ストライクウィッチーズ オストマルク戦記   作:mix_cat

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第十話 防衛線のマリボルへの推進

 クロアチア隊の苦戦はあったし、ネウロイの襲来頻度は明らかに上がってきているものの、部隊の集結や、物資の集積は進んで、いよいよ反攻作戦の機は熟した。ザグレブにオストマルク各ウィッチ隊の隊長が集められ、作戦の説明が行われる。正面にはオストマルクの作戦地図が掲げられ、グラッサー中佐が説明に立つ。各隊の隊長たちは、各々思う所はあっても、この時ばかりは真剣な面持ちで臨んでいる。

 

「最初の目標は、ケストヘイの占領だ。」

 そう言ってグラッサー中佐は、ハンガリー地域の西部に細長く伸びるバラトン湖の西端を、指揮棒で指し示す。

「ケストヘイを占領してウィーン方面からのネウロイの攻撃に対する防衛拠点を築くとともに、近隣の飛行場を整備してブダペスト攻撃の足掛かりとする。」

 ケストヘイからブダペストまでは直線で160キロだ。ここに基地を置けば、ブダペストに向けて進攻する地上部隊の上空支援には困らない。ウィーンまで170キロ余りとこちらも近いので、ウィーン方面からの攻撃も懸念されるが、東側はバラトン湖が広がっていて、水を苦手とするネウロイに対する防壁となっており、また、北側には丘陵地帯が広がっていて、山岳を苦手とするネウロイに対する防衛の拠点としても有力だ。

 

「ハンガリー隊とスロバキア隊は、ケストヘイ進攻部隊の上空直掩を担当し、来攻するネウロイを積極的に補足、殲滅して欲しい。」

 ハンガリー隊隊長のヘッペシュ中佐は深く肯く。進攻作戦の主戦力として指名されるのは、名誉でもあり、やりがいもある。何と言っても自分たちの土地であるハンガリー地域の奪還作戦なのだ。隊員たちの士気も揚がることだろう。

「チェコ隊とポーランド隊は、ハンガリー隊とスロバキア隊の支援を担当してもらう。」

 チェコ隊隊長のエモンシュ大尉は、隊員たちが聞いたら不満を漏らしそうだと思う。戦力の一番大きいエステルライヒ隊は何をしているのかと。しかし、ネウロイ側がどう出て来るのかわからないのだから、ある程度強力な予備隊を残しておく必要があることはわかる。グラッサー中佐としては、使いやすくて無理の効くエステルライヒ隊を手元に置いておきたいところだろう。

「飛行場の整備が終わり次第、ハンガリー隊、スロバキア隊にはケストヘイに進出してもらう。他の部隊の進出は、状況を見て判断する。」

 今いるザグレブからケストヘイまでは140キロあるので、できれば全部隊進出させたいところだが、施設整備がすぐにはできないので、致し方ない所だろう。

 

「進攻作戦の開始に先立って、防衛線を前進させる。スロベニア地域のマリボルを占領して飛行場を整備するので、クロアチア隊とセルビア隊はマリボルに進出して欲しい。」

 マリボルは、スロベニア地域とエステルライヒ地域の境界になっているスロベニア・アルプスの山並みの東端の麓にあり、エステルライヒ地域とハンガリー地域に向かう街道の別れる要衝だ。セルビア隊が今居るヴァラジュディンからは北西に約60キロの地点で、東のセルビアとは反対の方向だ。セルビア隊隊長のゴギッチ大尉は、仕方がないとは思いつつも、ますますセルビアから離れてしまうのが残念だ。自分たちの故郷の奪還作戦を行うハンガリー隊の人たちはいいだろうし、他のチェコ隊、スロバキア隊、ポーランド隊の人たちも、自分たちの故郷に向かって進むのだからやりがいがあるだろう。それに比べて自分たちは、と思うが、考えてみると、司令のグラッサー中佐は自分たちの故郷のエステルライヒ地域を目前に、あえて違う方面に向かって進むことになるのだから内心は複雑だろう。それを思えばあまり文句も言えないかと思う。

 

「なお我々オストマルクウィッチ隊は参加しないが、並行して、モエシアおよびヴェネツィア領ダルマティアから、マケドニア、ボスニア、セルビアの奪還作戦を行い、ドナウ川までの領域の解放を目指す予定だ。こちらはネウロイの反撃はそれほど強力ではないと思われるので、一般の部隊中心の作戦だ。」

 ゴギッチ大尉の目が輝く。連合軍はちゃんとセルビアの解放も考えてくれていたのだ。自分たちの故郷が解放されるのならば、安心して作戦に参加できる。それでも、どうせなら自分自身がセルビア解放作戦に参加したいとの思いは拭えないけれど。

 

 それぞれの思いを胸に、オストマルク奪還作戦の第一段階である、ブダペスト奪還作戦が始まる。

 

 

 ヴァラジュディン基地に帰ったクロアチア隊隊長のジャール少佐は、隊員たちを集める。

『ハンガリー進攻に先立って、地上部隊を進めてスロベニアのマリボルを占領して、私たちはマリボルの飛行場に移動することになったわ。アナ、ミリャナ、地上部隊進攻の上空援護をしてもらうわよ。』

『えー、わたしも出るんですか。』

 上官の指示に不服そうに口を尖らしたのはガリッチ少尉だ。それに対してジャール少佐が咎めるように言う。

『何? アナは何か不服なの?』

『だってわたし、瀕死の重傷を負ったんですよ。本来だったら半年は入院してなきゃいけないくらいですよ。それなのにもう出撃するんですか?』

『そりゃそうよ。司令部から魔法医が来て治療してくれたんでしょ。もう完全に治ったんでしょ。』

『まあ治してもらいましたし、魔法医の先生には感謝してますけど、もう少し休んでいたっていいじゃないですか。わたし基地で留守番してますから、少佐が飛んでくださいよ。』

『何言ってるの。あなたはもう少尉なんだから、指揮官としての経験を積まなきゃいけないでしょ。』

『えー、わたしはいいですよ。ただの一戦闘要員で。』

『そうはいかないでしょ。さあ、さっさと支度して。』

『あーあ、人使いが荒いなぁ。こんなだったら、治療してもらわなきゃよかった。』

 二人のやりとりを聞きながら、ドゥコヴァツ曹長はくすくす笑っている。魔法治療をしていなかったら、今頃苦痛に呻吟しているはずだから、ガリッチ少尉も本気で言っているわけがない。こんな軽口を叩けるようになったというのは、それだけ元気になったということで、ガリッチ少尉が負傷したことに責任を感じているドゥコヴァツ曹長としては、それが嬉しい。これまで魔法医が常駐している部隊にいたことはなかったけれど、あんな酷い負傷をたちどころに治療してくれた魔法医がいるというのはとても心強い。まあ、人使いが荒いというのは同意だけど。

 

 

「発進!」

 思い切りエンジンを吹かすと、ガリッチ少尉は軽やかに舞い上がる。後からドゥコヴァツ曹長が続く。まだ冬の最中で氷点下の空気だが、魔法力で守られた肌にはひんやりとして心地よい。被弾した時はもうだめだと思っただけに、こうして何の差し障りもなく飛んでいるのが不思議に思える。折角また飛べるようになったのだから、精一杯働きたい。そう思いながら西へしばらく飛ぶと、北上する地上部隊が見えてきた。ガリッチ少尉は地上部隊の少し前方へ出ると、ゆっくりと旋回を始める。

『アナ、ネウロイは出て来るかな?』

 ドゥコヴァツ曹長が尋ねてくる。

『そうね、多分出て来るでしょうね。』

 そう答えながらガリッチ少尉は、油断なく周囲に目を配る。しかし、ネウロイが出てこなければ空は平和そのものだ。空は澄み渡っているし、天気は良い。地上部隊の前進に合わせて、上空をゆっくりと旋回し続けるが、ただ旋回しているだけだとつい気が緩んでくる。ドゥコヴァツ曹長も同じようで、少し目をしょぼつかせながら、大きな欠伸を一つ。

 

 突然眼下にビームが飛ぶ。一瞬の間があって、着弾音と土煙が上がる。地上型ネウロイの出現だ。すぐに地上部隊の反撃が始まって、地上は硝煙と喧騒に包まれる。

『ミリャナ、行って。』

『了解。』

 さっきまでのちょっと眠そうな雰囲気はどこへやら、張りのある声で応答すると、ドゥコヴァツ曹長は鋭く空気を裂いて急降下して行く。程なく銃撃音が連続すると、地上にネウロイの破片がぱっと散る。ガリッチ少尉は旋回を続けながら、ぐるりと周囲を見回す。この前の様に、目の前の敵に気を取られているうちに、背後から襲撃されてはたまらない。同じ失敗は二度としたくない。

 

 ガリッチ少尉の視線が、空の一点に何かを見つけた。北方の空に黒い点、といえば飛行型ネウロイの襲来に違いない。ガリッチ少尉は高度を取りながら、黒い点の見えた方に向かって飛ぶ。近付くに従って、黒い点が少しずつ大きく、あくまで黒く見えてくる。やはりネウロイだ。小型ネウロイが3機、緩やかに降下しながら、交戦中の地上部隊の方へ向かって行く。どうやらこちらには気付いていない。ガリッチ少尉は大きく旋回しながら、小型ネウロイの斜め後上方に回り込む。そして降下。びゅうびゅうと風が周囲を吹き抜けて、見る見る小型ネウロイが近付いてくる。まだネウロイに動きはない。

『もらった!』

 引き金を引き絞ると、機銃弾が次々ネウロイを貫いて、あっという間もなく飛散する。すぐにもう1機に狙いを移して銃撃。もう目前に迫ったネウロイから、飛び散る破片の一つ一つまで見極められる。そして2機目のネウロイもぱっと砕け散る。一瞬の後、下へ抜ける。素早く振り返って見上げれば、残る1機の小型ネウロイは、ようやく気付いたように旋回を始めている。降下で乗った速度を利して、すぐに反転上昇に入って後を追うと、ガリッチ少尉は逃げる小型ネウロイにぐんぐん迫る。小型ネウロイが照準器一杯に広がった。ここまで迫れば外れる余地もない。引き鉄を引けば、機銃撃が命中するたび小型ネウロイが大きく振動して、破片が周囲に飛ぶ。光の粒を撒き散らし、たちまちネウロイは空に散った。

 

『ふう。』

 息をつきながらも、ガリッチ少尉は油断なく周囲を見回す。大丈夫、後続のネウロイは見当たらない。下を見れば、ドゥコヴァツ曹長は地上に向かって反復攻撃をかけている。ドゥコヴァツ曹長が攻撃するたび、地上にネウロイの破片がきらきらと広がる。地上部隊も火箭を集中させながら、勢い良く前進して行く。右手遠くに光っていたドラーヴァ川の流れがだんだんと近付いて来た。前方遠く、ドラーヴァ川が東向きから南向きに大きく流れの向きを変えているあたりがマリボルだ。どうやら大きな問題もなく到達できそうだと、ガリッチ少尉は思う。そしてそろそろ、上空援護をセルビア隊と交替する時間だ。無事に自分たちの任務を果たせたことで、充実感に満たされるガリッチ少尉だった。


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