ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第四十二話 高速ネウロイ追撃戦

 ばーんと大きな音を立てて芳佳の執務室の扉が開け放たれた。

「シャーリー!」

 芳佳はがたっと音を立てて立ち上がる。

「ルッキーニちゃん!」

 突然やってきたのはロマーニャ空軍のフランチェスカ・ルッキーニ大尉だ。シャーリーに加えてルッキーニまで来るとは、嫌な予感しかしない。

「ルッキーニちゃん、こんな所へ遊びに来ていていいの?」

 しかし、ルッキーニは悪びれることなく堂々と答える。

「あたしはいいの。それよりシャーリーは? 来てるんでしょ?」

 仕方がないなあと思いつつ答える。

「シャーリーさんは新型ユニットのテストだよ。格納庫じゃないかな。」

「うん、わかった。」

 ルッキーニは風のように去って行く。昔だったら一緒になって走って行く所だが、今はそうもいかない。

「いいなぁ、ルッキーニちゃんは自由で。」

 まあ、芳佳も大概なのだが、自分の事はなかなか見えないものだ。しかし、すっかり書類仕事などやる気が失せてしまった。

「今日はもういいや。」

 芳佳は決裁途中の書類を片寄せると立ち上がる。

 

 芳佳は大村航空隊に顔を出すと、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐が復帰して、夜間待機任務から解放された玲子に声を掛ける。

「玲子ちゃん、哨戒に行くよ。」

「えっ? 今日の哨戒は長谷部さんとわたしの予定ですけれど・・・。」

 戸惑う玲子だが、芳佳はそんなことはお構いなしだ。

「うん、予定はいいや。今日はわたしが行くことにしたから、玲子ちゃん一緒に来て。」

「はい。」

 もちろん司令官直々の命令に逆らうことなどありえない。玲子自身はただ命令に従って行くだけだ。でも、他の人にも断って置かなければいけないのではないか。

「では、長谷部さんと千早さんに断って来ます。」

「いや、言わなくていいよ。あんまり大勢に知らせると、騒ぎになるかもしれないから。」

 いや、芳佳はそれでもいいかもしれないが、玲子は困る。いくら司令官命令とはいえ、黙って出たりしたら後で叱られるんですけれど・・・。

 

 轟音を上げてテスト飛行に飛び立つシャーリーと、同行するルッキーニを見送った後、芳佳たちは哨戒飛行に出発する。

「宮藤芳佳、発進します。」

 型通りの通信を送ると、慌てふためいた通信が返ってくる。

「司令官、発進って、そんな予定はないんじゃないですか? 一体どこへ行くんですか。」

 これは、グラッサー中佐だ。

「うん、哨戒飛行に行くんだよ。」

「どうして司令官が哨戒飛行に行くんですか?」

「ええと、今日は哨戒飛行に行きたい気分なんだよ。だから今日の予定の祐子ちゃんと交替したんだよ。」

 そして、話が長くなると止められると思ったのか、振り切るように発進する。

「発進!」

 ふわりと空へ舞い上がる芳佳を追って、玲子も発進する。大村航空隊では長谷部一飛曹が目を丸くしている。

「千早さん、わたしいつ交替したんですか?」

 千早大尉は苦笑して答える。

「うーん、いつ交替したんだろうね。でも宮藤さんがそう言うんだから、祐子ちゃんは今日はお休みでいいんじゃないかな。」

 付き合いの長い千早大尉は、この程度の事では一々驚かない。

 

 芳佳は玲子を連れて北上する。眼下にはまだネウロイの支配下にあるハンガリー北部地域が広がっている。先般奪還したブダペストはケストヘイより北寄りにあるので、ウィーンの巣からブダペストへ向かうネウロイがあった場合、ケストヘイのかなり北を通ることになるので、北方の哨戒は欠かせない。もっとも、ネウロイはエステルライヒ地域侵攻の策源地となっている南のマリボル方面や、西のカールスラント国境方面に多く出没し、東のブダペスト方面にはほとんど出没していないのが現状だ。だから最前線の哨戒といっても、割合気楽な飛行だ。陽射しは大分暖かくなってきていて、冬場の身を切るような飛行を思えば快適だ。

「ねえ、玲子ちゃん、夜間飛行はどうだった?」

「はい、最初はとても不安でしたけれど、何回か飛んでだいぶ慣れました。夜間飛行ができるようになって、夜間戦闘も経験して、少し自信が付きました。」

「うん、よかったね。ウィッチになって良かったでしょう?」

「はい、元々、小さい頃からウィッチには憧れていましたから、こうして飛べるようになって嬉しいです。」

 こうしてみると、玲子をいきなり飛ばせた芳佳の無茶も、結果オーライという所か。

 

 そんなのどかな哨戒飛行は、一本の通信で一変する。

「ネウロイ出現。ウィーンの巣から南下、マリボル方面に向かう模様。」

 芳佳の表情がきゅっと引き締まる。

「了解、確認します。」

 針路を西へ転じると、速度を上げてネウロイの飛行ルートへ向かう。気分転換にちょっと飛ぶつもりだったが、それだけでは済まなくなった。刻々と通報されるネウロイの移動ルートから計算して、会敵地点はアルプス山脈の東端あたりになりそうだ。そして、ネウロイが見えた。

「ネウロイ確認。中型が1機、細長い棒状のタイプです。攻撃します。」

 グラッサー中佐から応答が来る。

「了解。先日出現した高速型のようですね。ビームは先端から出るタイプなので、後方からの攻撃が良いと思います。念のため、シャル大尉を出撃させます。」

「了解。」

 芳佳は加速しながらネウロイの後方に回り込む。

 

 ネウロイの後方に占位した芳佳は、距離を詰めて銃撃を加える。びしびしと機銃弾が命中して、ネウロイの装甲が削れて白く点々と跡が付く。するとネウロイは、ビームを撃ち返して来ることなく、尾部からの噴射を強めて加速する。玲子が叫ぶ。

「宮藤さん、加速しました。」

「うん、追うよ。」

 やはり前回出現した高速型のネウロイと同じで、後方にはビームを撃てないが、高速で攻撃を振り切るタイプのようだ。しかし、前回のセルビア隊は最高速度540キロのハリケーンだったので振り切られたが、玲子の紫電改の最高速度は640キロ、芳佳の震電なら750キロだ。ぐっと加速して追いすがると、再度銃撃を加える。するとネウロイはさらに加速する。

「宮藤さん、もうこれ以上出せません。」

 玲子が苦しそうに訴えるが、これは予想の範囲内だ。

「うん、仕方ないよ。後からついてきて。」

 そう答えると、芳佳は更に加速する。

 

 一方のネウロイもどんどん加速する。普通に追いかけていたのではどうにも追い付けない。芳佳は思い切って大量の魔法力を震電に送り込む。送り込んだ魔法力に反応して爆発的な加速が付いた、と思った瞬間急に力が抜ける。

「えっ?」

 振り返って見ると、震電から噴き出した一塊の黒煙が漂っている。震電は出力を失って、不規則な振動を繰り返している。これは・・・、芳佳は蒼くなる。昔経験した、飛べなくなった時とそっくりだ。震電が芳佳の魔法力を受け止めきれなくなって、リミッターが働いたということなのだろうか。芳佳は背中を下にして落下しながら、大きく深呼吸する。魔法力過剰でリミッターが働いたのならば、魔法力をコントロールすればちゃんと動いてくれるはずだ。

「動いて。」

 芳佳は慎重に魔法力を送り込む。震電は、ぼん、ぼん、と煙の塊を吹き出す。もう少し、と緩やかに魔法力を強めて行く。と、突然勢いよく魔導エンジンが動き出した。呪符が回転して揚力が戻って来る。やれやれ、どうにか墜落は免れた。芳佳は冷や汗を拭う。

 

 飛行は再開できたが、既にネウロイとの距離はかなり開いてしまって、今からでは追い付くのは難しい。

「宮藤です。ネウロイに振り切られました。恐らく800キロ以上出していると思われます。」

「グラッサーです。間もなくシャル大尉が追い付きますので、シャル大尉に任せてください。」

「了解。」

 通信を終えるとちょうどシャル大尉が現れた。さすがに速い。ぐいぐいと肉薄して行く。

「フレンツヒェンちゃん、お願い。」

「はい、任せてください。」

 なかなか頼もしい。

 

 シャル大尉はネウロイの背後に迫ると、30ミリ機関砲を発射する。ネウロイの後部に次々着弾し、装甲が砕けて飛び散る。尾部からの噴射が弱まって幾分速度が落ちたようだ。

「よし、もらった!」

 さらに射撃すると、ネウロイは中央部付近から二つに折れた。いや、中央部付近に当てていないから、中央部付近から折れるのはおかしい。そう思った途端、分離した前半部から噴射すると一段と加速する。

「ネウロイは分離してさらに加速しました! 追撃します。」

 シャル大尉は追撃するが、何としたことか、シャル大尉のMe262をもってしても追い付けない。

「まずい、まずいよ。Me262で追いつけないんじゃあ、ネウロイを止めれらないよ。」

 シャル大尉はもちろん、芳佳も、グラッサー中佐も顔面蒼白だ。多分1000キロは出ているので、地上部隊の対空砲火も当たらないだろう。このままでは、マリボルに集結している地上部隊や、集積している資材に壊滅的な損害が出てしまう。グラッサー中佐が叫ぶように、マリボル駐留のクロアチア隊に命令する。

「クロアチア隊、ネウロイの正面に立ち塞がって、何としてでも止めるんだ。」

 それぐらいしか対抗手段はないが、それで撃墜できるとは思えない。

 

 突然の轟音と共に、頭上を目にも留まらない速さで越えて行くものがある。

「シャーロット・イェーガー、ネウロイを攻撃する。」

 速い。1000キロは出ていると思われるネウロイに、あっという間に迫って行く。しかし、シャーリーはとっくに引退している身だ。戦闘などできるのか。

「シャーリーさん。シャーリーさんはテストに来たんじゃなかったんですか。」

 芳佳の通信に、シャーリーは答える。

「うん、実戦テストだよ。」

「でも、シャーリーさんもうシールドが張れないんですよね。危険過ぎます。」

「なあに、このネウロイは後ろには撃って来ないんだろう? それならシールドが張れなくても大丈夫さ。」

 そうは言っても、ネウロイだって反転して攻撃してくるかもしれない。

「駄目です、危険です。どうしても行くって言うんなら、誰かを護衛に付けます。」

「うん、それは嬉しいけど、誰が付いて来られるんだい?」

 そう言われると、芳佳はぐうの音も出ない。できるのははらはらしながら見守ることだけだ。

 

 急速に迫るシャーリーに、逃げきれないと思ったのか、ネウロイは大きく旋回しながらビームを放ってくる。

「シャーリーさん、危ない!」

 しかし、シャーリーも伊達にトップエースと呼ばれてはいない。音速を超える速度ながら、巧みにストライカーを操ってビームをかわす。そして圧倒的な速度差で、ネウロイの背後についた。シャーリーの機銃が唸る。芳佳たちを散々翻弄した高速ネウロイは、光の粒を撒き散らして消えた。

「ネウロイ撃墜!」

 破顔するシャーリーに、芳佳は大きく息をつく。

「シャーリーさぁん。あんまり心配させないで下さいよぉ。」

 しかし、シャーリーはそんな芳佳の恨み言もどこ吹く風だ。

「昔の宮藤の危なっかしさに比べれば、全然たいしたことないだろう?」

 そう言われると、どうにも反論しにくい。それにシャーリーがいなかったら大変な被害が出ていたかもしれないのだ。何はともあれ結果オーライといったところか。

 

 そこへ通信が入る。

「宮藤さん。どうも見当たらないと思ったら、何をやっているんですか。」

「あっ、鈴内さん。えっと、その、むにゃむにゃ・・・。」

 言い訳のしようもない。芳佳には、基地に帰れば参謀長のお小言が待っている。


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