新米P渡瀬柚希   作:ユユ

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第8話 6つの光と頬の紅

フレちゃんがユズキに連れられてレッスン室を出てから15分、暇を持て余したあたしと周子ちゃんの雑談は結構弾んでいた。

 

「でねー、ベテトレちゃんの匂い嗅いでみたいにゃーって」

「おー、そしたらあたしもお零れもらおうかなー。でも聖さん強そうだし、そう簡単には嗅がせてくれないんやない?」

「んー、睡眠薬で眠らせるとか」

「睡眠薬っていうとクロロホルム?」

「ノンノン、周子ちゃん。クロロホルムってあんまり睡眠作用が無くて、発がん性が高いんだよー。もしかしたら眠っちゃう前に死んじゃうかも?」

「へぇー、そうなんだ。じゃあ市販の睡眠薬飲ませるしかないかー」

「ふっふっふ、あたしならそんなのより全然強い睡眠薬作れちゃうよ♪」

「おー、 さっすが志希ちゃん!」

「それをコーヒーかなんかに混ぜて……」

「……おい、普通本人の前でそういう話をするか?」

 

あたし達の計画を聞いていたベテトレちゃんが呆れたように口を出した。

 

「あ、ベテトレちゃん、今度コーヒーでもどうかにゃ?」

「……今の話聞いて誰が誘いに乗るんだ?」

「……どうしよう周子ちゃん、ベテトレちゃん手強いよ……」

「そんなー……」

「諦めろ、 私は大の字になって寝転がっている人の誘いは受けたくないからな」

「……あたし、トレーナーちゃんの匂いも嗅いでみたいかも」

「おい、妹には手出すなよ?」

 

妹のこととなると目の色を変えるベテトレちゃんをからかいながら、でもトレーナーちゃんは押せば嗅がせてくれそうだな、なんて考えていると、周子ちゃんがむくりと起き上がった。あたしも続いて起き上がる。

 

「そういえば聖さん、なんでフレちゃんはあんなにダンスうまかったのに急に出来なくなっちゃったの?」

「急に、というわけではないな。キミたちは今回の振り付け、最初見た時どう思った?」

「んー、今までやってたのよりは簡単だった?」

「確かに。体力ないあたしでも全然余裕あったからね」

「そうだ。私は何人もアイドル達にダンス教えているが、キミたちみたいに毎日レッスンしてる子はいない」

「あたし達は学校ないしねー」

「志希ちゃんはあるでしょ?」

「にゃははー♪」

「とにかく、このダンスはその子たちのレベルに合わせたから、キミたちには簡単に思えただろう。そして、宮本は歌のレッスンの方を苦手としていたという」

「あー、それならダンスちょっとサボっちゃうかも」

「ああ。おそらく本人にはその自覚はなかっただろうが、少し乱れると一気に全部が崩れてしまう。そしてそれを誰にも相談しないから、もっと状況が悪くなって、スランプになってしまったんだ」

「うわー、こわいね」

「ねー?」

「志希はともかく、塩見も他人事じゃないぞ? もうちょっと体力つけないとな」

「うっ……努力しまーす」

 

こんな会話をしていると、フレちゃんとユズキがレッスン室に戻ってきた。フレちゃんは綺麗な碧い目の周りを真っ赤に腫らして、そして久しぶりに見る満面の笑みを浮かべていた。

 

「お待たせ、遅くなったね」

「フレちゃん、ふっかーつ!」

「にゃは! おかえりーフレちゃん♪」

「ただいまー♪」

 

フレちゃんは帰ってくるや否や、大きく声をあげてこちらに駆け寄ってくる。ふわりと優しい匂いがした。

 

「大丈夫?」

「へーきへーき♪ 弱虫のフレちゃんはもう品切れでーす!」

「クンカクンカ……ユズキの匂いがする! まさかユズキ、フレちゃんをも手篭めに?」

「そうなの……最初は優しくしてくれたんだけど……強引に顔を掴まれて……」

 

よよよと泣き真似をするフレちゃんはユズキの方をちらりと見て、それからてへ、と舌を出した。そこにはさっきまでの鬱々とした雰囲気はなく、もういつもの明るいフレちゃんに戻っているようだった。

不意に顔を上げたフレちゃんと目が合った。彼女の碧い瞳は、あたしのとは違ってとても透き通って輝いている。しばらく見つめあって、するとフレちゃんの手があたしに伸びた。

 

「なーにー? どうしたの、フレちゃん?」

「んー、お返し♪ さっき撫でてくれたから!」

「にへへー」

 

右手であたしを撫でているフレちゃんは、空いた左手を周子ちゃんの方に伸ばす。

 

「わっ、ちょっと」

「シューコちゃんも! 塩飴のお礼!」

「……うわ、これ、結構照れるわー」

 

そう言って周子ちゃんは少し赤くなった顔をフレちゃんの方に寄せた。こうして見るとやっぱりフレちゃんは年上だなぁ。

 

「っと、イチャイチャしてる場合じゃないよ。今日は新しいことしてもらおうと思って来たんだから」

「新しいこと?」

「そうだよ。実は聖さんには以前から、急に簡単なダンスになったからフレデリカが調子を崩しちゃっている、っていう報告を受けててね」

 

ユズキは持っていたカバンから3色の球を2つずつ取り出した。

 

「これ、なんだか分かる?」

「ボール?」

「ただのボールじゃないよ」

 

彼女がカバンから取り出したリモコンを操作すると、3色のグローボールがそれぞれ光り出した。

 

「これはグローボール、ジャグリング用のボールだよ」

「ジャグリング? 柚希さんやってたの?」

「いやいや、少しは出来るけどやってたって程じゃないよ。このボールも貰い物だしね」

「ふーん、それで、これを使うの?」

「そう。君達にはこれを持って踊ってほしいんだ」

「持つだけ? ならかんたーん!」

「そんな訳ないでしょ、フレデリカ。ボールが光るということは……」

「……部屋を暗くするの?」

「おー、正解! じゃあ早速やってみようか」

 

彼女はあたしに赤、周子ちゃんに青、フレちゃんに黄色の球を渡して、レッスン室の電気を消した。この部屋に窓は無く、あたし達を照らすのはそれぞれ両手に持った6個のグローボールだけだ。

 

「……思ったより、暗いね」

「当然。ボール自体は明るく光るけど、LEDだからそこまで広がらないからね」

「ベテトレちゃんー、どこー?」

「私はこっちだ。そろそろ始めるぞ、位置につけ」

「はーい」

 

あたし達が分かるのはお互いの位置関係だけ、姿見には前列に青と黄色、後列に赤の双眸が暗闇の中にポツリと浮かんでいるのが見えた。

曲がかかると、この暗闇の難しさが顕になった。視界情報は腕の動きに呼応した3色の光の残像のみ。振りが不安になっても前列の2人を見て確認することは出来ない。いつもそうしてきたのだろう、あたしは普段より頭を回転させて、曲に少し遅れながら、それでもなんとかついていった。

青い光が少し乱れた。その乱れは些細なものであったが、こうして見るとよく目立つものだ。それにつられるようにあたしも振りを少し間違えた。

 

「フン、フフフン、フンフフフフン♪」

 

驚いたことに黄色い光が全く崩れない。フレちゃんはむしろ鼻歌まで歌って、一切の間違いも無く、その黄色い光で綺麗な弧を描いていた。

 

「はい、お疲れー」

 

慣れない暗闇に悪戦苦闘しているうちに、曲はすぐに終わり、電気が点いた。

 

「ねえ、どうだった? フレちゃんの踊りどうだった!?」

「完璧だ。宮本、やれば出来るじゃないか」

「すごいなー、フレちゃん。あたしなんか全然」

「私としては一ノ瀬が珍しくミスをしてたのが印象的だったがな」

「うー、周子ちゃんにつられただけだし……」

「志希ちゃんって意外と負けず嫌い?」

「……かも」

「みんな、最初にしては上手くやれてたよ」

「ありがと、プロデューサー! メルシーボークー♪」

 

5人の笑い声がレッスン室に響く。久方ぶりの和気藹々とした雰囲気に、あたしも思わず笑みがこぼれた。常に中心にあるのはやはりフレちゃんの花のような笑顔だった。

 

 

 

 

2月も中旬、だんだんと春の兆しが見えてきたところだったのだが、今日、2月13日の東京には雪がちらついていた。でも私達は雪に怯んでいる場合ではない。本番まであと9日、やらなきゃいけない事が山積みだ。

今日はレッスンはおやすみで、3人は朝から、宣材写真撮影のために、別館の撮影スタジオに来ていた。

 

「なんかこれ、むずむずするわー」

「周子はいつもメイクしなさすぎ」

「柚希さんの方がしないでしょ?」

「私は別に、顔で勝負する職業でもないし」

「うわ、元々美人の余裕ってやつ?」

「褒め言葉として受け取っておくよ。でも周子、緊張してダメにならないでよ?」

「わかってるって。まあこれでも見た目はいいらしいし、にこにこしとけば何とかなるっしょ♪」

「頼もしいね、じゃあ期待してるよ」

 

周子がメイクをしている部屋を離れて、スタジオに向かう。スタジオではフレデリカが撮影準備に入っていた。いつもおしゃれな服を着ているフレデリカが、いつも以上に着飾って、いつもと同じ笑顔を浮かべている。

 

「あ、プロデューサー♪ コマタレブー?」

「コマ……コマタレブ?」

「もー、せっかく覚えてきたのに! フランス語で調子はどう、って聞いたんだよ! オフランス生まれのフレちゃんっぽかった?」

 

昨日の暗闇レッスンのおかげもあってか、フレデリカのテンションは最高潮、最終確認をするスタイリストさんが困ってしまうほどテンションが高かった。やっぱり彼女はこうでないとと思う反面、少しそれがお腹いっぱいに感じるあたりがやはり彼女の魅力なのだ。

 

「よし、OKですね。撮影に入りましょう」

「やったー! こほん。あー、あー……フレちゃん、行っきまーす!」

 

いきなり声色を変えて、あのセリフの真似をしたものだから、スタジオ中が笑いに包まれた。

 

「ほらそこー、カメラマンさん、アタシのボケで笑いすぎて手がプルプルしてないー? 写真がブレブレだったらやーよ♪」

「ははっ、いいねー、君! 面白い子は好きだよ!」

「ありがとー、カメラマンさん! あ、照明さんも笑いすぎて光り調節間違えないでねー? アタシ肌白いから、白飛びしたら背景に溶け込んじゃうんだから!」

「大丈夫、おじさん達はプロだから、可愛く撮っちゃうよー!」

「うふふ、シルブプレー!」

 

一瞬のうちに周りの雰囲気を和ませるのは、フレデリカの特異な才能だ。私も思わず口角を上げる。

 

「あ、プロデューサーも、そのままの顔で見ててねー! その笑顔で見ててもらえれば、アタシもきっといい顔出来ると思うから!」

「はいはい」

「じゃ、始めよっか! 『喋らなければ美人』の本気を見せたげるー♪」

 

そこからの彼女は圧巻だった。元モデルという経歴のとおり、カメラマンの要求にも的確に応じ、また彼女もさっきまでの彼女からガラリと変わって、独特な雰囲気を醸し出していた。

撮影はすぐに終わり、フレデリカはメイク室に戻った。周子のメイクももうすぐ完成、なかなかの仕上がりになっていた。

 

「シューコちゃん、かわいー!」

「いやん、照れるわー」

「うん、本当に可愛いよ」

「……そんなマジトーンで言われたら、本当に照れるからさ」

 

耳を赤くした周子はぷいとそっぽを向いた。最近分かったことだが、周子は本当に照れ屋だ。人には少しドキッとさせるような言動をとるクセして自分に帰ってくるとすぐ耳を赤くする。だけれども、顔はまだ余裕そうで、すぐに話を切り替えた。

 

「あたしの出番は次?」

「いや、先に志希が……あれ?」

 

先に志希が撮る予定だったのに、志希が見当たらない。スタジオにも、そこから戻る廊下でも会っていない。

 

「あ、シキちゃんなら、あたしはパスー、って言ってどっか行っちゃったよ」

「……いつ?」

「んー、プロデューサーがアタシのところに来た2分前くらい?」

「……あーもう!」

 

こうなると大変だ。流石にそう遠くには行っていないと思うが、どこに行ったかもわからないかくれんぼは彼女にだいぶ分がある。いてもたってもいられず、私はメイク室を駆け出した。

 

「そういえば! 階段で上に行ってたよ!」

「っ! ありがとう!」

 

フレデリカの情報はこのかくれんぼにうってつけだ。ここは5階、そしてこの建物は9階までしかない。それに、レッスンでしかここには来ていないはずだから、彼女がよく知っているのは9階のみ。私は勢いよく階段を駆け上がった。

昨日レッスンの後にジャグリングを見たいと詰め寄られて仕方なくやったからか、腕が筋肉痛だが、私はそんなことも関係なく腕を振った。

9階に着くと、階段の目の前にある休憩スペースで、志希が缶コーヒーを持って寛いでいた。

 

「志希!」

「ん、あ、ユズキだー」

「また抜け出して……」

「にゃはは、バレちゃったー」

 

悪びれもなくそんな風に言うから、心配していた私が馬鹿だった、と志希の隣に座る。

 

「はぁ……何してるの?」

「休憩中ー」

「まだ何もしてないでしょ?」

「そっかー」

 

なんだか素っ気ない。いつもの彼女とは少し違って、どこか遠くを見ているようだった。

 

「元気ないね」

「そんなことないよー」

「……写真撮影は嫌?」

「んー、まあ嫌じゃないんだけど」

「けど?」

「なんかデジャヴ的に思い出しちゃったことがあってさー。昔のことなんだけど……」

 

そう言って、志希は赤茶色の髪を靡かせ、缶コーヒーを一気に飲み干すと、昔話をし始めた。

 

「写真といえば、昔ダッドに写真撮られたことがあったなー、って」

「ダッド? ……ってお父さん?」

「そうそう! ダディー、パパ、お父上……ダッド! ま、子供の頃はそんな呼び方してなかったんだけど」

「へえ、志希のお父さんかー。仲良いの?」

「小さい頃はね。『写真撮るよー、笑ってー』『はーい♪』なんて言ってさ、あたしも無邪気だったから。でも、だんだんうまくいかなくなってさー」

「どうして?」

「だってあの人、あたしよりずっとぶっ飛んでんだもん。学者ってみんなそうなのかな」

「お父さんも学者?」

「そうだよー。あたしがケミカルやり始めたのは、その影響があったかもだし、なかったかもだし。ほら、似た者同士ってうまくいかないじゃん? 磁極が同じだと反発し合うってゆーか、同じ油でも比重が違うと混ざらないってゆーか……」

「じゃあ今は……」

「うん、しばらく会ってないし、これから会うこともなさそーだし」

 

そう言いながら彼女はずっと遠くを見つめていた。本当はお父さんに会えないのが寂しいんだろう、年頃の女の子とはいえやっぱり家族と会えないのは寂しいものだ。その確たる例が周子なんだけど。

 

「……もしかしたら、お父さんが宣材写真を見るかもよ」

 

口から出任せ、かは分からないが、確証のない言葉がボソリと口から漏れた。志希はこちらを向いて、目を丸くしていた。

 

「……ダッドがアイドルの写真を? それはなさそーだけど……」

「……そうじゃなくても、これから活躍して色々なところで取り上げられたら、お父さんの目にも止まるかも。可能性は高い方がいいじゃない?」

「もしかしたら……もしかするかも。そう考えたら……にゃはっ、ちょっと面白いかも!」

 

彼女は目をキラキラとさせて、私の手を取った。

 

「そっかー、その手があったかー。んふふふ♪」

 

そして楽しそうに鼻歌を鳴らして。

 

「アイドル、ちょっとやる気出てきた! 写真撮りにいこー!」

「わっ、ちょっと!」

 

ついには私の手を引っ張りながら、階段を駆け下りていった。

 

 

「いいよー、志希ちゃん! もっとビーカー傾けていこうか!」

「はーい♪」

「よし可愛く撮れてる、もう1枚いこう!」

 

やる気になった志希はフレデリカに負けず劣らず綺麗に撮れている。時折こちらを向いて笑顔を見せる余裕なんかもあって、なかなか手慣れている。

数ある衣装の中で白衣を選んだ志希は、右手にビーカー、左手に試験管を持ち、いかにも個性の塊という風だ。

 

「志希ちゃん、すごいね」

 

次に控える周子の顔が引きつっている。やりたくないオーラを放って、私の一歩手前に立っていた。

 

「……周子、さっき自分で言ったこと忘れてない?」

「いや、そうだけどね? そうだけど、あんなの見せられたら緊張するっていうか」

「どうして?」

「フレちゃんも志希ちゃんも、カメラ慣れしてそうやん? あたしはあんな顔できひんし」

「……ふーん」

 

志希の撮影が終わった。スタイリストさんが周子の衣装――少し和のテイストの入ったドレスのような服、手には青い扇子を持っている――の最終確認をして、OKを出した。ついに周子の番だ。私は周子の鬱々とした背中を見て、そして周子を呼び止めた。

 

「あの、さ、こんな事言うのも恥ずかしいんだけど」

「ん……?」

 

周子に近づいて耳元に口を近づける。自分の顔が熱くなるのも我慢して、できるだけ小さな声で囁いた。

 

「私は、誰よりも周子のあの笑顔に惚れたんだから、もう1回私を惚れさせてよ」

 

私がそう言った瞬間、彼女が素早く私から離れた。耳はすぐに赤くなる彼女は、顔から首まで真っ赤にして目をぱちくりさせていた。

 

「……あかんって、そんなん……あかんわぁ」

 

いつもの余裕の表情はそこになく、ポツリポツリと呟きながらふらふらと撮影場所に向かった。その途中、ウキウキで帰ってきた志希が周子とすれ違い驚いたように立ち止まった。そして、志希はこちらを見て、また驚いたように目を見開いた。

 

「ど、どうしたの、キミ達」

 

私は首に手を当てた。そこで初めて、私の首が周子と同じようになっていることに気がついたのだった。




2月14日に何かしらの番外編投稿したいです

重複していたのを修正しました。

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