慟哭の空 作:仙儒
「すいません、留守お願いします」
そう言ってお手伝いさんに頭を下げる。
「はい、お帰りをお待ちしてます」
そう言って外に出ようとした所、子供達に囲まれてしまう。
「お兄ちゃんおでかけ?」
「いいなぁ~、いいなぁ~」
「お土産を買ってきてね!」
皆朝っぱらから元気だな。
そう思うと何人かがよじ登って来る。
その子達を引っぺがす。
「すまない、登るのは勘弁してくれ。軍服が破れちゃうから」
真新しい白い参謀服が傷んだら、俺じゃ治せないから。
裁縫とか得意じゃないしね。
お転婆な子ばかりだ。そう言えばこの世界では女性の方が強いんだったか?
そう言えば、女の子以外の子供を見ない気がする。
やはり、男は貴重だから、家で大切に育てられるのだろう。
急に決まったからと言って、皆をもう用済みだからと追い出すのはちょっとかわいそうだったので、託児所も家政婦さんも俺のいない間も機能するようにしておいた。
「こーら、ご主人様は大切なお仕事なのよ。邪魔しちゃだめよ」
はぁいと沈んだ顔で道を開ける子供達。
「……、おやつはちゃんと用意してあるから安心してくれ。お姉ちゃん達の邪魔はするんじゃないぞ」
そう言って、今度こそ玄関を抜け、門前に止めてある車に乗り込む。
「わざわざすまない」
そう言うと海軍のセーラー服を身に着けた少女が車を出す。
「いえ、此方こそ、伝説の英雄を乗せることができて光栄です。ザラ中佐」
その言葉を聞いて、複雑な気持ちになる。
中佐と言う階級はコネだけでは到達できない。
少なくともそれに見合うだけの武功を上げたと言う事だ。
俺自身はオーブ軍では二佐だったので、これで同じ階級か…、程度なんだけど、アスランとしては、それだけ血を敵にも味方にも流させたと言う事で、あんまり、良い思いではない。
まぁ、レクイエムの破壊、及びZ.A.F.T軍との和解に貢献してオーブ軍准将の地位までになったが。
どちらにせよ、動乱の時代の中を生き抜いたアスランはC.E.での世界でも英雄と呼ばれていた。
アスランは英雄や正義と言う言葉が余り好きではない。
アスランは戦場の英雄であった。すなわち、大量殺戮者、或は破壊者と自分自身を低く見ている。
色々な葛藤があったのだ。
心優しき大量殺戮者。平和を願い、それを叫びながらその手に銃を持つ矛盾に一番悩み、憎み、あがいてきた。故にアスランは英雄なのだ。
それ故に
「英雄はやめてくれ、俺は君が思う程そんな大した人物では無い」
そう言うと彼女は謙遜と捉えたのか口を開く。
「そんなことないです! 初戦闘でロマーニャを救い、カールスラントでは壊滅的な打撃を受けた絶対防衛戦をたった一人で死守し、この扶桑近海での戦闘も幾度となくネウロイを撃退。この短期間でネウロイ撃墜スコアは既に200体を突破で勲章授与! これを伝説と言わないで、何を伝説と言うのですか!!」
わーお、凄い興奮しながらマシンガントークが来る。って言うか、それ軍事機密だよね? あれ? でも勲章授与され、新聞にもでかでかと載ったのだからもうばらしてしまったのだろうか?
ならば納得だ。世論と人気取りの効果は大だ。
「わかったから、ちゃんと前を見て運転してくれ。さっきからチラチラと俺を見ているが、それで事故でも起こしてみろ。市民を護るのが軍隊の役目なのに市民を傷つけたとあっちゃ、話にならないぞ」
「す、すいません」
「わかってくれればいい」
そう言って、空を見上げる。
何の変哲もない、綺麗な青空だ。
「…」
車に乗り込んで半日。
ようやく訓練所だと思われる場所についた。
此処が訓練所ね、コンビニは時代的に考えて無いし、漫画やゲームと言った娯楽もない。唯一の娯楽はラジオだけか…、後飯ね。
俺ん家に居た方がまだ街が近い分だけ心に余裕は…、ないか。
あの頃からあいつらは飯しか楽しみが無かったわけだし。心の余裕なんてもの存在しないだろう。
訓練、訓練、また訓練と言っていたのは鬼の水雷戦隊だったか?
まぁ、良い。取り敢えず、
「章香、訓練をやめさせろ。二人過労で死にそうなのが居る」
そう言うと、「む、そうか」と言って飛んで訓練をしていた連中を呼び戻す。
戻って来た全員と顔見知りではあるが、一応挨拶をしておく。見知らぬ顔も何人か居たが。
「ああ、敬礼とか構わないから楽にしてくれ」
そう言いながらヒーリングサークルを展開する。
足元に真紅の魔法陣が展開される。
驚いているメンツに魔力供給もしてやる。
「これで少しは楽になる筈だ。しばらく休むと良い」
あの章香の弟子の美緒でさえ顔には疲れの色が見て取れる。
死にそうなのが出てもおかしくはないか。
「これは…、治癒魔法? しかし、見たことが無い。固有魔法か?」
顔を知らないウィッチ達の一人がそう口にした。
何? その固有魔法って? レアスキルの事かな。
と言うか貴方扶桑の人間じゃありませんよね?
え? 観戦武官? さいですか。まんまと扶桑軍にしてやられた連合軍の最後の悪あがきとしてか、観戦武官がこんな異常な人数投入してきたのね。
あわよくば、自軍に引き抜きをさせるこんたんなのだろう。
どうせ、階級と今更なライセンスを用意して。最初からそうすれば良かったのに。
今頃になって遅いっつーの。
ブレブレの信念と言われて来たが、あれはキラとカガリ、ラクスを護るためにZ.A.F.T軍に戻ったのだ。
それが、返ってキラ達を苦しめる選択肢となると知らずに。
だからこそアスランはZ.A.F.T軍を裏切った…、否、Z.A.F.T軍”が”アスランを裏切ったのだ。
だから俺も誓った。軍が裏切らない限り、俺もこの軍を裏切らないと。その為の右肩のフェイスシルエットなのだから。
さて、この後は、書類との戦いになるかな?
この時代、書類整理は文字通り手書きしかない。
一々書くの面倒だな。
そう思いながら章香の後ろを付いていく。
「甘過ぎじゃないか? この後自由時間などと」
いや、そうは言いますがね。全てが根性で動いているわけでは無いのですよ。
「死にかけが二人も居たんだから、しょうがないだろう。いざと言う時の出撃で使い物にならないとか話にならないぞ」
士気向上にも繋がるしな。そう言うと章香は黙った。
「まぁ、要は飴と鞭という奴だ。これを上手く使いこなした方が効率がいい」
「飴と鞭か…、ふむ」
そう言って黙り込む章香。彼女も何を考えて居るかわからない。
あの親にしてこの子あり、と言った所か。おおう、怖い怖い。
何て考えて居たら「ここだ」と言われて立ち止まる。
そうすると、鍵を取り出し扉を開けた。
中にはベッドが一つに机が一つあるだけの部屋。
まぁ、俺だけが過ごすには少し広い気がするが、隊長室待遇たのだろう。
持って来た荷物を置いて、部屋を出ようとしたら章香に止められた。
何かあったのだろうか?
そう思い、何だと聞いたら鍵を渡された。
「閉め忘れているぞ」
「扉なら閉めたぞ?」
そう言うと顔を真っ赤にしながら「鍵だ、鍵!」なんて言われた。
鍵何ぞしめんでも盗まれるようなものは無い。そう言ったら、ますます顔を赤くして
「お前は男としての自覚が足りない!」
そう言われた。
そこからはダムが堰を切ったようにマシンガントークで、やれ男なのに無防備だの、他の女に甘いだの、鈍いだの、朴念仁だの好き勝手に言いやがって。
それと、俺は構わないが、上官をお前呼ばわりするのはやめなさい。