少年/戦姫絶唱フェイト・シンフォギア   作:にゃはっふー

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聖杯を求める人間は、多くは人生を狂わされる。

なら人間ではない存在が求めれば?

それは、人類が被害に遭うだろう………


55話・理想の聖杯

 蒼穹の世界で、セイバーは静かに語りだす。それはまずは、

 

「俺が所持する聖杯。聖杯の特長は知っているね?」

 

「ええ」

 

 マリア、切歌、調、エルフナインが静かに頷く。

 

「七人のマスターに、七の位、七の英霊が現れ、六の英霊の魔力でだいたいの願いを叶える願望機。彼の話だと、結局のところ、魔術師達の触媒程度だの、争いの切っ掛けだのと教えられたわ」

 

「違わないね」

 

 そして椅子に座りながら、指を鳴らし、モニターのように画像が生まれる。

 

「保存庫の中に保管された記録。聖杯の一例、冬木の聖杯と言うものだよ」

 

「これが?」

 

「これは大と小に分けられて、儀式による聖杯戦争で勝利者に渡されるのは小の方。大の方は土地に根付き、長い年月をかけて、地脈の魔力を枯渇させずに、小聖杯を生み出す。言わば魔力炉心。これにより器さえあれば、だいたいの願いを叶える小聖杯を、定期的に生み出す。が、人の業は深すぎた」

 

「確か、汚染されたって言ってた」

「デスデス」

 

 それに静かに頷き、ある青年を映し出す。

 

「彼の者は反英雄アンリマユ、とあるマスターが違反行為をして召喚し、聖杯へと捧げられた」

 

「違反? それが許されたの?」

 

「違反と言っても、魔術師達が決めたルール。違反なんか簡単にできる。何とも人らしいことだ」

 

 そしてその特性を説明する。

 

「彼の伝承はゾロアスター教にあり、我らが世界では生贄にされた青年を指す」

 

「生贄?」

 

「ある村で何も悪いことをしていない、かつ功績も持たない平凡な青年が、生贄として選ばれた。内容は悪行全てを彼の中に閉じ込め、彼の所為にすること」

 

「デス?」

 

 それに切歌は意味が分からないと言う顔をするが、そう言う儀式と断言する。

 

 青年がいるからこの世から悪は消えず、争いは絶えず、疫病が流行り、無条件で怨む相手として選ばれ、死んだ。

 

「酷い………」

 

「そして彼の特性は、英霊の座に登録された。彼の怨念が、その伝承が、反英霊として彼を英雄と言う枠組みに収まった。それを取り込んだ聖杯は欠陥化し、全てを壊すことで願いを叶えると言うものに変わる。当たり前だ」

 

 そして、別の聖杯もあると、色々見せる。

 

 ある聖杯は人類外によりもたらされた太陽系最古の聖杯。

 

 そんな聖杯を巡る記録も見せられた。

 

 そして多くの無関係な人々の死。

 

「酷過ぎる………」

「魔術の秘匿、そのためだけに、こんな所業………」

 

「この程度で青ざめるのなら、血を濃くする行為なんて馬鹿げた行為も平気でする。言葉だけでいいね」

 

 それにマリアは目を見開く。同じ話を少し知っているからだ。

 

 そんな世界で生まれた聖杯。そして、

 

「そしてここは理想の集まる場所。我が理想は血まみれの理想もある」

 

 一人の男の子は、母と父の幸せを願い、地の女神にその身を捧げ、不純なる想いなど無いと、国民に告げる儀式。母と父は涙し、弟達も泣いていた。

 

 白銀の騎士は、最後まで自分を貫き、死する。それに一人の少女は涙を流す。

 

 三姉妹の女神の為、全ての敵となり、世界を壊した男が死ぬ。末の女神は涙を流す。

 

 流れる涙と、理想に死んだ魂を受け止めるは、

 

「ここの聖杯………」

 

 今度は欲する心など無い、静かな悲しみしかない。

 

 ここにあるのは悲しい力。

 

「誰かの為に戦ったのに報われなかった、救えなかった、助けられなかった」

「なのに、無かったことにもされる、記録と記憶………」

「そんな人達の思いも無視した、身勝手な言い分の力デス」

 

 全員がそう呟く中、当たり前のように平然と、

 

「そうだ、押し付けられると言うことはそう言うことだ」

 

 望んだ者もいれば、望んで得た力で無い者もいる。それにより、背負いたくもない重いモノを背負い、彼らは散り、愛する者達に涙を流され、そして血を流す。

 

 それらの話を語るのは、果たして彼らの物語や想いを知っているか。答えは両者、極端と言える。深く考える者もいれば、いない者もいる。

 

 それら全てを受け止めるのは、理想の聖杯。

 

 そして、

 

「そしてここにある力は全て偽物だ」

 

 そう本人が言った。

 

「ふざけないでッ!!」

 

 テーブルを叩き、叫ぶマリア。

 

 ここにある全てが偽物なら、彼らはなんなんだ。

 

 愛する全ての為に戦い、時には悪、報われず、それでもただ愛した者達の為だけに生きた。

 

 それが偽物?

 

「いまなら彼女の怒りも分かるわ!!」

「この人達、たとえ全く違う自分でも、心はここにある」

「大切な人への想いは本物デスッ」

「その人達を、貴方は偽物と、自分を偽物と言うんですか!?」

 

「ああ」

 

 その時、反射的に三人の装者がギアを纏う。

 

「その顔で」

 

「あの人の顔で」

 

「そんなことを」

 

「「「言うんじゃないッ」」デス!!」

 

 反射的に攻撃をするが、無数の剣が降り立ち、その攻撃を阻む。

 

 そしていつしか、骸がそこにある。

 

 血を流し、傷だらけの理想がそこにいた。

 

「それでも構わない、愛する者に、輝く明日を渡せるのなら」

 

 世界は荒野に代わり、夕焼けを背に、彼は立ち続ける。

 

 三人や、エルフナインの前に立つは、理想。

 

 足に刃を差し込み、無理矢理立ち、身体に如何なる攻撃を受け止める。

 

 それでも武器を手放さず、けして後ろを見せず、ただ張り付けられたように、そこに在り。

 

「この身は押し付けられた理想。されど、俺達は望む、それ以上を」

 

 ある者は竜になる。

 

 ある者はもう一面の英霊としている。

 

 ある者は理想を引き抜き、正義の味方をはり続ける。

 

 ある者は大切な人達の為に、人類史を修復する。

 

 ある者は月の王者になる。

 

 そして………

 

「神々だろうが世界だろうが、如何なるモノも、俺は倒すッ。大切な、愛したものを救う為なら、俺の命なぞ不要ん(いらん)ッ」

 

 それがこの世界に生まれた、もう一人の抑止力と重なった。

 

 瞬間、ギアは解け、世界は元に戻る。

 

「………貴方達は」

 

「俺は涙を流させると知りながら、理想しか見えない愚か者。いずれ理想に溺死して、同じ末路に至り、あの溢れる聖杯の一部になる」

 

 その事実に首を振りたくなるが、思ってしまう。

 

 彼は、彼ならばきっと………

 

「星と霊長は、この世界でも作りたいんだよ」

 

「どういうこと」

 

「理想の聖杯、森羅万象、神々ですら手を伸ばすことができない、絶大なる絶対な神秘の塊。たった一人の男が血の歌歌う歌姫達に捧げるだろう、それを」

 

 それに全員が戦慄し、拳を強く握る。

 

 ここにあるのは、誰の物でもない。きっと、あの場面や、彼らのものだ。

 

 それを手に入れようとしている。それを聞き、彼は静かに頷く。

 

「そんなこと可能なの………」

 

 怒りを飲み込み、静かに聞くマリアに、静かに頷く。

 

「この世界はアスカが異常の存在だが、俺なんだ。聖杯の中身には成れる。生きた英霊とでも言えばいいのか? 君達は聖杯の中身を、聖杯に取り込まれる前に口にしたようなものだよ」

 

「アスカさんと言う中身を、聖杯にする気なんですかっ」

 

 エルフナインの言葉に頷きながら、だからこそ、

 

「三人に血を接続させた、聖杯へのアクセスを強めさせた。聖遺物シンフォギアと合わせた」

 

「それは」

 

「理想の聖杯は無限に有りながら、唯一無二の物と言う、矛盾する概念だ。一つの聖杯から、夢幻と言う名で無限にある中身と繋がっている。いずれかの世で、俺と聖杯を繋げれば、全ての理想の聖杯を運用可能だ。そして」

 

「いまのアスカは最も深く、聖杯と繋がっている。聖杯の中身として一番?」

 

 マリアの問いかけに頷きながら、

 

「あの魔術師は、君らギアを使い、龍崎アスカと言う、本来なら英霊の座に登録されないように、細工されている存在ではない彼を使おうとしている。中身と聖杯の繋がりを強化してね。理想の聖杯とギアがかみ合っているからできる芸当だ」

 

「理想の聖杯と………」

 

 その時、エルフナイン達が静かに考え込む。すると静かに水があふれだして、驚くことよりも早く、透き通った水の中にいる。

 

 そして、

 

「シンフォギアと装者、二つを結び付ける想いは」

 

 それに気づいた様子に微笑み、フードをかぶると血を流し続ける彼は、荒野へと還る。

 

「待ちなさいッ」

「貴方はずっとそこにいる気なの!!?」

「デスっ」

 

 そこにいるのは永遠に一人でいるようなもの、そして永遠に血を流すこと。

 

 誰かに愛されながらも、きっとずっと辛く、酷い人生だ。

 

「マーリン辺り、基本的に乗る気が無いから、君ら三人に同時接続して異常を知らせたんだ、うまくヒントには気づくんだ。まだまだ彼は危ない、いつ聖杯の中身に、英霊化するか分からないほど、人間性が壊れかかっているからね」

 

「そう言うことを聞きたいんじゃないわよっ!!」

 

 血まみれのまま一人でいる男を心配する、心優しき者達に微笑む。

 

「俺も好きでここにいるんだ、あと」

 

 静かに、

 

「俺の姿形、容姿は君らが好む、理想の英雄だ。俺がアスカなら、君らが理想的に想う人は誰か。そういうことだよ」

 

 それを聞き、少しの間を置き四人が真っ赤になった。

 

 

 

「よく寝た」

 

 最初に起きたのはアスカであり、すぐにエルフナインが飛び出して行った。

 

 そして、

 

「ん、どうした」

「なんでもないわ」

「デス」

「うん」

 

 そう言っているが、なぜか顔は赤く、見ていると頬と首筋の噛み痕がかゆくなる。

 

『アスカっ、悪いがいま戦闘中だッ。頼む、急いで出てくれ!!!』

 

 そして彼は駆ける。

 

 

 

 その様子を微笑むのは、シェルターにいて未来に睨まれている花の魔術師。彼は現在いる、万象全てを知る千里眼を持っている。

 

 新しい母親から送られたきぐるみパジャマを、実は裏で着たりしている義理の妹を、静かに微笑ましく、気配遮断で見ている兄がいるのも知っている。

 

「どうしたんですか?」

「いやね、乗る気じゃないお仕事がダメになりかけてる、嬉しいんだよ。やっぱり同時同調はやりすぎだもん、気づくよね~」

「なにをたくらんでるんですか」

「悪い事だよ、あーやだやだ。私はハッピーエンド、人が幸せな結末が好きなのに、なんでこんなことしなきゃいけないんだか」

 

 だが彼はそれすらも、

 

「他人事のようにしか思えません」

「………そうか、それは少し………いや、言う資格なんて、私にはない、か」

 

 それにだけは、未来は少しだけ、彼は悲しいと思っている。それすら思うことしかできない自分に嫌気をさしている。それだけは分かった。

 

「………」

 

 何も言わない心優しい少女に、にこやかに微笑みながら、杖を持って外への道を歩く。

 

「どこに行く気ですか!?」

「いや、アルカノイズが外で向かってくるから、少しお掃除にね」

「貴方が?」

「君まで私の扱いが雑になったねっ!? まあいいや、それじゃ」

 

 王の話を聞かせてあげよう。そう呟き、理想の聖杯の創造に乗り気では無かった魔術師は、できない未来を願いながら、静かに出て行った。

 

 

 

 三人の装者はバラバラにされ、分裂するノイズに苦戦していた。

 

 だが、

 

『リンカーと装者を結ぶ、脳の器官、それが司る感情は』

 

 

 

『愛ダァァァァァァァァァァァァァァァッ』

 

 

 

 どこかの牢屋で高らかに叫ぶ男。同意したくないが、彼と言う、聖杯の中身候補であるアスカの血から、すでに繋がりを持つ聖杯の力を装者も引き出していた。その繋がりはまぎれもない。愛と言う感情だ。

 

 少なくとも、理想の抑止力達の原動力、その優しい思いは確かに感じ取れた。

 

 装者の愛が、ギアとリンカーを結ぶ。それが強いから、彼が引き出す聖杯の力が逆流して、あのようなことになった。

 

 だが、いまはその心配も、時限式の心配もいらない。

 

 彼らの愛を知り、見せられた以上、負ける訳にはいかないのだ。

 

 

 

 マリアは遠く離れたアルカノイズを、セレナはクリス、奏は翼と。

 

 数が多く、錬金術師三人がいる響の元に切歌と調が向かったいま、やるべきことは、

 

「この身は無限なる夢幻の担い手」

 

 身体からあふれ出るは、黒一色の魔力、竜の目が紅く光、弓と矢を構える。

 

 戦闘機の上、全くブレずに、静かに、大型飛行船へと睨む。

 

「『戦紅纏め穿つ死翔の槍(ザ・ゲイ・ボルク・ストライク)』」

 

 音速、否、超えるのではなく、事実だけを取り出し、敵を穿つ絶対の貫く意味を放つ。

 

 それにより飛行船を破壊、そのまま響達錬金術師の元へ降り立つ。

 

 銃弾をサンジェルマンが放つと共に、それが無数に増えて切歌と調、響に放たれたが、

 

 無数の七枚の花弁が咲き乱れる。

 

「ッ!!」

 

「『熾天覆う七つの花園(ロー・アイアス・ガーデン)』」

 

 二人は少しだけ頬を染めたが、すぐに我に返り、

 

「アスカっ」

「来てくれたデス」

「アスカっ」

 

「これで三対四ねぇ♪」

「だが、まだありえないワケダ」

 

 追撃するように弾丸も放たれた、その場に、

 

「いんや」

 

「三対九ですッ」

 

 全てのノイズを倒し切り、装者全員が現れ、二人の錬金術師は少しばかり警戒度を上げたとき、

 

「ちょ、サンジェルマンっ」

「さすがに考え事はまずいワケダ」

 

 サンジェルマンだけは上の空であり、静かにしていた。

 

「………龍崎アスカ」

 

 そう静かに呟く中、

 

「パヴァリア光明結社。目的はなんだ、命を犠牲に、何を成すッ」

 

「人の解放、神の力を用いて、バラルの呪詛を、月の遺跡の掌握!!」

 

 そうサンジェルマンが叫び、全員が揃い、驚愕する。

 

「神の力で、月の遺跡を掌握? それで統一言語を、人の解放をする気か」

「そんなこと、できるんですか」

「いや、そもそも」

 

 神の力で人が、世界が平和になるのか?

 

 アスカの中にある疑問はそこに尽きる、なにより統一言語程度で平和になるのかと言う疑問だ。

 

 そんな中、まだ咲き乱れる花弁を見つめるサンジェルマン。静かに、

 

「貴様こそ何者だ、龍崎アスカッ」

 

「なに?」

 

「その花弁、黄金錬成を超える魔力を感じる、先ほど船を破壊した矢の一撃も。貴方の使うシンフォギアのみ、神の力へとたやすく近づくッ。その身に纏うは、本当にフィーネの遺産かッ!?」

 

 それに分かりやすい子は分かりやすく動揺し、全員が構える。

 

「そうね♪ 他の三食だんごちゃんや信号機ちゃん達、そして盾と槍ちゃんみたいな感じじゃないわねぇ」

 

「三食だんごじゃないデスっ」

「信号機ってあたいらのことかッ」

「奏さん、私達だけ外されました」

「ああそうだな」

 

 それでも冷静のまま、サンジェルマンは龍崎アスカを見る。

 

「オレはただの融合型」

 

「融合型程度でも説明はできない。錬金術や神の力、全てを超えるその神秘」

 

「悪いが、犠牲をもって何かを成そうとする輩に、詳しい説明はしたくない」

 

「魂にまで刻まれたバラルの呪詛、それにより生まれた不平から人々を開放する為」

 

「………バカバカしい」

 

 それは静かに、刀剣が乱舞する。

 

「犠牲を持てば、何かを手放せば、自分が苦しい選択を選べば、必ず世界が救われる保証なんて無いッ。悪いが止める、例えそれが、悲しい現実を撃ち砕くためであろうと」

 

 サンジェルマン達を見ながら、その時、三人の装者は、その背中が、夕焼けの中で立ちながら血を流す背と重なった。

 

「この身は無限なる夢幻の担い手ッ!!」

 

 その叫び声と共に、理想と理想、そして理想がいま駆けだす。




マリア、切歌、調の男性理想像はアスカと判明しました。

切歌「………デス」
調「マリア………」
マリア「………」(顔を背ける

セレナ「………なにか、裏切りを感じ取りました」

マリア(………私もそろそろ、本気で考えないと。近い異性は一人………)

アスカ逃げて超逃げて。

お読みいただき、ありがとうございます。

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