「クソ、なんでこんなにエンシェントドラゴンの資料が少ないんだよ……伝説とか言ってたじゃねぇかよ……」
若干の苛立ちとともに、以前の少女の言葉に毒づいた。資料を持った手に自然と力がこもり、紙に若干のシワが入る。スバルはゆっくりと机にそれを置くと、深く嘆息。服の胸のあたりに置かれたちょむすけは、その息を嫌がったのか、「なー」と不機嫌そうに鳴いた。
ほとぼりが冷めるまで外に出られない。出るとすればセシリーが確保してくる宿への移動、それもクリスたちの動きを知った上でということになる。
その間にスバルが求めたのは冒険書ギルドの資料だった。
現在、スバルが最も警戒している相手、エンシェントドラゴンに対しての情報を得るためである。
伝説の生物についてのもの、ドラゴンについてのもの、あるいは様々な魔法についてのもの。エンシェントドラゴンの対策につながりそうならば、とにかく手を付けていった。
しかし、その結果はあまり芳しいとは言えない。資料の絶対数が予想外に足りないのだ。
もちろん、出現した記録自体は残っているし、その際に起きたことも大まかにであるが記されている。
が、肝心の弱点や、持っている能力などについてはあまりにも少ない。スバルが確認した偽装能力や、エンシェントドラゴンが使用した魔法すら載っていないのだ。
「少なくとも、人間たちの手で討伐されたって記録はあるんだよな」
勇者と呼ばれる存在が神器を操り、その他冒険者たちの協力を得て撃破した、という記録はあるものの、時が経過すると再び世にその姿を見せるらしい。
「神の如き強さを誇る竜。それは最古の竜として、エンシェントドラゴンと呼ばれるようになった。彼は、いなくなってしまった主を探して戦い続け、力を失いし今もなお死と復活を繰り返している………」
ゆんゆんが伝説にまつわる逸話を読み上げる。
ある勇者に従い悪魔たちを滅ぼそうとしていた神の使いだの、逆に思い上がった罰として神に力を奪われただの、いや神によって殺されただの、うさんくさい話が多い。が、とにかく凄まじい力を持っていたため伝説になったというのは事実のようだ。
それに比べて記録に残る、近年確認されたエンシェントドラゴンはドラゴンの範疇を超えていない――――といっても、ドラゴン自体が圧倒的な戦闘力を誇るのだが――――ため、別個体という説もあるらしい。
「死と復活を繰り返す、か。こっちにある、クーロンズヒュドラに近いタイプなのか?」
スバルは別の、大物賞金首モンスターについての資料を手に取る。名称をはじめとして習性などの詳細な情報が、丁寧なイラストつきで書かれているものだ。
『アクセル近くの山に生息。魔力を使い果たすと湖の底で眠りにつき、周辺の大地から魔力を吸い上げ始め、おおよそ十年ほどの周期で魔力を蓄積させる。貯蔵した魔力での膨大な再生力のせいで、国の騎士団でも倒せない』
と、記されている。エンシェントドラゴンがこれに近いタイプの可能性は考えられるだろう。
スバルの推測はこうだ。
何らかの理由で力を失ったエンシェントドラゴンは姿を隠し、眠りについて回復を待つ。
眠りについた姿があの竜の彫像のようなもの。さらにあの周囲の空間を偽装する能力で透明になれば、誰も発見することなどできまい。
これまで冒険者ギルドでも発見されていなかったのはそのためで、スバルたちが発見できたのは、何らかのアクシデントでは――――。
そこまでスバルが考えたところで、じっとこちらの顔を見ているゆんゆんに気がついた。
この反応にスバルは一瞬不思議がり、
「ああ、悪いなゆんゆん。ろくに説明もできないくせに、あれこれ付き合わさせてさ。俺もこう、もっとちゃんと説明できたらいいなって思うんだけどさ」
クリスに捕まった際、成り行き上エンシェントドラゴン襲来を話さざるを得なかったが、自分はその根拠を何一つ提示できていないのだ。
ゆんゆんから見れば、パーティメンバーが、『エンシェントドラゴンが来る、ソースは俺』などと言い出して、本気でそれを信じているということになる。
人のいい彼女だからこそ黙って付き合ってくれたものの、理由の分からない脅威に、ひたすら唸り続けるスバルの姿は、不思議でならないだろう。
「いえ、私もめぐみんが戻ってくるまで暇ですし、それはいいんですけど……」
ゆんゆんは一度言葉を濁し、視線をそこらにさまよわせる。
そして、勇気を出すようにして言った。
「えっと――――ナツキさんは昨日のこと、大丈夫ですか?」
「…………?」
ゆんゆんの言葉の意味がつかめず、スバルは訝しげな顔をする。
「大丈夫もなにも、ピンピンしてるよ。そりゃあ昨日は色々あったけど、あの程度で動けなくなるほどやわじゃないしな」
「えと…………いえ、その」
問いに答え、スバルは笑顔を作って腕を回してみせるが、それを受けるゆんゆんの顔は浮かないままだ。
彼女が求めていた答ではなかったという空気を感じ、ゆんゆんの意図がつかめずに首をひねる。
そんなスバルに、彼女はおずおずと、
「そっちではなく、ですね。昨日あったことで、ショックとか受けてないですか?」
「ああ、そういうことか。大丈夫大丈夫、モンスターと戦おうって冒険者が、殺すって脅されたくらいでビビってなんていられ――――」
「相手はモンスターじゃ、ないんですよ?」
そう、スバルの言葉を遮るように言って、ゆんゆんはスバルの目をまっすぐ見据えてきた。
「恥ずかしい話なんですけど。私は昨日の夜、なかなか眠れなかったんです。いきなりわけのわからない理由で拘束されて、ナツキさんが殺されそうになって。それもモンスターじゃなく、同じ人間に…………」
そこで一度言葉を切り、自分を落ち着かせるように深く、深く呼吸をした。
「私、あの時は夢中でしたけど、終わってからはとにかく怖かったんです。知らない人が、いきなり私やナツキさんを殺しに来るかもしれない。そう思って……」
そこで何かを言いかけて、思い直したように言葉を引っ込めた。
「……………………ごめんなさい。忘れてください、変なこと言って」
「いや、間違ってない。ありがとうな、ゆんゆん」
変に踏み込むべきではないと思ったのか、言い淀んだ末に話を打ち切ろうとしたゆんゆんに、スバルが告げたのは心からの感謝だ。
一撃ウサギに、エンシェントドラゴン。
以前の周回、どちらにも果敢に挑んでいった彼女だが、恐怖心を抱かないわけがない。
あくまで自分の中にある恐怖をねじふせる強い勇気を持てる、そんな人間というだけのこと。
彼女がその勇気を持って、スバルを助けようとしてくれたことに、心からの感謝を抱く。
「なら、俺ももっと体張って頭回さねえとな……」
資料から得られた情報は多くないが、少なくとも人の手で打倒できる存在と確かめられたのは大きい。
残りの時間はめぐみん達の帰還を待って――――『そんなものを待っていてどうする』
「――――っ」
妙に落ち着いた声が脳裏をよぎり、スバルの『待ち』を揺さぶった。
待ってどうするなどと、待ってクリス達の動向を知り、そこから宿を移って今後の対策を練るに決まっている。
スバル一人では見えない答えも、皆で思考すれば見えるかもしれない。ゆんゆんの持つ恐怖心を知った上で、説明の出来ない話に協力させるのは本意ではないが、そうすればきっと――――。
『毎回クリスに捕まるつもりか? そんな時間のロスをする意味はないだろう。元より、次回からは彼女に捕まらないよう立ち回るつもりだったはずだ。ならば、見つかってからのクリス達の動向、その優先度は低いだろう』
それはスバル自身の内なる声。
誰かに仕込まれたものではなく、頭の中の冷えた部分。正真正銘、スバル自身が感じているもの、己の迂闊さを戒める冷たい思考だ。
確かに、この周回がいわゆる『捨て回』となることは、スバルもわかっていた。
魔女の残り香をどこまで感じ取れるかは知らないが、クリスと直接顔を合わせなければ自分が臭いの発生源だと気づかれまい。
このルートに入った時点で失敗。そう考えるならば、クリスの今後の動向を探っても意味は薄い。
だからといって、どうしろというのか。
簡単な話だ。めぐみんたちの帰還は無視して、もっと身体を張って情報を集めればいい。
そこまで思考が至り、スバルの心臓が弾む。自分の右手を胸の上に置き、その鼓動を確認する。
今の思考は、自分に協力してくれている彼女たちへの裏切りだ。
スバルの巻き添えで恐怖を抱かせたゆんゆんも、何の義理もないのに手を貸してくれているめぐみんやセシリーも裏切る、唾棄すべき行為だ。
『――――そうやって、また死体の山を築くのか』
冷たい思考がスバルの躊躇を殴りつける。
『あの世界を救えなかった自分をまた繰り返すのか』
何一つ手の内からこぼせない、全てを救おうとしているような欲張りな自分に、手段を選ぶ贅沢などあるのか。
スバルの胸の中で、ちょむすけが小さな鳴き声をあげる。スバルから離れたがっている様子を感じ取り、そのままちょむすけを解放した。
続いて、広げてあった資料をかき集め、端をトントンと揃えてひとまとめにする。
決意はできた。いや、できなくても、しなければならないのだ。
超えるべき障害を見極めて、クリアする条件を明確にして、最善の行動で対処するために。
最悪の未来を想定し、最良の未来を掴み取るために。
「ゆんゆん、ちょっと休憩な。俺、これから席外すわ」
「えっ」
資料を片付けて、ちょむすけを解放したスバルはゆんゆんに告げる。彼女は小さく驚きの声をあげた後、おずおずと言葉を継いだ。
「え、と……。ナツキさん、外は危ないと思いますよ? めぐみんが戻ってくるまで待ってたほうがいいんじゃ……」
「いや、ちょっと用を足してくるだけだ。長くなるかもしれないけど、気にしないでくれ」
「あ、ナツキさ――」
スバルはゆんゆんの返事を待たず、部屋を出る。そして宣言通りトイレの方へと――――向かうことはない。目的地は全く別の場所だ。
上等な宿とはいえ、当然防音ではない。ドアの向こうに聞こえないよう、足音を殺して階段を降り、そっと外に出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ナツキさん…………」
トイレに行くと言い捨てて、そのまま出ていったスバルにゆんゆんは嘆息する。
一人で調べ物の続きをしようとも思ったが、すでに資料には概ね目を通してあるし、何よりスバルがどう判断するかよくわからない。
どうやらスバル自身には不思議な確信があるらしく、時々断定してものを語ることがある。
エンシェントドラゴンの出現を断言していることがまずそうだし、それ以外にも、ゆんゆんが『記録からこのドラゴンが魔法を使う可能性は低い』と推論しても、どこか否定的な態度だった。
変に推論を進めて思い込みを作らないほうがいいのかもしれない。スバルも広げてあった資料を片付けたほどだし、休憩とはっきり言っていた。少し無関係なことをしていても、文句は言うまい。
そう判断して、資料の中から一冊の絵本を手に取った。
それはエンシェントドラゴンとは何の関係もない、ひとつのお伽噺だ。今朝、急遽めぐみんが適当に集めた資料の中に混じっていたらしい。あまりにも有名な、おそらくは誰でも知っている絵本は、ゆんゆんも何度も読んだことがある。
ゆんゆんは童心に帰るつもりで、その絵本をパラパラとめくった。
それは、一人の少年の物語。
天才と呼ばれ、誰よりも強く、誰も寄せ付けず、猛り狂うように戦い続けた勇者の物語。
少年は魔物を倒し、悪魔を倒し、魔王の手先を倒し。結局、最後まで一人で駆け抜けた。
だがゆんゆんは、孤独な勇者はきっと一人でなんていたくなかったんだと思っている。
きっと、誘いをかけてきた冒険者達を拒絶したことを、後悔していて。
もう一度誘いをかけられたらどうしようか、今度はちゃんと手を取れるだろうか。そんなことばかり考えていたのだろう。
だからこそ、魔王の幹部に誘いをかけられた時、ずっと悩み続けたのだ。
命がけで無謀な戦いに出る配下がいる、そんな魔王が羨ましくて仕方なかったはずだ。
最後には彼自身が魔王となってしまうほどに。
「私は、こうなりたくないな……」
自然とその言葉が唇から滑り出る。
強くなりたい。強くなって、自分の認めた天才に勝利したい。
そしてめぐみんに認められる、最高のライバルでありたい。それはゆんゆんの偽りなき本音だ。
だが、そのために孤独な魔女でいたくはなかった。
スバルの言っていることが心から信じられなくとも、自分と共にいてくれる彼を支えたい、そう思う。
「二人共、聞いてください!」
ゆんゆんが絵本を置いた時、部屋の扉を開き、めぐみんが急ぎ飛び込んでくる。
その紅い瞳にはわずかな焦燥を帯びており、それを見たゆんゆんも自然と腰を浮かした。
めぐみんは部屋を見回して、ゆんゆん一人しか残っていないことに気づき、怪訝そうな目つきをする。
「姿が見えないようですが、あの男は?」
「ナツキさんなら、お手洗いに行ってるわ。それより何があったの?」
めぐみんは被っている帽子を脱ぎつつ、そのまま滑らかに舌を動かして話し始める。
「ええ、犯人と思しき女盗賊とクルセイダーの二人組が、森の中に悪魔討伐へと向かっていったそうです」
「たった二人で!? そんな、本当なの!?」
悪魔相手にたった二人というその無謀さに、驚愕の声を上げるゆんゆん。
彼女自身、未だ半人前とはいえ紅魔族。そこらの魔法使いには負けない自信があるし、自分の魔法を耐えたあのクルセイダーは相当な実力の持ち主というのはわかる。おそらく、仲間の盗賊もかなりの腕前なのだろう。
だがそれを差し引いても、上位悪魔を倒すには厳しいと言わざるをえない。上位悪魔アーネスと対峙した実感では、それこそ一人前の紅魔族を何人も集めるか、悪魔祓いのエキスパートであるアークプリーストでも連れてこなければならないだろう。
ゆんゆんの驚きに対してめぐみんは首を縦に振り、
「ええ、間違いありません。罠の可能性を考慮して、複数の情報源から話を聞きましたが確実です。そもそもその二人、ゆんゆんたちをあまり探してはいないようですね。テレポート屋で、利用者についての聞き込みをした程度のようです」
あのクリスという少女は、悪魔というものに対してかなりの憎しみと執着を見せていた。だからこそ、森の悪魔を倒そうというのだろうが、スバルがその間に逃げるのはそれはそれで困るのではないだろうか。
数瞬、何故という思考がゆんゆんの頭をめぐるが、すぐに合点がいく。
「……向こうの立場で考えてみれば、今向かうのは当然なのかも」
そうつぶやき、ゆんゆんは柔らかそうな唇から人差し指を離して口を開く。
「向こうはナツキさんが悪魔なのだと思い込んでるみたいだったけど、どのみちすぐに捕まった時点で、戦闘力が低いというのは明白よね。とすると『ナツキさんの目的は、人間になりかわってなんらかの搦手をしかけること』と想定するはずよ。事実、そんなことを言ってたし」
スバルは先走った襲撃を止めようとしていたという事実もある。クリスがそう考える可能性は高い。
「なるほど。その搦手は『正体がバレる』ことで不可能になったと。となれば、普通はさっさとテレポートで逃げるか、森の悪魔と合流するかといった手になりますね。どの道雑魚を探すより、さっさと森の悪魔を倒した方が効率的ということですか」
ゆんゆんの推測をすぐに理解しためぐみんが、その先を引き継いで結論付ける。
「勝てる勝てないは別にして、やるしかないって考えたのかもね」
「当然負ける可能性は考えているでしょうし、撤退の算段もつけてあると考えていいでしょう。なら、向こうの出発時刻から逆算すると、それほど時間の余裕はないですね。すぐに荷物をまとめて…………いえ、ほとんどはもうまとめていますか」
ゆんゆんもスバルも冒険者、それほど余計な荷物は多くない――ボードゲームなどの諸々は、ゆんゆんにとっては友達と遊ぶために必要な荷物である――ため、
めぐみんはスバルが置いていったちょむすけを頭の上に乗せ、その上から帽子をかぶる。
そしてゆんゆんに顔を向けると、
「トイレに行っているというお仲間を呼んできてください。あまりゆっくりしていたくはないもので、急かした方がいいでしょう」
「わ、私が? トイレに入ってる男の人急かすのって、抵抗あるんだけど……」
「私だって嫌ですよ。ほら、仲間なんでしょう。冒険者は長丁場のクエストになれば、もっと色々恥ずかしい状況になるんですから、これも修行です。ほら、早く」
そういってめぐみんは、躊躇するゆんゆんの背を押して、廊下へと押し出した。
「もう……………………」
強引なライバルに小さく溜息をつくと、ゆんゆんは歩きだし、使用中のトイレを遠慮がちにノックした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一歩一歩、光景を確かめるようにして、冒険者達によって踏み固められた道を進んでいく。
相変わらず木々は鬱蒼と生い茂り、地面も歩きやすいとは言えないが、それでも前回よりはマシに思えた。
行きで通るのは二度目だからというのもあるのだろうが、それだけではない。
よくよく観察すると、一部の草が乱暴に刃物で切られたような跡がある。それは森の奥のほうまで続いており、逆に横道にそれるように視線をずらすと、背丈の高い草が目に映った。
スバルとゆんゆんの帰還後、誰かが通ったのかもしれない。おそらく、誰かが森の奥を目指し、邪魔な草を乱暴に切り払いながら進んだのだろう。
「まあ、それは割とどうでもいいか……」
向かう場所は、この道を超えた先で見た、竜の彫像だ。
客観的に見れば、これは愚行としか言えない。今頃ゆんゆんもめぐみんも呆れ返っているだろう、とスバルは自分の行為を理解していた。
本来ならば、めぐみんやセシリーを待って情報を得る。そして宿を移り、安全を確保してから、そこでゆっくりと今後の対策を練るべきなのはわかりきっている。
だからこそゆんゆんも、スバルの言葉を疑うことなく見送ったのだろう。
だが、主観的に見れば違う。今回のクリアを目指すという前提さえ外してしまえば、クリスたちの動向を知るよりも優先すべき事柄がある。
ひとつひとつやっていこう。今はとにかく情報だ。
今必要なことを整理する。
冒険者ギルドですでに共有されている脅威、森の悪魔については一旦後回し。スバルが最優先するべきはエンシェントドラゴンの方だ。
こちらについて、まず考えられる対策の一つ目は、客観的かつ絶対的な証拠を提示すること。それこそ、クリスすら納得せざるを得ないほどの、絶対的な証拠を提示する方法だ。
だが、こちらは難しいだろう。資料を探してもらってきても、そんな手がかりは見いだせなかった。
ゆんゆんも、これまでその資料を見てきた人たちも、誰も手がかりを見つけられなかったのだ。何らかの法則を見つけるのは至難の業といっていいだろう。
「せめて、この世界でもエキドナがいてくれたらな……」
黒を纏った白髪の少女の姿を思い浮かべる。スバルに親身になってくれて、スバルの知る全てを受け止めてくれたあの魔女ならば何かわかったのかもしれない。
だが、ここは異世界。いない彼女を頼っても仕方のないことだ。
証拠提示策は一旦保留とし、意識を切り替える。
そして対策の二つ目。あの竜の彫像を調査、あるいは破壊することだ。
ギルドの調査で発見できなかった以上、スバルたちが離れた後に、あの彫像は行方をくらませていると考えたほうがいいのだろう。
だが、問題はそのタイミングだ。
本日は『死に戻り』してからの翌日。今すぐ森に飛び込めば像が見つかるのなら、次周回にでもクリスを避けつつめぐみんを連れてきて、爆裂魔法で消し飛ばしてもらうなどの手段が試せる。
竜の彫像がただの像なら無意味な行動だが、今周回最初のおかしな現象を見る限りその可能性は低い。状況の打破のため、十分試す価値があるだろう。
どの道、今回は行動が大幅に制限されることが見えている捨て回だ。ならば、なるべく有効活用したほうがいい。
情報が足りないなら、スバルが体を張って集めればいいのだ。どんな危険も度外視できる、自分のメリットを生かさなくてどうするのか。
この前提条件となる像の有無を確認すれば、たとえ死んでも有益な結果になるだろう。
「前もなんやかんやであのウサギに会うまでモンスターには会わなかったしな。場所ははっきりとは覚えてねえけど、方向感覚にはそれなりに自信がある。行きに一度、帰りは二度も通ってるんだから、なんとか辿り着けるだろ……」
スバルはそうつぶやいて、まとわりつく冷たい空気を肌に感じながら、歩き続けた。翠の海の中、変なものを踏まないように足元に注意して、足を進めていく。
やがて目に映ったのは、地面に落ちた白っぽい欠片だ。拾い上げてみると、それは魚の骨のような感じに見える。
「これ、ひょっとしてあの時の……?」
最初の周回、セーブポイントより前に、ゆんゆんがシャケの切り身を投げたことを思い出した。
走るちょむすけを捕らえるために、エサを投げて足止めに使ったそれと見て、間違いないだろう。
「食べ残しが落ちてるってことは、ここが目的地ってわけか……」
そうつぶやいて、スバルは自然と顔を上げる。
スバルの期待通りならば、ここで見えるのは竜の彫像の変わらぬ姿のはずだ。
当然全てが期待通りに行くとは思っていない。むしろ逆、これまでスバルの前には最悪の運命が用意されてきた。
故に、スバルは二つの悪い可能性を考える。
可能性の一つとしては、像がすでにないというもの。この時期にすでに移動済ならば、例えクリスたちに捕まらなくとも、めぐみんの魔力回復のタイミングからして破壊を目指すのは難しい。
もうひとつの可能性としては、ちょうどドラゴンが眠りから目覚めていて、それに気づかぬままスバルが死体になる可能性だ。
どちらも覚悟した上で顔を上げ――――そこでスバルの視線は、自然と無機質な目とぶつかった。
無機質な瞳を持ち、竜とは全く違うフォルムを持った存在がいた。
金属のような光沢を放つ、漆黒の体躯。コウモリのような質感を持ちつつも、比較にならぬ巨大な羽。
無機質な瞳に、禍々しく生えそろった牙と角。
「よう、ちょっといいか? 俺様は上位悪魔のホーストってもんだが……聞きたいことがあってよ」
一周目の惨劇を生み出す一因となった上位悪魔が、そこにいた。
遅くなって申し訳ないです。