比企谷八幡を助ける。
言葉にすればたったそれだけのことだけど、それはうちにはとても難しい。なにしろ当の比企谷がうちのことが大嫌いだろうから、そもそもうちが何かしようとしたって受け入れてくれないだろうし。
……なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。
昼休み、全ての疑問の答えと引き換えにまたもや醜態をさらしたうちは、教室に戻ってきてから、午後の授業もそっちのけで昼に思いついた「比企谷を助ける」方法についてアレコレ思案していた。
比企谷に対してうちが出来ること……ううん、出来るっていうか、これはしてやりたいこと、だと思うけど。
それはアイツに、教室での居場所を作ってあげること。
多分比企谷は嫌がると思う。それはうちの申し出だからってことだけじゃなくて、誰かに心を許すってこと自体が、アイツの主義に反するだろうから。
でも、そんな比企谷だから、うちが流したくだらない噂を一人で耐えなきゃいけなくなったわけで。
アイツは平気な顔してたし、だからうちはアイツは噂なんて気にもしてないんだって苛ついてもっと悪い噂を流してやったりしてた、んだけど……うちってやっぱ最低じゃん。
って、落ち込んでる場合じゃないよね。
とにかく、あんな噂を流されてるのに嫌な顔一つしないなんて、それは逆に言えば必死に気にしないフリをしてた証拠じゃん。気にしないフリをしなきゃいけないくらいには気にしてたってことで……ああもう、なんかこんがらがってきた。
とにかく!
比企谷は捻くれてるし、ぼっちだし、これからも周囲の視線や言葉で嫌な気持ちになることってあるかもしれない。
そんな時にアイツのそばにいてあげられる人が、気にしないふりで一緒にいてあげられる人がいたらいいなって、うちはそう思ったわけ。
これは多分、お節介だと思う。
何より友達ってものに、うち自身体育祭では苦い思いをしたわけだし、友達がいるっていうのが必ずしも優しいことじゃないのは知ってる。
だけど同じくらい、誰かに助けてもらえる喜びをうちは知ってるから。
奉仕部が、城廻先輩が、平塚先生が、最後までうちにチャンスをくれたみたいに。
比企谷が、不器用に乱暴に、うちを助けてくれたみたいに。
だから、今度はうちが比企谷の居場所になってあげればいい!
って、お昼は思ったんだけど……。
うちって、ばっっっかじゃないの!?
比企谷とうちが一緒にいるとか、うちはともかく比企谷にとっては嫌がらせってレベルじゃなくない!?
比企谷の人となりがなんとなくわかって、文化祭での疑問も解けて、いまのうちに比企谷を嫌う理由なんてないからすっかり忘れてたけど、比企谷にはうちを嫌いになる理由なんて山ほどあるし。
だとしたら、うちと一緒にいるなんて比企谷にはお節介どころか迷惑だよね……?
でも、クラスから孤立してるいまのうちじゃ、誰かと比企谷を仲介するなんてことも出来ない。
じゃあ、うちが比企谷にしてあげられることなんて何にも無いのかな……。
キーン コーン カーン コーン……
っと、気づいたらホームルームも終わってた。
放課後だし、昼にあんなこと言った手前、やっぱりここは比企谷に「じゃあね」の一言くらい言っておくべき、だよね?
と、うちが席を立とうとした時、ぱたぱたとうちの横を早足で通り過ぎていく人影があった。
「ヒッキー、一緒に部室いこ?」
「……おう、じゃあ先行ってるわ」
「頷いたのに拒絶!? そこは待ってるって言ってくれるとこじゃないの!?」
「なんで待たなきゃいけないんだよ……いいからさっさと荷物とってこい」
「! うん、待ってて!」
――ああ、そっか。
休み時間とか大抵いつも一人だし、昼休みもあんなところでご飯食べてたから忘れてたけど。
いまの比企谷にもひとつだけ居場所と呼べるものがあるんだっけ。
奉仕部。
ゆいちゃんと、雪ノ下さんと、比企谷。
うちの知らない何かで、しっかり繋がっているあの不思議な部活。
そこにはきっと、うちの知らないものがたくさんあるんだろう。
うちなんかが気安く立ち入れない、侵しがたい、何かが。
……放課後は、うちは邪魔しない方がいいよね。
上げかけた腰を、結局椅子に下ろして、うちはここ最近ですっかり身についてしまった寝たふりに興じることにする。クラスの「ともだち」からの、遠慮がちなじゃあねとか、また明日とか、そういう言葉を聞かなくていいように。
……そういえばこれも、比企谷を見てて気づいた方法なんだっけ。
こんなところでも、うちは知らず知らずのうちに比企谷に助けられていたんだな。
その事実はもう、不愉快ではない。
ただ、比企谷の知らないところでさえ比企谷に影響を受けている自分が、ちょっと情けない。
でも、たぶんそれが今のうち、相模南なんだろうな。
自分一人では、立っていることさえままならない、不安定な足場の上にいる。
誰かを見下すことで支えにしていた足場を、いまはうちの勝手で比企谷に支えてもらっているんだ。
……こんなうちが比企谷のために、だなんて。
やっぱり迷惑かな……?
机に突っ伏したままそんなことを考えていたら、気づけばクラスの喧騒は収まっていた。
のろのろと身を起こすと、教室にはうち以外は誰も残っていない。みんな部活なり、帰宅なりで移動したんだろう。
うちも、帰らなきゃ。
そう思うのに、見つけたばかりの目標を早くも見失いそうになっているうちの身体は、動き出すのも億劫で椅子によりかかったまま動こうとしない。
そうしていても、何が解決するわけでもないんだけど。
やりたいこととできることが結びつかないって、こんな気持なんだっけ?
文化祭の時は、こんな脱力感は覚えなかったな。体育祭の時は、ちょっとだけ、覚えがあるかも。
「……うち、なにやってんだろ」
ぼーっと机の天板を眺めながら、迷いが口から漏れる。
誰に聞かせるためでもなく、なんなら自分でもほとんど無意識のうちにこぼれたそんな声に、けれど予想外の反応があった。
「あれ、相模さん?」
反射的に、声のした教室の入口を振り返る。
「どうかしたの? なんだか悩み事みたいだけど、私でよかったらなんでも相談してね!」
「城廻、先輩」
覚えててくれたんだぁ、とにこやかに微笑んで見せたのは、我が校の愛され生徒会長、城廻めぐり先輩だった。
* * * *
「紅茶でよかったかな?」
「あ、はい……あ、りがとうございます」
差し出された缶を受取り、つっかえ気味になりながらもなんとかお礼を口にする。
ちょっと場所を変えよっか、という城廻先輩の提案で、うちと先輩は中庭のベンチに並んで腰掛けていた。
飲み物は、この中庭からすぐの廊下の自販機で先輩が買ってきてくれたものだ。財布を出そうとしたら「先輩にまかせなさいっ!」と可愛らしく胸を逸らしてえっへんと威厳を見せつけられたのでお言葉に甘えることにした。
「やー、なんだか久しぶりな感じだね。実行委員会で毎日会ってたからかな?」
「そ、そうかもですね……」
「でも、会えてよかったよー。ちょっと相模さんとお話したいこととかあったんだけど、会いに行っていいのかなーって迷ってたんだ」
にこぱっ、と邪気のない笑顔を向けてくる城廻先輩と対照的に、うちは笑顔がぎこちなくならないよう目一杯顔に力を入れなければならなかった。
城廻めぐり。
うちはこの人のことが、ちょっと苦手だ。
ううん、苦手というより、この人といると気まずい、っていうのが正しい。
生徒会長で、ほんわか天然気味に見えて意外としっかり者。
雪ノ下さんみたいに必ずしも万能ではないけれど、生徒会の仲間や全校生徒から信頼を寄せられる人徳のお人。
みんなと上手に協力して物事を進める、雪ノ下さんとはまた違ったタイプのリーダー。
それは雪ノ下さんと同じく、うちが憧れた理想のリーダーの姿。
彼女は文化祭も体育祭も、不甲斐ないうちをたくさんフォローしてくれて。
それなのにうちは逃げ出したり、委員会を混乱させたりと迷惑ばかりかけて。
いくら城廻先輩が優しい人でも、大事なイベントを二度も崩壊させかけたうちに、この人がいい感情を持っているとは思えない。
そんな負い目があるから、うちはこの人と目を合わせていられる自信がない。
現に今も、目を合わせられなくてついつい下向いちゃってるし。
「ね、相模さん」
自分の分の紅茶に口をつけて一息ついた城廻先輩が、いつもより少しだけ低い声でうちの名前を呼んだ。
思わずびくっと肩がはねる。
まさかこの人に限って、いまになって嫌味や文句を言ってくるなんてことはないだろうけど……でも、だからってじゃあ何を言われるのかって考えたら悪い想像しか浮かんでこない。
だけど、次に先輩の口から出た言葉はうちの予想を盛大に裏切るものだった。
「ごめんなさい」
そう言って、城廻先輩はうちに向かって深々と頭を下げた。
「え……? あ、あの、えっと……?」
予想外過ぎる事態についていけず、咄嗟に出たのは戸惑いの声だけ。
それでも城廻先輩が顔を上げないので、なんとか必死に言葉を絞り出す。
「えと、うち――わ、わたしは、先輩に謝られるようなことなんて……」
「ううん。本当は、もっとずっと前に謝らなくちゃいけなかったんだよ。それなのに私は」
不自然に言葉が途切れる。
城廻先輩は、困ったように眉を八の字にして視線を彷徨わせていた。
私は、とその先に続く言葉が、先輩自身見つけられないみたいな、そんな顔だ。
「ご、ごめんね。言わなくちゃいけないこと、ずっと頭にあったはずなのに、いざ相模さんとちゃんとお話しようと思ったらどう言ったらいいかわからなくて」
ダメダメだね、と気まずそうに苦笑いする。
うちはといえば、この人も言葉に詰まったりするんだなぁ、と当たり前のことを考えていた。
やがて、言葉を探すように視線を彷徨わせていた城廻先輩は一度目を閉じると「よしっ」と気合を入れるように呟いて、うちを見つめた。
「ごめんね、ちょっと先走っちゃったかな。ちゃんと、最初から話すね」
そう言って城廻先輩は話し始めた。
文化祭と体育祭、うちと先輩が関わった二つの実行委員会について。
「えっと……じゃあ、まずは文化祭だね」
まずは、という言葉にいきなり引っかかりを覚える。
ああ、これはやっぱり気づいたら二つの実行委員会についてお小言を言われる流れになっちゃうやつかなぁ。
いや、うちが悪いのも、城廻先輩に迷惑をかけたのも、今となってはキッチリ自覚しているから、お叱りがあるなら甘んじて受けるつもりではいるんだけど……でも、それでも体がこわばる。
「あのね、文化祭で、相模さんをあんな風に泣かせちゃったのは、私の責任だなって思ってるんだ」
え。
いや、それは違うと思う。あれはうちの自業自得だし、部外者――この場合は屋上の顛末を直接見ていない人、ってことだけど――から見た場合はうちを泣かせたのは比企谷ってことになる。どちらにしても、城廻先輩に責任があるなんて誰も思わないはずだ。
「監督不行届きっていうのかな。私がもっとちゃんと出来てたら、あんな風にならずに済んだはずなの」
監督不行届き、という言葉にふと比企谷のことが思い浮かぶ。
そういえば比企谷たち奉仕部と城廻先輩を中心とした生徒会は文化祭のエンディングの仕切りもオープニングと同じく担当していたはず。ってことはうちの不在について対策を考えていた場には城廻先輩もいたってこと、だよね?
じゃあ、監督不行届きっていうのは、うちを探しに出た比企谷の――ってこと?
「あの時、私がちゃんと――」
「ちがっ、違うんでしゅ!」
うぁ、舌噛んだ……。
突然大声を上げたうちを城廻先輩は目を丸くして見ている。
うう恥ずかしい。でも、どうにか先輩からの決定的な言葉は止めることが出来た。
比企谷を止められなかった、と言わせてはいけないんだ。もう、これ以上あの一件を比企谷のせいにしちゃいけない。ましてや城廻先輩のように、誰よりもあのイベントと委員会での失敗を悔やんでるであろう人に誤解させたままではいけない。
紅茶の缶を握ったままでカラカラに乾いた喉が引きつるのを感じながら、それでも先輩に決定的な一言を言わせまいと必死に言葉を続ける。
「あの、ひき、比企谷は、悪くないっていうか……その、逃げ出したうちを連れ戻そうとしただけで、すぐに行かなかったのも、その後のことも全部うちが悪いっていうか、えっと、だからとにかく、比企谷のせいじゃなくて! だから、比企谷にうちを探させた先輩たちは間違ってなかった、と思います……」
勢いで喋ってるうちに、なんか城廻先輩がすっごくうちを心配してたみたいな言い方になっちゃった気がして、最後までハッキリ言い切れなかった。
案の定、城廻先輩はぽかんと呆気にとられた顔でうちを見ている。
やばいよ、また勘違い女の評判が上塗りされちゃう……。
と、縮こまっていたうちの予想をまたしても裏切る形で、城廻先輩はぱぁっと花が咲くように微笑んだ。
「あはは、ごめんね。相模さんが比企谷くんのことそんな風に言うと思ってなかったから、びっくりしちゃったよ。でもよかった。相模さん、ちゃんと比企谷くんのことわかってあげられたんだね」
……あれ?
えっと、なんかおかしくない?
うちはてっきり比企谷を行かせるべきじゃなかったとか、自分が行くべきだったとか、そういう言葉が出てくると思ってた。それはあの時比企谷がうちを泣かせたっていう客観的事実だけを受け取った上で、比企谷が悪いって思ってた場合の言い分だ。
でも、城廻先輩はいま「比企谷くんのことわかってあげられた」って言ったよね?
ええと、じゃあつまり、先輩はあの時の比企谷の思惑に、いつの時点でかはわからないけど気づいてたってこと?
だとしたら、先輩の謝りたいことっていうのは屋上の一件、比企谷のこととは関係ないってこと、だよね……。
や、やっばー……うちってば勘違いしてすっごい恥ずかしいこと言っちゃってない?
「うんうん、ちゃんと自分で気づけたんだね。相模さんは偉いなぁ。……でもね。私が謝らなくっちゃって思ったのは、そのことじゃないんだ」
で、ですよねー……。
なんて恥ずかしさに悶えそうになっているうちと反対に、城廻先輩はまた悲しげに眉根を寄せると話し始めた。
「あのね、確かに相模さんは失敗しちゃったと思う。進行を管理するのも運営側の大事なお仕事だし、ギリギリになっちゃったのはやっぱり委員長だった相模さんの失敗」
お説教、かと思ったけど、城廻先輩の声音にはうちを責めるような色はない。
むしろその声は謝りたいという彼女の最初の言葉通り、まるで彼女自身を責めているようであった。
「でもね、失敗するのは悪いことじゃないんだ。それをフォローするために私たち生徒会執行部がいたわけだし……最初からなんでもできちゃったらその方がおかしいんだよ。だからあの時、私がちゃんと止めるべきだったなぁって、文化祭のあとずっと考えてたんだ」
「あの時って……」
「うん、はるさんが来てたときだよ」
はるさん――えっと確か、雪ノ下陽乃さん、だっけ。
雪ノ下さんのお姉さんで、城廻先輩が尊敬する我が校の伝説のOG。
雪ノ下さんの姉とは思えないくらい底抜けに明るくて社交的で、だけど、そこにいるだけで場を支配してしまうような、そんな不思議な強さと怖さを持っている美人さん。
うちがあの時、文実の自由参加を思いついたのもあの人の言葉がきっかけだったっけ。
「あれは……その、流されちゃったうちも悪いっていうか」
「ううん。はるさんのそういうところ、私はよく知ってたから。雪ノ下さんはほら、はるさんの妹だし。外部参加のはるさんには平塚先生も強く言えないでしょ? だからやっぱり、あの時私がはるさんを止めなきゃいけなかったの。それが生徒会長、あの場にいた全員の代表として私がするべきことだった、のに」
思い返せば、あの時城廻先輩はいつもほわっとしている彼女には珍しく、なにか難しい顔で成り行きを見守っていた。あの時は陽乃さんの後押しもあってあんまり深く考えてなかったけど、もしかしたらあれは、陽乃さんを止めるべきか、自分が口を挟んでいいものか、と迷っていたのかもしれない。
「雪ノ下さんがすごく頑張ってくれて例年より進行は早かったし、少しくらいなら大丈夫かなって思っちゃったんだよね」
城廻先輩は本当に申し訳なさそうにそう言うけれど、それはうちだって同じだ。むしろあの時点で迷っていた城廻先輩と違って、うちは状況を完全に楽観視してた。雪ノ下さんへの嫉妬っていうかやっかみっていうか、そういうのもあったし。
だからやっぱり陽乃さんの言葉で勝手に調子づいちゃったうちが一番悪いと思うんだけど……多分、城廻先輩に言わせればそれを止めるのが会長の責任、ってことなんだよね?
「あれがきっかけになって相模さんも追い詰められちゃった、んだよね? だから、ごめんなさい。大好きな先輩の言葉だからって、私が自分の責任を投げ出しちゃったせいで、大事な後輩に大変な思いをさせちゃったね」
「城廻先輩…」
やばい泣きそう。
城廻先輩は本当に申し訳ないと思って謝ってくれてるんだと思う。その気持はすごく伝わってくる、んだけど、正直そんなことより、うちなんかのことを「大事な後輩」って呼んでくれたことが嬉しすぎて謝罪とかもうどうでもよくなっちゃったんだけど!
最近はみんな、うちには気を遣ってばかりで本当に大事な、なんて思ってくれる人はいなかったんだもん。
「それから体育祭だけど」
おっと、勝手に感極まっちゃってたけどまだ続きがあったんだっけ。
って、体育祭かぁ……ううん、ここまでの流れ的にうちの失敗を責めようなんて気はないんだろうけど、だとすると体育祭のことはもっとよくわからない。うちが迷惑をかけたことはあっても、体育祭では城廻先輩には助けられた記憶しかないんだけど。
「体育祭のことは、その、どう言ったらいいか迷っちゃうんだけど」
「は、はい」
「でも、この際だからハッキリ言うね。私さ、ほんとは相模さんに委員長任せるの、反対だったんだ」
「――え」
それは、文化祭の経緯を考えれば当然のようで、だけど実際に体育祭で対面していた城廻先輩の様子からは想像できないことだった。
最初に奉仕部と一緒に委員長就任を打診してきたときから、首脳部と現場班の間の対立が深刻化した時も含め、一貫して城廻先輩はうちが委員長を務めることを後押しするように動いてくれていたはずだ。
その城廻先輩が、うちが委員長やるのに反対してた、ってどういうことなんだろう。
「体育祭のときは、まだ文化祭のことが私の中でも整理が出来てなくてね? 相模さんのことはもちろんだけど、比企谷くんのこと、雪ノ下さんのこと、委員会全体のこと、それからはるさんのこと、とか。だからほんとは、相模さんに任せて大丈夫かなって不安だったんだ」
「あの、えっとすみません……」
「あっ、ごめんね? 違うの、相模さんを責めてるわけじゃないんだ。結果として、相模さんは途中からすごくしっかり頑張ってくれたし」
途中から、というあまりにも真っ当な評価には愛想笑いしか出来ないけど……でもよかった。うちのことを大事な後輩って言ってくれるこの人を、ただ失望させただけじゃなかったってだけでも、いまのうちは救われる。
「ただ、私は文化祭の時と違って、純粋な気持ちで相模さんのこと応援できてなかったなって、思ったんだ。たぶん、相模さんを応援してる気持ちの何処かには、相模さんに任せた私は間違ってない、って信じたい気持ちがあったんだと思うの。そんな個人的な感情で、相模さんを矢面に立たせることになっちゃって……その、フォローもちゃんとしてあげられなかったし、大変だったよね? それに何より、最後の最後まで頑張って踏みとどまってくれた相模さんを、本気で信じてあげられなくて、ごめんなさい」
そう言って目を潤ませた城廻先輩は再び頭を下げる。
下げられたうちは、あまりの衝撃に口をぱくぱくさせることしかできない。
だってそんな、そんなのって。
初めからうちのこと信じてなかった、なんて。
――そんなの、こんなに必死に頭下げるようなことじゃなくない!?
そりゃ、あの体育祭の渦中にいたうちだったら、数少ない味方だと思っていた城廻先輩に「あなたが委員長をやり通せるとは信じてない」って言われたら凹むとか、怒るとかしたかもしれない。ていうか、実際雪ノ下さんに似たようなこと言われてカチンときたりしてたし……。
けど、そんな不信感なんてあの時のうちはちっとも感じてなかったし、知らなかった。
黙っていればただうちに味方してくれてた優しい先輩、ってことで済んだはずのこと。しかも気持ちはどうあれ、うちを支えてくれていたのは事実で、そこに嘘はない。
なのに、信じてあげられなかった、フォローできなかった、ってだけのことを、こんなに本気で謝ってくれるなんて、城廻先輩ってばいい人過ぎるよ……。
うう、最初に引き受けた時は「何かあったら城廻先輩がなんとかしてくれる」なんて考えてたうちが恥ずかしいよ。
「だからね――」
と、頭を上げた城廻先輩が両手で紅茶の缶を握ったままのうちの手を包み込むように握る。
その目には今にも零れそうなほどの涙が溜まり、唇は震えている。
大事な後輩って言われた直後のうち並みかそれ以上に感極まった様子の城廻先輩の妙な迫力に気圧されながらも、その透き通った両目にじっと見つめられたうちは目を逸らすことができない。
城廻先輩は震える声で言う。
「許してもらおうとは思わないよ。でも、たくさん困らせちゃったから、私にできることがあるなら手伝いたいんだ。だから相模さん、悩みごとがあるならなんでも言ってね?」
……ああ、そっか。この人が本当に言いたかったのは、これなんだ。
謝りたい、っていう言葉ももちろん嘘じゃないと思う。でもそこには、城廻先輩自身が言っていたように迷いがあったはずなんだ。それは多分、本当のことを話せばうちが傷つくかもしれないから。
でも、うちが悩んでるのを見て、城廻先輩に迷惑をかけた負い目から相談しにくいってのも見越して、ただ一言「なんでも相談して欲しい」って言葉をうちに届けるために、この人は泣きそうになってまで本音を話してくれたんだ。
じゃあやっぱり、うちも応えるべきだよね? ――ううん、違う。あの最悪な委員会を二度も経験した上で、こんなにもうちを大事に見守ってくれる先輩に、うちは応えたい。
「……じゃあ、その、うちの悩み、聞いてもらってもいい、ですか?」
絞り出すようにうちがそう言うと、城廻先輩は目尻にたまった涙を一筋こぼしながら、とても嬉しそうに顔をほころばせた。
もっそい行き当たりばったりで書いてるのが透けて見える第二話。
本来なら次話分で一区切りなのですが、やっぱり長くなったので分割。
逆に次回はそんなに長くならないんじゃないかな。知らんけど。
ということで第二話のメインはめぐめぐめぐりん、めぐ☆りっしゅこと城廻めぐり先輩でした。
八南ってなんだっけ…と思うくらいの八幡の影の薄さですが、まぁ八南が前置きナシに急接近してもアレですし、クッションということで一つご勘弁を。
っていうか予想以上にめぐりん難しい。こんな話し方だったっけか。
城廻先輩は文化祭関連ではある意味一般生徒代表みたいな側面がある(相模の事情とも八幡の思惑とも切り離されている)ので、文化祭以降「学校一の嫌われ者」になった八幡への対応は冷え切っていたことと思います。
が、体育祭では奉仕部との共同戦線を通じて八幡への認識を改めていたり、相模にもう一度チャンスを与えるべき、という雪ノ下の説得に応じたりと、後輩のことを見ていないわけでもないと思うのです。
そんなめぐりんなら、二度のお祭を経て二度目の「最低だね」を通じて和解した八幡だけでなく、相模のその後や、八幡や相模にあんな行動を取らせてしまった自分の行動についても省みているんじゃないかなぁ、省みていて欲しいなぁ、という思いからこのエピソードが生まれました。
また、陽乃に対しても少し思うところがあって欲しい……とここまで行くと作者の願望が色濃く出てしまっている感が否めませんが。
そんな感じの第二話前編でした。後半へ続く。