やはり、相模南の恩返しもまちがっている。   作:しーはん

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そうして、二人は第一歩を通過する

 

 

「お前、どーすんだよアレ」

 

「何よアレって」

 

教室での一悶着のあと、せっかくうちが誘ってあげたのに全然動こうとしない比企谷を引っ張って中庭までやってきた。あ、ちゃんと気を遣って購買には立ち寄ってあげたから、比企谷も昨日と同じく昼食のパンは持っている。もちろんうちはお母さんの美味しいお弁当持参。

 

「何って……はぁ。お前、教室で一人になんのが嫌だったんじゃねぇの?」

 

む。比企谷のくせにハッキリ言うじゃん。いや、比企谷だからこそ、なのかな?

 

「だから比企谷といるじゃん」

 

「いやだってお前、俺のこと嫌いって言ってたろ」

 

「うん、嫌いだよ」

 

うちがあっさり頷いたのを見て、比企谷は「あ、これめんどくせぇ」って顔をする。

 

「あんなことする比企谷は嫌いだよ」

 

「は?」

 

「ねぇ、何であんなことしたの?」

 

うちの質問がよっぽど予想外だったのか、比企谷はぼけっと間抜けな顔でうちを見返す。……な、なによ、見つめ合ってるみたいで恥ずかしいんだけどこれ。

 

でも、これは本当に大事な質問。クラスであんな騒ぎを起こしたら、それでもしうちがあの場で言い返せずに、泣いちゃったり、逃げ出しちゃったりしたら、その結果一番傷つくのは比企谷だったはずなんだ。だって、たとえうちに落ち度があったって公衆の面前で女の子を泣かせた罪は重いし、しかも比企谷には前科がある。まぁ、そのことを散々広めたのはうちなんだけど……とにかくっ。

もしあのままうちが何も言わなかったら、一番の悪者は比企谷だった。そして、うちには比企谷がそれを望んでいたように思える。

 

だから、これは大事な質問。

うちが比企谷と一緒にいたいと思うなら、まず最初に理解しなくちゃいけない、大事なこと。何のために、比企谷はこんなことをするのか。どうして比企谷は、そうまで自分を貶めて、悪意にさらそうとするのか。

 

気恥ずかしさを誤魔化しながら見つめ合うこと数秒、ふと我に返ったらしい比企谷が慌ててうちから目を逸らす。うん、こいつ素の時はやっぱヘタレだ。

だから、さっき教室でまっすぐうちを見つめ返した比企谷は、やっぱ「素」じゃないってことだよね。

 

「……単にうじうじしてるお前に苛ついたっていうのは?」

 

「そんな嘘でうちが騙せると思うわけ? バカにしないでよね」

 

まぁ、文化祭のときには思いっきり騙されたんだけど。

 

さすがの比企谷もうちがさっきの物言いをまるっきり信用してないっていうのは理解できたみたいで「はぁぁぁ……」と深いため息をつく。っとに、いちいち失礼なヤツだよね、比企谷って。

 

「ほら、もう観念して全部話しちゃえば? 言っとくけど、嘘ついたってうちにはお見通しなんだからね」

 

「……ちっ」

 

あ、舌打ちしやがった。

 

「わかったよ。どうせ今後の対応も決めなきゃならんしな」

 

そう言うと、ようやく観念したらしい比企谷は渋々といった感じながらも話し始めた。

 

「昨日、お前言ってたろ。お前をぼっちにした責任を取れって」

 

「言ったけど……え、なに、さっきのってうちと関係あんの?」

 

第一声から予想外過ぎていきなり聞き返してしまった。比企谷は比企谷で「何言ってんだコイツやっぱバカか」みたいな目でうちを見る。あーもう、ムカつく!

 

「お前に喧嘩吹っかけたのに他の誰に関係があるってんだよ」

 

「や、それは、そうかもしんないけど……」

 

結果的に失敗した作戦を説明するのが恥ずかしいのか比企谷はところどころ言葉を濁しながら、それでもなんとか説明してくれた。

 

曰く、さっきの教室でのアレはうちの立場を文化祭後のものに戻すため。うちに向けられてる警戒心その他もろもろを、もう一度全部比企谷が引き受けて、うちをもう一回被害者にすることで周囲の目を緩和する作戦。

一見すると強引だけど、皮肉にもその作戦に説得力を持たせてしまったのはうちが流した比企谷の悪評。根拠のない噂だって尾ひれがついて広まるくらいなのに、実際に比企谷がうちを泣かせたという根拠のある風評のおかげで、いつもは物静かな比企谷がうちの言葉に噛み付くのは第三者から見ても充分に「有り得る」ことになってしまった。

 

つまり、つまりそれってさ。

 

すっごい遠回しだけど、比企谷はまたうちのために悪意を引き受けようとした、ってこと?

 

「うちの、ため?」

 

「……ま、あれだ。由比ヶ浜と雪ノ下が気にしてたみたいだからな。奉仕部で受けた依頼が原因でもあるし、まぁその後始末ってだけだ。お前が気にすることじゃねぇよ」

 

気にすることじゃないって、それってやっぱりうちのためってことだよね。それって嬉しいような悲しいような……で、でもとにかく止めてよかった。誰かの代わりに比企谷が悪意にさらされるのは嫌だったけど、それがうちのためっていうのはもっと嫌だったから。

 

「つーか、気づいてなかったのかよ」

 

「し、仕方ないでしょ。うちだって必死だったんだから。比企谷が自分のことすっごい悪者みたいに言うし、それ止めなきゃってことしか考えてなかったし!」

 

「何でだよ……別に俺の立場とかお前にゃ関係ないだろ」

 

そりゃ比企谷からしたらそうだよね。元々比企谷の立場を悪くしたのはうちなんだし……いや、もともとうちは文化祭まで比企谷のことほとんど知らなかったし最初っから立場は悪かった気もするけど。

 

でもとにかく、そういうのは全部過去のことっていうか、うちはもう、そういうの嫌だなって思ったから。

 

「か、関係なら……あるでしょ。その、これから責任とって一緒にいてもらうことになるんだし、あ、アンタの評判が悪いと、とも、ともだ……一緒にいるうちの評判にも関わるじゃん」

 

ああもう、うちってばなんでハッキリ言えないかな!

うう、でもめぐり先輩みたいにちゃんと友達って言える関係にはなれてないし、これで友達って言ったら比企谷にソッコー拒否られそうだし。

 

「お前、昨日のアレって本気だったのか」

 

「本気に決まってんでしょ。なんでうちが嘘つかなきゃいけないのよ」

 

「いやだってお前、いくらなんでも他にいるだろ、ほら、あー、由比ヶ浜とか」

 

「あんた、この上うちに三浦さんに喧嘩売れって言うの」

 

「……すまん。けど、由比ヶ浜がダメでもお前なら他にも声かけるやついるんじゃねぇのか。俺なんかよりもっと、こう」

 

そこで比企谷は少し言い淀む。いつもより二割増しでどんよりと目が腐っているところを見ると、クラスカーストとか、なんかそういうこと考えてるんだろうな。どうもこいつは自分のことを本当に「最底辺」だと思ってるみたいだし。まぁうちも、体育祭のことがなかったら自分はカーストの上の方だったと思ってるしね。

 

でも残念だったね比企谷。あんたのせいで、うちはもうそういうの興味なくなっちゃったから。

 

「関係なくない?」

 

「……は?」

 

「うちが比企谷がいいって言ってんだから、他の人がどうとか関係なくない?」

 

「いやお前、俺がいいなんて一言も」

 

「い、いま言ったでしょ! で、どうなの? 比企谷はその、うちと一緒にいると嫌なわけ?」

 

……あれ? なんか勢いで言っちゃったけどこれうち詰んじゃってない? ここで比企谷に嫌だって言われたらおしまいだし、嫌だって言われるに決まってるよ。だって比企谷だよ比企谷。ゆいちゃんや雪ノ下さんにだって素直に「イヤじゃない」って言わなそうなのに、うちが相手じゃ迷うまでもないし。

 

で、でもアレだよね、曖昧に濁されるよりだったらハッキリ「嫌だ」って言われちゃった方がこれからの距離感も掴みやすいっていうか。

 

そりゃ、比企谷に拒否られんのとかやっぱ怖いし、そんな風に言われたら泣かない自信はない、けど。でもたとえ比企谷に拒否されても今のうちなら受け止められると思う。めぐり先輩が、見てるって言ってくれた今なら、何を言われても受け止めて、そこからもう一度頑張ろうって思えるはず。

 

だから言ってほしい。

ちゃんと受け止めるから。

 

ハッキリ言って欲しい。

そこから始めるから。

 

「別に、嫌じゃねぇけど」

 

そう、嫌だってハッキリ――え?

 

「え?」

 

「だ、だから別に嫌じゃねぇっての。その、なんだ、責任ってのもあるしな。お前がそれでいいなら……いやダメだやっぱいまのナシ」

 

まだ何か言いかけてる風だったくせに比企谷は誤魔化すように早口で言い直す。

 

「うぇ!? な、なんでよ、いま嫌じゃないって言ったじゃん!」

 

「いやだから、俺がどう思うとかそういう問題じゃないんだよ。結局それだと解決しねぇだろ。お前の状況を改善するためには俺とは距離を置くべきだろうが」

 

「……あのさ、比企谷。あんた何か勘違いしてない?」

 

「勘違い?」

 

「うちは別にさ、なんていうの、今までみたいにクラスのみんなに優しくされたいとか、そんな風に思ってるわけじゃないんだよね。そりゃ今のまんまでいいとは言えないけど、でもその立場ってうちがやったっことの結果だしさ。それを比企谷に何とかしてもらうとか、そういうのはズルい、と思う」

 

「相模……」

 

「だ、だからその、比企谷が無理して悪者になる必要はない、というか。うちのせいで比企谷がそんな感じになるのとか、なんか嫌っていうか」

 

うあああ、なにこれ超恥ずかしい! っていうか「そういうの」とか「そんな」とかなんでうちってばキッチリ言えないのよ! むしろきっちり言えてないのに既にこんなに恥ずかしいって何なの!

 

「とっ、とにかく! 比企谷って思ってたほど悪いやつじゃないし、むしろ良い――――や、そうじゃなくてっ。その、せっかく壊れた人間関係だし、再出発の一番目が比企谷ってのも悪くないかなって思ったっていうか。とにかくそんな感じだから、比企谷は余計なこと考えないでうちと一緒にいればいいの!」

 

ああもう暑い。つーか熱っつい! なにこれうち何言ってるの? ていうか比企谷もなんで黙ってんのよ。うちばっかり恥ずかしいとか理不尽なんだけどっ。

 

「……………………お、おう。そうか」

 

それだけ!?

 

「な、何か言ってよ」

 

「何を言えっつーんだよ……」

 

「よ、よろしく、とか?」

 

「いやそれは……」

 

「比企谷が言ったんでしょ、同じ最底辺の住人だって。だったら最底辺同士、仲良くしたっていいじゃん」

 

「……お前、まだ根に持ってるだろ」

 

「そう思うんならうちに優しくしてよね、ひひっ」

 

自分でも顔が火照るのがわかる。なんでもないような顔して目を逸らしてる比企谷も真っ赤だし、おあいこってやつかな?

 

それでもうちはちょっとだけ強気に攻めるよ。だって比企谷、嫌じゃないって言ったもんね。比企谷も嫌じゃない、うちも嫌じゃないっていうか、のぞむところだし。ってことは、比企谷とうちが一緒にいて悪いことなんてないってことだよね?

 

「優しくって……」

 

「教室であんな風に悪口言われて、うちもっと立場失くしちゃったかも」

 

「なっ、お前それは」

 

「あーあ。比企谷のせいで今度こそいじめられちゃうかもなー」

 

「ぐっ」

 

「比企谷のせいなんだし、責任とってうちのこと守るのも比企谷の役目だよねー?」

 

「……い、いいのかよ。俺なんかと一緒にいても、立場が良くなったりしねぇぞ」

 

「そんなの最初から期待してないし。それに比企谷と一緒にいればとりあえず一人ぼっちからは脱出できるじゃん? ほら、今より立場良くなってるでしょ」

 

逃げ道なんて用意してあげない。比企谷が嫌だって言わない限り、うちはこれでいいんだって信じる。

 

「ちっ……わかったよ」

 

「ほんとっ!?」

 

「何でそんな嬉しそうなんだよ……まぁなんだ、お前がそうして欲しいって言うんなら断れねぇだろ。その、責任もあるしな」

 

「うんうん、そうだよね、比企谷にはうちを泣かせた責任をちゃんととってもらわないとだよねっ」

 

「頼むからその誤解を招きそうなフレーズはやめてくれ」

 

「へへっ、りょーかいっ」

 

やばい。なにこれ嬉しい。くそー比企谷め、うちをこんな風にした責任もとってもらうんだから! ……って、いやいやなにそれさすがにうちってば比企谷のこと好きすぎじゃない? 違うから、比企谷のことは尊敬っていうか憧れっていうか、そういうのであって、絶対ラブ的なアレじゃないから!

 

 ……ないよね?

 

 

 

とにかくそんな訳で、うちはようやくスタートラインに立てた、んだと思う。

だってうちの目標は比企谷の居場所を作る――ううん、比企谷の友だちになることだから。

 

今はまだ、今までのいろんなことを脇にどけて、比企谷と一緒にいることを認めてもらえたに過ぎない。責任取ってよ、なんて言ったけど、本当はうちが責任を取らなきゃいけないんだよね。

 

でもとにかく、これが第一歩。

比企谷の近くにいて、比企谷に向けられる悪意とか、比企谷が自ら引き寄せてしまう悪意とか、そういうのを少しでも軽くしてあげられたらって思う。それがうちに出来る、比企谷への恩返し。

 

うちの恩返しは、まだまだこれからだ!

 

 

 

 

 

One day… Mobile talk

Minami & Meguri

 

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From:南ちゃん

 

今日は、比企谷が一緒にいてもいいって言ってくれました!

まだ友達にはなれてないけど、それはもうちょっとだけ我慢するつもりです。いままで比企谷をたくさん傷つけちゃった分、これから比企谷が受ける傷を少しでも減らせたらいいなって、今はそれだけです。

いつか比企谷に許してもらえたら、じゃないのかな。うちが自分を許すことができたら、その時こそちゃんと言えたらいいなって思います。

今日うちが頑張れたのは先輩が勇気をくれたからです。ありがとうございます!

 

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From:めぐり先輩

 

まずはおめでとうだね、南ちゃん。

比企谷くんも南ちゃんもとってもいい子だから、南ちゃんの願いが本当に叶う日もきっと遠くないって私は思うな。あまり気負わないで、比企谷くんと仲良くすること。先輩との約束だよ!

 

P.S.

比企谷くんと仲良くするのもいいけど、私だって南ちゃんのお友達なんだからねっ!

 

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From:南ちゃん

 

めぐり先輩カワイ過ぎます!

 

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From:めぐり先輩

 

えっ

 

 




なんか後半最終回みたいになりましたが別にまだまだ終わる予定はありません。とりあえず「第一部・完」といったところでしょうか。

八幡が相模の申し出を受け入れるのにはもしかしたら違和感があるかもしれませんが、実は、というか当然というべきか、八幡は相模の言う「責任」を取ることを承諾しただけで相模自身を受け入れたわけではありませんので、ご理解のほどを。
二人の距離は縮まったようで、実質あまり変わっていません。自分で書いててなんですが、面倒クセェなこいつら! ……まぁそれでこそ八南ということで。

さて、次回からは修学旅行編に入っていく予定です。このSSでは相模、八幡、めぐり先輩のほかにもう二、三人ほど主要キャラを考えていますが、次回辺りからちょっとずつ出てくるかも……出てこないかも……無計画ですいまえん。

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