慟哭の空 作:仙儒
加賀の甲板にBBQセットを展開している。
炭に火がまわった。
後は焼くだけの簡単な作業だ。
肉の調達とたれを作るのに苦労した。
BBQセットを展開した時点でそこそこ野次馬が集まっていたが、更に増えて居る。
無理もないか…、BBQ皆大好きだもんな。この時代、扶桑にはBBQ何て無いのだけれど。
ザラ艦隊の乗組員総員に一八○○に加賀の甲板に集合、時間厳守な! と告げてある。
肉を焼き始める。
現在時間一七○○。肉の焼ける良い匂いで更に人が集まる。
あ、よだれたらしてる娘がいるよ。もう少し待っててね。すぐに焼けると思うから。
それにしても、これ思いついて実行しようとしたやつ、本当にバカだな。下士官達総員で軽く6000人超えてんだから…、もう少し頭使おうぜ?
…俺じゃんOTZ
そんなコントを内心で披露しつつ、表ではただひたすらに焼く。
今日に限り、炭火の前が俺の居場所なのだ。今の心境はアメリカンなパパさん、間違えた。リベリオンなパパさんなのだ。たぶん。
そして、時間が流れて甲板は全員が集まり、BBQセットの前に綺麗に並んで敬礼している。
「全員集まったな。ザラ艦隊にようこそ、お前たちの着任を歓迎する。かたっ苦しい挨拶は無しだ。今日は無礼講だ。階級を気にせずに、思う存分食ってくれ」
そう言葉を発すると下士官から肉を取りに来るように言う。
皆戸惑いながらも下士官から肉を取りに来る。
その間も手を休めることなく次々に肉を焼く。
肉を受け取っても口にせずにいる下士官達に食って良いぞと言うが、口にしない。
見かねた鬼教官が口を開く。
「司令が食べていないのに、我々が食べる訳にいきません。私達が代わるので司令も食べて下さい!」
くそ真面目か!!
いや、考えてみれば扶桑人の性質として当然か。俺も上司が何かしてたら、遠慮して食べれないよな。
それが軍隊ともなれば上下関係が厳しいのもあって食うに食えないか。下手したら自身の出世の道が閉ざされてしまう可能性が高い。
「……、司令官として命令だ。受け取った者から食べろ。今日は無礼講だと言った筈だ」
とは言った物の、やっぱり食いずらいよな~。
「まぁ、偶には上官としての俺を立ててくれ。その代わり、命令も聞いてもらうが」
そう言うと鬼教官が涙を流しそうな目で此方を見ていた。
ど、どうした? 目に埃でも入ったのか?
あ、帽子で顔を隠した。
「貴様ら聞いたな? これ以上司令に恥をかかせるな! 受け取った者からありがたく食え!!」
そうすると皆、泣きながら食べ始めた。
何か俺の想像してたBBQとは違う。
「肉が無くなったら、遠慮なく取りに来い」
無くなる心配はないから遠慮するなとも付け足す。
何か受け取った者達も泣きながら食べ始めた。やめてくんないかな? 俺が泣かしたみたいじゃん。俺そんなに厳しい命令したか?
年齢的にも見た目的にも中学生から高校生位の女の子が泣きながら食べてるのを見るのは、俺の心に来る。
こんな時にアスランの人付き合い苦手が前面に出てきて困る。
それだけでは無く、鬼教官を始めとした高級将校達も何か泣いてたり、泣きそうな目で、此方に向かって敬礼してる。
無礼講だと言ったじゃん。泣くなよ。女に泣かれること程男は困ることは無い。
仕方ないので無心で肉を焼くことにする。
あ、忘れてた。
近くに居た鬼教官にザラ艦隊所属じゃない者にも良かったら参加しても良いよと告げて来てくれとお願いする。
リバウ撤退戦で傷を負い、入院生活からようやく解放されて扶桑皇国に戻って来て傷を癒やしつつ呉で兵学校の教官をして後進を教育していた。
そんな中で艦隊再編成による空母加賀のウィッチとして優秀な人材を訓練学校からも出して欲しいとの事で管野直枝と一緒に艦隊が集結してる鎮守府に出向いて、訓練を受けていた。
何のための艦隊なのか明かされないまま、厳しい訓練が続くので管野直枝さんが愚痴って居るのを良く耳にする。
管野さんの言い分もわかる。向上心が人一倍高い彼女は、早く自分を実戦に出して欲しい気持ちが先走ってしまうのだ。その為、上官にたてつくこともしょっちゅうあった。
彼女、管野さんの夢は第500統合航空戦闘団、赤枝ウィッチーズに入隊し、扶桑の紅き鬼神と肩を並べることだ。
こんな所で意図のわからない訓練をするくらいなら、一戦でも多く実戦経験を積みたいのだ。
私も立場上管野さんをなだめてはいるが、彼女と同じ気持ちだった。私だけではない、他の集められたパイロットやウィッチたちも同様の気持ちを持っていた。
そんな矢先、艦隊名が明かされる。
”ザラ艦隊”と。
まさかと思った。
扶桑の艦隊なのにどう考えても扶桑の名前ではない艦隊名。
司令官はザラ派の上層部の者なのか、ただ単にその知名度だけで名付けたのか。
ロマーニャでは、アスラン・ザラ少将にあやかって、重巡洋艦にザラと名付けた事が有名であった。
そして、その重巡洋艦がロマーニャを代表する旗艦に成る程、性能面でも技術面でも人材面でも優秀であることも。
加賀の甲板に集合せよと命令が下り、集合して見て、司令官の顔を見て全員が言葉を失ったのを今でも覚えている。
「貴様らに司令から挨拶がある。心して聞け」
どうぞ、司令と横にずれて敬礼する長門所属の主計長。
艦隊の司令官がゆっくりと歩いて来る。
その姿に目を疑った。
「この艦隊を預かるアスラン・ザラだ、今まで厳しい訓練に良く耐えてくれた。いきなりで悪いが遺書を書くことを禁止する。貴官らは選りすぐりの精鋭部隊だ、簡単に死ぬことは許さない。許されない。死ぬ覚悟がある奴は速やかにザラ艦隊を降りろ。この艦隊に必要なのは生きて明日の朝日を拝む決心を持った勇者たちだけだ。自分もろくに護れない連中に他人は護れない。もう一度言うぞ、明日を生きる決心を持った者だけ、ついてこい」
啞然とする。
それは、軍隊で一番初めに教え込まれる自己犠牲の魂を否定するものだった。
「貴様らわかったのか、わかったのなら返事をしろ!」
主計長の怒号に我に返り、敬礼をしながら大声で「はい!」と返事をする。
「貴官らの今後の活躍と武運長久を祈っている」
そう言うと敬礼をしてその場を去っていく。
その後を主計長がついて行く。
解散後、誰一人としてその場を動こうとはしなかった。
次の瞬間、誰からともなく、声が上がった。
男性から言葉をかけられたからもあるのだろうが、あの扶桑を代表する英雄が、言葉は悪かったが「私には貴官らが必要だ」と言われたも同然なのだ。
気が付けば私も管野さんと抱き合いながら叫んでいた。
余りにも五月蠅かったのか、他の上官が来て「そんなに元気が有り余っているならそのまま甲板から飛び降りて遠泳でもしろ!」と命令が下ったが、今までのように反抗するものは居なかった。
500部隊ではないにしろ、英雄の指揮する艦隊に所属できたことが、皆誇らしかったのだ。
それから訓練は厳しさを増したが、誰一人として文句を言う者は居ない。
むしろ、厳しさが増した分、待遇は良くなっている。
各艦には目安箱が設置された。
流石に全てが反映されたり、解消されたりするわけでは無いが、名前を書かずに気軽に入れられる為、上官に異議申し立てや、不満を書きいれる者も多い。
私も何度か不満を書き入れた事がある。
また、ザラ司令の方針で、強制ではないがこまめに手紙を家族に書くよう促されたりした。
流石に軍規に触れるのではと上官から進言があったが、士気向上に繋がると進言を蹴った。
戦争という現実さえなければ、軍であるのにもかかわらず、理想の職場と言えた。
妹のひかりにお姉ちゃんは元気ですと書いた手紙を出した後、加賀の中を歩いていた。
本当はザラ司令官の部下になったことを自慢したかったが、流石にそれは控えた。
うわの空で歩いていたら誰かにぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい。よそ見してて…、って、ザラ司令! 失礼しまし、痛っ」
ぶつかった相手を見て驚き、敬礼をして詫びようとしたら、傷が痛んだ。
「こちらこそすまない、怪我は…って大丈夫か?」
一瞬怪我を庇った動きをしてしまったら心配された。
普通上官にぶつかってしまったら、厳重注意ではすまない。大抵体罰や嫌がらせの追加訓練と嫌味や罵声を受ける。相手が男ならば尚更だ。
「…背筋を伸ばせ」
張り手でも受けるのだろうかと言われた通りに背筋を伸ばして、歯を食いしばり、目を瞑った。
コツン
「ふぇ?」
思わずに変な声を出してしまった。
額には人差し指と中指で軽く突かれ、その手がうっすらと緑色に光っていた。
体が軽くなるのを感じた。
この感覚は治癒魔法を受けた時の感覚に似ていた。
「傷の手当はした。大丈夫だと思うが後で医務室に行ってくれ。この後に訓練があるならば、大事を取って休んでいろ。担当の教官には俺から話を付けておくから」
明日からは頑張るんだぞと言葉を残してその場を去っていったザラ司令。
ハッと我に返り、ザラ司令を追いかけて声をかける。
「あれ? まだどこか痛むのか?」と心配してくれるザラ司令に「ぶつかってすみませんでした」と頭を下げる。
すると、驚いた顔をした後に少し微笑みながら「気にするな」と返して来た。「それでは私の気がすみません!」というと「おかしな奴だな」と言った後、速やかに医務室に行った後、自室待機1日とさっきと似たような命令を受けた。
納得いかないが取り敢えず命令通りに医務室に向かった。
衛生兵に傷を見て欲しいと頼んで服を脱ぐと、衛生兵から、傷なんてありませんよと怪訝そうな顔で見られる。
そんなバカな。此処に傷があるだろうと、指を指して指摘するが衛生兵は何を言っているんだと呆れた目で見ながらありませんよと言わる。
最近大きくなってきた胸を手で押さえて傷跡を見やると、傷跡何て最初から無かったように消えていた。
自分は夢でも見てるのかもしれないと自室に戻り、鏡で確認してみたが傷跡は綺麗に消えていた。
思わずに自分で自分の頬をビンタしたくらいだ。
じわじわと伝わる痛みからこれが現実であることが分かった。
次の日、別に何事もなく訓練が始まったのに参加する。
未だに夢見心地だ。憧れと尊敬、それ以外の熱く込み上げて来る感情に理解が追い付かない。
そんな私に気が付いた管野さんが声をかけてくる。
「おい、大丈夫かよ。お前らしくない、体調が悪いなら今日も休んだ方がいいんじゃないか?」
それに対して私は大丈夫よと返す。
「まぁ、お前がそう言うなら良いけどよ…。俺としてはチャンスだからお前が降りてくれるなら、それはそれでありがたいけどな」
そうやって目をそらして頬をかく管野さん。
彼女なりの気遣いが伺える。
「大丈夫よ、私も降りる気は無いわ」
憧れに触れて、確かめた。
やはり、アスラン・ザラはアスラン・ザラだった。
皆の憧れであり、扶桑の誉れ高き武人。
男でありながら泥臭い事を良しとし、部下を思いやる心を忘れず。
そんな人だからこそ、もっと私を知って欲しいと思ってしまう。
もっとザラ司令を知りたい、理解したい、理解してほしい。
どうした事だろう、ザラ司令のことを考えただけで体が火照ってしまう。
「無礼講だ、遠慮なく食ってくれ」
突然艦隊の乗組員総員が加賀の甲板に集められたと思ったら突拍子のない言葉がかけられる。
言葉だけでは無く、格好も二種軍装にエプロン姿で肉を焼いている。
誰もが目の前の行動に理解が追い付かずに呆けていた。
流石に怪訝に思ったのか少し考える素振りを見せた後、階級の低い者から肉を取りに来るようにと声をかけてくる。
どうも、歓迎会のつもりらしい。
今まで軍ではこう言った行事がなかった為、どういう行動をすればいいのか皆が戸惑っている。
見かねた主計長が口を開き、皆の思って居ることを代弁してくれる。
それを聞いたザラ司令は「上官としての自分を立ててくれ」と言う。
その言葉にその場に居た全員が感動していた。
この人は本気で私達を歓迎し、労ってくれているのだと。
それに、食材として選ばれた肉からも心遣いが伺えた。
肉は高級品だ。手の届かない品ではないが、階級や艦種によるが、階級が低い者は缶詰食と肉など滅多に口にできない。
それを階級の低い者から配っているのだ。
ザラ司令の器の広さと、こんなにも良い人を上官に持てた事の幸福をかみしめた。