慟哭の空   作:仙儒

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カールスラント退却戦

 カールスラントは5度の防衛戦に辛くも勝利したが、その国土は四分の三を奪われ、微かに残る国土を維持するので手いっぱいだった。

 度重なる、ネウロイの進行。カールスラント軍はこの地を破棄する苦渋の決断を強いられた。

 

 その知らせを扶桑の地でアスランは耳にする。

 

 作戦司令官はアドルフィーネ・ガランド"中将"。

 

 アドルフィーネに階級を与えて、全てを押し付けたカールスラント政府に憤りを感じた。俺が居ないタイミングでの作戦決行、世界の悪意を感じた。

 

 まぁ、おおよそ検討は付いている。アドルフィーネの活躍を快く思わない反ウィッチ派の一部がこの作戦を強行したのだろう。出る杭は打たれるという奴だ。

 頭にくるのはカールスラントを破棄せざる終えない状況にあるのを、頭が理解しているのが余計に怒りを加速させる。どさくさに紛れて、奴らウィッチ排除をはじめないだろうな? それが心配だ。

 俺なんかよりも政界にも詳しいアドルフィーネの映像端末越しでの態度こそいつも通りだが、焦りと不安が入り混じっていた。そもそも、俺に通信をよこすこと自体に余裕のなさが滲み出ている。誰かに縋り付きたいのだろう。逃げ出したいのだろう。それでも、なお、弱音だけは吐かなかったアドルフィーネ。

 

「なぁ、フィーネ。作戦決行日を遅らせることはできないのか?」

 

『それはできないね、もう決まったことなんだ。そんなことよりも、今なんて言った?』

 

「? 作戦を遅らせることはできないのか?」

 

『その前だ、前!』

 

 映像越しにギラギラと目を輝かせてすごい剣幕で言ってくる。それを見て、もしかしてこの呼び方は不味かったかと思い、言いなおす。確かフィーネってイタリア(ロマーニャ)の音楽用語で終わりを意味するんだったっけか? そりゃ嫌ですよね、終わり呼ばわりとか。大きな作戦前に不謹慎だったかもしれない。

 

『いや、良い! いい! 実にいい! その名の通りにとっとと終わらせないとな』

 

 所で、ハネムーンは何処が良い? 何てジョークを言ってくるくらいには機嫌が良くなった。何のジョークかはわからないが、本人が良いと言っているんだからそれで良いか。

 

 さてと、準備を始めるか。マルセイユ辺りにいちゃもん付けられそうだな~。この前のスエズ運河攻略戦で顔を合せなかったから拗ねてそうでめんどくさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にしては何時になく弱気だった。何時もいがみ合っている女狐に心配され、席を外されるほどに、だ。

 こんな時にどうしても、頼もしい彼の姿を幻視してしまう。

 男なのに女よりも女らしく、いざと言う時に頼りになる男を。こんな状況すら覆してくれるのではないかと。

 しかし、現実は残酷だ。態々彼が居ない時に作戦を実行する軍上層部、見え隠れする反ウィッチ派の連中共。

 今回の作戦で彼は参加できない。振り分けられた戦力では撤退中の前線を維持する気があるのかわからない物だった。何度も問い直したが、それ以上の戦力は割けないの一点張り。

 奇跡を信じるしかなかった状況。場合によっては私も前線で戦わねばならない。否、最初から戦わねばいけないだろう。それに、敵はネウロイだけではない。この板挟みの状況で、私は彼の姿を求めて、端末のスイッチを入れる。どんな未知の技術で作られているのかわからないが、相手の姿をリアルタイムで確認できるアイテム。

 

 数秒後に空中に映し出される彼の姿。

 それを見れただけで、心が自然と和らいだ気がする。

 

 彼は少し驚いた顔をして、どうした? と尋ねて来る。

 

 気が付いたら、虚勢を張っている自分が居た。そんな私の態度にも何も言わずに全てを見透かしているかのような緑眼の瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。不思議と心地よかった。

 

 映像越しに彼は下唇を噛み、血がツーっと流れた。そんなこと気にも留めないで、「どうしようもないのか?」と聞いてくる。

 …、どうしようもない。そう返すと彼は黙った。この会話に意味なんてない。

 

 自分自身を納得させるための会話。恐らく最後になるだろう、愛しい彼への最後の挨拶。

 

 そんな、彼からの突然の不意打ち。普段絶対に言わない愛称での呼び方。フィーネ、と。

 

 こんな愛称は初めてだが、胸にすとんと落ちて来て落ち着いた。それと同時に頭には彼に愛称で呼ばれる未来のことが浮かぶ。その瞬間に今まで考えていた事が吹き飛んだ。こんな所で死んでなどいれない。この作戦をとっとと終えて、頭の中の事を現実にする。

 

 アスランに連絡が取れて良かった。今の私ならネウロイなんて敵ではない。

 嬉しさの余り、ハネムーンはどこが良いかを話したが、あの顔では気が付いていないだろう。こうもストレートに言っても駄目か。やれやれ、と思ったが、元気が出た。

 

 

 …、

 

「助けは必要か? お姫様」

 

 死ぬのを覚悟した時、愛しい声が聞こえた。その声に思わず、

 

「遅いわ、全く!」

 

 そう言って出て来る涙を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物資は不足、後ろからは反ウィッチ派の連中がたむろして、今か今かとウィッチを排除する機会を伺っている、戦況は最悪と言わざるを得ない。この兵力と物資でよくフィーネは戦線を維持しているなと感心した。

 裏方仕事は余り得意じゃないんだけど、まずは取り急ぎ反ウィッチ派の連中を始末することにする。指令室の扉を蹴破って入り、フィーネの居ない間に指令塔乗っ取ろうとしてる馬鹿をバインドで縛って頭の中を査察、内通者まとめて転移魔法で指令室に転移させ、全員をバインドで縛って置く。

 

 いきなり俺が入ってきたことに驚き、人が次々に現れることに驚きの声が上がり、そいつらが縛られたことで、軽いパニックになるが、これを現場で戦っている兵士たちに伝わるのは避けたかった。

 不幸中の幸いなのは、戦況はリアルタイムで確認できる心強い相棒(チートデバイス)があることと、現場の指揮はフィーネが現場で執っているために此方の情報が広がらないでくれた事だ。こっちは片が付いた。後は現場に行くだけだなと、窓ガラスを突き破ってそのまま、戦場へと飛び立つ。こいつらの処分はフィーネたちが後で下すだろう。上層部を脅すネタも掴んで来た。もう、どうしようもない奴らの失脚させるネタを証拠付きで新聞社に叩きつけてやった。準備は万端と言える。特に最後の新聞社は今頃、嬉々として新聞づくりに勤しんでいるだろう。

 

 

 現場に飛んで行ったら、フィーネが他のウィッチを庇ってネウロイの攻撃を受ける所だった。

 

 フィーネがシールドを展開するには間に合わない。

 

 ソニックムーブでフィーネとネウロイの攻撃の間に入り込み、ビームシールドで防ぐ。

 

「助けは必要か? お姫様」

 

 そう言うと、安堵したのか涙を流しそうなフィーネの顔が映る。遅いと文句を言いつつ涙を拭うフィーネに、もう大丈夫だろうと思い、通信回線を開く。

 

「此方は500、隊長のアスラン・ザラだ。これより援護する。各部隊は戦線を維持しつつ後退せよ、繰り返す」

 

 同じことを三度繰り返したところで、戦線から歓喜の声が上がる。その間も、ヘイトが此方に集まっているのか、ネウロイから熱烈な歓迎を受ける。

 

「ミーティア、シフトオフ!」

 

 今回、初めてジャスティスからミーティアの使用許可がでた。後方に巨大な魔法陣が現れ、そこからミーティアがゆっくりと出て来る。そんな隙をネウロイ達が逃すはずなく、攻撃が来るが俺は楯で防いでいるし、バリアブル・フェイズシフト装甲を抜く火力をネウロイは持っていない。ミーティアにも攻撃が当たるが、問題は無さそうだ。無傷だし。

 そのまま、ドッキングし、ミーティアにもエネルギー供給がされる。

 各システムオールグリーン。行ける!

 そう思った所でフィーネから声がかけられる。

 

「アスラン、何だそれは」

 

 何だと言われましても見たまんまだと思うんだけど。

 

「決戦兵器だ」

 

 そう言うとマルチロックオンシステムを起動する。それと同時に音楽が流れ始める。歌えと言う事だろう。

 

 目に見えているネウロイを全てロックオンしたところでミーティアのトリガーを引く。

 

 魔力供給を受けて、初めての産声を上げるミーティア。全砲門から火を噴き、内蔵されたミサイルも一斉に発射する。その攻撃は寸分たがわず、敵ネウロイのコアを破壊する。

 

「カールスラントよ! 俺は帰って来た!!」

 

 一度言ってみたかったセリフ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景は、圧巻の一言に尽きた。

 

 そして、通信機器全てから歌が流れる。戦場に響く勝利の歌が。

 

 今回の作戦には参加できないと聞いていただけに、現場で意気消沈していたウィッチ達、兵士たちが活気づく。

 

 この戦い、勝てると。

 

「ほぅ、噂は聞いたことがあるが、まさかこれ程とは。それに、あの爆撃…、中々の物だ。仲良くなれそうだな。なぁ、アーデルハイド」

 

「…、噂とは尾ひれがつく物ですが、これは噂以上です」

 

「これで、また世界平和に一歩近づいたな」

 

 そう言って笑う。

 

 敵地のど真ん中で軽口を叩く余裕が出ていた。

 

「忘れましたか? これは退却戦なんですよ」

 

「それでもだ」

 

 そう、自分と同じレベル、否、悔しいが見た限り、あいつの方が上だ。何時か、背中を合わせて競い合ってみたいものだな。確か、500と言ったか? ふむ、ガランド少将(いや、今は中将だったか?)に頼んで見るか。


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