友達料と逃亡生活   作:マイナルー

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先日発売したコミックアライブでのリゼロ×このすばコラボ冊子により、本作には若干の矛盾が発生してしまいました。
が、流石に逐一修正するわけにもいかないので、このまま行きます。


9 『教会』

 口をふさがれ、手足を拘束されたゆんゆんは、クリスのスバルへの尋問を背中で聞いていた。

(ナツキさんが悪魔……?)

 信じられないことこの上ない。例えるなら、爆裂魔のめぐみんが爆裂魔法を封印したというくらい、嘘くさい話だった。

(私を見ててカエルに食べられそうになったり、ウサギに追い掛け回される間もほとんど何もできなかった、弱いナツキさんのことを見た上でそう言っているの!? 見る目がないにもほどがあるでしょう!)

 ゆんゆんに悪気はない。彼女はあくまで真剣である。

 彼の目をちゃんと見るべきだ。あの弱さだが、魔王を倒そうという決意は本物だった。確かに実際に可能かというと怪しすぎる感は否めないが、それはまた別の話である。

 スバルの主張である『エンシェントドラゴンが来る、根拠ははっきり示せない』というのが信じられないのは仕方がないが、ちょっと臭うくらいで人を悪魔呼ばわりとは何事なのか。

 そんな、純粋な義憤。

 彼女は仲間に不当な疑いをかけられ、心からの怒りを抱いていた。

「あういあんあ、あうああんあああいあえんっ!」

 ゆんゆんは自らの中の怒りを抗議という形で表そうとする。が、テープでふさがれた口からはまるで意味をなす言葉が出てこなかった。

 情けない。

 いくら緊張していたとはいえ、油断した結果がこの体たらくだ。自分の不甲斐なさに歯噛みする。

 ジタバタとなんとか足掻こうとしているゆんゆんを、拘束した当の本人は横目で見て、

「ごめんね。キミは完全に被害者っていうか、ただ巻き込まれだけなんだと思うけどさ。でも、この男を解放されたら、もっと大勢の被害が出るかもしれないからね」

 しばらくの間我慢して、と告げてくる。

 勝手な話だ。

 せめてもの怒りを視線に込めるが、クリスはまるで意に介した様子もなく、放った怒気は虚空に消えた。

 さて、とクリスはつぶやいて、スバルとの話を再開させる。

「気を取り直して話を続けようか。えっと……スバルくん、だっけ?」

「その呼び方はやめろ」

 静かな、だが燃えるような怒りの声。

 声量こそ小さいが、先程ゆんゆんの放った怒気の何倍もの激昂がそこに込められている。

 以前悲しげな瞳でスバルに拒絶された呼び名。そこにはやはり、彼に譲れない何かがあるのだろうか。

 その怒りを受けて、クリスもそれなりに何か思うことがあったのか、一瞬だけ言葉を止め、

「…………そっか。じゃあナツキくん。とりあえずキミには色々と聞かせてもらわないといけないよね」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 片手でスバルの喉を圧迫し、大声を出すことを封じながら、クリスはスバルの顔を覗き込んでくる。片頬に傷のある端正な顔立ち、それを堪能する余裕はスバルにはなかった。

「あいにく、俺が話せることは大体話したよ。……そもそもの前提として、俺の話を全く信じてもらえない相手に、何を言っても無駄って感じがするんだが。……俺を悪魔だっていうなら、なんですぐ始末しない?」

「昼間、キミと会った時はこんな臭いしなかったんだよねえ。なのに、夜になったらこうなってた。このあたりの事情について解明させといてもらわないと……」

「急に臭いが、か……」

 やはり『死に戻り』か。

 スバルの経験、さらにはレムなどからの言葉を聞いた推測になるが、『死に戻り』および、その事実を告げようとすることで、魔女の残り香は強くなる傾向にある。その臭いは濃厚らしく、そうそう拭い取れるものではない。

 例えば前の世界、ロズワール邸を訪れたばかりの時。『死に戻り』から三日、あるいは一週間経過した後も、レムはスバルから『臭い』を強く感じ取っていた。

 おそらくは時間経過である程度薄れるものと思われるが、少なくとも数日程度で消えるほどでもあるまい。と、なると、色々問題が浮上してくる。

 仮にここで、スバルが自決に成功したとしよう。

 そのまま次のループ以降、『死に戻り』を駆使すれば、クリスとの対面を避けつつ調査し、エンシェントドラゴン襲来、その根拠も組み上げられるかもしれない。

 だが、クリスを避けるにも限度がある。

 冒険者ギルドへの大規模な協力要請、それが通ったとしても、さすがに進言した張本人が姿を消し続けるわけにもいかないだろう。

 クリスと前回のような非敵対関係を築けない以上、もしクリスに見つかれば最後だ。

 彼女に『この男は悪魔かその協力者だ』と疑いをかけられて、嘘発見ベルによりスバルの言葉が嘘である、と偽りの証明がされてしまう。

 つまり、スバルは大規模な協力要請ができなくなった。

 人生最初の『死に戻り』以来、他人の手を借り続けてきたスバルにとって、これはまずいなんてレベルではない。『死に戻り』と魔女の残り香が切っても切れない関係である以上、スバルはクリスからの疑いをすぐ晴らすことはできず、それは――――――――。

 …………………………。

 ――――――――?

 今、何かがおかしかったような。

「ねえ、悪魔の中でも、夜に力を増すタイプとかそういうのなの?」

「ぐっ…………」

 どこか感じた違和感、それはクリスの言葉、それに指の圧力の前に霧散する。

「あいにく、これでも前はそれなりにいいお屋敷の使用人やっててな。夜型どころか、朝起きて夜眠る、そこそこ規則正しい生活を送ってきたつもりなんだが……」

 あれこれ検討するのは後回しだ。今は目の前のクリスに対応しなければならない。

 スバルの正直な返答にも、クリスはまるで信じる様子もなく、ブツブツと自問するように、何かをつぶやいている。

「やっぱり、人間が悪魔に体を乗っ取られているってケースなのかなあ? だとしたら困るなあ……この街のプリーストじゃ浄化しきれるか怪しいし」

「捕まえてから色々考えるとか、いくらなんでも無計画すぎるんじゃね? 俺達を連れて行ったのは目撃者もいるだろうし、ちょっと騒ぎになればすぐ犯人だってわかるだろ。ここはひとつ、穏便に俺達を解放してみるのが賢い選択だと思うぜ。自由になれて俺もハッピー、お縄にならずに済んでお前もハッピーだ」

「もし捕まったら、あたしは『悪魔の仲間を捕まえてました。この街を守るために仕方なかったんです』って言うかなあ。このベルが証明してくれると思うよ」

 そういって彼女は、嘘発見ベルを振って見せた。ベルを揺らした拍子に鳴った澄んだ音が実に忌々しい。

 ベルを睨みつけるスバル、そのスバルを疑念の目で見つめるクリス。そんな二人に、後ろの女騎士が声をかけてくる。

「クリス、私はあまり話についていけていないのだが…………結局、この二人をどうするつもりだ? 言っておくが、あまりに度が過ぎるようなら、友人として止めることになるぞ」

「そうだねえ……さっきの真実の追求は後回しにして、とりあえず森の悪魔を滅ぼしちゃうまでは、監禁するか」

 ――――――――!

 区切り区切り、強調するように言うクリスの言葉にスバルは戦慄する。

 それはまずい。

 今すぐ舌を噛み切り自決するか。だが以前ある男に監禁された際には、それを実行に移した瞬間に猿轡を噛まされた。

 相手の意識が逸れた瞬間を狙うべきか――――。

「いや、いっそここでこの男ごと滅ぼしてしまおうか」

 クリスはそう言って、喉から手を離すと、身動きの取れないスバルの後ろから頭を掴み、首筋に何かを押し当ててくる。金属、おそらくは彼女の持つナイフだろうか。その冷たい感触がスバルの首の皮を一枚裂き、スバルの痛覚を刺激する。

「お、おいクリス!」

「悪魔を野放しにして出る犠牲者の数を考えたら、こっちのほうが被害は減るよね?」

 制止の言葉も聞かず、クリスがナイフに込める力を増したのがわかった。

 真相究明よりも、安全策を取るつもりか。クリスに、レムのように人を殺せるだけの覚悟があるなら、街を守るためにその選択もありだろう。

 それに、スバルとしてもそっちの方がよほどありがたい。

 以前スバルが経験した監禁生活は最悪だった。

 悲劇が待っていることがわかっているのに、対策を打つどころか自決による『死に戻り』すら封じられた毎日。

 身動きが取れず、暗闇に沈み、涎の混じった自分の息遣いを感じ取る日々。食事を喉に押し込まれる拳の感触と、垂れ流した排泄物の処理だけが誰かと接する唯一の機会。

 押し込まれた食事で汚れた顔で、自らの鼓動を感じ、かつて見た悲劇を追想し、ただ死に濃い焦がれていた。

 友人が来てくれるあの時まで、虫やネズミに喰い殺されたいと、死ねるならどんな有様でも構わないと、本気で考えていた。

「むー! むー! むー!」

 まさに今、背後でスバルが殺されようという現実に、ゆんゆんがいよいよ本気で暴れようとしている。完全に動きを封じられた状況では大した効果はあげられていないが、彼女の善性は心から尊いと思う。

 が、何の罪もない彼女を巻き込み、あんな日々を送らせるくらいなら、今自分だけが『死』んだ方がよほどマシだ。

 そう思うと、クリスのナイフの感触にも自然と感謝の念を覚える。

 深く息をつき直し、来るであろう首の激痛に覚悟を決めた。

 今回はろくな情報を得られなかったが、それでも同じ轍は踏むまい。きっと『次』はなんとかしよう。

「――――――――今、安心したよね」

 頭を握る手に、よりいっそう力が込められた。

「自分の殺害を宣告されたのに、死を恐れていない。本気で殺気を向けたのに、無防備な今に恐怖を覚えていない。むしろそれがありがたいって顔だ。本調子じゃない今のあたしでも、そのくらいはわかるよ」

 その声はスバルの耳をくすぐるように、そしてスバルの思考を見透かすように。スバルの脳へと滑り込んでいく。

「ねえダクネス。自分の死をどうしようもないって、受け入れられる人間はいる。希望を失って、もう生きていたくないって人もいるよ。でも……『街の危機を止めたい』なんて言ってた人が、そうやすやすと死を受け入れられるものかな?」

 試された。

 乗り気ではなかった女騎士――ダクネスを納得させるために最初から殺す気はなかったのか、それとも彼女自身が選択に確信を得るためか。

 スバルを敵だと考えている彼女が、スバルの望んでいる行動を取るはずもない。

「そんなことができるのは、死を何も恐れないアクシズ教の人間か……死んでも『残機』が減るだけの悪魔か…………後は、命をなんでもないと思ってる、狂人くらいのものなんだよ」

「狂人……か」

 ある男に言われた。

 自分の命を賭け金にして当たり前の顔をする狂人だと。

 ある女に言われた。

 嫌な目をするようになった、と。

 今銀髪の盗賊が抱いていた気持ちは、二人の感じていたものと、きっと同じものなのだろう。

 スバルだって、本当は恐ろしい。

 恐怖を抱かないわけがない。

 鋭利な刃物で肉を切り裂かれ、血の海に溺れ、肉体から体温が失われていく感覚。それを思い出すだけで、身も心も震えそうになる。

 それでも。

「俺の命で済むなら――――安いものなんだ」

 誰に聞かせるためでもなく、確かめるように、そうつぶやいた。

 クリスはそれが聞こえたのか、聞こえなかったのか。スバルの首からナイフを、続いてスバルの頭から手を外して、スバルから距離を取った。

 ひとまず遠ざかったスバルの死に、ゆんゆんがほっと安堵の息をついたのがわかる。

 それには反応せず、スバルの意識はクリスの動向、ダクネスとの会話へと集中していた。

「――クリス。今のはどこまで本気だったんだ? 正直、肝が冷えたぞ」

 金の髪を揺らした、ダクネスの問い。少し――まあ少し、変わったところこそあるが、少なくとも彼女も、未確定のままスバルを殺そうというつもりはないらしい。

 何らかの問いつめ程度は予想の範疇であったのか、クリスはそれにすらすら淀み無く答える。

「さあ……どうだろう。単なる悪魔なら滅ぼしておくつもりだったけど、悪魔に身体を乗っ取られている可哀想な少年かもしれないし、何より弱すぎて逆に不気味なんだよね。とりあえずこのまま軟禁して、他の街から優秀なプリーストを呼んで祓ってもらうつもり」

 聞く限り、その声に嘘の様子は見られない。

 もちろんスバルに聞かれるようなこの距離だ、全てを語っているわけではないのだろう。

 だがそれでも拉致という強引なやり方も、無関係な少女(ゆんゆん)を巻き込んだことも、彼女なりの正義を通しているという自信が感じられた。

 クリスにしてみれば、ただ単に危険因子を隔離しているだけ。

 身体を乗っ取られた被害者の可能性や、始末すること自体が相手の罠という可能性など、危険について考えるのが精一杯。

 クリスに『悪魔っぽい臭いをした、全く別の怪しい存在を抱えた、多分無害な男』なんて発想は出てこないのも無理はない。

「それに、彼の言ってた『エンシェントドラゴンが来るから、悪魔を襲うのを延期しろ』っていうのが、どこまで本当なのかも気になる。嘘っていうのは、真実を混ぜるからこそ効果があるからね」

「エンシェントドラゴンか……。確か伝説では一度討たれて大きく力を失い、その後何度も復活を繰り返しているというが……」

「うん、まあ……そうだね。とにかく、どっちにしろ向こうの目的は襲撃を引き伸ばすってことだろうし……悪魔を襲撃するのは急いだほうがいいかも」

 クリスが、スバルの願いとは真逆の結論を出そうとした、その刹那。

 部屋のドア越しに、何かが砕けるような音が僅かに響いた。おそらくは、教会入口の方向であろうその衝撃に続き、本エリス教会に攻撃を受けたことで作動する警報が鳴り響く。

 突然の音に状況を理解したクリスは顔色を変え、ダクネスに顔を向ける。

「今ここを襲ってくるなんて………………ダクネス、ちょっと見てくるから、その二人見張っておいて!」

 親友の返事も待たず、短い銀の髪を振り乱しながら、クリスは駆け出した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 椅子に縛り付けられたゆんゆんは、クリスがドアを開けて飛び出していく音を背中越しに聞いた。

 床を軋ませながら、足音が遠ざかっていくのを聞きつつも、部屋の入口近くにはダクネスが残っていることが気配で伝わってくる。

 本来ならば今こそ脱出のチャンス。この縄さえ何とかできれば…………。

 そう考えるも、自分の短剣はスバルと同様に、自身を拘束するロープの下、鞘に収めたままである。当然都合よくビンの破片などが転がっているはずもなく、そんなものがあってもロープを切る前にダクネスに取り上げられてしまうだろう。

 打つ手が思いつかず歯噛みする。

 そんな折、スバルの口から小さな声が漏れるのを聞いた。

「来いよ、『見えざる、手』――――」

 それはわずか数日しか接していないゆんゆんが、初めて聞くスバルの声色。

 魂を絞り出すようなその一言が響き、同時にゆんゆんの身体を後ろから『何か』が触れる感触がした。

 ゆんゆんの目にそれは映らない。光に映ることも、闇として存在するわけでもないそれは、確かめるように手探りでゆんゆんの顔の肌に触れていく。

 得体の知れない何者かの接触。だが、その感触は優しく、敵意を持っていないことを感じ取れる。

 先の声を鑑みるに、この持ち主は。

(ひょっとして、ナツキ、さん――――?)

 見えない感触の『何か』がゆんゆんの口を塞ぐテープにかかったかと思うと、優しげな手つきで口のテープを剥がしていくのがわかった。

 驚きは一瞬。沸き起こる疑問は打ち消し、すぐに今すべきことを理解する。

 背中越しの相手からは、自分の口元は見えない。

 ヒリヒリとした痛みを無視して、ゆんゆんは口の中で詠唱を完成させた。

「『ブレード・オブ・ウインド』」

 拘束されながらも僅かに動く右手、その手首を可動範囲限界まで強引に動かし、その動きで小さな風の刃を作り出す。

 その刃は彼女を拘束しているロープを切断し、その勢いのまま壁に突き刺さった。

「何っ!?」

 ダクネスの驚きの声。その響きは一瞬、すぐに彼女は剣を抜かないまま身構える。

 相手の射抜くような視線を受けながら短剣を抜き放ち、ゆんゆんの詠唱は完成に至る。

 人を相手にすることに躊躇いを含みながらも、小さくその魔法を叫んだ。

「『ライトニング』っ!」

 狙いはダクネスではなく、その足元の木板である。

 元より直撃させるつもりもない、ただの牽制だ。だが、出入口から大きく飛び退かせるか、それでなくとも相手を怯ませることができればそれでいい。

 先にスバルの拘束を解き、二人で牽制を交えつつ戦えば、逃走のチャンスは見つけられるだろう。

 しかし、ゆんゆんの目算は外れる。

 その雷撃を見たダクネスは驚異的な反応速度を見せ、雷撃の着弾点に自らの肉体を割り込ませた。

「な――――――――!?」

 ちょうど右手の短剣でスバルの拘束を解こうとしていたゆんゆんは、自ら魔法を受けに行くダクネスを見て、目を驚愕に見開く。

 少々縛られるのとはわけが違うのだ。

 自分の放つ中級魔法、それは並の魔法使いの上級魔法を上回る威力を持ち、並の人間が受ければ即死しうる危険な一撃である。

 避けて逃げ道を作りたくないという理屈はわかるが、だからといって躊躇なく受けに行くとは予想外もいいところだ。

 それだけ自分のタフネスに自信があるのか。

 事実、雷撃の直撃を受けたダクネスは、それほど大きなダメージを受けた様子もなく、こともなげに両手を広げてみせる。

「どうした、その程度でこの私を倒せると思ったか! もっと凄いのをどんどん撃ってこい!」

 予想を遥かに上回る耐久力。控えめに見てもありえない。

 ゆんゆんはスバルを拘束するロープを短剣で切断すると、そのままダクネスに向き直る。

 同様にダクネスの方を見据えたスバルは、苦しげに胸を押さえながら、一度肺の中の空気を全て絞り出す。そして、強引に呼吸を落ち着かせた後、相手に言葉を向けた。

「悪いが……通してくれ。こっちはいきなり拉致られた、そっちは魔法を喰らった。あとは解放で全部チャラ、恨みっこなしってことでさ」

「残念だが……それはできない。こちらとしてもあまり褒められたことではないのは理解しているが、クリスの主張もわからないでもないのだ」

 ダクネスは無手のまま罪悪感を振り切るように小さく頭を振る。その頭に追随して動く金の髪は光の波を描くようだったが、その美しさに見とれているわけにもいかない。

 背から(ワンド)を取り出してゆんゆんは次の一手を考える。

 自分の攻撃魔法ではダクネスを倒し切ることはできまい。仮にできても、それは相手を殺すつもりで戦うことが前提だ。そんなことを容易くできるほど、ゆんゆんは修羅場を越えていない。

 ならば、スバルはどうだろうか。先程の、見えない『何か』がスバルの切り札であれば、可能性も――――いや、もしそれだけの力があるなら、もっと簡単に使っていただろう。下手に計算に入れない方がいい。

 とすると、取れる手段は一つ。ゆんゆんはスバルの方へと視線を向けた。

 紅い瞳に、一つの意思を込める。

 その意思が通じたわけでもないだろうが、スバルは一歩前に出て、ダクネスに対して説得にかかる。

「こっちだって、はいそうですかって引き下がることもできねえよ。信じてもらえないだろうが……ドラゴンが来るんだ。このままじゃ、この街が危ないんだよ。別に長く過ごしたわけでもないけど、それでもこの街をホイホイ諦めるわけにはいかない。俺は、誰よりも諦めが悪いんだ」

「先ほどの魔道具は、裁判でも同様のものが採用されるほどだ。たった今、明らかな異常が見受けられた人間を放っておくわけにはいくまい。私にはこの街の人々を守る義務がある。根拠もなく、すぐに相手の言うことを鵜呑みにするわけにもいかないのだ」

 決して話がわからない相手というわけでもないのだろうが、今スバルが説得できる相手というわけでもなさそうだ。

 もちろん、ダウナー系コミュ障のゆんゆんにも、彼女を説き伏せることはできはしない。そんなことができる度胸と話術があるのなら、最初からぼっちなどやってはいない。

 だから今、ゆんゆんにできることは、ダクネスの言葉を聞き、

「もちろん、二人の身の安全は保証しよう。なんならすべてが終わったら詫びとして私のできることならなんでもしよう。ああわかっている、このような拉致監禁に遭ったあとだ、どんな温厚な人間だろうとそうやすやすと許すことはできまい。男として怒りの赴くままに、負い目から抵抗のできない私を組み伏せるのだろう。そして私は無理矢理服を剥ぎ取られ、肉欲に蹂躙され――――」

「『スリープ』」

 問答無用で昏倒させることだった。

「うわあ…………」

 身体が崩れ落ちるように倒れ、そのまま眠りこけたダクネスを見て、スバルが声を漏らす。

「え、と……とりあえずしばらく大丈夫なのか、これ」

「はい。状態異常耐性は、気を張って魔力を高めている時にこそ最大の効果を発揮しますから……さっきの状況なら、狸寝入りの可能性はないと思います」

 おそらく敵は防御特化。当然、前衛として状態異常耐性も高めていたことは想像に難くない。

 だが、会話によって集中を阻害され、更にわけのわからないことを一人で言っているダクネスには効果てきめんであった。

 会話の途中で眠らせる。卑怯と言えば卑怯かもしれないが、もともと拉致してきたのはそっちだし、仕方がないと思って見逃して欲しい。

「そ、それよりナツキさん。もう一人の方が戻ってくる前に早く逃げましょう」

 めぐみんならば『戦いの最中に油断する方が悪いのです』と割り切れるかもしれないが、ゆんゆんはそこまできっぱりと割り切れない。

 正直言ってかなり後ろめたく、スバルの目を見られない。

 スバルに変な目で見られていないかビクビクしながらも、二人はそのまま部屋を後にして、脱出口を探しに向かった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ベルゼルグ王国、アクセルの街。その街のエリス教徒が、日々祈りを捧げる場所――エリス教会。その建物を見据える女がいた。

 顔や手以外の肌を覆い隠すワンピース状の衣服、その胸部には大きく十字が刻まれており、それが修道服であることを示している。もちろん、彼女はこの教会に所属するエリス教の修道女――――ではない。

 その修道服は青を基調としており、身を包んだ彼女が水の女神アクアを信仰するアクシズ教徒であることを証明していた。

 本来彼女は、ここにいる人間ではなかった。本来ならば、水と温泉の都アルカンレティアでところてんスライムを楽しみ、アクシズ教徒を増やそうとする平穏な毎日を送っていたはずである。

 ことの発端はつい先日。彼女が所属するアクシズ教団、その最高責任者のアークプリーストが、女神の神託を受けたことにあった。

 なんでも、アクセルの街でアクア様が金銭を欲しているとか。

 理由は分からないが、当然アクシズ教団としては、神託の発信源とされるアクセルの街を調査するべく人員を派遣することになった。

 アクセルといえば、先日彼女が出会った、理想のロリっ子が向かった先である。

 アクア様の神託を叶えるため、そしてあの愛らしいロリっ子と再会するため。

 彼女は荷物をまとめ、長々と馬車に揺られることを覚悟して出発した時、ちょうどアクセルに転移(テレポート)しようとする魔法使い(モブ)と遭遇したのである。

 なんでも、温泉をめぐっての湯治を終え、アクセルに戻るところなんだとか。

 ほんの僅かなタイミングの差。女神アクアの神託が少しでも時期がずれれば、その男に気づくことはなかったろう。

 ――――馬車代は節約できるし、時間は短縮できるし、万々歳じゃない。アクア様、私、感謝します!

 女神アクアの導きのままに、その男への平和的な脅迫(はなしあい)を経て、直接アクセルに転移した彼女。

 まず『とりあえずクリムゾンビアーとカエルの唐揚げを楽しんで、それから可愛らしい紅魔族のロリっ子について知らないか聞こうかしら』などと考えていたところで、ふとエリス教会を目にして今に至る。

 修道女は一度その教会から離れたかと思うと、近くの舗装されていない地面へと歩き、そこで何かを拾い上げ、懐に入れた。

 同様の作業を何度か繰り返し、懐が十分に膨らんだ時点で、教会の前へと戻る。そして懐に手を入れ、先程拾い上げたものを取り出した。

 ちょうど修道女の手に収まるような、手ごろな大きさの石だ。

 彼女はそれをひとつひとつ道に並べ始める。

 そしてそのうちの一つを掴み取ると、大きく振りかぶり――――――――全力で教会へと投擲した。

 大きな破壊音と共に、教会の中で巨大な窓が割れ、人が通れそうな大きな穴が空いた。

「ストライク!」

 自らの会心の一撃に歓喜の声を上げ、大きく拳を天に突き上げる。そしてそのまま次の投擲に移った。

 この街に来てから、妙に体の調子がよい。精神の高揚が激しく、その心に応えるように、全身に力がみなぎっている。

 これも偉大なるアクア様のご加護だろうか。

 その投擲は、教会からナイフを持った銀髪の女の出現まで続いた。

 

 修道女の名はセシリー。

 おそらく、今のアクセルで一、二を争うスーパー自由人。

 彼女は今、絶好調であった。


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