「
「どうしてぇ?どこを間違えたのぉ?」
「
情報屋の資料による斬り裂きジャック犯行予定時刻、午前二時の五分前、
普通の住宅街の一片、運悪く狙われることになった家の近くの公園の木の上に私達はいる。
深夜の空気と静けさが身に染みる。凍える指先をさすりつつ、その時を待つ。
「そういやちびすけ、『マスク』持ってないのか」
「マスク?持ってないよ?別に風邪引いてないもん」
視線を変えずに家を見たまま駆我さんが解説を始める。
「マスクっていうのは顔を隠すものだ。私達はアサシンであると同時に学生だ。顔がバレたら日常生活に支障をきたす。だから仕事の時にはマスク…お面のようなものをつける」
駆我さんは視線を家から変えることなく鞄を漁り、お面を取り出してこちらに差し出してくる。私は内心納得してお面を受け取った。いつの間にか駆我さんは真っ黒のお面を装着していた。さながら魔王みたいだ。
「今日はそれを使え。帰ったら部長にちびすけ専用のマスクを作ってもらおう」
私は頷いてたこさんのお面を被った。
午前二時。腕時計の針が丁度零を指した瞬間、その時はやってきた。見張り続けていた家の玄関に人影が現れる。その人影は真っ黒のコートを着ており、双眼鏡越しに見るその姿はボロ布にしか見えない。右手には銀色に光るアタッシュケースを持っており、黒いコートと白銀のケースの相反する色が私の眼に何かを焼き付けた。いや、何かを思い出させた。
私は駆我さんの方を見るがGOの合図はない。再び前を向いて、人影が玄関から家へ入るところを見届ける。
閉まる寸前の扉の前に、どこからともなく音もなく勇さんが現れる。いつも通りの白衣をなびかせ、部長の合図を待っている。
「ちびすけ、これを見ろ」
そう言って駆我さんが開いたのはノートパソコンだ。画面上には誰かの部屋が映し出されている。
「これはあの家の子供部屋だ。勇に頼んで昼間に設置してもらった」
要するに監視カメラだ。画面右下には今日の日付が表示されており、現時刻を示す数字がせわしなく入れ替わっている。
「
私は小さく頷いた。
画面を見つめて数分、ようやく斬り裂きジャックと思われる人影が画面上に現れる。影は何の迷いもなく部屋を移動し、ベッドの前まで来る。そのベッドでは、今回の被害者になるであろう少女が眠っている。これからされることも知らずに、すやすやと。
斬り裂きジャックがまず懐から出したものは注射器だった。そしてそれを高々と掲げると
薬品を注入、一秒もせずに注射器を腕から引き抜くと、懐へ注射器を直してアタッシュケースに向かってかがんだ。斬り裂きジャックが二つあるロックを同時に弾いてケースの蓋を開くと、そこにはナイフのような形をしたものが入っていた。
「これがテンペストキー?」
画面越しに行われる犯行を観ながら私は駆我さんに問う。
「ああ、そうだ。パターンは………『コダチ』か」
勇さんが昔作った
テンペストキー:コダチを持った腕は蛇のように眠る少女の胸に近づき、反対の腕は眠る少女のパジャマのボタンを手際良く外していく。前が全開になると、シャツをめくり上げ、コダチの刃先を胸の中央に添えた。
ゆっくりと切っ先を突き立て押し込んでいく。少女の胸の肉が裂けてコダチの刀身が沈んでいく。
パソコンの画面越しで観ても嫌悪を感じる光景に、私は思わず口を押さえた。込み上げる嗚咽を飲み込む。込み上げる涙を引き留める。
「…すけ!………ちびすけ!!」
駆我さんの呼びかけで
「行くぞちびすけ!突入だ!」
「あ………うん!」
駆我さんに続いて木から飛び降り、公園から家へと走った。
勇さんが既に突入しており、玄関扉は開閉音がしないに三角形の木片が詰まってストッパーの役割を果たしていた。音を立てないように、かつ急いで家へと入る。
室内でまず目についたのは、壁に書かれた暗闇で光っている一本の黄色いラインだ。
「勇が作った
光るラインを辿り走りながら小声で解説する駆我さんの後を追いかける。ラインは階段へ続いており、出来るだけ静かに駆け上がる。
階段を抜けて二階へ到着するとどこからか削れるような金属音がする。誰かが戦闘になった証だ。戦闘が始まったということは相手にこちらの存在がバレたということだ。つまりもうコソコソと音に気を使う必要がなくなったのだ。
「ねぇ駆我さん!部長との連らッ!!」
質問を言い切る前にものすごい勢いで駆我さんの手が私の口を抑える。息ができないうえ、はたかれた痛みがじわじわとする。
「静かにしろ!」
金属音の中でギリギリ聞こえる程度の声量で駆我さんが喋る。
ようやく手を放してくれ、口が解放されたので深呼吸をする。
「なんで?もう戦ってるじゃん!こっちのことバレてるよ!」
一応小声で言った。
「誰かが戦闘を初めても、相手に他の奴の位置が分かるわけじゃない。こちらの人数も分からない。相手にとって不利なことには変わりない。ならば戦闘はそいつに任せて私達は援護にまわるか、不意打ちのタイミングを待つなど、戦略の幅が広がる。分かったか?」
私は頷いた。
駆我さんは壁に沿って子供部屋の扉へと向かう。今この瞬間、壁一枚隔てて戦闘が行われている。
「ちびすけ、入部試験の時に作った
「『びりりん』のこと?あるよ」
びりりんとは私が科学研究部に入部する際、腕試しに部長に作れと言われた物だ。四本の爪が正方形の頂点の位置にそれぞれ付いており、握力計の握る部分のようなグリップを握ると爪が勢いよく閉じる。さらにグリップの横側に付いているボタンを押すと電気まで流れる。掴んで焦がす、攻撃系の
「使うぞ。構えろ」
私は背負っていた鞄から急いでびりりんを取り出して電源を入れる。
「部長の指示で突っ込むぞ」
「いっくよぉ!」
「ぶ、部長!?」
指示を待つ暇も無く家の天井をぶち破って部長が白衣をなびかせながら降りてくる。しかも部長は顔にうさぎさんのお面を着けている。呆気にとられている私の背中をぽんと叩いて、両手に
「行くぞちびすけ!」
駆我さんの言葉でやっと今やるべきことを思い出し、足を動かす。
少女の部屋に入ると、今までの争いの果て、室内は見るも無残な光景になっていた。争いの当事者も無残な姿になっている。具体的には勇さんの服が何箇所も裂けており、白衣の至る所に血が滲んでいた。相手の斬り裂きジャックに目立った傷はない。防戦一方だったのだろう。
部長が左手に持っている
「部長、遅いですよ…」
疲労しきった声で勇さんが言う。
「ごめんねぇ…タイミングが合わなくてさぁ」
「まあ生きてるからいいんですけど…それより本題始めてください
」
「わ、分かったよぉ〜。ねぇ、斬り裂きジャックぅ。あなたの目的は何なのぉ?」
真っ黒のコートを着た人物はのろりとした動きで近づき、盾に斬撃を入れる。削れるような金属音がするが、盾には傷はついていない。
「ちょっとぉ!話聞いてるのぉ!」
攻撃を諦めた斬り裂きジャックは周りを見回す。
部長が叫んだ。
「奈々ちゃん!
咄嗟にびりりんのボタンを押して爪の部分に電気を流す。窓に向かって走るしかしその先何をすればいいのかが一切分からなかった。
焦ってどんどん出てくる汗を感じながら今自分に求められている行動を考える。
「奈々!」
思考を遮ったのは勇さんの言葉だった。言葉と一緒に何かが飛んでくる。しかしそれは放物線を描いたのちに床に叩きつけられて、粉々に割れてしまった。花瓶だ。木の床には花と破片が散らばって、水浸しになった。
私は答えをだした。求められている行動。今するべきこと。
それはー
「やぁあ!!」
私はびりりんを床に突き立てた。電流は水を伝ってボロボロのマントを這う。生き物のように纏わりついた電気は、斬り裂きジャックの身体の機能を麻痺させる。
音を立てて倒れる身体を確認した私はびりりんを床から抜き、電源を切る。
「よくやったな、奈々」
「うん!初めてにしてはぁ上出来よぉ!!」
「回収だけでよかったんだがな、討伐までこなすとは」
私は次々に浴びせられる歓声に身を縮める。
「さて…駆我、後始末よろしく!」
勇さんは駆我さんの肩をぽんと叩くと、開いた窓目掛けて大きく跳躍した。引き止めようとする伸ばした駆我さんの手を振り払い、速度を殺さないまま屋根の上を軽やかに走って、みるみるうちに小さくなりやがて見えなくなった。
一瞬の出来事だった。駆我さんの肩を叩いてから姿を消すまでわずか数秒。
「また逃げたねぇ…」
呆気に取られている私の隣で部長が呟く。
「ちびすけ、もし討伐依頼で任務達成したら勇から目を離すな。あいつはいつも後始末をする前に逃げる」
経験者は語ると言わんばかりに駆我さんが言う。
「ほらぁ、警察が来る前に片付けるよぉ!」
部長の一言で駆我さんが動く。テンペストキー:コダチを斬り裂きジャックが持っていたアタッシュケースに入れて蓋を閉める。部長は鞄から大きな麻袋を取り出し、感電して動かない斬り裂きジャックをその中に詰め込む。割れた花瓶の破片と散らばった花、監視カメラを回収して部屋を争う前と同じような配置にする。
「よし、こんなもんか」
「そうねぇ、帰りましょぉ」
駆我さんが麻袋、部長がアタッシュケースを持つ。疑問を残しつつ部屋から出る。そういえば壁に『光の在り処』で描いてあったラインが消えている。
玄関を出てドアストッパーを外し、家を後にする。
「ねぇ部長、これからどこ行くの?」
「部室だよぉ。今日の収穫置いていかなくちゃぁ」
「じゃあ質問!」
情報屋の帰りと同じように質問タイムだ。
「あんなに激しく戦ってたのになんで誰も気づかなかったの?両親は寝てたんじゃないの?」
「目標が家に入ってから少女の部屋に現れるまでに時間があっただろ?多分あの時に少女にしたものと同じ注射を親にもしてたんだろう。それに少女の部屋にはピアノがあった。きっと防音設計なんだろう」
答えてくれた駆我さんは麻袋を一切引き摺らずに軽々と持って歩いている。麻袋は人一人分の重さがするはずだが一切顔色を変えない。
「なるほど…じゃああの子は?ちょっとだけどコダチで斬られたじゃん!」
家へ突入する前カメラで様子を見ていた時、確かに少女の胸にキーの刃が入っていた。
「絆創膏貼って包帯巻いたから大丈夫だよぉ。キーの斬れ味はすっごいからぁ断面をくっつけて固定すればすぐ治るよぉ」
うさぎさんのお面を付けた部長が言う。
私は安心する。テンペストキーの回収が第一目的でも、無差別に子供を襲う斬り裂きジャックの犠牲をこれ以上出したくはない。
あれこれ質問しているうちに八ッ橋高校へ到着する。時刻は午前三時を少し過ぎた頃だ。当然校門は閉まっていたが二人は難なく飛び越えて、部室に収穫を置いて一分も経たないうちに戻ってきた。
「それじゃぁ帰りましょっかぁ」
「久しぶりの深夜戦で疲れましたね。ちびすけも明日…今日の朝学校に遅れるんじゃないぞ!」
私は笑顔で頷いた。二人が見えなくなるまでに手を振り初めての部活動実戦は成功という結果で終わった。
スキップしたい気持ちを抑えながら静かに目の前に見える、月明かりに照らされた帰り道を歩いた。
こんにちは、ぺんたこーです。
一話で終わってしまった斬り裂きジャック編!この話で注目してほしいのは説明にない動きです!
本来は文字を駆使して読者に状況を説明するのが小説ですが、文字で記されていないキャラクターの感情を読み取ってくれれば嬉しいです。
例をあげると、斬り裂きジャックが部長の盾に斬撃を入れたあと辺りを見回しただけで、部長は奈々に
『なぜそうしたのか』という理由まで考えて楽しんでいただければと思っています!(作者の文章力のなさを正当化しようとしている)
つまり言い訳!!
それではまた、次のあとがきで!