慟哭の空   作:仙儒

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スエズ運河攻略戦

 誰もが寝静まった真夜中。

 

 いるのはナイト・ウィッチと呼ばれる哨戒部隊、偵察員だけだ。

 

 異常なし。帰ろうとした所、それは起こった。

 

 黄金の流星がアフリカの大地を駆け抜けたのだ。

 

 それは、幻想的な光景で、言葉を失ってただただ見とれてしまう。

 

 その流星を見届けた後、彼女は我に返り、流星が駆け抜けた方角へと飛んで行く。

 

 

 

 現場は夜だというのに、昼間の灼熱の太陽が遠慮なく照り付ける熱よりも更に高い温度であった。

 常人ならば、その場に居るだけでじりじりと焼き殺されそうになる位には。

 運動をしているわけでも無いのに息が上がる。ツーっと頬を汗が伝う。

 

 それを無視して、彼女は頭を働かせる。

 

 黄金の流星が駆け抜けた先を、その先にあるのはネウロイ達の一大拠点とでも呼べる場所を一直線に目指していた。

 自身の持つ探知能力をフル稼働させて、辺りを警戒しながら飛んで行く。

 

 そこには、ネウロイのネの字も残っていなかった。

 

 ネウロイ達は一体も残らず黄金の流星に呑み込まれてしまったらしい。

 

 そんな御伽噺みたいな事を考えて居たら、探知魔法に何かが引っかかった。

 

 夜目に慣れた彼女の目には一人の人物が映った。

 

 持っていた拳銃に手をかけて、気付かれないように近づく。

 

「あー、俺ってそんなに不審人物に見えるのか? 取り敢えずその物騒な物を閉まってくれ」

 

 聞きなれた声だった。

 正確には一方的にラジオやレコードで聞いていた声で、実際に声を生で聞いたことは数度しかない。

 

 500部隊隊長、扶桑の紅き鬼神。アスラン・ザラ。

 

 戦場で敵に出くわした時の比では無い緊張感が私を支配する。

 

 心臓がバクバクと高鳴り、声は出ない。

 

「銃は…、下ろしてはくれないんだな。まぁ、当然か」

 

 そう言って振り返り、両手を挙げて降伏のポーズを取りながら此方にゆっくりと歩いて来る。

 月明かりで照らされて、ハッキリと顔が見える。

 

 間違いない。アスラン・ザラだ。

 

 急いで銃を下して謝罪しながら敬礼をする。本人は意地の悪い顔をして、「もういいのか?」と言ってくる。

 

 上官に拳銃を向けてしまった事や、その人物が予想の斜め上の人物であったことからあたふたとしてしまう。

 

 その事が面白かったのか、少し笑みを浮かべて「すまない、意地悪な質問だったな」と言うと、何処から取り出したのかわからないが、カップを渡してくる。

 それを反射的に受け取ってしまう。

 

「それじゃあ、それを飲んで、偵察は終わりだな。頑張れよ、リトヴャク中尉」

 

 そう言うと、飛んで行ってしまった。

 

 余りの出来事に頭が混乱しているが、取り敢えず、貰ったカップに口を付ける。

 

 丁度いい甘さと、冷たさで、一気に飲み干してしまう。それほどまでに喉が乾いていた。

 

 それにしても…、彼は此処で何をやっていたのだろうか?

 

 見たところ、何か工作を施していた感じはないし、一応、探知魔法を使ってみるが、異常はなかった。

 

 階級が高い彼が直々に偵察に来るとは思えない。

 もしそうだったとしたら、護衛の一人や二人連れて来るはずだ。

 再度考え込む。何故、一人でこんな所に?

 

 そんな中、通信越しに呼びかけられる。

 どうやら帰りが遅いので心配されたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リトヴャク中尉が居なくなったのを見て、大きくため息を吐く。

 

 飛んで行くのはフェイクシルエットで見せた幻影だ。

 

 彼女、ジャスティスから探知能力持ってるとか言われて、ばれるんじゃないかと冷や冷やしていた。

 

 隠ぺい魔法とか使いまくって正解だったかもしれない。どのレベルからばれるかわからないし。

 

 初めて転生するときに向かう世界は魔法少女リリカルなのはの世界だと聞いていて、ジャスティスと言うハイスペックチートデバイス送られてきて、頑張りますかと意気込んでいたら別のまどマギとか言う世界だった。

 あの女神またドジったな? 何て思いながら原作知らずに四苦八苦して駆け抜けた10年間だった。

 本当は何百年と戦い続けていた、俺の事を先生と呼ぶ黒髪の少女の暁美ほむらが居たので、それを換算したらきっと数百歳は軽く超えているだろう。

 それが、実はほむらの勘違いで俺が死んだと勘違いして繰り返していただけなんだよな~。

 

 女神は俺が死なないように、保険をかけていたのだ。二つも。ワルプルギスの夜とか言うラスボス倒すために死にかけてようやくこの保険に気が付いたんだよな。

 ジャスティスの奴、知っていて発動するまで知らせなかった節があるし。発動権限も恐らくはジャスティスにあったのだろう。

 

 そんでQべえだかせんべえだか言うインキュベーター? 使って願いを叶えた結果、概念に成り果てたんだけど、女神が用意した保険がビンビンに反応して概念モドキとして何か変な空間に隔離されたんだよな。

 

 そして、この世界に来てから約20年。ネウロイとの戦いに費やしてきた。

 

 数百三十歳…。百の位は切り捨てでいいや。それでも、三十路か…魔法使いになれるね! …三十路になる前から魔法使いだったのでネタにもならない。

 

 長々と思い出した所で、改めて思う。ジャスティスにはなのはの世界で言うレアスキルも魔法として使う事ができる。だからあのタヌキ相手にロッサのレアスキル使って、頭の中を査察していたりもしていたのだが…、此処で役に立つとはな。

 

 

 戦線で囮部隊がネウロイ釣りだしては、艦隊から艦砲射撃を叩き込むだけの簡単なお仕事。

 

 そんでもって、囮部隊も疲弊し始め、釣れるネウロイも少なくなってきて、そろそろ潮時かな? などと思って居たら奴ら、夜襲を仕掛けて来やがった。しかも、囮部隊の近くで。

 流石に慌てて艦砲射撃で残らず殲滅したけど、囮部隊の子達が「殺す気か! こんなんじゃ夜もおちおち眠ってらんねーよ」と言ってきて、流石にこれには同意したわ。何かゴメン。

 

 家の艦隊の中に何か反ウィッチ派の奴らが何人か潜んでいて、魔道徹甲弾で囮部隊ごと吹き飛ばそうとしているのが居て、チェーンバインドで拘束して居なかったら実際に死んでいたからワロエナイ。

 ザラ艦隊の連中では無く、途中で合流した他国籍の艦からの刺客だった。

 

 この事も考えて、艦砲射撃止めて、陸で一気にネウロイを殲滅する事にした。

 

 俺の中で眠る宝剣の威力確かめて見たかったのもある。

 

 それをぶっ放して、改めて決戦兵器だと心で呟く。正直、余りの威力にビビった。

 

 そうしたらまた、反ウィッチ派の連中が近場の囮部隊のテントに爆弾仕掛けていたから捕まえて、爆弾はジャスティスが転移魔法でどこかに飛ばしていた。

 

 捕まえた奴から頭の中を査察しようとしたらリトヴャク中尉が来てしまったのだ。

 

 流石に現場のウィッチ達に反ウィッチ派が暗躍してると言うわけにもいかず、急いで隠したのだ。

 

 もう一度溜息を吐き、頭の中を査察する。もがもが言っているが気にしない。

 

「…、トレヴァー・マロニー…ね」

 

 確か、ブリタニアの大将にそんな名前のおばはんが居た気がするわ。そんなことを考えて居たら声に出ていたのか刺客の女性は顔を真っ青にしている。

 人間、何故と思うと芋づる式に関連のあることを思い浮かべてしまうもので、誘導尋問の手間が省けて助かるわ。

 様々な情報を得た後、転移魔法で捕まえていた女性を独房へと叩き込む。

 

 こうも早く、しかも連続して動くとは…事態は思ったよりも逼迫しているのかもしれない。

 

 取り敢えず、ウィッチ達にこのことを知られるわけにはいかないのだ。

 

 彼女たちの敵はネウロイだけで良い。

 

 電子社会では無いから証拠は足で探さないといけないんだよな。実に面倒である。

 

 今回の件に関して、北郷長官に話した方がよさそうだな。扶桑でも権力欲しさに結託しているゴミを掃除しないと、ウィッチ達が危ない。

 多分、俺も狙われているんだろうな…。下手に権力持っちゃってるし、一応ウィッチに部類されてるらしいから。今回ザラ艦隊に反ウィッチ派が乗り込んで囮部隊へ攻撃させようとしたのも、恐らく、俺の弱みを握る為か、失脚させるネタ作りの為だろうし。

 ネウロイと言う人類共通の敵が居るのに、やはり人間の敵は人間なのかよ。嫌になる。政治の話にはあまり詳しくないのが裏目に出たな。知り合いもいないのでパイプもない。やはり、どこかに属するというのがそもそもの間違いであったか。

 今更辞表出しても受け取って貰えないだろうし、それだと根本的な解決にはならない。

 

 どうしよう、この状況…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大規模な反攻作戦に参加していた。

 

 一度戦った事はあるが、それとは比べ物にならない空気に押しつぶされそうだった。

 

 作戦時間が終わると私はリネットさんと離れて、負傷者の治療にあたる。少しでも役に立ちたいためだ。

 

 けが人は絶えなく入って来るけど、自分が見ている限り、死者は居なかったのは救いかも知れない。

 

 そんなことをして5日が経った。

 リネッ…、リーネちゃんが手伝いをしてくれるようになった。戦果を着実に上げていくリーネちゃんのことを聞きつけたバルクホルンさんが来て、私とリーネちゃんに頭を下げて来た。

 どうも、此処に来る前に私たち二人に「帰れ」と言った事を気にしていたみたい。私もリーネちゃんも気にしてないと頭をあげて貰うのに大変だった。

 

 次の日、戦場には出されずに、負傷者の治療に当たれと、作戦から降ろされてしまう。

 

 作戦が始まってから、アスランさんに会えていないのが寂しい。私がちゃんと役に立っているのかが心配だったが、適材適所、まだ戦い慣れていない私を案じてくれているのかもしれない。幸いリーネちゃんも一緒に外されたので一緒に手伝ってくれている。

 

 501に入って初めてできたお友達が近くに居るのはとても心強かった。

 

「包帯此処に置いておくね、芳佳ちゃん」

 

「うん、ありがとう。リーネちゃん」

 

 そう言いながら、リーネちゃんも他の負傷者に包帯を巻いている。ちょっと前まで包帯も碌に巻けなかったのを思いだすと、私も負けてられないな。そう言う気持ちになるのだ。

 不謹慎かもしれないが、とても楽しいし、やりがいがある。負傷者のうめき声は好きにはなれないけど…、

 

 

 そして、一月が過ぎようとしていた。

 

 負傷者が増えている。

 覚悟はしていたけど、これが戦争…、不幸中の幸いは、死者は私の見ている範囲では未だに出ていない。

 

 眠れなく成っていた。

 

 誰も居ない甲板を歩く。月だけは優しく照らしてくれる。

 

「芳佳…か、どうした? 眠れないのか?」

 

 久しぶりに聞きたい声を聞けた。ずーっと探していた声だ。

 振り返ると、大好きなアスランさんの姿があった。私はそのままアスランさんに飛び掛かる。

 小さい頃のように、アスランさんはそれを受け止めてくれる。そのまま、優しく頭を撫でてくれる。その温もりに安心感が溢れる。しばらくそのまま、温もりを感じていた。

 何も聞かずに撫で続けてくれるアスランさんの優しさに感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は落ちこんでいた。

 

 何で500部隊隊長さんは私なんかみたいな落ちこぼれをこんな重大な作戦に参加させたのかわからなかった。

 

 作戦内容の説明が続いていく。その中で、急に宮藤さんと一緒に呼ばれた。

 

 聞かされた内容に驚いた。

 

 作戦開始後、発艦命令が出た際、一応ストライカーユニットを履いた私を宮藤さんが肩車をして飛び立つのを見てもザラ隊のウィッチ達は何も言ってこなかった。それを不思議に思いながら飛び立つ。

 

 大型ネウロイが来た。

 小型ネウロイもうじゃうじゃいる。ライフルを持つ手が震える。脳裏にはいつも失敗していた光景ばかりが浮かぶ。やっぱり、私には…、そう考えて居た時に話しかけられる。

 

「恐れないで、貴方が失敗しても私達がフォローします。仮とは言え、貴方たちはザラ隊の一員ですので」

 

 私の緊張を見抜いてか、そう言ってくる。宮藤さんが「ええと、貴方は?」と聞き返している。

 

「私ですか? 雁淵孝美って言います。実は私も護られる側ですから、気持ちはわかります」

 

 そうして、話してくれた。

 ザラ隊の事を、一人一人の得意分野を最大限に生かすためにザラ司令が一番最初にやった改革の事を。連帯の大切さを。

 

「ザラ司令が二人をどうしてその形で戦いに出したか、きっと理由がある筈です。コアの場所は私が教えます」

 

 皆さんフォローお願いしますと言う声に何人かのウィッチ達が私達を護るように展開する。

 

 そうすると雁淵さんの髪の毛が真っ赤に変わっていく。

 

 次々にネウロイのコアの位置を指示出しして、他の人達は一糸乱れぬ行動でネウロイのコアを確実に破壊していく。

 す、凄い。思わずに息を呑む。私も撃たなくちゃ…、ライフルを構える。訓練と変わらない…、外しても仲間がいる。不思議と先程までの焦りはなくなっていた。

 示された場所にライフルを撃つ。ライフルから発された弾丸は、ネウロイに吸い込まれるように消えていき、硝子の割れるような音と共にネウロイが消失した。

 

 その光景を見ていた雁淵さんは、「成る程」と一言呟き、次々にネウロイのコアの場所を教えて来る。

 

 私の撃った弾丸は寸分たがわずネウロイを倒していく。初めて感じる手ごたえ。

 

 もしかして、500部隊隊長さんはこのことをわかっていて?

 

 今まで訓練でしか上手くいかなかったのに、実戦で自分が驚くほどの戦果を挙げている。そんなことに酔いしれて居たら敵の攻撃が来た。

 今からシールドを張っても間に合わない。そう思って居ると、とてつもなく大きなシールドが目の前に展開され、攻撃を受け止める。

 

「みや…、ふじ…さん?」

 

 私を肩車しながら飛んでいる人物の名を呟く。

 

「リネットさん、アスランさんに言われたでしょ? 私が動いて護ります」

 

 その言葉に、これまで冷たい態度で接して来た自分を恥じた。

 

「リーネ、リーネでいいよ。皆そう呼ぶから」

 

 そう言うとこの位置からは顔は見えないけど、嬉しそうな声音で、

 

「うん、うん! リーネちゃん! 私も芳佳で良いよ」

 

 そう言ってくる。

 

「うん! 芳佳ちゃん!」

 

「リーネちゃん!」

 

 嬉しくて互いに名前で呼び合っていると雁淵さんが咳ばらいをした。

 此処が戦場であるのを忘れていた。




 芳佳たちを戦線から降ろしたのはアスランでは無く、反ウィッチ派の仕業…、新人ウィッチ達にこれ以上戦果を挙げさせないため。

 しかし、アスランは余り最前線に出したくなかったので、何か会った時の護り手として、あえて何も言わないでいた。

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