慟哭の空 作:仙儒
上官になればなるほど、戦域から離れて書類と格闘、何て事になる。
それは重々承知なのだが、どうも、10代の少女たちが戦闘に出ているのが納得いかないと言うか、何と言うか。
この世界では当たり前なのだ。だが、俺の中ではまだまだ護るべき子供達に他ならない。
しかも、ウィッチ達のピークは20代前後。一部例外があるが、それは戦闘をしない前提の話だ。この世界の魔法体系は俺のようにリンカーコアが元になっているわけでは無い。
最初から総量が決まっていて、それを少しずつ消費していく。
リンカーコアの場合は時間と共に上限まで回復するが、ウィッチ達はそうではない。
魔法を使うことにより生じる体力の著しい消費による一時的な魔法使用不能状態を魔力の枯渇状態だと勘違いしている。
そして、再び魔法を使える状態まで戻ることを魔力の回復と彼女達ウィッチは思い込んでいる。周りもそうだ。
結局、回復しているのは集中力と体力だけ。魔力総量は減ったままだ。
そして、この世界には自身の持つ魔力を他者に分け与える術がないのだ。
この部隊に居る限り、俺が魔力供給をしているので大丈夫だが、何時かはこの部隊も解散が来るし、教え子たちも未だネウロイの色濃く残るガリアやカールスラント、アフリカ等に派遣されるだろう。
その後の事は自分ではどうしようもない。
できることはただ一つ。俺があの子たちが少しでも戦闘にかかわらないように戦うだけだ。長い戦いになりそうだな。
そう考えて居るうちに書類の山は片付いていた。
アスランスペックパネー。確認したけど考え事しながらやってたにも関わらず、ミスは一つもない。
それにしても、である。
机の端に置かれた数枚の書類を見る。
そこには軍事機密以外の書類だったりする。
内容は…、婚姻届けの書類だ。
名前もしっかり記入されていて、俺が後はハンコを押すだけとなっている。
最初は少なかったが、最近は目に見えて多くなっている。
ほとんどは、観戦武官の人達だが、我が部隊からも何人か出ている。
さて、今までは悪戯程度だと思って目を瞑っていたが、そろそろ注意した方が良いかな? いや、此処で下手に大事にして、他の人達が真似事をして来たら意味がない。
注意はなしか。
「ん? ああ、空いてる、入ってくれ」
ノックの音が聞こえたので返事をする。
そう言えばノックの回数で話の内容を伝えるのがあったような気がする。
今回は四回だったから…、交渉ごとか?
因みにザラ隊のメンバーは皆ノックと共に声をかけて来るのでこのように四回ノックと言う事はしない。
章香に至っては、ノックもしないでいきなり開けて入ってくる。
なので、必然的にこういった行為をするのは、本場である観戦武官の人達だけだ。
「やぁ、隊長さん。暇してるんじゃないかな? どうだい? 久々に紅茶何て。丁度良い茶葉が手に入ったんだ」
そう言うと持って来たティーセットを仕事用にある机とは別にもう一つあるテーブルの上に置く。
手慣れた様子で紅茶を淹れ、テーブルに置く。
「すまない、気を使わせてしまったな」
そう言いながら椅子から立ち、テーブルに向かい合うようにして置かれているソファーに腰を降ろす。
「なに、私もこうしていい男と時間を共にできるんだ。気にすることじゃないさ」
そう言って笑いながら向かい側のソファーに座る。
あ、紅茶の良い香り。
でも、交渉事をするのにこんな感じで良いのか? 相手に主導権握られているんだけど。
「で、何の用だ? ガランド大尉」
「君と私の仲だ。アドルフィーネと呼んでくれと言っているだろう? 扶桑が誇る生きる伝説の英雄君。いや、歌王君と呼んだ方が良いかな」
悪戯成功のように笑いながら言ってくるガランド大尉に溜息を吐きつつ
「わかったアドルフィーネ、だからその呼び方をやめてくれ」
実際には同じ魔眼使いとして、美緒に魔眼の使い方を教えてやってくれと頼んだだけの仲なのだが…、そう言えばこうやって時々紅茶持ってきてくれたっけ?
まぁ、悪い仲ではないのは確かだろう。
「そうそう、それで良いんだ」
満足げに笑みを見せる。
「それで、交渉何だが…、残念ながら、失敗だったみたいだ」
「?」
何の事だ?
まぁ、彼女が失敗と言うからには失敗だったのだろう。
「時に聞きたいことがあるんだが、君の好みの女性のタイプを聞きたいんだ」
「それなら飽きる程聞かれたからそれを見ればいいんじゃないか?」
そう言って章香が持っている雑誌を指す。雑誌や新聞に載る度にきかれるもんな~。
「それは、表向きな物だ。君の本心が丸々載っているわけではないだろう?」
確かに当たり障りのない事ばかり言ってきたわけだししょうがないか。
というか、アドルフィーネ大尉からは
あ、因みに前回の作戦の大成功で中将から大将へと昇進した章香の母親。こうもとんとん拍子で出世できる物なのかね? しかも、将官クラスが。まぁ、それはいい。昇進したんだからそう言うことなのだろう。
「載っている通りだよ。誰でもいいわけでは無いが、俺なんかを受け入れてくれる心の広い人ならば、ね」
「それでは、この世の中の全ての人に当てはまる事に成る」
「まさか」
子供っぽいし、負けず嫌いで、折れない曲がらない、融通が利かない、諦めが悪い。口下手で言葉たらず。
これを受け入れるのは大変な物だと思うんだけど。
「…これは難攻不落だね。でも落として見せるさ」
何を落とすんだか知らないけど、故郷であるドイ…カールスラントを占領しているネウロイを叩きたいという事かね?
カールスラント軍上層部からのお願いかな? 確かにそれならば交渉事だが、この人物が軍上層部の圧力に屈するとは思えないけど…、それに、もう失敗してると来た。
結局、当たり障りのない世間話になってしまった。
あ、紅茶の茶葉どこで手に入れたのか聞くの忘れた! …、今度聞こう。
「ふぅ、」
扉を閉めて、溜息を吐く。
今日も駄目だったか。そう思いながら次のプランで攻めた方が良いかな?
割と本気で出している婚姻届けを悪戯程度に思われているのに、幾らこの私とて流石に気落ちするぞ。
しかし、だ。諦める気もない。
女だというだけで、特にウィッチなら尚更に嫌悪されるのに彼にはそれが全くと言っていいほどない。
仕事だから、仕方なくではない。その人物に面と向かって対処している。
軍人としてもとても優秀で、科学者としても腕が立つ。
それなのにその功績を誇りもしない。本当に女が思う理想が具現化した男だ。
それゆえなのか、特に色恋沙汰に鈍い。だが、そこが女心をそそる。
こんな良い男とは、世界広しと言えど、今後二度とは存在しないだろう。
だから、諦めるつもりは無い。