ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 作:mix_cat
ブダペストに向かう部隊の先頭を進むのはハンガリー隊だ。地上部隊の先を進み、襲来する飛行型ネウロイを排除し、部隊の進攻を助ける重要な役割を担っている。次にスロバキア隊だ。地上部隊の先遣隊の上空に位置し、先遣隊を飛行型ネウロイの攻撃から直接防衛する役割を担っている。その下を進むのが地上部隊の先遣隊だ。戦車を多数装備し、点在する地上型ネウロイを排除して、ブダペストへの道を切り開く役割だ。その後方には地上部隊の本隊がある。歩兵部隊を主力とした規模の大きな部隊で、面の制圧を担うとともに、適宜防御陣地を構築し、ネウロイの反撃に備えて行く。その後方には重砲部隊が続く。先遣隊への支援砲撃や、ネウロイ集結地域への制圧射撃を担当する。更に工兵部隊が続き、防御陣地の構築や、輸送路の整備、架橋などを担当する。そして、輜重部隊が弾薬、燃料、その他各種資材を満載して続いている。
本体の最右翼を進む部隊は、一番外側を進むという意味ではネウロイとの遭遇の危険性の高い位置だが、一番南側、即ちネウロイの巣から最も遠い側を進むという意味では、ネウロイとの遭遇の可能性の低い位置だ。実際、ウィッチ隊が飛行型ネウロイと交戦したり、先遣隊が地上型ネウロイと交戦したりしたという情報は入って来るが、これまでの所ネウロイの姿を見ることはなかった。将兵たちは、最初の緊張感は徐々に薄れ、気楽な行軍の気分になってきている。もっとも、整備された道路を進むわけではないのでそんなに楽ではないし、完全装備の重量が全身に重くのしかかって来るから大変だ。さらに、対戦車砲を運ぶ砲兵隊は、連続する悪路に阻まれ、悪戦苦闘している。
そんな部隊に伝令が走る。
「右前方よりネウロイ多数接近中。」
さっと緊張感が走り、各隊の指揮官が叫ぶ。
「散開! 迎撃戦用意!」
兵たちが散開して身を伏せる。塹壕を掘っている暇はないので、僅かな地形の起伏に頼って身を隠すしかない。慌ただしく機関銃や迫撃砲が準備される。そうするうちにも、地響きが徐々に強くなってきて、多数のネウロイが地面を蹴立てて接近してくるのが見えてくる。兵たちはそれぞれに銃器を構え、引き鉄に指を添えて、攻撃命令を待つ。緊張感がいやが上にも高まってくる。ネウロイがビームを発射し始めた。思わず力が入るが、指揮官からは制止がかかる。
「まだ撃つな! もっと引き付けろ。」
ビームが木立を引き裂いて、上から枝が降ってくる。加えて、地面に当たったビームによって巻き上げられた土砂が降り注いでくる。降り注ぐ木片や土砂を浴びながら、このままでは一発も撃たないうちに全滅してしまうのではないかと、焦りと恐怖が兵士たちにつのる。
「撃て!」
指揮官が絶叫するように叫ぶ。射撃命令を今か今かと待っていた兵士たちは、鬱憤を晴らすように一斉に射撃を始める。機関銃が唸りを上げ、小銃が乱射される。迫撃砲弾が落下して炸裂する。十分に引き付けたネウロイに、銃弾は面白いように命中する。しかし、ネウロイを破壊するのは容易ではない。銃弾が命中して弾けた装甲が見る見る再生して行く。迫撃砲弾で吹き飛んだ脚もわずかな時間で再び生えてくる。この火力ではネウロイを一定時間足止めするのがせいぜいだ。もっと火力が必要だ。
「対戦車砲はどうした! 早く配置に着け!」
言われるまでもなく、砲兵は死に物狂いで重い砲を押して、射撃準備を整えようとしているが、何しろ急な会敵で、配置が間に合わない。
「準備のできた分隊から逐次射撃を開始しろ!」
指揮官はそう命じるが、生憎弾薬がまだ届かない。
「弾薬はどうした! 早く弾薬を持ってこい!」
砲弾を担いだ兵士が、泥まみれになって転がり込むように砲弾を砲側に運ぶ。砲兵は素早く装填すると、直ちに射撃する。どっと火柱が上がるが、残念、命中しなかった。いくら距離が近くても、いきなり射撃してそうそう命中するものではない。
先頭のネウロイが散兵線に迫る。
「畜生、これでも喰らえ。」
一人の兵士が手榴弾を握りしめて立ち上がる。しかし、ビームが飛んで、瞬時に上半身を吹き飛ばされ、握りしめていた手榴弾が誘爆する。爆発した手榴弾は、周囲に伏せる兵士たちに破片の雨を降らせる。
「ぎゃっ!」
「やられた!」
破片を浴びた兵士たちが、そこここでのたうち回る。そこへ、ネウロイが迫る。
「撤退だ! 後方の丘陵まで撤退しろ!」
撤退命令に従って、兵士たちは一斉に後方に走る。負傷して走れない兵士が悲痛な声を上げる。
「待ってくれ、置いて行かないでくれ。」
しかし、目前に迫ったネウロイを前に、負傷兵を救出する余裕はない。見捨てられた負傷兵に、ネウロイの脚が無慈悲に振り下ろされる。そのネウロイは、ようやく射撃態勢を整えた対戦車砲の砲弾が命中し、甲高い音を立てて砕け散る。至近距離で対戦車砲弾が炸裂してはたまらない。ネウロイから逃げようと、必死に這いずっていた負傷兵がぼろ屑のようになって転がる。
ザグレブのウィッチ隊司令部では、首脳部が断続的に入ってくる戦況報告を聞きながら、対応を検討している。
「グラッサー中佐、地上部隊主力は右翼へのネウロイの攻撃を受けて苦戦しているようですね。ウィッチ隊の支援は出さなくて良いですか?」
ウィッチ隊総監のチェルマク少将の問いに、司令のグラッサー中佐は答える。
「飛行型ネウロイの襲来に備えて、待機させる必要があります。地上型ネウロイの攻勢には、地上部隊に対応してもらわなければなりません。」
「それはそうだけれど、先鋒部隊援護のウィッチ隊は、襲来するネウロイを排除しつつ順調に進軍していますね。」
「はい、でもこの程度で済むとは思えません。いずれ強力な攻撃があると思いますから、それまでウィッチ隊は拘置すべきだと思います。」
「そうですね。総司令部からの救援要請もないことだし、様子を見ましょうか。」
まだ戦いは始まったばかりで、今後の展開は予想できない。チェルマク少将もグラッサー中佐の判断に同意する。
そこに急報が入る。
「電探部隊から通報。ケストヘイ北方にネウロイ出現。ケストヘイに向かって接近中。」
まだどの程度の勢力が出現したのかわからないが、勢力のいかんにかかわらず、速やかな対処が必要だ。グラッサー中佐は無線機を手に取る。
「ウィッチ隊司令部グラッサーだ。ケストヘイ北方にネウロイ出現。哨戒中のクロアチア隊は速やかに敵情を確認せよ。」
クロアチア隊のガリッチ少尉から了解の応答がある。敵の確認はそれで良いが、嫌な予感がするので、迎撃の準備もしておいた方が良い気がする。グラッサー中佐は館内放送に持ち替えて、待機している隊員にも指示を出す。
「シャル、シュトッツ、シュトラッスル、ボッシュ、出撃準備だ。」
指名されたエステルライヒ隊の4名は、直ちに格納庫に走ると出撃準備を整える。そうするうち、クロアチア隊のガリッチ少尉から報告が届く。
「こちらクロアチア隊のガリッチ少尉です。ネウロイ確認。大型が1機、ケストヘイ方面に向かって南下中です。出現位置から、ウィーンの巣から襲来したものと思われます。」
どうやら嫌な予感が当たったようだ。直ちに迎撃しないと、進攻部隊の後方が襲撃されてしまう。
「大型ネウロイ出現。ケストヘイに向かって南下中。シャル大尉以下4名は直ちに出撃、これを撃滅せよ。」
格納庫で既に出撃準備を整えていたフレンツヒェン・シャル大尉は、直ちに出撃を命じる。
「やっとエステルライヒ隊の力を示す時が来たね。ギルベルタはわたしに、オティーリエはマクシミリアーネについて。敵は大型ネウロイ。出撃するよ。」
「了解!」
次席指揮官のマクシミリアーネ・シュトッツ中尉が、オティーリエ・ボッシュ軍曹に指示する。
「オティーリエ、30ミリを持って行って。」
「了解!」
オティーリエ・ボッシュ軍曹は、大口径機関砲を装備して対大型ネウロイ戦を行う部隊に所属していた経験がある。大型ネウロイとの戦いは、いわば本職だ。
「発進!」
シャル大尉を先頭に飛び立つと、エステルライヒ隊の隊員たちはネウロイの襲来する方角に針路を向けて速度を上げる。
エステルライヒ隊は、南下する大型ネウロイを捕捉した。エステルライヒ地域とハンガリー地域の境界を越えて、ハンガリー地域に少し入ったあたりだ。近くに、触接を保ってきたクロアチア隊のウィッチも見える。
「エステルライヒ隊は大型ネウロイを攻撃する。クロアチア隊も攻撃に参加して欲しい。」
「了解。」
ガリッチ少尉からの応答があり、クロアチア隊が大型ネウロイへの襲撃に移る。
「ギルベルタ、行くよ。」
シャル大尉はシュトラッスル准尉に一声かけると、思い切りよく大型ネウロイに向けて突入する。大型ネウロイは周囲に多数のビームを放って応戦する。ビームを回避しながら肉薄したシャル大尉とシュトラッスル准尉は銃撃を浴びせかける。銃撃するシャル大尉たちにネウロイのビームが集中した隙を突いて、シュトッツ中尉はボッシュ軍曹を連れて突入する。
ボッシュ軍曹の装備した30ミリ機関砲は、その口径に見合って強大な破壊力を誇るが、何分重いので装備すると運動性が低下する欠点がある。また、初速がそれほど高くないので弾道の低下があり、かなり接近しないと確実な命中を得にくい。大型ネウロイの猛烈なビームの中を、低下した運動性で至近距離まで近付いて射撃するのは、相当な困難がある。そこで、もう一人がシールドで防御しながら近くまで先導し、十分接近したら飛び出して射撃するという戦術が考案された。その先導役をシュトッツ中尉が担っているのだ。急速に接近するシュトッツ中尉に、ネウロイのビームが集中する。シュトッツ中尉が前にかざしたシールドに、次々とビームが直撃するが、突入する勢いでビームを弾き飛ばしつつ、さらに肉薄して行く。繰り返すビームの衝撃で骨が軋むような気がするが、苦しくてもここは堪えてボッシュ軍曹の攻撃を成功させなければいけない。大型ネウロイがいよいよ接近し、視界いっぱいに広がる。ここまで来れば大丈夫だ。シュトッツ中尉はすっと上にずれて、ボッシュ軍曹の進路を空ける。
「オティーリエ、行って!」
「了解!」
ボッシュ軍曹がぐっと前に出たかと思うと引き鉄を引く。轟音と共に発する発火炎で目が眩む。一瞬の後、激しい爆発とともに、大型ネウロイが爆煙と煌めく破片に包まれる。
「命中!」
ボッシュ軍曹は弾む声を上げると、一旦離脱する。
ボッシュ軍曹の一撃が効いたのだろう、大型ネウロイは大きく旋回して回避運動を始める。
「逃がさないよ!」
シャル大尉とシュトラッスル准尉は、大型ネウロイの進路を遮るように、大型ネウロイの前を横切りながら銃撃を浴びせかける。大型ネウロイはきらきらと破片を撒き散らしながら、逃げ惑うように更に旋回する。そこへボッシュ軍曹の更なる一撃が炸裂する。大型ネウロイはぐらりと傾くと、高度を下げながら逃げて行く。爆煙が流れると、大型ネウロイの装甲が大きくえぐれているのが見えた。
少し距離を取って牽制の銃撃を加えていたクロアチア隊のガリッチ少尉は、エステルライヒ隊の猛烈な攻撃に目を見張る。
『凄い・・・。大型ネウロイをあんなに一方的に追い込んでる。』
大型ネウロイに遭遇した経験は余りないが、猛烈なビームで容易に接近することはできず、銃撃を加えても固い装甲はなかなか破壊できず、装甲を損傷させてもすぐに再生してしまうため、大苦戦した記憶は生々しく残っている。ドゥコヴァツ曹長も目を輝かせている。
『エステルライヒ隊って強いんだね。』
『うん、最前線で戦っていたスーパーエースを集めたって話だよ。』
『そうかぁ、わたしたちなんてお呼びじゃないって感じだね。』
『そんなこと言ってられないよ。わたしたちも行くよ。』
『うん。』
エステルライヒ隊には敵わないまでも、自分たちもクロアチア人を代表してここに来ているのだから、負けてはいられない。クロアチア隊の2人は、負けじと肉薄して銃撃を浴びせかける。