

 

(はぅぅ……)

 

意識を切り替えたつもりだったが、デートと意識すればするほどリップの頭の中は混乱極まりつつあった。

いつもと変わらないようなぐだ男の態度なのに、妙に意識してしまう。目を合わせると急に顔が熱くなって背けてしまったりもした。

 

(うぅっ……どうしよう……偽者だと判ってても恥ずかしくなっちゃう)

 

「あ。分かった」

 

「!」

 

ドキンと心臓が強く跳ねる。

 

「今日暑いって言ってたから、リップも若干バテ気味なんじゃないのか?ごめんね。日陰の席を取れば良かったよ」

 

「そ、そん──」

 

 

【そんな事は無いです。気にしないで下さい】

 

【そうです。もうちょっと気にして欲しかったです】

 

 

リップが声を発しようとした瞬間、視界に突然台詞を内包した選択肢が2つ出てきた。

前者はたった今リップが言おうとしたそれであり、後者はちょっとツンツンしているものだ。どちらかと言うと、メルトが言いそうだ。

 

(ま、まさか……これってたまにぐだ男さんもやってるアレじゃ……こんな感じなんだぁ)

 

自分がぐだ男と同じ経験をしている事にちょっと嬉しくなったリップは少し余裕を取り戻して前者を選ぶ。

すると自分は何も言っていないのにぐだ男が反応した。

 

「いや、俺の配慮が足りなかった。ごめんリップ」

 

「あぁ、いえっ、そんな事は……っ」

 

「どこか日陰の席に変えてもらおうか」

 

ぐだ男が立ち上がった。店員に移動できないか訊くのだろう。

そこまでしなくても大丈夫だと声をかけようとした刹那、視界一杯に瓦礫や肉片の赤、老若男女の阿鼻叫喚が鼓膜を殴った。

 

「──え」

 

店内にトラックが突っ込んできたのだ。

巻き込まれた人は皆原形を留めておらず、形容するのを躊躇うミンチ状態になっていた。

状況を理解できないリップを余所に、店内の無事な人達は外へと逃げていく。トラックの運転手は既に死亡しているのか、誰も助けにはいかず、我が身一番だ。

 

「──」

 

まだ理解できない。

だがぐだ男を助けなければと瓦礫を退かす。

1つ、2つと退かしていた時、幾つ目かの瓦礫に人の脚がくっついていた。

幸い、ぐだ男のではなかったが焦りが収まることはない。と──

 

「ぐだ男さ──!」

 

見付けた。ただし、トラックの下敷きになってぐちゃぐちゃになった中で唯一無事だった、令呪を宿した右腕を。

 

「や……いや……ッ!」

 

いくら何でも、自分の好きな人が腕だけ残してミンチになっている姿は見られない。

ましてやそれが自分のせいなのかも知れないと思うと立っていられなかった。

落ち着け。これはシミュレーターだ。死んだのは本人ではない。そう何度も自分に言い聞かせる。けど──

 

「いやぁぁあああッ!!」

 

【BAD END】

 

「押忍!突如として始まったジャガー道場!ここは悩めるプレイヤーの憩いの場でもあるので、ゆっくりしていってね!」

 

「あの、ジャガー……さん。いきなり目の前でぐだ男さんが死んじゃったらゆっくり出来ないと言うか……」

 

「人間、時には生死の感覚を超越し、物事を俯瞰して見なくてはならないのよ弟子1号。あ、私人間と言うかサーヴァントと言うか神霊だけど細かいことを気にしてはそれこそ密林の闇に呑まれるわよ。ところでどしたのかな?て言うかおっぱい大っきすぎね?」

 

「ぇ……あの……」

 

「えっと、私達ここでリップさんを待つように言われてたんだけど、タイ──じゃなくてジャガーさんも一緒で……そうじゃなかった。えーと、リップさんは選択肢を間違えちゃって、ぐだ男さんが死んじゃったんですよね?」

 

そうだったと我に帰る。

いつの間にか風景は見たことがない道場に変わっていて、どうやら本物らしいジャガーマンはいつもの棍棒から竹刀に持ち替えて胴着。イリヤスフィールは今や絶滅したブルマーだ。まぁ、後者は小学生なのでらしいと言えばらしいのだが、何故にこうも二者の違和感がないのだろうか。

きっとその答えも密林の闇の中なのだ。

 

「私……ぐだ男さんを……」

 

「落ち着いて下さいリップさん。これも心の戦い?の一部なので気をしっかり持って下さい」

 

「──、はいっ!」

 

漸く、今度こそ呼吸も動悸も落ち着いた。

 

「ところで……ここは?」

 

「ここは悩めるプレイヤーの──あれ?さっき説明してニャい?」

 

「ジャガーさん、取り敢えずリップさんにヒントをあげないと」

 

「然もありなん」

 

この先色々と大丈夫なのだろうかと心配が絶えないリップであったが、その眼にはもう死なせないと力強さが表れていた。

 

 




カルデア凍結前にアナスタシアを召喚させたら面白いのだろうか……?悩ましい

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