友達料と逃亡生活   作:マイナルー

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19 『戦う理由』

 

 建物の隙間から差し込んでくる太陽の光に、茶色の髪の少年――――カズマは目を細める。

 森の悪魔を討伐した翌日。太陽が東の空にある頃、カズマはアクアを連れて、人通りの少ない路地裏を訪れていた。

「なあアクア。ドラゴンってお約束どおりやっぱヤバいのか?」

 彼の目蓋の裏に映るのは、悪魔と同時に目撃した、結界内の巨竜の姿だ。

 その言葉に、アクアは水色の髪を揺らし、

「そりゃヤバいわよ。少なくとも私が知ってる限り、駆け出し冒険者たちじゃ勝ち目ないんじゃないかしら」

「でも、あのスバルってやつは、一人で相手してたんだろ?」

 ドラゴンだからまあ強いだろうというのはわかる。

 それでも、最弱職の冒険者が、たった一人で相手にしていたのだ。

 集団で頑張ればなんとかなるかもと思っていたのだが。

「あれは多分運が良かっただけね。見た感じ、まともに戦ったら間違いなく死ぬわよ」

 アクアの言葉には一片の疑いも見られず、確信に満ち溢れていた。

 この世界に来てからこっち、この女神は色々とダメなところを見せていたが、この前の悪魔との戦いでは見事な活躍をしていた。

 こういった戦闘に関しては、信じておいたほうがいいだろう。多分。

「…………やっぱ、ウィズに話を聞かせて貰っておいたほうがよさそうだな」

 そして路地裏の一角、”ウィズ魔道具店”と書かれた看板の前でカズマは足を止める。

「あ、いらっしゃいませ。早いんですね、カズマさん」

「よう、ウィズ。前回に引き続いて悪いけど、ちょっと聞きたいことがあって来たんだ」

 扉を開いたカズマを出迎えたのは、店内の商品チェックをしていた店主の挨拶だ。

 ここはウィズ魔道具店。ゆんゆんのために、ナツキ・スバルを捜索していた際、訪れた場所の一つである。

 この駆け出しの街で、高級な魔道具を取り扱う店はそうそうない。スバルがそれらしきものを運んでいた、という情報を得た後、この店を訪れるまでそう時間はかからなかった。

 その時アクアが店主のウィズに突然襲いかかり、一悶着あったのだが詳細は省く。

「ちょっとカズマー。せっかく大金が入ったのに、なんでこんなところにいなきゃならないのよー。アンデッド臭が感染るわよ?」

「やかましい。お前はその辺で大人しくしてろ」

 そう言うと、アクアは勝手に店内の商品棚を覗き始め、なにやらポーションらしき小瓶などを触り始めた。

 買うつもりもない商品をいじくり回すのは迷惑だろうと思ったが、変に暴れまわるよりはまだマシだろうかと考え直す。

 うっかり壊してしまったとしても、悪魔の討伐報酬だけで十分弁償できるだろうし。

 そう判断して、カズマはウィズの方に向き直る。

「悪いな、アクアが迷惑かけて。この前も、入っていきなりウィズに襲いかかったりしたし」

「いえ。リッチーの私を浄化しようと考えても、不思議ではないですから」

 そう茶色の瞳を伏せて、憂いを帯びた表情を見せたのは一瞬。

 すぐにその色を消して、今度は頭を下げた。

「こちらこそ、あの時は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。探していたお客さんは見つかりましたか?」

「ああ。怪我して気絶してたから、アクアが治療して宿で寝かせてるよ」

 今頃は、ゆんゆんがスバルを看病している頃だろう。

 ちなみにめぐみんは、冒険者ギルドで待機してもらっている。

 見たところ、ゆんゆんのことを気にしている様子だったので、一緒に待機させても良かったのだが、

『――――ゆんゆんが一世一代の覚悟で、友達を作ろうとしているのですよ? 私達が手を出すべきではないでしょう』

 と辞退したので、めぐみんを可愛がっていたセシリーとともに、何かあったときの連絡役を任せたのだ。

 決して、アクアと一緒にいると相乗効果でエスカレートしそうなセシリーを押し付けたわけではない。

「今回聞きたいのはそれでさ。ウィズが売ったっていう、結界を作る魔道具っての、詳しく聞かせてもらいたいんだ」

 カズマは視界の下方に映る豊満な双丘にちらちら目をやりつつ、本題を切り出した。

 あのドラゴンを閉じ込めていた結界は、その魔道具によるものだと見て間違いないだろう。

 その機能次第で状況は大きく変動する。カズマ達の取るべき対応も変わってくるはずだ。

「具体的にどのくらい持つんだ? 途中で破られるとかないよな?」

 続けさまのカズマの問い、ウィズはそれに答えるためか、記憶をたどるように視線を左上にやり、

「ええと……あれは元々紅魔族謹製の代物で、何者も逃さず、破壊できず。しかも一月近くも持つという優れものです。まあ、あれは一度使ったものですから、一月持つかの保証はできませんが」

 あくまで保証期間外の中古品として売りましたから、と続けた。

「中古にしても凄いな、それ。なんでそんな大層なものが売れ残ってたんだ?」

 ゆんゆんいわく駆け出し冒険者のスバルですら、強力なドラゴンを閉じ込めることができたのだ。

 もっと需要があってもおかしくなさそうである。

「バカねカズマ。冒険者っていうのは、モンスターを狩ってなんぼの稼業なのよ? よっぽどの大仕事じゃない限り、閉じ込めたって一銭の足しにもならないわ。それに、強い敵と出会ったら、ちんたら結界張るよりも、テレポートで逃げたほうが手っ取り早いじゃない」

 瓶いじりに飽きたのか、勝手にお茶を入れ始めていたアクアがカズマの呈した疑問に答える。

 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。必ず戦わなければならないならともかく、普通の冒険なら敵から逃げたほうが早いし楽だ。

 今回のように役立つケースは稀ということか。

「あらゆる攻撃を通さないせいで、こっちからも攻撃できませんからね。本当に捕まえておくだけのものなんですよ」

 そう、見てきたかのように語るウィズ。

 その表情は、まるで失敗談を語るような照れくさそうな色が混じっている。ひょっとすると、本当に自分で使ったことがあるのかもしれない。

「ってことは…………今のうちに外から魔法で倒すとかはできないわけだな。サンキュ、ウィズ」

 礼を言うと同時に、アクアの方へと振り返り、

「アクアー、やっぱヤバそうだし、皆でさっさと逃げようぜ」

 あの凶悪そうな悪魔の相手はなんとかなったが、それは天敵であるアクアがいたのと、偶然があってのことだ。

 あの時、悪魔が偶然動きを止めなければ、自分もめぐみんも逃げ切れずに死んでいただろう。

 考えただけでもゾッとする。

 あんな恐ろしい敵とは、できれば二度と戦いたくない。

「幸い、悪魔を討伐したおかげで、かなり懐は暖かくなったんだしさ。魔王討伐のために強くなるのは、別の街に行ってからってことで」

 カズマにとってこの街は、何日か働いたというだけの街でしかない。

 何の愛着もないとまでは言わないが、勝ち目のない戦いに命を懸けるほどの思い入れはなかった。

 声をかけられたアクアは、ギルドでもらった悪魔討伐の報酬と、セシリーが持ってきたアクシズ教徒からのお布施の金貨を一枚一枚数えながら、

「そうねー。あのドラゴン、凶暴で手を付けられそうにないし。さっさと逃げましょ」

 そう、同意の声を上げる。

 悪魔の討伐を報告した時に、一緒にドラゴンの話もしてあるので、そのうち冒険者達にも話が伝わるだろう。

 他の冒険者達が頑張ってくれるのか、皆で逃げ出すかはわからないが、とりあえず自分達は適当なタイミングを見て逃げよう。

 安堵に胸をなでおろしたカズマが、そこまで考えた時。

 

 

 

『冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 非常に重要なお話があります! 繰り返します。冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 非常に重要なお話があります!』

 

 大音量のアナウンスが、街中に響き渡った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 息を弾ませたカズマと、ほとんど汗をかいていないアクア。

 対照的な二人が冒険者ギルドの扉を開くと、すでに多くの冒険者たちがその場に集まっていた。

 明らかに駆け出しという感じの年端もいかない若者から、それなりに年月を積み重ねたベテランらしき男性冒険者までその姿は様々だ。

 その冒険者たちの中には、セシリーを側に置いためぐみんの姿も混じっている。その顔に主として見えるのは疲労の色だが、どこか不安や心配といった感情も混じっているように見えた。

 その原因は、このギルドからの呼び出しか。

 それとも、一人の少年を看病したまま姿を見せない、紅目の少女だろうか。

「皆さん、本日は朝からの呼び出しにも関わらずお集まりいただき、大変ありがとうございます!」

 カズマの考えを他所に、ギルドにひしめく冒険者たちを前に、職員が声を張り上げる。

 あれはカズマがこの世界に来た初日、アクアと共に手続きをしてもらった受付のお姉さんだ。一番美人で巨乳の人を選んだので間違いない。

 大きな胸を揺らした彼女からは、遠目からでも真剣な表情とはっきり見て取れる。

「この度は、この街に迫る脅威について、非常に重要なお話と、ご協力をお願いしたく召集頂きました。まず、先日から目撃情報のあった、森の悪魔ですが――――」

 森の悪魔。

 その単語に、一人の冒険者が反応し、先走るように声をあげる。

「聞いたぜ! アークプリーストの人が、悪魔のやつを倒しちまったんだろ?」

 その言葉で、他の冒険者たちが一気にざわめき始める。

「おいマジかよ!?」

「ああ、なんでも」

 ずっとバイト等に勤しんでいたカズマには無縁な話だったが、ここに集まっている彼らのほとんどは、森の悪魔が原因で森の立ち入りが禁止され、重要な収入源を失っていた。美味しい狩場を取り戻すため、悪魔と一戦交える考えを持っていたものも少なくない。

 その悪魔という障害が取り除かれたというのだから、その事実は歓喜の声を以て迎えられて当然だった。

 だが。

「その、ですね…………確かに悪魔は討伐されました。されましたが…………その代わり、封鎖された森の中でドラゴンの目撃情報がありました」

 その歓喜は、次の職員の言葉で一変する。

 驚愕。焦燥。困惑。恐怖。

 そこに浮かんだ表情は様々だが、どれも芳しいものではない。

「報告に加え、職員が現地で確認しましたが、幸い、一人の勇敢な冒険者が結界に閉じ込めてくれました。なので、しばらくは大丈夫でしょう。ですが、あくまでしばらくの間であって、いずれ結界は消えてしまう可能性が高いと考えられます。皆さんはそれまでに準備を整え、発見されたドラゴン――伝説のエンシェントドラゴンを討伐していただきたいのです」

「――――――――ひぅっ」

 その言葉を聞いた途端、隣りにいるアクアの喉からおかしな音が漏れた。

 見ると、動きを止めながらも、身体を小さく震わせている。心なしか、汗一つなかったはずの肌に、大粒の雫が流れている気がする。

 ……………………。

「おいちょっとこっち来い」

 厳しい表情の冒険者たちと、彼らの動揺が落ち着くのを待っている職員の間に生まれる、わずかな沈黙の時間。

 その間に、カズマはギルドの隅にアクアを引っ張っていき、そのまま声を潜めて問い詰めた。

「おい、正直に答えろ。何やらかした」

「…………はい。私、女神じゃないですか。上司に言われて、カズマさんにやろうとしてたように、多くの転生者に特典を配ってたんですけど」

 観念したのか、無駄に整った顔を沈痛な面持ちへと変化させ、何故かアクアは敬語で話し始める。

「それで、ですね。前。かなり前。かなりかなりかな~り前に……『悪魔たちをぶち殺すために試作品作ったから、適当なやつに渡してくれ』って、新しい特典を上司に渡されたんですよ」

「…………ほう。続けて」

 すでに嫌な予感しかしなかったが、先を促す。

「それがドラゴン型の生体兵器でして。で、なんか主が死んだ後も、天界からの帰還命令を聞かなくてですね。そのまま見境なく暴れ始めて、いつしかそのドラゴンは、人々の間でエンシェントドラゴンと――――あぃたあっ!」

 無言で振り下ろされたカズマの拳を睨みつけ、アクアは頭を小さく抑えた。

「…………さすがにこのまま逃げたんじゃ、色々まずい。出来る限りのことはやっていくぞ、いいな」

「わ、わかったわよ。うぅ…………私のせいじゃないのに。帰還命令も聞かないポンコツ作った、上司が悪いのに…………」

 ブツブツ文句はいいつつも、責任を感じているのか、申し訳無さそうな表情は崩さないアクア。

 そうこう話しているうちに落ち着いたのか、一人の冒険者が沈黙を破った。

「ルナさん! しばらく大丈夫って言ったよな! ってことは、他の街から応援を呼んでくればいいんじゃねえか?」

「そうだよ、悪魔の件は報告してあったんだろ? 王都の騎士団や高レベル冒険者たちになんとかしてもらえば…………」

 彼らの中に、湧き出てきた希望。

「皆さん、落ち着いて聞いてください。その、ですね…………。情報によると、魔王軍幹部、デュラハンのベルディアが、大量のアンデッドを引き連れて魔王城を出たそうです」

 魔王軍の幹部。

 その一言で冒険者たちの希望は打ち砕かれた。

「もちろん、駆け出し冒険者ばかりで、戦略上重要でもないこの街が狙われることはないでしょう。ですが――――相手の目的や行き先が判明しない限り、他の街は動くことができません。つまり、この街の冒険者の皆さんで、なんとかしていただくしか…………」

 その言葉で、一気に場の空気がお通夜同然のものとなる。

 その沈黙が続いたのは、どれほどの時間だっただろう。

 カズマ自身、その沈黙の重苦しさに、耐えきれなくなった頃。

 

「話が終わったなら…………俺の話を聞いてもらっていいか?」

 

 突如沈黙を破るように現れた、新しい声。

 カズマが釣られて視線を送った先には。

 目付きの悪い少年と、セミロングの少女の姿があった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 少し時間は巻き戻る。

 

 

「『不可視なる神の意志』……インビジブル・プロヴィデンスと呼ぼう……」

「はい?」

 情けないような照れくさいような、とにかく一つの友情が成された後。

 その足で宿を出た二人の間に、なんの前触れも無く発せられたそれは、間違いなくスバル自身の言葉だ。

 街の中、舗装された道を歩きながら、スバルがボソリとつぶやいた言葉に、ゆんゆんは困惑した声をあげる。

 その戸惑いも当然だろう。

 会話が途切れたほんの僅かな時間。刹那と言っていいほどの短い時に、脳裏に突如閃いたそれは、一瞬前までスバル自身にすら予想できないものだった。

「俺の必殺技……いや、奥の手だよ」

 自身の内側から湧き出し、スバルの魂のような何かを喰らいながら現界するその魔手。

 それはかつてスバルの仇敵が使っていた権能。だが、スバル自身が使う以上、かつてとは違う名前を与えるべきだろう。

 これまでは、『不可視の一撃』『見えざる掌』『知覚外の衝撃』など、いまいち決め手に欠ける名前しか浮かばなかったのだが。

「長いことずっと仮の名前で呼んできたけど……たった今天からキラメキが舞い降りてきた。『不可視なる神の意思』(インビジブル・プロヴィデンス)…………これしかねえ」

 ゆんゆんの返事を待たず、その名をもう一度舌に乗せたスバルは、その名とともに実感を噛みしめる。

 正道とはいえない、むしろ外法と言っていいような技である。そもそもの因縁からして忌々しいと言っていいような力。

 それはスバル自身が一番感じているが、だからといってぞんざいに扱っていいというわけでもないだろう。

 今この時、ようやく本当に自分の力になったのだ。

 満足げなスバルの言葉のあと、何故か沈黙が一秒ほど続き。

「ひょっとしてナツキさんってバカなんですか?」

 沈黙を破ったのは、何故か呆れ返ったような友達の視線だった。

「なんでだよ。舞い降りてきた天啓にバカも何もないだろ」

「なんでこのタイミングでそれが降りてくるんですか! ここはこう、友情的な何かとか、今後の戦いとか、そういうのを考える場面でしょ!?」

「でもカッコイイだろ?」

「カッコイイですけど! カッコイイですけどぉ!」

 スバルの言葉に同意しつつも、大きな紅い目を釣り上げて、可愛らしく怒るゆんゆん。

 そんな彼女に、スバルは鋭い目を柔らかくして、

「長らく――――本当に長い間、俺らしくなかったからな」

 恐れず、迷わず、対等に。こちらをまっすぐ見つめてくるゆんゆん。

 その視線に、照れくさい想いを感じながら、スバルは左の頬をかいた。

「――――色々悩んだり考えたり追い詰められたりしてきたが、やっと調子が出てきたよ」

 緊急の召集放送、それから大きく遅れて到着した冒険者ギルドの前で、スバルとゆんゆんは足を止める。

「ありがとな、ゆんゆん」

 心からの言葉とともに、スバルは扉に手をかけた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「突然悪い。えっと…………今話してるのは、エンシェントドラゴンの件でいいんだよな?」

 問いかけられた冒険者たちがこくこくと頷くのを見て、スバルは場違いなところに出ていなかったことに小さく安堵する。

「それなら、俺の話を聞いてほしい。あのドラゴンについて、話さなきゃならないことがあるんだ」

 そう言って、その場にいる冒険者をぐるりと見渡した。

 めぐみんをはじめ、何度も見たことのある顔が大勢並んでいる中に、ほとんど見覚えのない姿が二つ。

 片方は茶色の髪と瞳を持った少年で、もう片方は人混みに隠れてわかりづらいが、水色の髪をしているように見える。

 あれが、ゆんゆんが話していた、スバルを助けてくれた二人だろうか。

 彼らに意識を向けたのは数秒。

 すぐに冒険者全体へと意識を向けて、声を張り上げる。

「俺の名前はナツキ・スバル。エンシェントドラゴンと戦っていた冒険者だ」

 その一言に、場の空気が変わったことを感じた。

 その視線の中に、スバルの言葉への疑念が混じっていたことには気づいていたが、まずは現状の報告を。

「なんとか色々と罠にかけて、閉じ込めることはできたんだが。あの結界は持って一ヶ月。場合によっては、もっと短くなると思う」

「ちょっと待って」

 そう制止の言葉をかけたのは銀髪の少女――――クリスだ。

 青碧の瞳に宿す感情は疑念。

 だが、かつてのループで見せた、仇敵を見る憎しみのような感情は乗っていない。

 クリスは淡々と、

「罠にかけたって……それ、ドラゴンがここに現れると知ってたってことだよね? なんでそんなことわかったのさ」

 そう、問いかけてきた。

 その疑問は必然だ。

 竜がどういう経緯を経てここに現れたのであれ、スバルだけがそれを知っているのは奇妙だ。

 例え、何らかの理由でスバルだけが知り得たとしても、それを報告しなかったことも不自然だ。

 そのおかしさを指摘されたスバルは、一度目をつぶり。

「あいつは……エンシェントドラゴンは、俺が目覚めさせちまったんだ」

 自分の罪を告白し始めた。

 禁忌に、『死に戻り』に触れないまま事情を話そうとすると、必然的にスバルの罪に触れざるを得ない。

 厳密には問いの答えになっていない気もするが、そこに触れてくるものはいなかった。

「詳しいことははっきりしてるわけじゃねえから、推測で話すけどさ。あのエンシェントドラゴンは、姿を彫像に変えて休眠状態にあったらしい。俺がそのことに気づかず、迂闊にも休眠状態にあったあいつを目覚めさせちまったんだ」

 そこまで話すと、一度言葉を切って、黙って目を閉じて歯を食いしばる。

 おそらく今、冒険者たちの顔は怒りで染まっているだろう。

 当然だ。目の前の男が余計なことをしたせいで、この街が窮地に陥っている。

 ここでその怒りをぶつけられても仕方ない。

 そう考えて、いつ来るかわからない拳に身構える。

「ま、待ってくださいっ!」

 その時、それまで黙っていた少女の声が聞こえた。

 己が罪を告白し、自身への判決を待つスバル、彼をかばうようにゆんゆんが前に出る。

 必然的に彼女に移る、群衆の視線。それに一瞬だけ怯み。

「……………………っ!」

 それでも。

 ゆんゆんはその顔をまっすぐ前に戻して、その場の視線と相対した。

「…………あれは、ナツキさんだけの責任じゃありません。あの時、エンシェントドラゴンが森で眠っていただなんて、誰も気が付かなかったはずです」

「ゆんゆん…………」

「ドラゴンがいたことも、その起こし方も。何もかも、誰も知らなかったはずです。偶然ナツキさんが原因になったというだけで、きっといつかは目覚めていたんじゃないですか? それに、それに――――!」

 そこで一旦言葉を区切り、

「そもそも、最初にドラゴンの像を見つけたのは私です。一緒にいたナツキさんに責任があるなら、私にだってあるはずです。だから――――」

「いや、いいんだゆんゆん。サンキュな」

 スバルの罪を少しでも背負おうとするゆんゆんを、そっと後ろから押しとどめる。

「それでも、あれを目覚めさせちまったのは、間違いなく俺だ。それははっきりとわかるから…………」

「…………スバル。お前、なんでバカ正直にそんなことまで話すんだ? 隠しときゃいいじゃねえか」

 そう問いかけてきたのは、トンチンカン二号のうちの一人だ。

 なるほど、たしかにスバルは馬鹿なことをやっている。傍から見れば、そうとしか思えまい。

 スバルが『死に戻り』に頼らずにこの事態を越えようというのなら、この街の冒険者たちの協力は不可欠だ。

 だというのに、非難どころかリンチにあってもおかしくないような事実を自ら明かす。

 実に不合理で、愚かしい行動だ。

 だが、スバルの立場からすれば別だ。

 この街にはクリスがいる。魔女の臭いへの嗅覚と、エンシェントドラゴンの知識を兼ね備えた少女が。

 ゆんゆんの話によると、クリスはスバルのことをマークしていたようだ。

 スバルから魔女の臭いが消えたことと、エンシェントドラゴン出現の事実、それらの事実を結び付けないとは思えない。自然とスバルが原因であることは浮かび上がるだろう。

 ならば隠しても意味がない。

 ――――いや。

 本当のところは、もっと単純な理由で。

「友達が、一緒に頭下げてくれるとまで言ってくれたんだ。なら、騙して尻拭いさせるなんて、みっともなさすぎるだろ」

 かつて、前の世界で交渉に挑んだ時とは違う。

 スバルが差し出せるものはたったひとつ。

「俺一人でやれるところまでは、全部やった。竜を傷つけて、封鎖して、爆破して。それでも力が足りなかった」

 何度も重ねたループで得た、スバル一人に出来る最大の戦果だけ。

「俺一人じゃ、勝てないんだ。俺一人じゃ、この街を守れない。だから………力を貸してください」

 その一言と共に、少年は頭を下げる。

 そのすぐ隣で、一緒にゆんゆんが頭を下げているのがわかった。

 スバルの知る為政者が知れば、なんて幼い行動かと呆れてしまうかもしれない。

 冒険者はビジネスが基本。まして、何の信頼関係のないスバルの頼みなど、『お前が勝手にやったことだ』とはねつけられても仕方がない。

 だから――――。

 

「――――――――ったく。元々無茶なレベル上げしてると思ったが、なんでもっと早く言わねえんだ」

 その場で、ほとんど話したこともない一人の冒険者がそう言った。

「まあ、新人の頃失敗するなんてよくあるわな」

「そうそう、たかが”冒険者”がエンシェントドラゴン相手に、一人で頑張っただけで十分だろ」

 一人の言葉を皮切りに、次から次へと冒険者が口を開いていく。

「力を貸せ? ハッ――――俺たちが何のために、いつまで経ってもこの街に残ってると思ってるんだ」

「俺はまだレベルが低いから大したことができないかもしれないけど……やれることはやってやるよ」

「私は誰かを責めるのは違うと思うわ! この件は誰にも責任なんていないし、強いて言うなら、全ては魔王軍が悪いと思うの!」

「伝説って言っても、冒険者一人でそこそこやれたなら、案外なんとかなるかもな」

 この街を愛し、住み続けた(つわもの)

 この街に来たばかりの青二才。

 スバルのすぐ近くにいるもの、ほとんど見えないような隅にいるもの。

 数多のループで一度は見てきた顔が、笑ってスバルの顔を見ていた。

 代表してトンチンカン二号、そのうちの一人が前に出て、スバルの肩を乱暴に叩く。

「いいか、スバル。俺たち冒険者は、たしかに損得で動く。役に立たなきゃパーティを解散するし、役に立つならお前みたいな駆け出しだって、パーティに入れる。命の次に金が大事、そういうもんだ」

 だがな、と一拍区切り。

 

「――――それ以上に、俺達はこの街が大好きなんだぜ」

 

 その言葉に、男たちの大半は一斉に頷いた。


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