慟哭の空 作:仙儒
ザラ隊が発足して早2年近く。
最初は危なっかしかった隊員達も場数踏み、著しい成長を遂げた。
とは言えもうひよっこでは無くなっただけで、実戦ではまだ危なっかしい部分も目にするが、それも時間が解決してくれるだろう。
伸びしろはまだまだある。
最近は出撃回数が増え、いよいよ総力戦になりつつあるなと頭に入る。
俺に召喚命令が来たのはそんな時だった。
何か都合が悪ければライセンスがあると言えば良いんだが、話は聞いてからでも遅くないと思い大本営へと赴いたらお偉いさんたちが集結していた。
内容は扶桑に攻めて来るネウロイの予測位置とそれを撃退するための作戦方針だった。
普通そう言うのはあんたらの仕事だろうと思いながらウラル山脈から来ている事、ネウロイの今までの行動パターンから導き出したネウロイの通るであろう予測ルートを説明する。
そうして、連合艦隊を持って、扶桑を狙うネウロイの殲滅すると命令が下った。
待て待て、まさか鵜呑みにしたんじゃないだろうな?
作戦にあたり、ザラ隊の隊員全員。特に隊長たるアスラン・ザラ大佐は必ず参加されたし、と軍令部から名指しで呼ばれた。
作戦内容を見て一瞬見間違いじゃないかと2度見をしてしまった。
あのさぁ、戦いは数なんだよ。戦艦の性能何てわからないけど、どう考えても戦艦1隻なのはおかしい。
反攻作戦ならもっと数を用意しろよ。まぁ、連合軍側からのウィッチ達に連合軍からも戦艦も作戦に入ってくれるらしいけど、慢心しすぎだ。
俺とて万能ではないのだ。
敵の総戦力も未知数。
思わず頭を一回机に叩きつけた位だ。
痛い。
「何をしてんだ? アスラン」
いつの間にか部屋に入ってきていた章香に作戦内容が記されている命令書を渡す。
首を傾げながら命令書に目を通して段々と震え始めた。
「なんなんだ! このふざけた内容は!」
ほんとだよね~。俺の思った事は間違いではなかった。
反攻作戦成功させる気ないのかと思っちゃうよね。
幾ら新型ストライカーユニットがこの短期間でできたり、魔道徹甲弾でネウロイに対抗する力がアップしたとて、この数は少ない。
俺一人で偵察しながら敵戦力削るのが良いか。
この戦力を見てそう思う。
恐らく今更泣きついたところでこの作戦内容が覆るとは思えない。できるのであれば北郷中将がもう少しましな案をだしているだろう。
しかも、この作戦最高責任者、北郷中将だし。
「かあs、北郷中将と話をしてくる、これじゃ死んで来いと言ってるのと変わらない」
そう言い残し、隊長室を出ていく章香。
そもそも、章香自身は反攻作戦には反対派である。理由は敵の戦力が未知数だからだ。
まぁ、作戦開始日程は決まったわけでは無い。
そう言えば雑誌の取材が舞鶴であったな。
久々に家に顔を出してみるのもいいかも知れない。
遂に人類で初となる大規模な反攻作戦が開始されようとしていた。
散々煮え湯を飲まされてきたのも、この時を思えばこそ耐えてこれた。
そして、その足掛けとして扶桑に迫るネウロイ殲滅を立ち上げた。
そんな、華々しい第一歩を飾るのにはそれ相応に相応しい舞台を整える必要がある。
にもかかわらず、何だこれは。
戦艦1隻に空母が2隻。それらを護衛する艦隊は重巡が2隻だけだ。
敵の数は未知数。
「これではまるで、第十二航空飛行隊に死ねと言っているような物です!」
北郷中将の声が響く。
「そんなことは無い、連合軍からも戦艦やウィッチ達が協力してくれる。それに何よりも伝説の英雄が居るではないか」
軍令部が偉そうにふんぞり返りながら言う。
「彼とて人間です。それに普通ならもう現役引退してもおかしくない年齢です。もう何時限界が来るのかわからない!」
前回顔を合わせた時に年齢を聞いたのは、勿論章香の事も考えてだが、それは建前で彼があとどのくらい戦場に出れるかを確認したかったのだ。
最も、それはこの世界のウィッチ達に当てはめての話であり、アスランはリンカーコアが魔力の元となっているので、この世界のウィッチ達とは違い、原則としてリンカーコアにダメージを受けない限り半永久的に魔法を行使できることを北郷中将は知らない。
「それに、彼に何かあれば北郷中将。君の落ち度だからね。ああ、新たな伝説が生まれるか、悲劇の英雄になるのか楽しみだよ。本当に」
最早何を言っても無駄なのを悟った。
「っく」
唇を強く噛む北郷中将を見て軍令部は笑みを深める。
北郷中将は軍令部の無責任な態度と嫉妬に嫌気が刺していた。
そう、軍令部は世界初の貴重な男軍人、それも空想の中から出て来たんじゃないかと思える様な人物が、北郷中将に実質独り占めしているのが気に食わないのだ。
見苦しい嫉妬と公私混同はやめて欲しい。
アスランの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
「そうそう、もし悲劇の英雄になったとしたら今度は北郷中将に変わって我々軍令部が責任をもって面倒を見るから安心したまえ」
強く睨みつけるが、相手の頭の中では既に彼が軍令部に入ったことを想像して居るのかニヤニヤしながら舌なめずりをしていた。
北郷中将は彼と彼の部隊員に対して心の中でごめんなさい、そう呟いていた。
久しぶりに帰って来たらなんかすごい事に成っている。
ラジオ放送に雑誌の取材で近くを通ったから帰ってみるかと寄ってみたんだが、遠目で見ても凄い人数の人が俺の家の門前に居る。雑誌のような物を持っている者から子連れの人まで。全員女だ。
このまま見つかると厄介な事に成ると勘が告げている。
しょうがないので、透明になる魔法を使い、空を飛んで庭に降りる。
中は流石に人であふれてはいなかった。
取り敢えず、状況の把握に努めたい。そう思い、透明化魔法を解いて、庭から上がり込む。
何か中も慌ただしく行きかう足音に話し声が聞こえる。
「ご主人様お帰りでしたか、お出迎えもせずに申し訳ございません」
「いや、それは構いません。それよりも外の騒ぎは何です?」
そう言うと家政婦さんから事のてんまつが語られる。
ご主人様がお帰りになっていた。
ご多忙の身故随分と家を留守にしていたが、その間もこの家の機能を損なうことは無かった。
これはご主人様がこの家を出ていかれる時に暇を出されることを覚悟で居た私達家政婦に言った言葉だ。
「私の留守を頼みたい、無論給金もこれまでと変わらないように出す。自主的に辞めたいと言わない限り余程大きな問題を起こさなければ、此方から暇を出すと言う事は無い」
そう口にして、一月後、働いている家政婦一人一人にちゃんと給金の入った茶封筒が届いた。
まずはそれに感謝した。
それから、ご主人様はラジオに雑誌に新聞に、軍人としても古今の歴史に試しのない大戦功を納めている。
それでいて、完成された美に他の男と違って、女だからと言って嫌悪感をあらわにしないし、距離を取ろうとしない。
正に女が求めた理想が形になったような人物だ。
それ故に、女性に対する警戒心のなさは異常ではあった。
女は狼なのだ。それを理解しているのだろうか?
家政婦長の私ですらくらっと来る物がしばしあった。
……、それは置いておいて、働く子持ちの家政婦でも心配ない様に託児所を無料で設けている。
その子供達の面倒を見るための家政婦と言うのも雇って居る位だ。
時間もこういう仕事にしては徹底していて、休憩時間を交代制で取り、お菓子も出て、三食ただ飯と来ている。
全員定時で帰れるように徹底している。その上給金も下手な所で働くよりはよっぽど良い額が出ている。
そうすると、中にはご主人様に一目会おうと言う邪な考え、よしんば、会えなくても良い給料が入るので家政婦になりたいと言う者も出て来る。
家政婦になれなくても、子供だけは託児所に入れたいと言う者もいる。
そう言った者たちが、ご主人様が有名になればなるほど、一目見たい。接点を持ちたいと言う者が出て来るのだ。
現にご主人様の歌声がラジオから響く度、ご主人様が雑誌に載るのに比例して門の前の女の数が増えるのだ。
暴動にならないのは軍の士官学校生とその教官が居るためだ。
まぁ、元々は軍関係者もご主人様目当てであったから、何とも言えないのだが…。