それは、砂のように光景が砕けていく世界。ここは夢、ある者の精神世界。
生きてきた記憶が、景色が、人物が、知識が、全てが粉々に散り、砂へと消滅する。
一人の男が立っていた。
一人の少年が座っていた。
だけど何も反応しない。
ただ、いくつかの人物だけが壊れない。
それだけはけして壊れず、白の世界に存在する。
「壊すべき何だけど………ああ、やっぱり私は、何もしないんだな………」
ため息をつきながら、壊れていく世界を眺めていた………
――小日向未来
その日、響達の顔は酷かった。たった一人、彼を除いて………
だって、彼はいなかった。その場に、いなかった………
「………アスカ………アスカ………」
涙を流しながら、状況を聞いて、私も青ざめた。
友達が、どうなったか分からない。全員が精神的に酷い状態と判断した司令官が、いまは休むように言って、いま私達は学校帰り。
響は、
「もうへいき、へいき、へっちゃらだよ」
そんなことを言うけど、誰もそんな風に見えなかった。
何より、響のガングニールがまた暴走したらしい。その胸、傷口から鉱石が生えていたと、いま調査中らしい。だからこそ響はより戦うことは許可しないと、私に言ってくれた。
響以外の装者、翼さんクリス。彼女達の顔も酷い。
クリスは平気だよと、翼さんも平気だとしか言わない。
誰も、平気じゃないよ。アスカ………
「きょ、今日はどこ行く? ふらわーに行こうか?」
「あ、いいねそれ」
そんな会話の中だった。
「ふらわー? いいね、花の名前か」
白いローブの男性を見た瞬間、響の顔が変わった。
鞄を投げて、そのまま殴りかかるかのように睨んでいる。そんな響は見たことない。
「はあ、嫌われたか。まあ、龍崎アスカを殺したんだ。当然か」
「えっ………」
そう言って、石階段に座り、たい焼きを食べている男性が、そよ風のように、無視できない言葉を簡単に呟いた。
「あ、すかを………殺した………」
「ああうん、私と同じ、グランド・サーヴァントである、アサシンがね。私もその為に顕現して、この世界にいるんだ」
響の拳を握る音が聞こえる。私も、
「なんでそんな、そんな簡単に言えるんですか!?」
この人は簡単に、アスカのことを簡単に言う。
そう言われ、ふうとたい焼きを一つ食べ終えて、
「私達も事情があるんだ、彼を殺して、次の人生を歩ませないといけないからね」
「次の人生? なんでです、なんでアスカがそんな。死ななきゃ、アスカが死ななきゃいけないんですか!!?」
私達はこの人のことを見る。だけど、私達の印象は、見てない。
この人は私達を見ていない。まるで一枚の絵画のように、線引きされている。
「………インカムは付いてるかい? これは彼に関わる人達が聞くべきだから」
「………」
静かに私は響の変わりに携帯を操り、目の前で突きつけた。
それにありがとうと言われた。私も不思議だ。不思議と嬉しくも何ともない、むしろ怒っている。当たり前だろう。
「さて我々が龍崎アスカを殺さなければいけない理由、それは、彼がこの物語に関係ない人物だからだ」
『………どういうことだ』
私の携帯から、司令官さんが呟く。何かある際の通話、まず話を説明して突きつけたため、あの人も、ううん、全員が同じ感情で、話を聞いている。
「彼は特別だ、特別すぎて特別なんだ。ゲームとかアニメとか分かるよね?」
「えっ、ええ」
ついアニメの単語で答えた板場さんが答える中、それに、
「なら、もしもだ、もし物語の中に、主人公も主人公を導く人物いなかったら、どうなると思う?」
「そりゃ、物語事態って言うか、そもそも主人公がいなきゃ何も起きないし………」
「そうだね、そして世界ってのはそんな都合が付かない。だからこそ、彼が必要なんだ」
何を言いたいか分からない、その人は遠い目で告げた。
「私達の世界はね、物語、歴史、または分岐点。その時、その場に、その人がいなければいけない時の保険をかけている。そう、導く者や、主人公を、保険として用意しているんだよ」
「………えっ」
――???
ある時は、未来に英雄に成った自分と対面し、己の道を知った人物だったのだろうか?
ある時は、本来短命な生命体だが、英雄の心臓を受けたり、竜になった人物だったのだろうか?
ある時は、月の主導権を賭けた戦いに、身を置く人物だったのだろうか?
だが必要だ。そう、世界には必要な物語。一つ間違えれば星も人類も何もかも消え去る物語。
だと言うのに、バットエンドは許されない。トゥルーで無くても、被害は最大限に抑えなければいけない。
だから保険がある、だからこそ『それ』はいる。
代わりか当事者か、もしくば被害者か加害者か、ただいるだけか、知るだけか、ただそれだけの存在が必要だった。
世界は欲した、英雄か英雄を導く者か、その糧になるか友となるか、敵か悪か、被害者でも何でもいい。
分岐点、パラダイムシフトたる存在に足す何かが必要だった。
だから、一つの魂に、全てを背負ってもらった。
「それが、彼、この世界、この次元、今世の器龍崎アスカとして、ここにいた魂の正体だよ」
「………抑止力」
アスカが言っていた、抑止力。世界が害悪など、何かあった際止める存在の力。
それに頷きながら、たい焼きを食べる。
「これもまた、抑止力の一つ。彼はただ、サポートか担う役をする魂だよ。平行世界とかも入れれば、彼は偉業は数知れずだろうね」
だけどまあと付け加える。
「だからこそ、負担があるんだ。一つの魂に、いくら浄化、輪廻転生があるからって、そんなものを背負っていたら壊れるから、休み休み。まあ関係ないときはホント関係ないらしいよ。実際前世は普通の学生だったろ? 彼、あれもお休み期間だよ」
その時も歴史が分岐することが、側であったのかも知れないし、無かったかも知れないと言う。
「だけどね、それでも長く一個人でいられるのも困るんだ。時には人類史が消え去る事件すら起きることもあるから、そんな何もない時を過ごされても困るようだ」
そう言って、ため息混じりに、
「まったく、私は言われたとおり、死ぬ切っ掛けを作ったとはいえ、いい気にはなれないよ。前世の彼には悪いけどね」
それに全員が凍り付いた。
「………なに言ってるんですか」
響の声が、低かった………
「………」
それでも彼は、手のひらに、きらきら綺麗なチョウチョを作り出した。
「私はただ、彼がかばうだろうと選択をする少女に、親御さんと別れて、道路越しになるように、この子で子供の目を引きつけた。おかげで前世の彼は、その少女をかばって、見事に死んだ。英雄だね彼は」
その時、ゴンッと拳をたたき込む音が鳴り響く。
それは、
「奏さん………」
いつの間にか奏さん、アスカのサポートで、アスカに助けられた人。その人がいつの間にかいて、拳を振り下ろした。だけど草木の壁で防がれている。
「………ふざけるなよ………」
血を流しながら、草木の壁に拳をめり込ませ、奏さんは睨み続けた。
「彼奴が子供をかばって死んだ? 交通事故だろ?」
「ああ、よそ見運転は本当だよ。だけど避けられる未来だから、少し細工を私にしろ。それが世界からの
「だからした?」
「ああ、彼の世界では役目も何もなかったからね。
その言葉に、奏さんは拳をめり込ませた。壁を突き破り、白い人の襟を掴む。
「ふざけるなッ!! なんで彼奴がテメェらの都合で殺されなきゃいけない!!?」
「それが彼の運命だ」
「ふざ「ふざけてない」」
白き人は静かに、そして遠くを見る。
「彼はそう言う魂なんだ、ただそれだけだ………英霊の座に登録され、都合良く喚ばれるよりも、
必要なときのため、彼は時折運命により早い段階で死ぬ。
仕方ない、なぜならば、
「世界はゲームやアニメのように都合良くできてない。都合良く未来を動かす運命力が必要不可欠だ。彼はそれに、
「………なんでだよ………なんで」
「必要だろ? 主人公のいない世界に、魔王だけいるなんて、最悪過ぎる。だから彼は主人公になってもらわなければいけない。そして」
時にはその物語が、
「だから彼は悪役にもなってもらう。始まりの役、終わりの役。どちらもいなければ物語、人類史、世界史は存在しない。悲劇も奇跡も同時に無ければいけない。彼はそれを補助する役なんだ」
飛行機を創り出す偉人、国を立ち上げた英雄、国を滅ぼした大悪党、そして、別の可能性。もしもの物語で、あり得たかも知れない最も最悪な出来事を、彼と言う異物を持って、緩和、もしくば回避するのが役割。
居なくても良い、だが居なければいけない。彼と言う魂に、意見なぞ存在しない。そもそも、聞く必要も無い。
「だって彼はそんなことは知らずに、生きて、演じてくれている。どの世界でも、星と霊長の意志なんて考えず、自分の意志で、彼らの思惑通り、正規の物語通りの役目、もしくば、あり得たかも知れない、より良い歴史を作り出す。誰も悲しまない存在だ。ま、真似したいとか、そう成りたいなんて、私は一切合切も思わないけどね」
「………」
私、私達はどんな顔をしているだろうか? きっと酷い顔をしている。
「………それじゃアスカは………アスカの前の人生、その前も、その前もその前も前もッ。その人達の人生は」
「確かに自ら選んだだろうけどね、そうなるように多少誘導はあったよ。彼らは」
自由なんて、ほんの少し。例え用意されたルートだろう、すでに別のもう一人の自分が作ったレールだろうが、それを自ら選んだと思わなければやっていられないだろう。
「………酷い………」
「ああ酷いね、だけど彼がそんな役目をしていなければ、人類も星も、滅亡していただろう………そしてそんな魂が、管理から外れ、別の異次元世界へと転生した」
それが龍崎アスカ、私達の世界だった。
「だけど、彼は結局、支え、糧になる存在だ。常軌を越えた、世界の命運に関わり、またその際、前の時聖杯にアクセスし、手に入れた過去の自分。マスター素質を手に入れ、英霊アストルフォをイレギュラーなやり方で召喚し、彼を通し、英霊の力を手に入れた。それが龍崎アスカの、融合型聖遺物、シンフォギア・アストルフォが生まれた理由だね。きっともう生まれないだろう、聖遺物の融合なんてね」
そして、アスカは偶然転生先で、響に、聖遺物に出会った。この世界の大事件、分岐点を担う、少女達と関わる立場に行き着いた。そう語る。
彼のおかしな点は多く、曰く、一つ、彼はまずゲーム、空想物という形で、魂のルールを定める存在を知っていたと言う、偶然。
二つ、死んだ後の偶然、転生先の母親が、アストルフォの血筋。少なくとも、この世界でアストルフォと言う人物の血を引く、血脈だった。
三つ、彼自身、死ぬ間際、喚んだ。
サーヴァント、自分の定め、運命を喚んだ。
四つ、そして転生先に、世界を担う少女がいて、関わりだした。
完全な異常事態、世界からすれば予測していなかったこと。自分の世界の抑止力が、別世界での抑止力として活動し始めた。それも引き出した力を使い。
「彼は聖杯の力を無自覚に使用している、君らも驚いているはずだ。全ての聖遺物に適正があることを。当たり前だ、もしもか、それともそれ以前前か、彼は別可能性で、それらの使用者として、別物かそれ自体を扱っていたんだから、適正がある」
「………」
つまり彼は、全く違う人物、世界、物で、
「ガングニールや、翼さんの天羽々斬、クリスちゃんのイチイバルを使う人だった………」
「未来先か、過去か、平行世界。それも分からない。本人だろうがもう分からないよ、あまりに多くの別人、別の魂になってるから。もしかしたら、円卓の騎士だったかもな………」
なにげにモードレットの王剣に認められているからなと考え込む白い人に、奏さんは手を離す。
「だからって、なんで殺されなきゃいけない………彼奴が何をしたんだよ」
「………」
それに、悲しそうに………
「彼じゃなく、君らだろ? 全ての聖遺物に適正する。これ、他の組織や国家に言えるかい?」
それに今度は関係者が凍り付いた。
白い人は早口に告げた。
「ああそうだよ、彼は強力すぎるんだ。この世界ではもうルナ・アタックでもう物語を終えている。もう十分、関係ない世界に爆弾を送ったようなものだ。星も霊長もそんな感覚だよ。元より、彼はいてもいなくても、君らならどうにかできる問題だ。例え彼のおかげで生きてる命があろうとも、変わらない。君がいて、何かできたかい?」
「あ………」
奏さんはそれを言われ黙り込む。響はすでに拳を緩めていた。少女は静かに呟いている。「だってそうだ、これじゃ、これじゃ」と、
「じゃ、アスカは、アスカはなんですか!!? アスカの人生は」
「酷い言い方だけど、そんなものを尊重するより、新たな波乱を回避する方がいい。全ての聖遺物適合者なんて言う肩書きを持った爆弾を置くよりもね」
はっきりと告げた。
「彼はいても、君や他の装者がいれば解決する。むしろ彼がいる所為で君らに負担がかかる、そう判断されたが故に、この世界で彼の物語は終わりを決定された。だから全力で殺しにかかった。出来る限り、この世界の物語に関わらないよう、主力人物である君らと戦わないようにね」
響は座り込みそうになるのを、未来達が支え、奏もまためまいがする。
「嘘だ、彼奴が死ぬのに、んな理由認められるかッ」
「認められる必要は無い、運命とはそう言うものだ。人に許可をもらう運命なんて存在しない。世界はいつだって、勝手に運命を人類に架す」
それでも認められない。ここで認めたら、龍崎アスカがしたこと全てが必要無いと認め、そして彼が死ぬのは、自分達が勝手に問題事を引き起こす可能性があるからと認める。
そんなこと認められない。
「まあ、まだ可能性はあるよ」
「「えっ」」
全ての者達の声が揃った。
「本来境界に存在するアサシンの剣で斬られたんだ、器も魂も、壊れているはずなのに、彼ね、まだ龍崎アスカと言う自我が残ってる。肉体は私が治してるから、後は境界の呪い、グランド・アサシンの死に抗い、この世界に生きるのなら、この魂はもうこの世界の物だ。天寿を待つことにする、それも世界が決めたことだ」
元々アサシンや私に勝てればそうだったと伝え、それに目に光が戻る。
「ほん………と」
「ああ、だけど、彼の剣は死。しかも彼は、その直前生きることをやめた」
「………」
声にならない悲鳴が聞こえた気がする。全員が振り返る。
響が自分を抱きしめる。側にいる未来もまた、静かに抱きしめる。
「だけど、壊れていく精神世界の中で、この世界の記憶だけはヒビが入る程度だよ。以上かな? 私が君らに言うべきことは」
そう言って、いつの間にかたい焼きが無くなっていた。
この人は、結局何がしたいのだろうか? そう思う少女、未来は静かに尋ねる。
「貴方は」
「私はね、人間じゃない。この身体は聖杯が渡した仮初めの身体だ。そして本来は死なない、静かに暮らしている、花の魔術師だよ」
「それって」
「ブリテンのアーサー王をそそのかした、バカな魔術師さ。彼女には………いや、やめておこう。意味無いね、この世界じゃ男性かも知れないし」
そして静かに去っていく。
その場には花が生えていた………
「まあ一つ言えるのは、彼の人生は作り物ばかりだったのが、いまだけ、今回だけその外枠から外れたってことだね。私としても………一度くらい、自分の意志だけで物語を生きて欲しいと思っているよ………」
そして花が舞い上がり、そこに白い人はいなくなってました。
――???
砕けていく世界の中、それは、そこにいた。
「………壊れていくね、君の世界」
それは答えない。
「………だった、もしかすれば、あるいはの可能性。それらを確定する存在か、そんな魂の役割があるなんて………世界はどうあっても、どんな手段を取っても、世界存続を優先するか………」
だが何も答えない。
「ま、そうなものか………アーサー王も性別違いでいるくらいだし、もう何がなんだか分からない。都合良くその世界にもアーサー王がいる世界なんてね。その都合を付けるが君なら、君はやっぱり円卓の騎士………もしくば、彼女のもしもなのかな?」
なにも言わない。それに黙り込んでいると、
「ん?」
だがその手には、携帯が握られていた。
「………君は好きなんだね、その中に君と深い縁がある英霊でもいたのかな?」
そう言いながら、それを握り続けた。
「………」
それからなにも言わず、崩壊する世界の中で、彼が目覚めるのを待つ………
数多の神世や時代を歩き、善と悪を行き来する。
だが一度の生の記録は忘れ、別の物語へと関わる繰り返し。
膨大な記録を背負う中、それは幸せだろう。とある守護者はその業に押しつぶされかけたことを思えば幸せだろうか?
アスカと言う抑止力は、都合良く現れる、勇者であり、魔王である。
そこに本人の意思は無い。無意識下にそうなるように、星と霊長に調整されています。
それでは、お読みいただきありがとうございます。