慟哭の空 作:仙儒
招集命令がかかったので、大本営へと顔を出していた。
内容は聞かされていない。
そんな中で軍議が始まる。
何時もよりも重苦しい雰囲気の中始まったのでただ事ではないと思って気を引き締めた。
その重苦しい沈黙を破ったのは北郷大将だった。
「急に招集かけてごめんなさい。早速で悪いんだけどカールスラントに行ってくれないかしら?」
「カールスラント…、でありますか?」
命令内容に怪訝に思いながら言葉を発するアスラン。
そう言えばアドルフィーネのことほっぽって来たな、とどうでもいいことを思い出した。
「ええ、カールスラント上層部が泣きついてきてね。それでどうしてもと言うのでザラ少将を一時的に派遣することに決定したのよ」
実際は逆で、カールスラント軍に脅されて、苦肉の策としてアスランを派遣と言う形で事を納めたのだ。
そんなことを知らないアスランは世論の為かと、半ば当たっているような当たっていないような結論付けをしていた。
アスランは政界を齧ることはあったが、エキスパートではなかった。
なので、世論の大まかな流れがわかっても、その詳細まではわかりはしていない。
加えて、アスラン自身の性格上、自分を過小評価する癖があり、今や彼を手に入れることが何を意味するのか理解していないのだ。
「…、了解」
扶桑近海のネウロイを撃滅したことで、比較的安全な扶桑に居るよりは、ネウロイの巣があるアフリカ戦線や、ガリア、カールスラント、オラーシャ、オムライ…、オムス等のネウロイの兆しが色濃く残っている所の方がアスランからしてみれば楽ではある。
まぁ、転移魔法を使えるアスランにとっては隣の家に引っ越したような感覚であるが。
敬礼をして、踵を返して部屋を出ていくアスラン。
部屋を出てすぐに章香が壁に背を預けて待っていた。
「お前も呼び出されてたのか」
「ああ、アスランと一緒に転属になった」
章香もセットか。一応俺の護衛兼見張り役兼観戦武官なんだろうが、俺、そんなに信用無いかね?
因みに章香には俺が魔力供給をおこなっているため、現役のウィッチを続けている。階級は中佐。
ザラ隊で教導官としての才を見出し、教官として横浜だか佐世保で士官学校の校長をしないかと話があったらしいが、断り、魔法力尽きぬ限り前線を離れないと武士みたいな事を言っていた。
「お前みたいな優秀なウィッチが抜けて大丈夫なのか?」
「ははは、問題ない。後続の奴をみっちり育てたところだ」
そう言ってカラカラと笑う章香を見ながら、その育てられた人物とやらに合掌した。
改めて命令書を見る。
そこには出立日時と第500試験統合戦闘航空団と書かれていた。
何処の国の部隊だ? と思えたがその後ろには長年隠され続けた部隊名、赤枝ウィッチと記されていた。
流石にアスランとて軍が意図して赤枝ウィッチを隠しているのに気が付かないほど馬鹿ではない。それにしても、今まで隠しておいて、何故今なのだ?
…、深く考えてもしょうがないか。
そう考えると、宮藤博士は赤枝ウィッチに所属しているため連れて行かなくちゃいけない。それを無しにしても、そろそろ宮藤博士を研究施設のあるガリアに返さねばならない。それだけ世界を代表する科学者なのだ。
この話したら芳佳、口きいてくれなくなんだろうなー。鬱だ。
幸い、場所はガリアにあるらしいので、宮藤博士はどんなことがあっても護ろう。
大本営を出て、章香と分かれた後に転移魔法で宮藤亭へと移動する。
宮藤博士に命令書を見せたら、察してくれたのか、内容を確認しなかった。
芳佳は泣きながら自分も連れてけと駄々をこねた。
……、俺に抱き付いて。
普通そこはお父さんに抱き付くところじゃないかな?
そのまま、芳佳が泣きつかれて眠るまでずっと撫でていた。
「すいませんね、芳佳が」
芳佳の母親が申し訳なさそうに言って、寝ている芳佳を抱っこする。
「いえ、私こそ宮藤博士を…、」
そう言いかけたらポンポンと腰を叩かれた。
「覚悟はできてます。それに、アスランさんは夫を連れて帰って来てくれたじゃないですか。もう会えないと覚悟して居た身。感謝こそすれ、恨むことはありません」
アスランは何と返せばいいのかわからなかった。ただ、気を使われたことに情けなくなった。
いっその事、罵声を浴びた方が楽だったかもしれない。
C.E.では「コーディネーターなんか滅ぼしてやる!」何て言われて子供に思いっきり蹴られた。
まぁ、C.E.の経験と記憶があるだけで、そのアスランと今の
良心とは時として最大の攻撃になるのだ。この人がそんなつもりで言った言葉ではないと百も承知してても、心の奥底、深い所まで突き刺さり、心を重くする。
それで覚悟が決まった。本当に護らなければならないものを再確認した。
一週間後、横須賀基地から空母に乗り込み、出発する。
護衛ウィッチ隊に見送りの士官生たち。どこを見ても女しかいない。
試しに帽子を振ってやると、黄色い声が響いた。
「それにしてもこんなに人が集まるものなのか?」
近くにいる章香に聞いてみると、
「いや、扶桑の鬼神を一目見ようと集まっただけだろうさ」
訓練用のユニットをはいて飛んでいる子も居るぞ。それも一人二人ではない。
それはさながら観艦式のようであった。
その中、必死に泣きながら此方に手を振っていた芳佳を思い出す。
転んで怪我でもしてないだろうか? 今はもう見えない港の事を心配したが、考えてみれば芳佳は治癒魔法使いだったな。
不安材料が一つ消えたところでもう一つ問題が発生する。俺と宮藤博士以外全員乗組員は女性なのだ。しばらくは肩身の狭い生活を強いられるだろう。
何か頭痛くなってきた。