慟哭の空   作:仙儒

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遥かなるスエズ

 艦隊司令部から入電。

 

 記念すべきザラ艦隊の出撃地はスエズ運河に決定。

 

 スエズ運河は大陸への輸送の要。

 

 大方、リベリオン辺りが泣きついてきたのだろうことは想像できた。

 

 今回の出撃には新型魔道徹甲弾や、魔道三式弾の威力実験も兼ねている。成功すればそれは扶桑の発言権強化にも産業特許にも繋がる。

 

 自分で考えた兵器を、自分で使うのは変な気持ちだった。

 

 人を討ち取る為の兵器では無い、それは不幸中の幸いなのかもしれない。

 

 深く考えても仕方が無いか…、

 

「ザラ艦隊に通達、この戦艦長門に続け。主計、抜錨だ」

 

 艦橋に抜錨の声が響く。

 

 士気は高い。

 

 呉鎮守府から複数の艦船が出発する。

 

 杏子が知ったら怒るだろうか? それとも、あたしも戦わせろと駄々をこねるだろうか?

 

 どちらも容易に想像できてしまうから何とも言えない。

 

 これが初陣、と言うわけでは無いが司令官としての初めての責務。

 

 6000人以上の人の命を預かると言う事か…。

 

 まぁ、やれることはやったと思う。

 

 特に加賀では零戦乗って馬鹿みたいに発着艦訓練ばかりさせたからな。無論、俺が先導してやった。これには理由がある。パイロットの育成にはかなりの時間がかかる。空母パイロットになるには更に特殊な訓練が必要だ。それを、事故で亡くならせたとなれば、死んでも死に切れる物では無いだろう。

 

 訓練内容は多種多様に渡った。飛行訓練、模擬戦、目標の爆撃訓練。発着艦訓練。

 

 特に、目標の爆撃訓練は難色を示したエースパイロット達。

 

 基本的に地上の爆撃等は陸軍の担当と言う固定観念が強くある。だが、今回の作戦上、スエズ運河の安全を盤石な物とするには、近くまで行って空母からよりピンポイントでネウロイ達に攻撃する必要があった。

 空母はいわば、動く要塞であるのだ。

 まだ、大艦巨砲主義の思想が根強く残っているため、説得するには少々の手間がかかった。

 

 後は夜間の発着艦訓練。誘導員にはサイリウム持たせて振らせて位置案内や誘導をさせといた。

 因みに、空母の甲板に誘導灯仕込んで艦隊司令部から怒られた。むかついたので、偵察の重要性を説いた後、その偵察員の安全確保のためだと言っておいた。事実、誘導灯を仕込んでから前代未聞の夜間発着艦訓練に事故は無し。

 仕込んだ誘導灯はアスラン自費(ジャスティスがかってにやった)と言う事でそれ以上深くは言われなかった。

 

 因みに北郷長官は終始腹抱えて大爆笑していた。

 

 そんなわけで、零戦(ザラ隊)が発足。加賀に所属するエースパイロットの中でも更に選び抜かれた12人の精鋭。隊長は俺。前に誰かに「司令自らやるとか頭可笑しいんじゃない」と言われたが、気にしないことにする。第一俺現場主義ですし、おすし。

 出撃命令と同時に文字通り飛んで行くのが俺だし。

 俺専用に塗装された零戦(隊長機仕様)がいつの間にか用意された。多分乗らないと思うけど…。

 

 真っ赤に塗装された零戦を見てどうしてこうなった、と頭を抱えたのは言うまでもない。

 整備兵はどや顔で「司令をイメージしてカラーリングしました」と言われたら文句言えないよね。悪意無いのはわかりきっているし。

 俺のイメージって赤なんだ…、わかってたけど。

 

 それにしても、今回の作戦ではアフリカ戦線の面子との協力が必要不可欠である。

 軍の人気取り的にも、実力的にも彼女こと、アフリカの星が出張って来るだろう。

 

 嫌いなわけでは無いが、苦手なのだ。

 

 なにかにつけて勝負を挑んでくるし、手を抜けば怒るし、そうじゃなくても怒る。

 

 俺、彼女に何か嫌われるような事したっけか?

 

 まぁ、しょうがない。

 

 アスランと行くスエズ運河艦砲射撃の旅が始まったばかりだ。

 

 それにしても、元気だね、名も知らぬ士官君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加賀格納庫でウィッチ達とパイロット達が集まっていた。

 

 別に命令があったからと言うわけでは無い。

 

 全員、自然に集まったのだ。

 

 真っ赤に塗装された零戦のザラ隊長専用機の周りに。その機体の後ろの方には、星と思われるものが無数に黄色いペンキで書き加えられている。

 この星は加賀のパイロット達と、ウィッチの数を表すのだと言う。

 整備員が語った言葉を思い出す。

 

『これは最前線で戦う勇者たちの命の輝きだそうです。誰一人、欠けさせない自分への戒めだとおっしゃっていました』

 

 戦場で誰も死なないことなんてない。

 

 それでも、ザラ司令はせめて、自分の指揮下では死人を出さないという並々ならぬ覚悟が伺える。

 

 この前のバーベキューもそうだった。

 

 口数もそう多い方では無く、勘違いしてしまうこともあるが、芯があり、とても優しい上官だ。

 

 現場によっては、人材不足による上層部の暴走で、兵士としてでは無く、捨て駒として扱われることも一度や二度ではない。それに嫌気がさしたことも反吐が出る思いもしたことが私にはある。

 

 だが、ここはどうだ?

 

 命の軽視を良しとせず、非難する風潮がある。

 

 あるウィッチが訓練中に無茶をして、その結果怪我を負った。幸い怪我自体は軽く済んだ。

 その娘は、ザラ司令の下で働けるのが誇らしくて、努力を重ねていたウィッチでもあった。

 

 翌日、全員が加賀の甲板に集められた。訓練で怪我をするとはたるんでいる! そう叱られると全員が思って居た。

 姿を現したザラ司令が口を開く。

 

『全員いるな? お前らには言っておかなければならないことができた。心して聞け。お前らは替えの効く部品ではない。未来を切り開く大切な命だ』

 

 どうにも、そこの所の自覚が足りないと小言がもれる。

 

『命は何にだって一つだ、まずは自分を守れるだけで良い。それがひいては皆を護ることに繋がる。無理をするなとは言わない。戦場に出れば嫌でも無理、無茶をしなければならない場面に直面することもある。だから、戦場でない所で無理をするな』

 

 良いな? そう言って去ろうとして立ち止まるザラ司令。

 

『命令と言うかお願いなんだが…、皆で笑って帰るって言うのが俺の理想(ユメ)だ。だから…、』

 

『それが叶うように、協力してくれないか?』

 

 振り向き、とても綺麗な笑顔で言ってきた。

 

 その時の事を忘れない。何と言えば良いのか…、言葉にできない物があった。

 

 ザラ艦隊に所属になってから不思議なことだらけだ。

 

 これがザラ司令以外の人物の言葉であったならば、現場も知らないくせに綺麗ごとばかり言うな! と文句の一つでも出て来たのだろうが、相手は武功では右に出る者はいない、扶桑が誇る紅き鬼神だ。

 言葉に込められた重みが違う。

 

 誰よりも現実を戦い続けている人が、誰よりも甘い幻想を抱いている。

 

 だが、それで良いのかもしれない。

 

 上手く言葉にできないが、あの人はああでなくてはいけないと、そう心のどこかで思った。あんな上官が居ても良いんだ、と…。

 

「孝美、ザラ司令って変わってるよな」

 

 直枝さんが私に話しかけて来る。

 それは私も思う。

 こんな司令官世界広しと言えど一人しかいないだろう。

 

「ええ、そうね」

 

 因みにそのウィッチだが、ザラ艦隊から外されるのではないかと心配していたが、3日後に訓練に復帰。杞憂に終わり、普段通りに過ごしていた。

 

 返事をした後、私は決して落とされないと決意を胸に自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦海域にもう少しで入ろうとしていた。

 

 機関科と外の見張り員以外休んでいる時間だ。

 

 機関科のボイラーについては、呉を出発する前日の夜に強化の魔法をかけておいた。これで第一戦速出し続けても、暴走して爆発何て事にはならないだろう。

 最も、敵の砲撃なりレーザーなりの直撃を受ければわからないが…。

 

 まぁ、その辺の対策も一応は施してある。

 

 俺は第一、第二砲塔を強化をかけて回っていた。

 

 因みにむっちゃんや他の駆逐艦には既に強化を施し終えている。

 

 この強化により、砲塔の強度だけでは無く、飛距離も少し伸びる結果が得られている。

 

 今回は艦砲射撃がメイン。砲撃距離が伸びるのは願っても居ないことだ。後は、弾丸に込められているブースト魔法でどこまで距離が伸びてくれるかに期待だな。

 それでも、アフリカ戦線に協力して貰って、一匹でも多くスエズ運河周辺まで引っ張って来て貰わないと話にならないんだけどさ……、この作戦にプライドが人一倍高いアフリカの星こと、丸醤油(マルセイユ)中尉(あれ? 今は昇進して大尉なったんだっけか?)が協力してくれるかどうか。

 

 それに弾着観測射撃のために俺自身も戦線に飛び込まなきゃ行けないし。

 

 また、「指揮官が戦闘に行く? 頭可笑しいんじゃないの?」 って言われそう。

 

「誰だ貴様!」

 

 黄昏て居たら頭に銃を突きつけられる。

 

 こんな時間にこんな所に居たら不審者だもんね。

 

「主計、俺だ」

 

 そう言うと立ち上がり、振り返る。

 

 顔を確認して主計は敬礼しながら「すいませんでした!」と声をあげる。

 

 気にするな、そう言ってその場に座り込む。

 

「月を肴に一杯やらないか?」

 

 ジャスティスから念話で酒盛りでもしてはどうかという提案がなされたので、それを実行する。

 酒はジャスティスが転移魔法で出してくれた。

 

 何か、この艦隊預かることになった時の祝いか何かで貰った高そうなお酒。

 

 結局飲む機会が無くて今に至る。

 

 隣をポンポン叩くとそこに座り「では、いただきます」と言ってどこから出したのかわからないお猪口を此方に差し出す。

 お前実は四次元ポケット持ってない? 何て馬鹿なこと考えながら俺もジャスティスにお猪口出して貰う。

 お猪口では無く升が出て来たんだけど…まぁ、気にしないことにしよう。

 

 主計のお猪口に酒を注いでやる。

 

 自分の升にも酒を注いで呑み込む。前の世界では酒は終ぞ飲むことは叶わなかったからな。アスランの経験上飲んだことはあるらしいが、ワインやシャンパンばかりだ。日本酒と言うのは初めて飲んだ。

 これはこれでいけるかもしれない。

 

 隣をちらりと見てみると、主計がチビチビと飲んでいる。こういう所を見ると、昼間の鬼教官ぶりが嘘のようで、ただの若い女性であることが伺える。

 心の中でだけど、鬼教官、鬼教官連呼してごめん。

 

 そんなことを思いつつ、升に映り込む月を見て、一気に飲み干す。

 

 扶桑ではこのことを、月飲み、と言い、非常に雅なんだそうだ。詳しくは知らないけど。

 

 しばらくはお酌されたり、お酌したりを繰り返していた。

 

 酒瓶が半分を切ったころ、急に主計がもたれかかって来る。

 

 その事に驚いたが、そこからは愚痴のマシンガントークにも驚いた。

 

 何でも主計長としては優秀なのだが、今までの艦長たちとは馬が合わず、艦をたらいまわしにされて、その事でキレて問題児扱いされていたらしい。

 そう言う事が続き、腐っている所でこの艦隊に配属されたらしい。

 確かに彼女自身、命令には従順であるが、いい案があれば、上官相手であろうと、意見具申も臆せずにする。

 俺的には結構的を射ている物も多いし、船乗り歴的には先輩に当たるので、貴重な意見として参考にさせて貰っている。他の高級将校とか何も言ってこないしね。

 だが、今までの上官はこれが気に食わなかったのだろう。

 出る釘は打たれると言うが、正にそれだった。あれ? 出る杭は打たれるだっけ? まぁ、どっちでもいいや。


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