慟哭の空   作:仙儒

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戦果の爪痕

 芳佳が限界に近づいていた。

 

 その事が良く分かる。恐らく何日も寝ていないのであろう。寝不足からくる目の下のクマ。PTSD発症しないだろうな?

 ウィッチも軍人も関係なく、戦場に居る者の何人かが既に発症している。

 

 その中でもウィッチ達は最前線に送られることが多い。必然的にPTSDを発症する者が多くなるのは必然だった。

 サバイバーズギルトと思わしき患者にも出くわした。ザラ隊のウィッチ達でも初陣や、大きな作戦に参加していなかった者達の中にちらほらと見受けられた。

 

 この世界、鬱病やPTSD、サバイバーズギルトを含む精神病に関する知識が少ない。リベリオン辺りの学者がそんなことを唱えていたりはするのだが、時代が時代なので、気合でどうにかしろと言う風潮が圧倒的に強い。

 

 しょうがないので、空いた時間を使ってウィッチ達のメンタルケアの真似事もやっていたりする。

 501部隊のハルトマン少尉が手伝ってくれていた。美緒や他のメンバーも手伝ってくれるのだが、やはり、気合論や、どう対応したらいいかわからないでオロオロしていた。

 ハルトマン少尉は医者を志していただけあり、わりかし理解があり、カウンセリングや、カルテの整理を手伝ってくれた。バルクホルン大尉が口を大きく開けてハルトマン少尉を指さしていたが、何だったのだろうか?

 聞こうとしたら、ハルトマン少尉に邪魔された。余り知られたくない事なのだろう。それ以上深くは詮索しないでおいた。

 

 それにしても…、

 

 臨床実験で人肌に触れていると心が安らぐと言うデータが出ていたが、どうやら真実らしい。だいしゅきホールをされたままそう思う。

 余りに酷い状態だったら、鎮静剤打ち込むつもりでいたんだが、大丈夫そうだ。

 

 穏やかな寝息をたてている芳佳を見て、一安心かと息をつく。

 

 さて、これからどうしようか? 眠りながらも抱き付く力は衰えず、それどころか、絶対に離すまいと力が強くなる。これ、実は起きてない?

 

 さて、

 

「芳佳なら大丈夫だ。出ておいで」

 

 そう声をかける。

 

 そうすると、物陰から一人出て来た。

 

「ビショップ曹長だったか、…、君は大丈夫なのか?」

 

 質問の意味はわかったのか、オロオロしながらも首を縦に振る。

 おじさん、そんなに怖いかね? 流石に傷つきそうです。

 

「あの! その…、芳佳ちゃん口では大丈夫だって言うんですけど、無理していたみたいで…ええと、その」

 

 言いたいことがまとまらないのか、それとも…、まぁ、いい。

 

「無理して喋らなくてもいい。それにしても、芳佳の心配をしてくれたのか。芳佳はいい友に恵まれたな。芳佳(姪っ子ぶん)のこと、よろしく頼む」

 

 そう言って軽く頭を下げる。

 苦楽を分かち合うことのできる存在は戦場でなくても貴重な存在だ。それだけで、励みにもなるし、メンタル的にも良い。

 アスランにはそう言った存在は居なかった。C.E.の世界では、部隊仲は悪く、誰も歩み寄ろうとはしなかった。唯一の良心だったニコル・アマルフィーは、自身の甘さのせいでキラに殺されてしまった。そこから、ますます孤立が加速した。

 

 そんな自分の二の舞になるのではないかと、心配していたのだ。

 

 …、最も気鬱で終わったようだが。

 

「は、はい!」

 

 元気なお返事で結構。でも時間帯を考えような? ほら、芳佳が「うう~ん」って唸っているから。

 

 ここ最近、メンタル的にも訓練的にも余裕がなくって、歌って居なかったな。何か歌ってみるのもいいかもしれない。芳佳への子守唄と言った所だろう。

 

 歌うのはラクスが歌って居た歌。孤児院でもよく子供たちに歌って寝かしつけていたっけと思い出す。まぁ、俺自身の記憶では無く、アスランの経験なんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紡がれる歌。

 私、リネット・ビショップが特等席で聞く優しく、物悲しい歌。

 あ、本当の意味で特等席なのは芳佳ちゃんか。

 

 最近、怪我人ばかり見て、唸り声が木霊する部屋で治療する日々を送っていた。私は重傷者を見ただけで気絶しそうになっていたのに、芳佳ちゃんは的確に処置をしながら治癒魔法を使って治療していく。私なんかとは大違い。

 すごいなぁ。そう思って居た。私にできないことを次々にやっていく芳佳ちゃん。

 

 でも、それが毎日のように続くうちに、顔に陰りが見えるようになってきた。

 口では「大丈夫だよ」と言うが、しだいに顔から表情が段々と抜け落ちて行っているような感じだった。

 

 501部隊に配属されてから初めてできた友達。ペリーヌさんは良い人ではあるんだけど、私が距離を置いて接していたため、仲は悪くはないが、特別良いと言うわけでも無い。

 ここまで仲が良くなったのは芳佳ちゃんが初めてだ。だから、私にできる範囲で手伝おうと思った。相変わらず重傷者を見るのは苦手だけど、そんなことでめげてはいられない。

 休憩時間や、夜間は私が持ち込んだ、リラックス効果のある紅茶を一緒に飲むようにした。日に日に危なさが増している気がして、それに比例するように目の下にクマができていた。このままいけば、芳佳ちゃんが壊れるのがそう遠くない日にやって来てしまう。けど、私にはどうすれば良いのかわからなかった。

 

 芳佳ちゃんは、良くアスランと言う言葉や、それらを連想させる物言いに反応する傾向があった。流石に500部隊隊長と言うのは知らないのか反応はしなかったが。

 だから、500部隊隊長さんに会えればいいんだけど、階級も高いし、男の人だ。こちらが出向いても会って貰えない可能性が高かった。

 

 でも、緊張で上手く話せないけど、私が知る男の人像とは大夫印象が違った。

 男は女を、特にウィッチを毛嫌いする傾向がある。度合いは人によるけれど、やっぱり余りなれ合いをしようと歩み寄ろうとはしない。少なくとも私はそう記憶している。

 

 そう言う意味では、何と言うか、女よりも女らしい男の人だ。そんなの小説の中や御伽噺の中だけだと思って居たのだが、現実に実在したとは…。

 

 とにかく、幸せそうな寝顔を見て、ほっ、と胸を撫で下ろす。それと同時に少しだけ羨ましいと思ってしまう。

 

 あっ、芳佳ちゃんがマーキングするみたいに顔を擦りつけてる。

 

 それに気が付いてか、苦笑いを浮かべ、撫で続けながらも歌を歌い続けている。もしかしなくても、子守唄のつもりなのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管野直枝は自室で不機嫌そうに腕を組んでいる。

 

 先ほど、ザラ司令にぽっと出のウィッチが抱き付いているのを雁淵孝美と目撃していたのだ。雁淵孝美も笑顔ではいるが、目が笑って居なかった。

 

 自分でも何でこんなにもモヤモヤしてむかつくのかわからない。これでは小説の中に出て来る恋する人物そのものではないか…、待て、恋だと?

 

 そこまで思考が至ったのを自覚した瞬間、顔から火が出る程熱くなる。

 

 最初は憧れだった。

 

 戦場に現れる赤羽の英雄。ネウロイの撃墜スコアでは右に出る者はいない凄腕の、男性初のウィッチ。

 

 そんな彼と同じように空を肩を並べて飛べたら、どんなに素晴らしいだろう。そう思い軍に入った。

 

 そして、意図しない形で彼の部下になった。

 そこから行われたのは徹底的な改革だった。周りと比べて快適すぎる程待遇は良くなった。変わった司令官だなと思って居た。軍に入って一番に教え込まれた自己犠牲を真っ向から否定し、わかり合えなければ、少なくとも、納得するまで階級関係なく、腹を割って話しあった。

 

 作戦が始まってから、恐慌状態に陥っていた自分や、他のウィッチ達、果てには兵士達の話し相手(安定剤)としてあちこち行ったり来たりしていた。実は戦ってるよりも戦っていない時の方が忙しいんじゃないかと思う程度には。

 話した内容も戦果自慢からただの世間話まで色々だ。しかも、話した内容は他言しないという誓約書までたた作って、だ。

 

 実は自分は文学少女であることも、がさつな態度とは裏腹に、可愛い物に興味があったりするのを話しても笑わずに「良いんじゃないか? 可愛い女の子なんだし」と真剣に返された。

 

 思い出せば、思い出すほど惚れていない要素がなくなっていく。

 

 恥ずかしさの余り、頭を壁に思いっきりぶつけてから、考えを振り払うためにシャドーボクシングを思いっきりして、気を紛らわす。

 

「ねぇ、直枝さん」

 

 急に話しかけられて、何だ? と思いながら声のした方を向くと、ハイライトが消えて恍惚な顔をした孝美が一言。

 

「私、ザラ司令のこと…、好きよ」

 

 そう宣言して来た。

 自分の中で急に熱が冷めていくのがわかる。思ったのはただひとつ…、

 

 気に食わない、と。

 

「そうかよ…」

 

 直枝はぶっきらぼうにそう言うと、布団の中に潜る。

 

 

 ああ、気に食わないと再度思いながら…。




 文才が欲しい。

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