慟哭の空 作:仙儒
「アスランさん!」
「おっと」
飛びついて来た女の子をそのまま抱き抱える。
この世界の傾向だからか、ただ単に子供だからパワフルなのか。
「いい子にしていたか?」
その問いかけに少女は嬉しそうに頷く。
「噓つきなさい、良い子は勉強の途中で抜け出すようなことはしないんだよ」
奥から飛びついて来た子供の母親が言う。
「すいませんね」
「いえ、芳佳、また大きくなりましたね」
そうアスランは返す。
実際の所、アスランが此処を訪れるのは三回目だ。
なので、少女が実際に大きくなっているのかは確信を持てなかったが、前にあった時よりも何となく、そう、何となく一回り大きくなったような気がすると言うだけで口にしたものだった。
「おや、芳佳がいきよいよくかけて出て行ったと思ったらアスラン君だったか。いらっしゃい」
「お久しぶりです。宮藤博士」
「ははは、そうかしこまらなくてもいいよ。僕と君との仲じゃないか」
ニコニコ笑いながら答える。
この親子、笑った所が良く似ているな~、何て思いながら芳佳をはがそうとするが、はがれない。
力尽くで引きはがしてもいいのだが、海軍服が生贄になる。
この家族との関係は第五次カールスラント防衛戦後、すぐにガリアでのネウロイ進行戦があった。
そのガリアでの戦いの折、偶々助けて以来の仲だ。
扶桑人だというのは見てわかったので、そのまま扶桑まで転移魔法を使い、連れ帰ってきてしまった。
危機的状況から逃げられて、愛する家族に会えて、宮藤博士は大喜びだった。
アスランは常に戦場で失うばかりの戦いを強いられてきた。
故にだろうか? これまで激戦で多くの人を助けて来たことはあれど、今回のように助けられて本当に良かったと思いに浸るシーンは中々なかった。
それから宮藤博士の願いでしばらく家に居たいとの事だったので、赤枝ウィッチの専属技師として所属して貰う形をとっている。
まぁ、研究の話とかアスランと馬が合うおかげか、それとも、宮藤博士の人柄故か親密な関係を築いている。
それで、宮藤博士の一人娘である芳佳が俺のファンであったらしく俺にべったりだ。おまけに父親を救っているしな。これを見てた宮藤博士は嫁にどうだい? 何てことを口にするものだから芳佳が本気にして困っている。
「新しいストライカーユニットの理論と今までの博士の定理した物に少し手を加えさせて貰った物です。従来の物よりも燃費、安定性が向上しています」
少しだけですがと、付け足しておく。
宮藤博士は嬉しそうにそれを受け取り、興奮気味に目を通していく。
「やっぱり凄いね! 天才いや、鬼才かな?」
「博士の理論が無ければできませんでしたよ」
「またまた、謙遜もそこまでくれば嫌味に聞こえるぞ」
その言葉に少し慌ててしまう。
「冗談だよ、君がそう言う人間でないのは重々承知しているさ」
やはり人付き合いは苦手だ。
扶桑軍が頭を抱えていた。
これまでにひた隠しにして来た特殊独立部隊500…、通称赤枝ウィッチをカールスラントから指摘されたのだ。どこで漏れたのかは定かではないが、アスランを手元に置いておきたいがための選択であった。
カールスラント軍はこれを認め、支持する方向性で決まったと言うのだ。
早い話が、アスランの居やすい理想の環境を用意するからアスランおいで~と言う勧誘だった。
それにつれて、世界にこのことを公表する準備もあるとも言っているのだ。
今まで連合や世論でのメリットを逆手に取られた交渉と言う名の脅し。
男と言う極めてレアな存在でかつ、ネウロイ退治では右に出る者がいないスーパーエース。それだけでも政治的にはかなり強い影響力を持つのに、今ではザラ派と言う一種の宗教じみた集団が民間だけには留まらずに、政界、財界、軍に強い影響力を持ち、更には世界規模でその信者がいるのだ。
このことがばらされれば、暴動が起きかねない。そして、扶桑の偉功は地に落ちる。
それだけは避けねばならなかった。
そこで苦肉の策として、アスランを一時的に総監督としてなら貸してやらない事もない、とカールスラントに電文をうった。
カールスラント軍少将アドルフィーネ・ガランドは電報を読み笑みを深めた。
それと同時に扶桑軍も馬鹿では無いのだな、そう思った。いや、もしかしたらアスランが無意識に入れ知恵したのかもしれないが…、アスランが此方に来ることが今は重要だ。
引き抜きの事はゆっくりやっていこう。
そう、ゆっくりとな。
カールスラント軍は彼にワンマンアーミーのライセンスと中将の椅子を用意している。彼の反応次第では大将の位も視野に入れている。
これは5度に渡る国家総力を挙げての防衛戦での勝利への多大な貢献を考えれば当然の待遇だ。
それに、そう思いながら虚空を見上げて思う。唯一ネウロイに対抗できる力を持ち、完璧な美貌を兼ね備えている人物を世界が放っておくことなどあり得ない。二重の意味で。
それに、これ以上ライバルを増やすのは好ましくないしな。
最後のは完全に私情だが、彼女にとっては一番重要な事だ。幸いこの前アスランと話した時には扶桑のあの女はまだ手を出していないようだしな。