慟哭の空   作:仙儒

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それぞれの思い

 勲章授与と感謝状の式典に、遂にアスランは現れなかった。

 

 記者達と軍上層部は肩を落とし、醇子は不貞腐れたような顔をし、美緒はがっかりしつつも、どこか嬉しそうであった。

 

 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは心ここにあらずと言った所だった。

 

 本来なら護るべき存在である男。

 

 ミーナはアスランに合うのはこれで二回目だ。

 

 一回目は第五次カールスラント防衛戦でクリスちゃんと一緒に助けられた。

 二回目はリバウ撤退戦で協力を求められて、最終的に助けられた。

 

 完成された美が目の前に騎士甲冑をまとって飛んでいた。

 

 思い出すのは協力を求められた時のこと。

 

 自分はあの場から撤退することを考えて居た。それが、戦術的に最も最適な判断だったと自負している。だが、男はこの場に留まることをお願いして来た。

 

「なら協力してくれないか? 皆で笑って帰るって言うのが俺の夢だ…、だから」

 

 そう言いつつ穏やかな顔付きで言ってきた。

 とてもではないが、これから戦場に向かう人の顔では無かった。

 

 一回目は男だからと自分の気持ちに蓋をしてごまかした。

 

 だが、二回目はそうはいかなかった。自分にとって大切な人とわかった。とてもごまかしようが無かった。

 

 そこからは護られてばかりの戦いだった。

 

 自分たちに向けられた攻撃は全て騎士の持つ楯に弾かれ、即席の連帯とは思えないほどに戦いやすかった。

 

 これが護られながら戦うという事。

 

 普通なら味わえない感覚に酔いしれていた。

 

 どんな手品かは知らないが、銃弾が尽きれば手元に新たな銃が現れる、それに、あれだけの大規模戦闘にも関わらず魔法力が尽きることも無かった。

 

 何と言うか、常に満たされているような不思議な感覚であった。

 

 このまま、戦線を巻き返せると本気で思った位だ。

 

 あんなに安心して戦えたのは初めてだった。

 戦場に響く勝利の歌も聞いた。

 

 最初に安心して戦えると言ったのはバルクホルンとマルセイユだっただろうか?

 

 今ならその気持ちが痛いほどにわかる。

 

 クリスちゃんと一緒に居た時の比ではない安心感と高揚感。

 

 それが、まだ胸に残り、その火は時を置くごとに強く激しく燃え上がる。

 

 ああ、できれば、もっと話をしてみたかった。頑張ったなと、美緒みたいに頭を撫でて欲しかった。

 頭の中はその思考でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 醇子は拗ねていた。

 あの場で歌われた歌は美緒ちゃんの物だった。

 それは、あの場で美緒ちゃんが泣きじゃくってしまったから、あやすために歌って居るのはわかりきったことだったが、羨ましいものは羨ましいのだ。

 

 私も刀を使ってみようかな? と思うが、美緒ちゃんに敵うとは思えない。

 

 結局のところ、親友である坂本美緒が羨ましかった。先生にあんな風に歌ってもらえたことが。

 

 だから、せめて、一緒に戦ったことを褒めて欲しかった。それは、式典の時に叶うものだと思って居た。

 でも、先生は式典には出てこなかった。

 

 わかっている。わかっているさ。今回式典に出なかったのは私達を目立たせるためだと。自分では無く私達が挙げた戦果にするために。先生はそう言う人だから。

 だからこそ、4人そろって式典に臨みたかった。

 先生と一緒に戦えた事が誇らしくて、たまらなかった。そこで美緒ちゃんみたいに優しく頭を撫でて欲しかった。ザラ隊の時のように不器用ながらも「良くやったな」って言って欲しかった。

 

 

 このまま戦い続ければ私の事も歌ってくれるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったのか? すっぽかして…、後でどうなっても知らんぞ」

 

「俺はオラーシャ軍でも、カールスラント軍でもない。扶桑海軍少将、アスラン・ザラだ。ライセンスだってある。それに、今回頑張ったのは美緒達だしな」

 

「ハハハ、お前の謙虚な所、嫌いではない」

 

 そう言うと章香は俺の隣に座る。

 

 俺はと言うと、次の日の新聞に目を通していた。

 

 何と言うか、どこで撮られたのかわからないジャスティスをセットアップした俺の姿が一面の九割、美緒達の活躍が一割程度だった。

 こうなるのが嫌で式典すっぽかしたのに意味がない。

 

 はぁ、と溜息が出る。

 

「溜息をはくと幸せが逃げるぞ?」

 

 …、俺思うんだけどよ。その理論、反対なんじゃないかって。幸せが逃げたから溜息をはくわけだし。口には出さないが。

 

 章香は美緒と醇子の所を見てどこか満足そうであった。

 俺なんかと違い、自ら鍛えた弟子だから、今回の活躍、内心喜んでいるに違いない。

 

 まぁ、口にしたところで「私の弟子なんだからこの位当然だ」とか言いそうだが。

 

 ところで章香、近い。めっちゃ近い。

 

 あ、良い香り…、ごめん、豆腐の角に頭ぶつけて死んでくるわ。

 

 ただでさえ、灰色の青春のトップをアクセルべた踏みでかっ飛ばして来た俺には、毒以外の何物でもない。

 そのたわわに実った二つの果実をもみしだく…、ごめんなさい。俺にそんな度胸無いわ。

 そこ! チキンとかヘタレとか言わない。

 

 しょうがないじゃん、前の世界では恋愛何てしている余裕がなかったんだから。それは、アスランになる前もそうだった。

 

 

 俺は章香に新聞を渡すと立ち上がる。

 

 ネウロイに襲われたとは言え、後、数日で船生活ともおさらばだ。

 本当は俺一人で先にカールスラントに行こうとしたんだけど、後で章香に何言われるかわからないので戻って来た。

 

 さて、何して時間を潰そうかね?


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