対する相模視点の書きやすさたるや。作者に優しい相模が大好きです。
頑張るとしますかね、などと柄にもなく意気込んではみたものの。
実際のところ俺が手にしている解消策は俺一人の力では実行できない。事態の中心人物、相模自身が最初の行動を起こしてくれなければ効果半減、事態の収拾は見込めない。最悪の場合は俺の方から相模を煽って動いてもらうことも考えなければならないが……恐らく何かしら動きはあると踏んでいる。
あの相模に任せるというのは一見悪手だが、今回に限って言えばそう分の悪い賭けでもないだろう。
いつものように机に突っ伏してホームルームの開始を待ちながら、俺は昨日の放課後に思いついた計画というにはお粗末なアイデアについていくつかのパターンを構想していた。
相模の行動次第で展開はいくつかに分かれるが、まぁ俺がやることは変わらない。体育祭ではある意味全校生徒に対する加害者になった相模。それが原因で孤立しているなら、彼女をもう一度、完膚なきまでに被害者にしてやればいい。要するに、文化祭の時に屋上で俺と相模の間にあったことをこの教室で再演してやればいいだけのことだ。
懸念となるのはこの教室には俺の思惑に気づきかねない人間が数名いることだが、それを加味しても勝算は充分にある。
こちらの思惑に気づきそうなのは由比ヶ浜、葉山、そして相模本人。由比ヶ浜と葉山は俺を止めようとするかもしれないが、それならそれでいい。クラスの人気者である二人と対立して見せれば、相模に向いている警戒心を俺に向けさせる意味では成功だ。
そして相模本人。どういうわけか文化祭の時の俺の思惑を感づいていたみたいだが、そうは言ってもプライドの高い相模のことだ。俺に好き放題言われればキレるのも時間の問題だろう。昨日ハッキリ「嫌い」とお墨付きをもらってることだしな。
何がきっかけで爆発するかわからない、と思われている相模が怒って当然の罵倒を受けてキレるか泣くか、どちらになるかわからないが、どちらでも成功だ。
わからないから怖いのなら、わかりやすくしてやればいい。事態の解消策は至ってシンプルだ。文化祭の一件はすっかりクラスにも知れ渡っていることだし、むしろ今まで半信半疑だった連中も文化祭で相模が被害者だったと確信するだろう。
その理不尽感を演出するためには、相模の方から歩み寄ってもらわなければならないのだが、そこで昨日の相模とのやり取りが生きてくる。
『うちを一人にしないように、一緒にいてくれればいいんだよ』
あんなことを言い出すくらいだ、一人ぼっちにだいぶ耐えかねていた相模の方から俺に接触してくるのも時間の問題だろう。あとはそれを、思いっきり冷たくあしらってやればいい。
ちらりと腕の間から教室後方を盗み見る。
相模はまだ登校して来ていないが、朝練を終えた葉山グループの面々は既に全員が揃っていた。もちろん、その隣には三浦率いる女子グループの姿もある。
あとは相模を待つだけだな。
「八幡、おはよ!」
不意に福音もかくやという、聞くだけで心に幸福が満ちていく声が俺の名前を呼んだ。天使のお迎えかな?
その声に誘われるまま顔をあげるとそこには――。
「……なんだ天使か」
「て、天使? えっと、もしかして八幡寝ぼけてる?」
天使――もとい戸塚は「はちまーん?」と愛くるしい発音で俺を呼びながら顔を覗き込んでくる。なぜ戸塚はこれほど愛らしいのか。むしろ戸塚はなぜ男なのか。
「八幡? 八幡ってば!」
「お、おう、悪い戸塚。ちょっとぼーっとしてたわ」
「えっと、何か悩み事? 部活の依頼とか、かな?」
葉山たちと同じく、朝練を終えてきたのだろう。ほんのりと運動の予熱で顔を上気させている戸塚は、気遣わしげな視線を俺に向けてくる。
「いや、いまは依頼は受けてないな。戸塚からの依頼ならいつでもウェルカムだから遠慮しなくていいぞ。むしろ個人的に二人きりで相談してくれても構わん」
「あはは。困ったことがあったらそうするね。……八幡も、困ったことがあったら言ってね」
「――おう。その時は頼むわ」
嘘はついていない。本当に戸塚の力が必要なら俺は迷わずに戸塚を頼るだろう。本当に必要なら、な。
戸塚は少しの間黙って俺を見ていたが、すぐにニコッと可愛らしく微笑むと席に戻って行った。……最後の微笑みがどことなく小町のそれとダブって見えたのは気のせいだろう。戸塚と小町の融合とか地上最強の愛されエンジェルが誕生しちゃうからな。
戸塚が席に戻ってからほどなくして、背中に感じていた教室の空気が硬くなった。
「あ……お、おはよー南ちゃん」
「おはよ、さがみん!」
「うん、おはよ」
聞こえてきた声に、戸塚との至福のひと時で緩んでいた意識を引き締める。さて、最初が肝心だ。朝のうちに接触してくるかはわからないが、いつ来てもいいように心の準備はしておかないとな。
* * * *
昼休みになったが、相模は行動を起こさない。しかしこの半日の間、意識して相模の様子を観察していた俺は自分の見通しが間違っていなかったことを確信していた。
休み時間のたびに寝たふりをする俺に相模がちらちらと視線を送っては席を立とうか迷っている気配を大いに感じる。俺の方からの接触を期待しているようだが、あの様子なら俺にその気がないとわかって自ら動き出すまでそう時間はかからんだろう。溺れる者は藁をも掴む、孤独な相模は言わずもがなだ。
相模との接触は人のいる教室でなければならない。朝と放課後以外では一番時間に余裕のあるこの昼休みに相模が行動を起こす可能性は高いので、必然的に俺も教室に残ることになる。由比ヶ浜は部室で雪ノ下と昼食だろうから、これは都合がいい。
……いやほらアレだよ? 相模と大喧嘩してる最中にアホ発言かまされて空気緩んじゃうと困るとか、そういうことだから。決して俺の悪行に由比ヶ浜が胸を痛めるかもしれないなんて自意識過剰な勘違いをしているわけじゃない。
ともかく、今日はベストプレイスでの昼食はお預けだ。くそう、貴重な戸塚分の補給を邪魔するとは、やはり相模は厄介の種だな間違いない。
とはいえこれも健全な放課後のためだ。
それに、雪ノ下ほどではないが俺だって相模の今の状況には責任を感じているのだ。文化祭の件は痛み分けとしても、体育祭での相模の悪評、その決定打となった自由参加の案は本来は俺が提示したものだ。本来は俺が受けるべき責めを、相模に肩代わりさせたままにするわけにもいくまい。
だからこれでいい。これで正しい。
責任の所在をはっきりさせ、本来あるべき場所にそれを戻すだけのことだ。
そして、視界の隅で相模が立ち上がった。
その視線が伏し目がちに、しかし確かに俺に向けられているのを感じる。これは勘違いじゃない、こういう緊張感のある視線に俺は敏感なのだ。
「――ちょっと。比企谷」
来た。
遠慮がちに、しかし何か明確な決意を秘めた顔で、相模が俺の前に立つ。
「…………」
「比企谷? ……ちょっと、思いっきり目合わせて無視とか無理があるでしょ」
「お、おお」
っぶね、相模の表情が見たこと無いくらい真剣で思わず見返しちまった。
とはいえ結果オーライだ。今の相模の苛立たしげな声でクラスの何人かが俺たちに視線を向けた。クラス中から爆発を警戒されている相模と、その相模を一度爆発させた実績のある学校一の嫌われ者。それが前触れ無く対面しているんだからそりゃ注目もされるってもんだろ。
役者が舞台に上がり、観客が揃った。
「……うるせえな」
――――さぁ、ショータイムだ。
* * * *
「……うるせえな」
低く、だけどたっぷり息を込めたよく響く声。予想外の反応にうちは思わず息を呑んでしまった。
「あんま、気安く話しかけんじゃねーよ。お前のせいで俺がどんな目に遭ったと思ってんだよ」
なんで? どうしてなの、比企谷。
昨日はうちの話、ちゃんと聞いてくれたじゃん。気にすんなって、言ってくれたじゃん。
「陰口だけじゃ物足りなくなったワケか? それで直接嫌味でも言いに来たのかよ。悪いけどそれにいちいち付き合うほど俺も暇じゃねーんだわ」
やめてよ、比企谷。
「つーか、俺なんかの相手する前に自覚しろよ。今じゃお前も俺と同類、クラスの爪弾き者だろうが。偉そうに俺を見下して悪口を言うよりまず、自分の立場をしっかり確認した方がいいんじゃねぇの」
「うち、うちは……」
なんで、なんでそんなこと言うの?
うちが比企谷に何かした? って、そりゃいっぱい嫌なことしてきたけど、でも、だったら何で昨日、そう言ってくれなかったの? 昨日までのうちだったらきっと、嫌いだって言われても、最底辺だって言われても、その通りだって納得できたのに。
比企谷と話して、城廻先輩と話して、もしかしたらって思ったのに。もしかしたらちゃんと謝れるかも。もしかしたら受け入れてくれるかも。もしかしたら許してくれるかも。
もしかしたらこんなうちでも、赦されるかもって思ったのに。
なんで、どうして、今になってそんな。
そんなわかりきったことを、言うわけ?
「あんだけ俺の悪口言ってたのに、肝心なことはもう忘れたのかよ。たしかあの時言ったろ、お前も俺と同じ――」
ああやっぱり。同じだ。比企谷はアレを言おうとしてるんだ。文化祭の、あの屋上の時と同じことを。
ねぇやめて、やめてってば。そんなのわかってる。
うちが一番わかってるよ。比企谷と同じどころか、比企谷よりずっと最低な人間だって、今はよくわかってる。文化祭で、体育祭でみんなに迷惑かけて、比企谷のことたくさん傷つけて、みんなに嫌われて、今のうちは、名実ともに。
「最底辺の」
――最底辺の世界の住人だよ。
「……っさい」
「あ?」
「うっさいって言ってんの! いいから黙れ、このっ、ばあああああかっ!」
パンッ!
……ぱん?
いまのって何の音? もう、うちだって言いたいことあるんだから変な音出して邪魔しないでよ。
「ちょっ、さがみん!?」
「相模さん、ちょっと落ち着いて。比企谷も、いまのは言い過ぎだ」
もう、ゆいちゃんも葉山くんも何なの?
うちはちょっと比企谷に言い返しただけじゃん、そんなの別に、慌てて止めるようなことじゃないよ。
……あれ、なんか、右手が熱い?
「……ってぇ」
なんで比企谷、急に顔押さえてんの。
ていうかうち、いつの間に手を……手を?
そこでようやく自分が目一杯右手を振り抜いてたことに気づいた。右手がヒリヒリするのにも、比企谷が押さえてる頬がじわりと赤くなっているのにも、その時初めて気づいた。
あれ、これってうち、もしかして。
「――あ、うち……うち」
「いってぇな」
自分が何をしたかようやく理解したうちの前で、比企谷はそう言いながら頬を押さえていた手を下ろした。そしてうちを睨みつける。まるで、あの屋上の時みたいに口の端を吊り上げたキモい笑いを浮かべながら。
屋上の時、みたいに?
「嫌なこと言われたらすぐに暴力とか、子供かっつの。だいたい、お前がそんな風にすぐ感情的になるから体育祭で俺があんな案を出す羽目になるんだ。これでもあのアイデア出すの大変だったんだぞ。全校生徒の自由参加を盾に、現場班に動いてもらおうなんてのはな」
それはまるで、説明するように。
事情を知らないクラスメイトたちに、あの体育祭で何があったか、それを理解させようとするように。比企谷はまっすぐにうちの目を見てそう言った。昨日の昼にはほとんどまともにうちと目を合わせなかった比企谷が、まっすぐにうちを見て、うちにじゃない言葉を話してる。
わかんない。わかんないよ比企谷。
うちバカだから、比企谷がなんでこんなことするのかわかんない。
「いい加減気づけよ。そんな風に自分じゃ何も出来ないから、お前はクラス中から――」
「比企谷、それ以上言うな」
葉山くんが、うちと比企谷の間に割り込むように踏み込む。あの屋上の時みたいに。
比企谷を止めようとするその顔はどこか苦しそうで、それは葉山くんが、あの屋上で起きていることと今この教室で起きていることが同じだと気づいている証だ。葉山くんは気づいていて、それでも止めずにはいられない。きっとそれは、葉山くんが葉山くんでいるために、そうせずにはいられない。
そして比企谷も。比企谷が、比企谷でいるために、アイツが自分で言う「最底辺」であるために。今度はきっと、止まらない。
「クラス中から、嫌われるんだ」
痛いよ比企谷。
比企谷の言葉が、とっても痛いよ。
でもさ比企谷、気づいてる?
アンタの鋭いその言葉で、一番傷ついているのは、アンタ自身なんだよ?
うちには比企谷の考えてることなんてわかんない。比企谷のことだから、きっとこんな風にするのだって、何か意味があってやってることなんだと思う。あの屋上のときだって、比企谷はやるべきことをやっただけ。今だって、何か比企谷にとってやらなきゃいけないことがあるからこうしてるんだろうなって、そう思う。
いまのうちは、あの屋上のときよりも少しだけ、比企谷を知ってるから。
なんでかわからないけど、比企谷はうちを罵りながら、うちよりも自分を悪者にしようとしている。うちが流した噂みたいにもう一度うちを追い詰めて、みんなが知らない体育祭の話を、さも全部自分がやったかのように話して。
もしかしたら、うちは比企谷の邪魔をしちゃうのかもしれない。比企谷がいま助けようとしてる誰かを、助けられなくなっちゃうのかもしれない。だから、どこかの誰か、ほんとにごめんね。それでもうちは、これ以上比企谷に、自分で自分を切りつけてほしくないんだ。
今まで誰よりもうちが口にした心無い言葉で、もう比企谷はたくさん傷ついたんだから。
だから言うよ、比企谷。
こんな空気の中で言うのは、とても怖いけど。それでもうちは言うよ。だってうちは、うちのことは。
『大丈夫だよ、私がちゃんと、南ちゃんの頑張りを見ててあげるから』
ちゃんと友達が、見ててくれるから。
すぅ、と息を吸い込む。いまにも次の言葉を吐き出そうとする比企谷を睨み返す。言う。言うんだ。言うったら言う。言うもん。言えるもん。比企谷なんかに、これ以上好き放題言わせるもんか――――!
「……ねぇ比企谷、うち黙れって言ったんだけど、聞こえなかった?」
あれ、なんか、思ってたより喧嘩腰になっちゃってない? おかしいな、うち、比企谷にもういいよ、わかったからこれ以上言わなくていいよって言おうと思ったはず、なんだけどな。
「あ? 何で俺がお前の指図受けなきゃ――」
「黙って」
「ひゃい」
ぷっ、うちのマジ声にビビってやんの。ひゃい、だって。もう、笑わせないでよね。
「相模さん」
「大丈夫だから。ありがと、葉山くん」
だけどごめん。いまうち、比企谷と話したいから。そこ邪魔。
葉山くんを押しのけるようにして、しっかりと比企谷の前に立つ。うちがこんな風に言い返すなんて思ってなかったのか、比企谷はさっきまでの威勢の良さはどこへやらすっかり動揺が顔に出ちゃってる。うん、キモい。
「あのさ比企谷、今年の文化祭実行委員長って誰?」
「は? 何言って」
「誰?」
「……相模」
「ん。で、今年の体育祭運営委員長は誰だっけ?」
「相模」
「そうだよ。で、比企谷、体育祭の自由参加、提案したの誰だっけ?」
「そりゃ俺――」
「そうだよね、委員長のうちだよね。なんだ、わかってんじゃん」
「おい俺の話聞い」
「なのに何? なんでアンタが急に、うちの手柄を横取りしようとしてるわけ?」
「……は?」
「経緯はどうあれ運営委員を回すために自由参加を提案したのは首脳部のトップだったうち。うちの英断で、体育祭はギリギリ回ったわけ。うちの頑張りを勝手に横取りしないでくれる?」
「お、おう、すまん……?」
うちの勢いにつられて比企谷が納得のいっていない顔のまま謝罪する。
「よし、許す」
「……そりゃどーも」
どうやらすっかり思惑を外されて気が抜けているらしい比企谷。さっきまでの冷え切った緊張感から冷たさだけが抜け落ちて、張り詰めてしまった緊張の糸のほぐし方がわからなくなってるクラスメイト達。苦笑いを浮かべる葉山くんと、うちと比企谷のどっちに話しかけていいかずっと迷ってるゆいちゃん。
そんな空気の中でも、うちは言うよ。今日は、これを言うために学校に来たんだから。
「さ、比企谷。お昼食べに行こ」
何事もなかったかのようにそう言ったうちを見る比企谷の顔は、今までで一番キモかったけど、でもなんだろう、こいつの変な顔、もうちょっと見てたいかも、なんてね。
という感じで、第三話も次回に続きます。
まぁ三話の山は越えたので、次回はもう少しゆるい感じで行きたいですね(願望
基本的には原作文化祭編の焼き直しですが、八幡のことを知っていて、城廻先輩という味方を得たさがみんは少しだけ、やれば出来る子に成長しています。文化祭では一方的に言われっ放しで被害者に徹していた相模の反抗は、クラスの人間関係に、そして八幡にどんな変化をもたらすのか。次回にご期待下さい。
……いやあの、やっぱあんま期待しないでください。そんな大した話でもないんで。次回は多分さがみんと八幡がごはん食べながら互いの思惑のネタバラシをするだけです(という盛大なネタバレ)。
ーー以下、作品に関係ない話ーー
前話までに比べて更新が遅くなりまして、すみません。決して忘れてたわけじゃないです、ただ最近ちょっと映画観るので忙しくて(最低の言い訳)。まぁ忙しいというのはアレにしても、どうも洋画ばかり見てたもんでラノベとかSSのテンションになかなか戻れなくて筆が進まず…精進します。
ちなみに何を見てたかっつーといまさら『バイオハザード』1〜3とか、絶賛上映中の『沈黙-サイレンス-』『マグニフィセント・セブン』、古いところで巨匠ヒッチコックの『逃走迷路』、ドB級映画の『ダークナイト・レディ』とかです。
時代もジャンルもバラバラですが、どれも私なんぞのSSよりよっぽど面白いのでみんな映画観ようね。